私のための生き方
広々とした青黒いライトの光に包まれた部屋。
ズボンの裾から出てこない右足。
立方体の箱としか形容のしようがない上に横たわった私は深海の底からうっすらと届く光を眺めているように心を落ち着けた。
訳もなく不気味にも見られるが、私には落ち着く場所だ。
私が帰還してから、次第に気持ち落ち着いて御上たちから話を聞いてみると御上たちは私が時間をさかのぼったことは覚えていないようだ。
なんでも「ミコトが突然、瞬間移動でもしたようにいた私から手帳を預かった」
そういう強引な流れに時間が書き換わった……いや、そうだ。
「さて、ここから俺がまとめて話すけど……大丈夫かい? 休んでてもいいんだぜ」
中央にある円卓から土夜の声が聞こえる。
「いや。大丈夫だ続けてくれ」
足が潰れたせいか、時空移動した後遺症か身体が錆びついたみたく全く動かない。それでもまだ口と効けて思考ができる内は死人よりは役立つ筈だと参加を断念するつもりはなかった。
私は、なぜかあの時に有彩の前へ行き手帳を奪うことができたんだ。
段々とそんな気がしてきた。むしろ時間逆行などという非現実的なことよりも「なぜか」「細かいことは忘れたが」そう考えたほうが気持ちが楽になってくる。
いずれ、私が時間逆行したことは彼女以外の記憶から消えるだろう。
まるで洗脳だなと、イス人ですら安易な時間逆行を禁じる理由を今になって理解した。
「お疲れさまでした、菱輝」
私には、私の帰りを待っててくれた人がいた。
御上たちはもう知る由もない私の旅路をただ一人、彼女が覚えていてくれた。
これに勝る喜びがあろうか。
それだけ、それだけで十分なんだ。
―----
なんでさっきまで一緒にいたはずの菱輝さんが、大学に先回りまでして手帳奪っていたのか。
謎の多い人だと思っていたけれど、さすがにあの時ほどではないにしろ疑いの目で見てしまう。
ただ、彼の必死で私たちを希望と訴えるまなざしと、あの足を見て無下に扱うことなどとてもできなかった。
「さて、ここから俺が要点まとめて話すけど……大丈夫かい? 休んでてもいいんだぜ」
「いや。大丈夫だ続けてくれ」
彼は彼だ。
真相を知ってから音黒さんが亡くなったことを彼のせいだなんて責めたことはもうない。
きっと、私たちの知らないどこかで戦っていたのだろう。
とにかくまずは目の前のことに意識を向ける。
「まずは、これ。石崎先輩は天才だぜマジで」
彼は手帳と照らし合わせそこに描かれたのは複雑な文様の描かれた紙をB5サイズよりも大きな紙に写して持ち出してきた。
「ここの精密な機械使って完璧に再現してもらったものだ」
「これを竜脈のある場所に貼ると、竜脈を局所的に活性化させて一時的にそこへゲートを作れる」
「一億規模の大移動だから楽じゃねぇとは思うけど、守りさえできれば後は自然に滞りも解けてく筈だから最悪の事態は回避できるはずだ」
「それだけでいいの?」
「一々複雑な呪文とか、生贄たくさん用意したりすればよかったか?」
「そういうわけじゃないけど……」
あれこれ壮大な手順を考えていただけに少し拍子抜けするほどだ。
「これをだな、あ。ちょっとアマテさんそっち広げて」
「せっかくでかい機材あるのに、使わなかったの?」
「ここの機材は人間が使うには高度すぎんだよ」
最新鋭の設備のど真ん中でアナログな町内マップを広げ、地図が丸まらないよう私たちのスマホと財布を使って4点重石にする。
「そんでだな」
口で極太マジックペンのキャップを開けると、街並みから外れた山岳付近に丸をした。
「ここ、俺もまさかまさかの超びっくり」
「まさかのあの水谷の元診療所のほぼすぐそこなんだ」
「え……それってヤバくない?」
できれば、私達に縁のない場所であって欲しかったけど、
「あの辺って今、どうなってるか分かる?」
「あぁ。あの後、大量の自首した女性陣からの訴えや証言もあって警察のガサ入れやらなんやらあった後だったけど……建物だけ残して今はそっくり廃墟って感じだな」
「ということはやっぱり、神日たちにとってもノーマークと考えて……大丈夫かな」
「目ぼしい物があったらとっくに回収してるだろうし、まさか竜脈あると予測立ってないから今も無事なんだろ」
「自分たちに関係のある場所、というのは意外と盲点になりやすいからな」
私と全く逆の発想だ。
しかし、ならば大丈夫かと考えると、やはりまだ不安要素は残る。
「一人であんな辺境にいたら不自然と思われないかな」
「幸いにも、あの付近さびれた道って感じだったが今は季節柄紅葉狩りやハイキングコースなんかで登山客もそれなりにいる。一人近くをうろついてても不自然はないだろ」
私がああいえば土夜くんがこうと言う。自分でもうざくないかなとか思いたくなるくらい聞いた。
けど、彼は全部私の話を聞いてくれて私の不安を一つ一つつぶしていく。
「あと、問題はどうやってこのメモを手渡しすっかな」
「あ……えと。途中、どこかコンビニによろうよ」
「絶対開けないようなトイレの貯水タンクの裏なんかに手帳を隠して、時間差で回収してもらえばいい」
と、とっさに思いついたことを言うと彼はそれに付随する形で
「あぁ。ならデパートとかが良いかな、人が特定しにくいだろうし」
「だね」
一瞬、びくっとなったが思ったより簡単にその問題は解決しそうだ。
「私たちで何かすることはないかな?」
「俺達は出来るだけ、不自然になりすぎず自然過ぎず」
土夜さんは青いペンに持ち替え診療所とは反対側のルートをなぞる。
「ここに行きつけのレンタカーショップあんだけど、そこで車を借りて診療所の真逆側にある人のいない潰れた野球場、ここへおびき出そうと思う」
「なるほど、陽動作戦」
程よく広くて、暴れるにも足りる。
作戦のめどは立った。
「じゃあ、レオナさんに伝えるね」
「ここで外から持ち込んだ携帯は使えないが、ここにある電話を使うといい」
『あ、もしもし』
「レオナさん、今からいうことをメモせずに聞いて簡単な話だから」
私たちは伝えうる限りのこと、まとめて話す。
・王林駅のデパートへ行き地下の女子トイレでメモを回収
・それを手に、タクシーやバスなどを使って診療所前へ
・封入してある札を貼る
この三つだ。やってもらいたいことは。
曰く、札を貼ってすぐに終わるらしいし安全性は比較的高いことも伝えた。
『ええ。承知しましたわ』
彼女は驚くほどあっさり了承してくれた。
しかし私の心にはいまだどこかしら引っ掛かりが取れない。
相手が相手だ。私たちの知らない、なにか特殊な力で偶然察知して来るかもしれない。
たまたま、本当にたまたま剣たちと遭遇するかもしれない。
考えたらキリがない。
もう生まれ持った不安症みたいなものだ。絶対に大丈夫だとか、安全だとか言われたら言われるだけ、大多数の反応が怖くなってしまう私の性分。
こんなこと、話したってでたらめに彼女を不安がらせるだけだから敢えて一言。
「あの、本当に無理しないでね」
「危ないと感じたら逃げていい……」
それだけだった。
『それは違いますわよ、アマテ様』
そう心配していたら帰ってきた彼女からの意外な返事。
『逃げたところで私たちに明日はないのでしょう』
確かにその通りだ。
酷な言い方を言葉選ばずにするならたとえ貴女が死んだとしても大勢の人間とグール族のためにやり通せというところ。
実際、そんなこと言えるはずもなくただ彼女に生きててほしいからなんて甘えを本人から否定されてしまった。
『でしたら、私も貴女もみんなが生き残れる策を考えてくださいませ』
『私、貴女の策でしたら首に爆弾括り付けて走れと言われても安心して動けますもの』
「もぅ。だから買い被りすぎだって」
あの時だって、みんなが頑張ってくれたからできたことだ。
私の力なんて微々たるもの。
だというのに疑うことを知らない生い立ちのせいか本当、わがまま女王だったくせに変なところ強くなってしまった。
『わかった。とりあえず診療所跡地に向かう麓あたりで電話して、それまでに考えておくから』
けれど、そうするしかないのだろう。
皆して私に期待して逃げ道つぶしてくるから私も必死こいて考えなきゃならなくなるんだ。
あれこれ頭の中で言い訳してなければ恥ずかしいやら嬉しいやら色んな感情が噴出してきて変になってしまいそうだ。
「とにかく、やれるだけのことはやらないとね」
私は自分の頬を二度はたいて気合を入れ基地の扉を出た。
「……けど、気になるのは有彩ちゃんだよね」
菱輝さんの語った私たちのしらない有彩ちゃんの顔。
なぜか彼女が剣を操っているかのような挙動。
考えれば考えるだけ、吐き気がしそうだ。
「今から探ってる時間もないし、今は置いとくしかないだろうな……ミコトさんで勝てない相手じゃなかったんだろ?」
「まぁ、そうなんだけど」
レオナさんの無事は固い。
私はこの作戦が上手く行くことをひたすら祈るばかりだ。
-----
自分でやる必要はなかった。
自分で決める必要もなかった。
「お嬢様、こちらは私がやります」
「お嬢様は下界のことを知る必要はありません」
「お嬢様は選ばれた存在なのですよ」
私は、大きな屋敷という名の鳥籠の中で偽りの自由を生まれてからずっと与えられていた。
「お嬢様は何も考える必要はないのですよ」
私が何かを考えようとする度に、従者たちは私の思考を止めてくる。
「もうっ! なんなの、私に構わないでください!」
時には、牙をむくこともあった。
「お嬢様、どうぞ果物の盛り合わせです」
「お嬢様は何もしなくていいです」
「お嬢様には危険な仕事をさせられません」
「お嬢様は難しいことをする必要はないのです」
「お嬢様が考えることはありません」
けれど、彼女らの気味が悪いくらいの愛情は次第に私から思考を奪った。
頭がクラクラして、甘ったるいくらいの強烈な匂いが脳に入り込んでくる。
「お嬢様、それがお父様からの愛なのですよ」
「はい……」
次第に、考えることがなくなってきた。
彼女らに従っていることが心地よくなって、頭の中が軽くなって、スーッと体の中から心が抜けてしまったみたいだ。
けど、それがお父様からの愛なのだと信じていた。
「お嬢様、袖を上げてください」
服を着るのも、従者頼み。
食事をするのも、なにもかも。
「それがお父様からの愛なのですよ」
「はい……」
一度も抱き上げてくれたことも、遊んだことも、食事を交わしたことすらなかったけど、そういう愛もあるのか。
世間で言う愛の形などはまやかしで、私の父の言う愛の形もあるのだろう。
私は、そう信じ込んでいた。
そんなある日のことだ。
私の戴冠式を控えた一月前のこと。
「あぁ、滞りなく」
「あの娘はいずれ死んでもらう」
「本当に、ここまで何も考えないよう育てるのも苦労した」
父の恐ろしい言葉を聞いた私は、膝をつき愕然とする。
私は父のいざという時のための道具として育てられていた。
「そんな……お父様……!?」
もちろん、最初はショックだった。
裏切られた。愛されてなかった。今までの愛はすべてまやかしのものだった。
そう思った。
「あああ……」
けどだから何になる。
私がそのこと問い詰めたからってどうだという。
生まれてから物言わぬ可愛いく大人しいだけのペットとして飼われる為に牙を抜かれた私が、歯の立て方など知るはずもなかった。
「あぁっ……あああ……あああ」
噛みつき方を知らない私は、それが当たり前のことなんだとまた強く信じた。
その日からだろうか。
今思い返すと恥ずかしくなるような私のふてぶてしさが増したのは。
ーーーーー
「見つけた……」
元診療所の跡地までやってきた。
本当に立て壊しも終わっていて、目ぼしい目印とかもないから、探すのも一苦労だった。
ここまで特別変わったことはない。当たり前といえば当たり前。
唯一顔が割れていない存在と言う特異点。
これでいきなり私のことがバレていたら超能力だ。
私は懐の紙を一枚、取り出して指定された場所に置こうとした時だ。
私の肩がいきなり後ろから刺し貫かれる。
「ぐっ……!?」
「んーここにいるのはアマテさんの友人かな?」
「さぁ、分かんないけど。疑わしくはってやつだ」
「……っ!?」
なぜか作戦がばれている。
神日と剣。
圧倒的な暴力が私の前に突きつけられているのだった。




