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深淵よりの誘い⑤


 剣と神日はファミレスでのんびりとピザを囲いながら談笑していた。

 家族連れや若いカップル、勉強に励む受験生など様々な者たちもいれば、大学生の友人同士が食事を囲むなど日常の風景そのもの。


「そんで、10年越しの計画失敗したその後のプランってのそろそろ聞かせてもらいたいんだけど」

「あぁ。ちょっと待ってください、今。すぐ食べきっちゃうんで」


 神日は注文されて出てきた料理を口、でなく体の素手で自身へ取り込むようにして喰らう。口で食べてるフリをしながらもそこに料理があった形跡は跡形もなく消え去り、まるで手品か何かのような現象。


「食べても食べても、僕の中の化け物に栄養を持って行かれてるみたいで、人前で人間のフリをするのは実際に辛かったですよ」

「でも、君とこうして人前で本音をさらけ出せたのは僕にとっての幸運です」

「あいつらといた時より随分お喋りになったな。もっと、無口な男だと思ってたが」

「元々僕は結構喋る方でしたけど、あまり土夜さんみたく嘘も上手くないのでボロ出さないように無口で従順な羊を演じてたまでで」

「そうかい」


 と、剣はもう何本もタバコを潰した灰皿の上にタバコを潰しながらまだ新しいタバコに火をつけた。


「ところで君はなんで僕の計画にここまで付き合ってくれるんです? 水谷女医も亡くなったし」

「……別に、なんてことねぇよ。ただ進級まであと単位一つ、出ればまぁまず落ちないだろっていうくらいの科目だったんだけど……」

 

 加えた煙草の灰がポトッと、床に落ち。

 それを見ながら戯けたように笑い


「落ちちゃった」

「それだけかい?」

「あぁ。そうだよ、単位取れなかった上に、そのことで俺のこと見下す連中。こんな大学も世界も、後ついでにバイト先諸とも滅んじまえって思ってるだけよ」

「そう」


 と、聞いといて興味あるのかないのか分かりにくいリアクションを取る。実際に剣の感情は読み取りにくく、傍から耳に入った物がいたとしても本気に取るものがいないだろうというくらい軽い。


「つーか、俺よりお前の話してんだろ。食いながらでいいから聞かせろよ。ここの代金持ってんの俺だぞ」

 

 そう言われて、神日はピザを食べ終えてからようやく口を開く。


「確かに、邪神を呼ぶのは今は無理」

「儀式に必要なパートナーはもういい、僕の魔力を全盛期より遥か先に戻す必要がある」

「その一環として、あの可愛げのない化け物を地上へ強制的に連れてきた訳か?」

「はい。彼らは光を嫌い、適度に知性もあって統率の優れた種ですから、公に人前に出たりしないところも僕にとって都合のいい存在でした」

「そんで、もうすぐ空腹に耐えかねたグールたちが一斉に人間を襲うと」

「そうして王林町で人間とグール同士の争いが起きたらまたよその町で、よその国で、地球の裏側まで同じことする」

「すれば、地上に瘴気が満ちる。魔界と同じ魔力にも近い性質を持ったエネルギーが放出されて僕の力になるんだ」


 長々と凄いことを言ってるようで、何か分かりにくい。

 剣は煙草を吹かしてひと呼吸置いてから答える。


「回りくどいと言うか……長丁場だな、何十年かかるのよソレ。ま、俺ら魔力の恩恵に与れれば何百年は生きてられるけど」

「何百年かかってもさ」

「けど、ソレもう邪神呼ぶ意味なくね? 人間もグールも共倒れするでしょ」

「あぁ。でも、全滅はしないだろうね、一握りは確実に生きるだろう」

「けどね、僕はそんなことどうでもいいんだ」


 神日は頭を抑えて蹲る。

 まるで、頭の中に跋扈する何かを抑え込んでいるかのように、そうしていなければ、頭の内から何かか飛び出さんとでも言うようだ。


「この宇宙から人が生まれたと言う事自体が間違いだったんだ。その間違いの歴史をキレイサッパリ、消してやりたいんだよ」

「ふーん……ま、大変ね」


 剣は煙草を灰皿に潰して立ち上がる。


「けど確かに、どうせ大掃除するならそのくらい思いっきりしたほうがサッパリするかもな」


 一足先に支払いを済ませておくと、財布を手にして出ていくのだった。


「どちらへ?」

「ちょっと最後の地脈見つけるのに心当たりあったわ、一人でいい。すぐ帰るから」




 私達は、旧王林駅を出て大通りに出た。

 やることは彼らの帰還を妨げる結界を破壊すること、最後の魔脈を守り切ること。

 それを三日以内に、と言う期限付きだ。あまり悠長に構えてられる時間もない。


「とりあえず、どうする気だ土夜」

「メモかノート、ある筈だ。あの人、几帳面だったから何らかの形に残してあるだろ」

「なら石崎とやらの家に急ぐか?」

「いや石崎先輩の家はもう取っ払ってた、仮にノートがあったとしても実家か、もう処分されてしまったか……」

「となれば」


 多分私も同意見。

 学生に一人一つ与えられてる個人用ロッカールームは恐らくもう退学扱いになった生徒のを取ってはいないだろうから、かつて先輩が部長を務めていた大学のイベントサークルの部室。

 コインロッカー程度の小さなロッカーだがあそこなら管理が学生任せだから望みを託すならそこくらい。


「では、急ぎましょうか」

「あー……そうだ。その前に、レオナさんだったかな」


 彼らからしたら、完全蚊帳の外から出てきた人物なので私の知り合いという拙い情報だけで自分を納得させているのかさしもの彼も少し考えてから


「君。ちょっと外れて欲しい」


 と、ザックリとした発言が飛び出てくる。


「どういうことですの!? 私がお邪魔だとでも!?」

「いや、逆だ。今回は君が切り札になるかもしれない」

「あ。そっか、まだレオナさんは神日に顔が割れてない」


 現状、彼女はまだ神日たちの中で部外者。

 唯一ノーマークで動ける可能性を秘めてる彼女をわざわざくっつけて置くこともない。


「そういうこと」

「切り札……なんとも私に相応しい響きですわね!」


 乗せられやすい性格で助かった。


「スマホ持ってる?」

「メイさんに借りたのでよければ」

「OK、とりあえずこれで順次連絡は取り合う。俺は土夜特男だ。なんかあったらアマテさん経由でもいいからメールで報告して欲しい」

「ひとまずレオナさんは、俺の指示があるまでそこのサイゼで待機してて欲しい」


 と、知らない人間というのはレオナさんからしても同じことだからか、一方的に指示されたからか少しムスッとしていた。


「お願い、レオナさんには分からないだろうけど……割と今、めちゃくちゃヤバイ状況だってことは分かって欲しい」

「……いいでしょう。指示を出させて差し上げますわ」


 彼女も、なんだかんだで素直になりきれないだけで悪い娘じゃないとは思う。


「つーかアマテちゃん、たまーに連絡取れなくなるけど、魔界行ってんだろ。ずりぃな、面白ぇことやってんだろ」

「面白いと言えば嘘にはならないけどね」


 彼とマモンさん、会わせてみたらどうなるか興味はあるけど今はそれどころでない。



 三人、また大学へ戻って目指すは部室棟。

 『イベントサークル』の部室を見つけて、簡単なノックと共に入室。

 中には部員の女子が数人、お菓子を囲んでいた所にいきなりの来訪でポカンとしていた。


「え、なに……なんですか!?」

「すまない、非常事態ゆえ見逃してほしい」


 弁明は土夜くんと菱輝さんに任せ、私は一目散にロッカーを調べる。


「あ、あった! 石崎先輩の」


 ミコトの力を借り、無理やり鍵のついたロッカーをこじ開ける。もう平穏な大学生活は終わりかな、とか大勢の人間の命にくらべてちっぽけな事を考えてた私は勢いのまま整ったロッカーを確認する。

 整頓された本や資料などに混ざって、本屋で売ってるような留金のついた分厚い手帳が数冊。

 どれか分からないし、調べてる時間もないから私は手当り次第全部回収する。

 

「あっちゃあ、一足遅かったか……」

「剣!?」

「そうだよ、もう石崎退学扱いになってんだからロッカー室残ってる訳ねぇのにあったま悪ぃ、俺! 気づいてれば間に合ったじゃねぇか」


 一足違い、紙一重で間に合ったと言うべきか。

 剣と鉢合ってしまった。 

 一人頭を抱えて、自己嫌悪をしていたが段々と調子を取り戻す。


「石崎の手帳だろ、それくれる?」

「冗談」


 私は、ズボンのポケットに手帳を突っ込む。

 するとイベントサークルの部員たちが二人剣へと駆け寄る。


「剣先輩、今までどこ行ってたんですか!?」

「部長のあなたが急にいなくなって大変だったんですよ」

「あぁ。悪い悪い、俺も忙しくて」

「と言うかなんとかしてくださいよ。この人たち、いきなり押し入ってロッカー壊して」

「あぁ、今。俺がなんとかしてやるよ」


 そう言って、私はやるならやってやると場所を変えるべく部室を出ようとした時。

 私は当然、剣からの不意打ちには警戒していた。

 それともこの中から人質を取ってくるか、一挙一動警戒していた。


「え……」


 剣の右手がありえないほど膨張していた。

 人間の二、三人。あの中に入ってるのではないか。


 すると腕が関節を無視して回転し、ぐちゃりと肉の潰れた音、硬いものがゴリゴリと砕け、やがて音もなく腕が元の大きさ、色に戻っていく。

 あまりに突然過ぎて、この場でやる意味も分からず、ミコト達ですら対応が間に合わなかった。


 この場にいたイベントサークルの部員たちが跡形もなく姿を消している。


「貴様……今、何をしたぁ!」 

「ハハッ。これでアマテちゃん、よしんば生き長らえたとしても俺に感謝するぜ?」

「アマテちゃんの不正を見た者は証拠隠滅、これで元通りの学園生活を送れるな」


「あんた……」

「ハハハハハハッ! そうだよ、その顔。神日があんたに執着した気持ちがよくわかるよ偽善者!」


 怒りが遅れてやって来た。

 本気の怒り、今までの私の怒りがなんだったんだと思うくらい溢れて止まらない。


『アマテ、任せておきなさい。こいつをこの世に生まれたことを後悔するほど塵も残さず殺してあげるから』


 あいつの作ったゲートを潜ってやって来たのは、どこか時空の歪み。

 淀んだ煤色の空に、赤い月が四つ縦に並ぶ奇妙な世界。

 ここなら死んでも文句はない筈だ。


 そんな空気を破って土夜くんが、前に出る。

 彼自身、平静を保つのも難しいのだろう。何度と自分の頬を抓った青痣が残っている。

 

「あー……お喋りする空気じゃないけど、流石に情報収集を怠るのも俺らしくないから話すぜ?」

「あんたら、竜脈になにしたんだ?」

「何かしたって訳じゃねぇけど……竜脈も自然現象みたいなものさ。時期や周期によって乱れたり崩れたりもするし、自然治癒もする」

「だから今回俺たちはその魔脈の流れを二つ三つほど変えちゃったんだ」

「川の堤防にヒビを入れてきた感じかな」

「けどあと一つどうしても見つからなくてな、ここを壊せば連鎖的に他の堤防も壊れちゃうって感じのウィークポイントがあるんだけど」

「そこで思い立ったのが石崎のノートってわけ」

「あいつ、オカルトには懐疑的だったけど見た物を疑うほど愚かじゃない」


「ま。お喋りはこの辺にしてそろそろ……」


 剣は右手を変質させ、強靭な刃を発現させる。

 今まで見たのよりも、ずっと鋭く斬るより刺すことに特化した造りになってヘラヘラした笑顔と裏腹にそこはかとない殺意を感じる。


「来いよ悪魔!」

『さぁて、誰からって……もう行っちゃったか』

「私がやりたい。人間界ってストレス溜まるからさ、こんな時くらい暴れていいでしょ」


 出始めはシオンだ。彼女はいつも正面から突撃あるのみ、愚直なくらいまっすぐそれでいて自分のパワーに全幅の信頼をよせているからこそか。シオンの魔力を込めた一撃が剣の顔面へと直撃した。

 爆発を起こしたような轟音と共にシオンの後ろが丸ごと吹き飛び、木々が座喚いては野鳥が一斉に避難を始める。


「……ってー」

「本当、完全に化物って感じだね」


 肝心のダメージは人間の首が普通に引きちぎれそうな一撃を喰らって、この態度。

 シオンはもう一発、直に魔力を浴びせようとするも剣の左手から伸びた触手に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「ぐっ……! はぁぁぁぁぁっ!」


 シオンは地面を両手で叩きつけ、獣のごとく四つ足を操るみたく飛びかかる。剣が人間と思えぬ跳躍で回避すれば、レイラも同じく追尾する。

 

「でやぁぁぁっ!」


 両手から繰り出される引っ掻く所作によって地面がえぐれ、剣の薄皮を捲りあげ血を噴出させることこそ出来たが決定打に至ってるとは思えなかった。


「貰った!」

「フン、この程度」


 そんなシオンの隙をついて剣の右手からも触手が伸びる。想定外の位置から不意の攻撃を食らったくらい、捌けないこともなかった。懐に飛び込んだシオンの斬撃が剣の右肩を骨ごと切り裂き弾き飛ばした。

 血が一滴も飛び散らぬ、黒い触手ごと巻き上げられたことによって怯むかと思えば、剣は怪しく笑う。


 その意図の読ませぬ笑みは私にそこはかとない不安と、恐怖を与えた。顔からボロボロと口から何か白いものが剥がれ落ち、剣の生首……いや、頭の皮がまるごと剥がれ落ちた。

 

「なっ!?」

「オオオア……オオ…」


 骸骨には黒い触手がまるで神経細胞の如く張り巡らされており、まるで脳へ寄生しているかのようにビッチリとくっつき、本当に今さら過ぎるが彼はもう人間でないのだと血の気が引く。


「ブァ………!」

「ちょっとなにこれ……わっ!?」


 あれこそ、触手の本体。剣に根付く化物の正体か目や鼻、口から蠢くは触手でなく黒い霧のようなものだった。それらはシオンを包み込み、一瞬の内に凝固化して元の触手のしての形へ性質を変え、飲みこんだ。

 シオンは、黒い触手の化け物に頭から丸呑みにされ、藻掻き足掻こうとも振りほどけない。


『シオ姉、変わって!』

「レイラ、いざ参るっ!」


 だが、咄嗟にレイラが鉄扇で触手を全て切り裂く。しかし、回復の時間を稼ぐつもりか、神日が交代で触手を伸ばしながら直接襲いかかり攻撃してくる。


「ちょいっと!」


 回し蹴りで弾き飛ばすが、大きく撓った触手は明後日の方向へ飛んでいき、それに引っ張られた神日は身体を揺らして青天する。


「やっぱ打撃は効かないか、斬っても斬っても再生するし、ここは砕いてすり潰すが得策かな」

「そゆわけでミコ姉。あとよろしく!」


「えぇ、任せときなさい」


 最後にミコトへ交代。

 既に魔力を溜める事前準備すらいらない。

 最初から魔力を満タンにためていたミコト全力の一振りが剣を、あの化物を吹き飛ばす。

 どんな化物だろうと『拳で打たれた』と言う物理的な衝撃を受ければ後はフィジカル勝負。


「ゴオオオオオオッ!?」


 化物は木を何十本も薙ぎ倒しながら、頭をひっくり返っている。

 周囲に飛び散った黒い泥溜まりがまた剣の周りへとひっつき、元の肉がついた顔へ戻る。


「ふぅ……呆気ないものね」


 未だ敵意は向けているようだが、抵抗する力すら残っていないようだ。


「マジかよ……反則、だろ。最初の時と全然パワーが違うじゃねぇか……」

「姉妹三人分、パワーも戻ってきてんのよ」

『けど再生されちゃったよ。ミコ姉のパワーでも完全には消し飛ばせないなんてビックリ』

「厄介ね。クロナがいてくれたら良いんだけど……」

「やっぱり……勝てねぇのか、俺じゃ」


 ギリッと唇から黒い液状の血のような何かを零す。











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