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それって誰の為?

 残り50分。

 それが、私がこの時間にいられるギリギリの時間。そこを過ぎたときの事は極力考えずもっと他のどうでもいいことを考えて気を紛らす。

 例えば「火災ベルってこんなに大きな音がするんだ……」とか。200年近く生きて、人より初めての減った私の人生で久々の初めてに暫く感傷に浸ってしまった。


 物陰に身を潜め、念の為に私は土夜に渡されたイベントサークルの面々を含む部室棟にいた生徒たちが逃げていくのを見計らってから私は飛び込んだ。


「よし、ここまではいい」


 案の定もぬけの殻。

 椅子がひっくり返り、取るものも取らずと言った様子で鞄や旅行計画書なんかがそっくり放置されている。


 あまりのんびりしていると、火の手が上がらないことを不審がった学生が戻ってくる。

 それだけならまだしも剣と鉢合わせる可能性のが高い。


「しまった……ミコトに開けてもらったんだったな」


 例のロッカーの前に来た私だが、鍵がかかっていることを失念していた。今さら引っ込めようのない状況、かなり躊躇もあったが……


「まったく……土夜のせいだ、あいつの悪知恵が移ったんだ」


 私は落ちていた椅子を使い、ロッカーへと叩きつけた。自分でも、並のアスリート程度の強さはあることは自覚してるつもりだ。


「手が痛ぇっ! あぁっ!」

「さっさと壊れろっ!」


 自分でも自分の堪え性のなさに驚く。

 なんだってこんなに苛々してるのか、力任せに殴り続けてれば五、六回くらいで手を突っ込めるくらいにひしゃげてきた。御上がしたように私も手当り次第全ての手帳を手に入れ裏口の方から脱出に成功する。


「はぁ……はぁ……つ、疲れる」


 あの方を守る為なら、人殺し以外なら何でもした。多くの人を扇動し、騙し続けるなど最初の頃以外罪悪感など湧きもしなかったが、こんな火事場泥棒めいた真似をしたのも初めてだった。


「いや……彼女は私が殺したようなものか……」


 その時にこそ私は装置を使いたい。

 御上と出会ってからあの後、自責の念に駆られて使用を願い出たことはある。


ー『申し訳ありません……失われた命一つ回帰することだけでは許可が降りないでしょう』

ー『私達の種族からすれば、一人の人間の命を無碍にはしませんが、手間隙かけて守るものでもないと考えています……』

ー「そう、ですよね……すみません。無理を言って」




 残り30分。思ったより時間を喰った。

 私はこのメモ帳を持ち帰ることにより『私が突然独断で事を起こし、メモ帳を奪取した』と言う過去を強引に作り上げることができる。


「強引じゃないか……? 提案した俺が言うのもなんだが」


 御上に説明したときも、途中から正直自分でも何を喋ってるのか分からなかった。

 ただ彼女がそうだと言うからそういうものなのだろうと確信して喋ってた節がある。



ーー『と言うのが、イス人の解明した時間理論です』

ーー「な、なるほど……」



 興味本位で時間の流れについて、私は教えを乞うたことはあるが、正直まるで理解できなかった。時間の仕組みを人間の脳で完全に理解することは不可能であるようだ。

 だが、そんな都合よく強引にでも自分にとって有利な世界を作り上げることができるイス人にとっても禁忌とする理由だけは理解した。


「まぁ、いいや」


 後は最初来たところへ戻ることだけを考えた。

 部室棟から離れ、自然と表に集まっている学生たちの中に紛れ込み我関せずといった様子で混ざり込んでいると、その中に見覚えのある顔があった。


「え……?」


 確か都津呂有彩と言う少女。

 神日や剣に比べ、あまり前に立つこともないが危険人物であることに変わりはない。

 

 だが、これでは何かがおかしい。

 どこを見ても剣の姿がない。

 ここへ来ていたのは剣でなかったのか。


 ただそれだけ、と思われるかもしれないが、致命的な失敗をした今さっきだ。不安の一つも覚える。


「追うか……?」


 チャンスが一度しかないことも合わせて今一度、ギリギリまで時間をかけてでも慎重になるに漉したことはないか。


「……」


 迷ってる暇もない、フラッと人混みを抜けていく彼女を尾けた。


 もしも大学を出そうだったり、時間がかかりすぎるようだったら即座に撤退することにする。

 元より捨てるつもりで来た命だ。最悪、手帳を死守すれば問題はあるまい。


 


 普段人の集まらぬ大学中庭の喫煙所。

 そこには改めて剣がいた。

 喫煙者である彼がいること自体不自然でないが、煙草を吸うでもなく虚ろな視線でぼんやりと立ち尽くしてるだけでまるで生気を感じられなかった。


「先輩、すみません。おまたせして」


 有彩はそれこそ剣の後輩そのもの。在りし日をそのまま演じているかのように可愛い娘を気取っている。


「なっ……!?」


 有彩は一体、何をしているのか。自らの右手を黒い触手状に、左手を剥き出しの機械の塊とする。

 右手にいまさら驚く事もないが、左手の下は明らかに初めて見る。御上たちから聞いてた話にもない。


 明らか腕の許容量を越えているギッチリと詰まったコードの数々、バチバチと言う火花を鳴らしながら出てくるは機械の身体だった。


「ちょーっと痛いですよ」


 右手で剣の頭の皮を剥いで、あの転移した森の中で見たあの髑髏の顔を露わとする。


「あがっ……がっ……が、ががが!!」


 もうどうなっているのか、私は気が気でない。

 彼らに結束や仲間意識の類があると思えないがそれでも利害関係の上に成り立ってる訳ではないのか。

 混乱に混乱が重なっていく。


「はい、騒ぐと人が来ますから我慢してください。すぐに終わりますから」

「がっ……がががが……!」


 有彩はその内の一本のコードを乱雑に剣の頭へ差し込むとそうやって情報の類をやり取りしているのか。

 脳に直接電流を流し込まれ、口から泡を吐き、耳から血を流してビクッと痙攣した剣は大きく仰け反り、いつの間にか血は止まって元の顔を取り戻していた。


「がががが……がっ」

「先輩、もう御上天照は手帳を取ってしまった後ですよ」

「マジか……悪ぃ!」


 まるで、今のことなどなかったかのように振る舞う。

 有彩の方は意図的にしても、剣の方は何も覚えていないかのようだ。


「と言うか妙ですね、御上アマテは未だ大学についてないはずなのに」

「それに、部室棟に火の手なんかまるでないにも関わらずボヤ騒ぎ……私の考えた計画が全部パーじゃない」


「計画?」

「そうです、先輩がアマテたちと戦って、時間の流れの早い空間で時間稼ぎしてる間にことを進めようって話!」

「せっかく、あのアマテ狂信者から出し抜くチャンスだったのに!」

「手間ひまかけて神日の偽物まで用意したのに……あ、今の忘れてくださいね」


 と、また黒い機械の腕を剣に流し込む。



「……っ!」


 私は、咄嗟に身を屈めた。

 頭の上でコンクリートの壁に丸い窪みが出来上がる。

 最初からそうであったかのように、綺麗にくり抜かれていた事から、一歩間違えばれば頭と首から下が死に別れになっていたと感じさせるには十分であった。


「貴方、見たわね?」


 ぐるりと有彩の顔が裏返った。

 人間の首の動きの許容量を、遥かに超えたありえない動きに私は戦慄した。


「なっ……!」


 危険と感じる間もなく、機械の左手が私の足を掴んだ。

 その力はまるで万力で締め付けられ、一瞬足が引きちぎられたかと錯覚するほどだった。


「あっ……ああああああああ!」


 額から脂汗が滲む。

 生きてて初めて感じる痛み。

 痛いなんて言葉じゃ済まされない、肺は酸素を取り込まず、目はバチッと火花が散ったように眩しい。


 苦痛に身を委ねてる暇もない。

 足一つ、命もろともくれてやってもいい。


 だがこの手帳だけはなんとしても死守しなければ。

 その執念一つで、私は這いずった。


「まだ動くんだ」

「反対の足も潰せば大人しくなるかな」


 有彩は確実に俺へ止めを指すつもりだ。

 潰れた右足を離し、左手の触手を槍状にして心臓を一突き、それで終わってしまう。


「アハハハハ……人を甚振るのがこんなに楽しいだなんて思いもしなかった」

「……!」

「ねぇ、わかる? 私、春頃。友達食べちゃったの」


 自分で腕を噛み歯を立てて、喰らうの意味が比喩や暗喩でないことを示す。


「こうやってね。私、その時は無我夢中で何か食べなきゃって感じだったんだけど」

「有彩ちゃん止めて、友達だよね、助けて、痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて」


 その時の様子をまるで思い出を語るみたく鮮明に、それでいて得意げに語る彼女の表情は、朗らかであどけない少女そのものだった。


「フィクションじゃない、心から迫る本気の命乞いの悲鳴を聞いてさ、私。人の悲鳴を聞くのがこんなに楽しいって初めて知ったんだ」

「一度この快楽知っちゃったら……もう他のことに興味持てなくなっちゃってさ……」

「こうして、人を甚振る時だけ」

「私が自分から何かしようって思えるの」


 自分から何かしようと思った。


 こんな時だと言うのに、彼女の言葉がヤケに突き刺さってきた。

 それは今まで何一つ、自分から事を起こそうとすらしなかった自分だからか。

 ガッカリされたくなくて、周りから諦められたくなかったからと何もしなかったから、そう思っていた……だが



ー違う。



 どこからともなく、そう幻聴が聞こえてきた。

 




ー『貴女は死ぬことが怖くなかったのですか?』


 かつて私が、村の生贄として大人たちに差し出され、彼女に救ってもらった時のことだ。

 そこには私の他に、贄として差し出された子供が何人もいた、先にいた者、後から来た者。と居たがそのどちらも彼女を神として崇めていた。


 大人たちの言う神の国へ本当についたのだと、信じていた。

 だが私は周りほど信心深くはなかった。

 捻くれていたとも言える。


『あなた方はどのようなものを好みますか?』

『あなた方はどのような考えをするのですか?』

『あなた方は……』


 なにゆえ、全てを知る筈の神様が私たちのことを詳しく知ろうとするか。


『神様ではないが、少なくとも人間でない』

『人間の持ち得る語彙力で表現するには足らない存在であることだけは確かだろう』


 故に私は、彼女のことを助けてもらったことには感謝すれど、そんな拗ねた目で見ていた。


ー『これは、貴方が書いたのですか?』

ー『素晴らしい、私に得られない発想でした』


 ただ、彼女が褒めてくれることはとても嬉しかった。

 周りに生贄としての自分でなく、自分そのものを肯定してもらえて、初めて生きた心地すらした。


ー『貴方は独特な考えを持っているのですね』


 彼女の期待に答えたいと思うことは、ただ嫌われたくないからと受動的に逃げることと違う気がした。


ー『菱輝、ありがとうございます』


 私が成果を上げると彼女は喜んでくれた。

 彼女の為に尽くすことは、いつしか私の生き甲斐となった。




「待て……!」


 私は、みっともなく命乞いした。

 200年前にできなかった分を今ここでやり直すくらいの声で、勢い良く足掻いた。


「私を殺せば手帳の在り処は分からなくなるぞ!」

「手帳のあった位置からここまでそう距離はなかったから、そう時間かからず見つけられると思うよ」

「苦し紛れでしょ」


 実際、悲しいかな。

 手帳はちゃんと懐の中にある。

 やはり御上や土夜みたく悪知恵が回りそうにない。


「どうかな。少なくとも俺がどういう存在かは聞いているはずだ」


 本当に自分で自分が可愛そうになるくらい苦し紛れで喋っている。教祖やってた時も、本音言えばレイラさんが台本書いてくれたのを喋っていただけだ。

 そうでなければ御神体の名前すら言い間違えるくらいにいい加減なんだ私は。

 

 それでも私は、身体を大きく前へと乗り出す。

 なんてことはない。

 最初から捨て身でいるのと命を懸けるのとでは全然違うと土壇場で気づけただけだ。


「はぁ、もういいよ。死んで」


 今度こそ終わりだと余裕ぶって振り上げた有彩の左手が弾け飛んだ。


「え……?」


 それを起こしてくれたのはミコトだ。


「なにが起きてんだか知らないけど、急いで飛んできて正解だったようね」

「なっ……!?」


 うまく行ったと私は心の中でほくそ笑む。

 あれだけ魔力を使った攻撃で、たかが私一人殺すのに弄び過ぎたんだ。


「なんであんたがこっちにもいるのか知らないけど、まずはあいつを先に倒しておくべきね」

 

 有彩と剣はまるで誘い込むようにワープゲートを開いて逃げていく。

 逃走優先であわよくば程度に思ってたのだろう。しばらく意味もなく開きっぱなしにしていたが、すぐに閉じていった。


「え?追わなくてよかったか?」

「時間がないもの。一々去ってく奴を追うほど暇じゃないわよ」


 その言葉を聞いて私は安堵した。

 もう直接でいいと私は手帳を手渡す。


「頼む。君が、君たちが希望なんだ」

「はぁ」


 ミコトは困惑しているが、細かい説明をしてる暇はない。

 この空間で、この時間の私と出会ってはならない。

 ぐずぐずしていたら遭遇してしまうと私は潰れた足を引き摺ってでもこの場を立ち去る。




 気がつけば、私は元の基地へ帰還していた。

 足は潰れたままだが、御上と土夜たちはそれを当たり前として受け入れている。


「足、大丈夫? 治るとは言ってたけど……」

「あ、あぁ……」


 カレンダーを確認すると時間が巻き戻っている。

 それもあの時間を飛ばされた一月前へ。


「おぅ。このメモ、解読すんだぜ」


 私が時間渡航したことは彼女以外覚えていない。

 過去を変えれば、そうなるよう記憶も磨り合わされていくらしいんだとか。


 もう過ぎたことだ。

 答えの出ない考えよりも、目の前の事だと私は身を楽にして後のことは考えないようにするのだった。



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