深淵よりの誘い➅
剣との勝負は完全に制した。
しかし彼に巣食う悪辣なる物を取り除くことはミコトたちにも難しいらしい。
「あぁあぁあぁあぁ゛あ゛ぁ゛あ!!」
ミコトに負けたことが相当堪えたのか、溜まっていたものが一気に噴き上がった狂った声が森中に木霊する。
それをかき消すように尚も魔力をぶつけようと、彼の再生のが段々早くなってきた。
強くなってる訳でないにしろ、このままでは動きを止めておくのが精一杯。
お互いジリ貧……いや、いずれミコトたちのスタミナが切れるのが先かもしれない。
「くそっ……くそっくそっくそぉぉっ!」
膠着状態にあった私達の前に、神日が割って入る。肥大化した左手で剣を回収すると、彼は私達から遠ざかって言う。
そう言って彼は私と接するでもなく、一目散にこの場から気配ごと消した。
「くっ……はぁ……はぁ……」
やけにあっさり引き下がった。まるで手帳など初めから眼中にないみたいに、一言も言わずだ。
まさか、本気で剣のことを気遣っているわけでもないはず。
その疑念は晴れぬままミコトは私へと姿を戻す。限界まで戦ったせいか、私までドッと疲れが押し寄せている。
「大丈夫か?」
「なんとか……それより、コレ」
私は守った手帳の全てを土夜くんに託す。
『それじゃ、帰ろっか……あのお兄さん潰せなかったのは癪だけど』
「うん。とりあえず、この後は一度どこか食堂にでも寄ってメモの確認を」
私たちは淡々と次の目標へ駒を進めるが如く、次のことを考えていた。
だが、次の瞬間に私の脳は思考を放棄することとなる。
「え……?」
私は、シオンがゲートを通り間違えたのだと思った。だって実際彼女はうっかりな所もあるし気まぐれだ。
そうやって彼女のせいだと思わなきゃ正気を保っていられなかった。
「なに……これ」
そこは全く私の知らない世界だった。
街に轟く銃声。
そこかしこから漂う硝煙の匂い。
人間の悲鳴。
サイレン。
その全て、私の知る王林町とは遠くかけ離れた物だった。
「なぁ……あれ」
今にも取り乱しそうなのを電柱に書かれた「王林町」と言う文字。
「いや、そっちもだけど……その……」
瓦礫の山だと思っていたものは、私の通っていた大学。見覚えのある横断歩道の跡や煤に塗れて見えなくなっていた大学の看板。
こんな風に私が「嘘だ」と否定しても一つ一つの証拠が私に現実を突きつけて、次第に心ががんじがらめになって来る感覚に覚えがあった。
「しかし、どういうことだ。自分たちはほんの数分程度離れていただけだ」
そう思い、私はスマホを取り出した。
電波の入っていない異空間から元通り電波が戻ってきたからか、いつのまにか電話とメールが何百件と入っていた。
私は慌てて折り返しかけ直す。
『一体どうしたんですの! アマテ様! 何日も、電話に出ずに……私、心配したんですのよ!』
矢継ぎ早にはやし立てるレオナさんに言われ、私は何がなんだかわからず困惑する。
「ちょ……ちょっと待って。何日もって……今、何日……?」
『今……えと、10月の23日ですわ!』
しまった……。
しまったしまったしまったしまった……!
完全に失念していた。
「やられた……っ!」
空間の先は私たちの世界と時間の進みが異なっている。あの森しかない空間はここと時間の進みが異なっていたんだ。
遅いところもあれば早いところも当然あるはずだった。
「しまった……しまった……ああああ馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ……私の馬鹿……ああああああっ!」
「アマテさん、落ち着け!」
私は全身から悪寒が走り、実体のない恐怖に包まれる。あんな大見得切って、煽てられていい気になって何が意思を次ぐだ。
今すぐにでも自分で自分を殺したい衝動に駆られる。
そう思っていたら、今すぐにでも殺してやるよと言わんばかりに私の頬に激痛が走る。
血に混じって、黒い液体が混ざっており、まさかと思って顔を上げた。
「くお……お……こっ……か」
あの闇の中『旧王林駅』では姿を見ることなど敵わなかったグールだ。
それが五体も。
その姿は一言で言い表せば頭のない人間の身体、首の部分にはあの赤く発光する目がついており明るい場所ではただの赤い点々にしか見えなかった。
「こいつら……今にも死に体って感じだ」
彼らを駆除しようと、躍起になった人間たちに襲われたに違いない。
よく見れば、息も絶え絶えで今にも倒れそうで力なく身体を動かしているようだ。
『なにが……救世主だ……』
『この悪魔……この……』
『偽善者……がぁぁぁっ!』
口々に私を罵り、迫るグールの群れを怖いとすら思わなかった。
「ハハッ……ハ」
もう、いっそ殺してくれ。
そのくらい弱気になっていた私の意思と反して、彼らは胴体から袈裟懸けに切断され、地べたにを容赦なく切断するはレイラだった。
「悪いけど、こっちも必死だから」
「お姉さん。弱気になってる場合じゃないよ、ちゃんと前見て」
「シオ姉、今すぐ皆を私の言う座標に!」
「ここって……レイラちゃん、何考えてんのかな……まぁ、いいけど」
シオンのゲートを潜って、やって来たのはSF映画に出てきそうな通路……と言うか、あのイス人の女性の基地だった。
「帰って……来たのか?」
菱輝さんにはここが自宅だからか、なぜ今。と戸惑った顔をしてる内に、私たちの来訪を察知してか彼女が迎えに来てくれた。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
一時は取り乱しかけたが、なんとか落ち着いてきた。自分で自分が時々怖くなる。
一体、何人死んだ?
10や20で効くか。
地下のグールたちを含めたら相当な人数が私の判断ミスで死んだようなものだ。
なのに、自分でも驚くくらい、心が平静を取り戻し落ち着いて来ている。
慌てたから状況が改善するわけでない、だったら落ち着いて頭を冷やしてたほうがいい。
そんなの分かっている。
『ごめんなさい……完全に私までまんまと嵌められたわ』
「もう過ぎたこと話してても始まんねぇ」
「とりあえず今後の方針を確認するしか俺たちに残された道はない」
私たちにできるのは一秒でも早くこんなイカレた状況を終わらせることだ。その事をいち早く理解して、土夜くんは手帳を開き通路へ雑に腰を下ろした。
「頼むぜ、石崎先輩……」
調べものは彼に任せ、何か私にできることはないかと問う。すると、意外なところから提案を持ってきたのはイスの彼女だった。
「先ほど、世界中に潜伏している私の仲間と評議をした結果。時空転移装置の使用許可が降りました」
「時空転移……?」
そういう事かと、一人納得した様子で頷く菱輝さんは私に投げかける。
「以前、神日が彼女を真意に狙ってた理由は覚えてるな」
「えと。確か……イス人の時間転移技術とかで、全盛期の魔力を取り戻すため」
「そうだ。ただあいつはいくつか勘違いをしていた」
「実際は複数のイス人の評議で決め、可決された時にしか使用する事はできない。いくら彼女ら高次元生命と言えど時間を無闇やたら弄ることは許されることでない」
「もう一つは、本来肉体を持たない人間が使うことを想定してない装置だ。砂漠の中から特定の形の砂を空から針を落とすくらい難しい作業になる」
平たく言えばタイムマシンと考えて良さそうだが、実際は口で説明されるより簡単な作業にはならないようだと言うのは分かった。
「ここからが本題だ。今から俺がそれを使用し、1ヶ月前に飛んですべてをやり直す」
「そんなこと……本当に!?」
「ですが、非常に難しい話です。条件はいくつもあります」
またそこで口が重くなる。
「気にすることはありません。俺が行きます」
彼女を宥める菱輝さんの手は震えていた。
まるでこれから死地にでも赴くような強張った表情。
「君は無理だ。もう既に精神を四つ宿す君では容量を遥かに超えて命を賭けるとか言う段階にすらならない」
「それに、この件は俺にも非がある。いや、あの山であった日から、たとえどんな理由があろうとも自分のエゴで多くの人を騙し続けた」
「こんなことで償いになると思っていないが、俺にも命をかけさせてほしい」
「どの道、自分は100年前に死んで摂理に逆らって生きてる身だ。構わない」
「菱輝……覚悟は出来てるのですね」
「長い間、お世話になりました」
私は、何度も貴方に責任なんてない。同じかける命なら私だって覚悟がない訳じゃない。
そう何度も言った。
もう建前はいい。
貴方にだって死なれて欲しくないと子供みたいに駄々も捏ねたらやめてくれるだろうか。
しかし、彼は決してそれは彼の覚悟を突き崩す侮辱ですらないかという気すらした。
「いいんだ。それに君に可能性があると言ったのは嘘でない、本心からそう思っている」
「今回の失敗は今後、二度と同じ過ちを繰り返さない勉強だったと思えばいい」
「菱輝さ……っ!」
彼は、その言葉を最後にして私たちの前から姿を消した。
ーーーーー
鉛色の空の下。荒廃し、今にも崩れ落ちそうなビルの屋上から終わりゆく王林町を眺める三人の姿がある。
彼らは、この状況を待ちわびずっと心待ちにしていた。
その筈であったが、彼らの表情はあまり浮かない。と言うよりも目の前で起きていることがただ信じられないと言うようだ。
「剣くん。何が起きてんだい……これは」
「あ? あんたの仕組んだことだろ? 今さらこんなつもりじゃなかった系黒幕みたいなこと言わないでくれる?」
「確かに……確かにそうではあるんだけど」
「いつの間にかアマテさんは1ヶ月も姿を見せなくなるし、その間に有彩ちゃんが探知してくれて竜脈も壊せた」
全部が全部思い通り、なのに神日には納得がいっていない様子だった。
「違う……違う違う違う。こんな筈じゃなかった。どこへ行ったんだアマテさんは……駄目だろ僕を止めに来なきゃ」
せっかく手に入れた筈の力に目も向けていない。頭を抱えて錯乱していた。
「何もかも上手く行ってんのに気分が悪いなんてこと、あるんだな」
「…………」
と煙草を吹かせつつ、今もどこかで命を散らせた遠くの爆煙を眺めるのだった。
ーーーーー
子供の頃から、いつも大人の言いなりであった。
自分で思うのも何だが物心付いた頃には聞き分けも良い方だったし我儘もあまり言わなかった。
ーそうしてれば、安全だし安心だから。
ー大人たちが「良い子」だと褒めてくれる。
と言うのを本能的に理解していたのかもしれない。
それだけ愚図らず騒がず、手のかからない、従順で素直だから大人からは大層可愛がられた。
だから、生贄に決まった日も、本当は嫌だ。と何度も言いたかった。
けれど、私は「いい子」という役に従事していた。
周りから落胆されること、ガッカリされることへの耐性がなかった。
私が次に目を覚した時、そこは大学の校門前。
スマホで日付を確認すると、確かに一月前。大雑把に考えて私たちが旧王林駅を出て、大学へ向かってる最中か。
今、自分の身体は死と隣り合わせにある。
こんな感覚、人間なら当たり前の感覚だったのに、それを100年前より忘れていた。
いざという時、彼女が守ってくれていたから。
彼女は自分にも優しくて、暖かくて、どんな時でも守ってくれた。
そんな心の甘えがあったのは否定しようがない。
散々格好良いこと言っといて実際、今にも足が竦んで思うように動かない自分を情けなくすら思う。
「っ!」
だが、そんなこと言ってる場合かと自分に活を入れるべく両膝を叩きつけた。
収まりはしないが、動き出す契機にはなった。
「タイムリミットは一時間……」
まず、彼女らが怒り任せに剣の提案に乗らないこと。
その為にすべきことは粗方練ってある。
一刻の猶予もならないと大学の校門を潜った。
当たり前のことだが、学生も風景も後者も何もかも一月前通りだ。
争いなどあった形跡もない。平和な光景そのもの、こんな光景も3日後には血にまみれているのかもしれない。
そうさせない為にも、まずは部室棟に向かい剣に殺されたサークルの面々を救出するべく動き出す。
「……土夜のやつめ」
あいつに一つだけ教わった悪知恵、手段など選んでる場合でもないが実行には些か躊躇する。
私は今まで多くの人が目にしつつも実際に使用したことのないい非常ベルのスイッチを押し、大きく息を吸って叫んだ。
「火事だぁぁぁっ!」
斯くして、私の時間渡航記が始まった。




