深淵よりの誘い➃
突然襲ってきた謎の連中を撃退すると、それはまるで中身が溶けてしまっかのように消失してしまう。
「なんだったんだ、こいつら……」
残るはペラペラの防護服と機関銃。
中には肉も皮も骨もない、まるで空気でも詰まっていたのかのようだ。
「少なくとも肉ごと切った手応えはあったんだけどな」
レイラと土夜くんは何度もつつき回して調べるが、見る限り本当にただの防護服だった。
「ミコ姉ぇはあのお兄さんたちの差し金だと思う?」
『どうでしょう。戦力は足して三人で全部って言ってたけど……信用するには値しないわね』
「身元を確認できるものはないな……スマホの一つも持ってねぇとは、普通の連中じゃないぞ」
何やらきな臭い空気が漂ってきたが、私は「少なくともここの調査が無駄足にはならなさそうだ」と前向きに捉えだしていた。
「仲間がいないとも限らないし、急いでこの場を離れるぞ」
「ちょっと待て」
その前に、菱輝さんは残っていた機関銃を二丁、それぞれ手にして持っていこうとする。
「ふむ。武器は使えそうだな」
「おいおい、持ってく気かよ」
二丁共、自分で持つようだが独占するためと言うより単純に私や土夜くんに渡したところで使えないからという理由からのようだ。
「釘抜きよりは使いようがありそうだろ。それにルーゼン……」
レイラの方を見て言葉に詰まりかける。
するとレイラ自身も気にしないでと笑い
「もうレイラでいいよお兄さん」
「……レイラ達にばかり頼ってもいられまい」
すまないと会釈する代わりに一礼。
改めてレイラから私に戻ったところで探索を再開する。
「おっ。見ろ、黒い跡だ」
辺りを隈なく捜す土夜くんは、例の黒い液を引き摺ったような跡を発見する。それは1・2番ホームへ続いていた。
気になる場所は他にもあるが、まずはそっちからでいいか。下手に藪を突付いて蛇を出すこともない、ここへ来た目的は黒い泥の調査だからだ。
目に見えるほど埃の積もった階段。
ごく最近、何かが通ったかのように人間の足跡やヌルヌルとした黒い液体が続いている。
「気をつけろよ、結構滑る……」
一歩一歩踏みしめながら降りるごとに、地獄の底へ降りるかのような気分だ。
『アレって銃痕かな、結構新しいよ。足元に薬莢もある』
足元の他にも周りを土夜くんに照らしてもらうと、確かにあった。
「あの宇宙服と、黒い塊がここで一戦交えたのかね」
「だとするならどっちかは味方になるのか?」
「あんま期待しない方がいいんじゃね」
ようやく階段を降り、黒い泥の足がかりを追う。どうやら線路を降りて奥側、磁石からして西側へ向かっている。
「俺、一度線路の上走ってみたかったんだよね」
「お前は何かと浮ついた発言が多いな」
「前向きと言ってくれよな」
とっくに廃線になった線路だ。
頭でわかってはいるけれど、線路に降りると言うありそうでない経験。
当然、罪悪感もあるが音もなく走ってきた電車がやってくるのではないかという幻覚。
意味もなく前から後ろから必要以上に警戒してしまうのだった。
「…………」
廃線になったと言え、途中まで作り込まれている。本当に、ある日突然工事が中止になってそのまま放置されたのではないかという風だ。
やがて、トンネルを通った私たち。
どれだけ続くのか、今にも息が詰まりそうな闇世の中をひたすら歩き続けてどれくらい経った事か。
ボトッと何かが私たちの目の前へ落ちてきた
驚いて咄嗟にライトで照らされたそれは、人の腕だった。
私は息を呑む。
「な……なに…………え?」
血にまみれ、肘から先がなくなった恐らくさっきの人間の物か、必死に藻掻き苦しんだの手を広げたまま上に突き出した状態で硬直しており、燦然たる光景を私に想起させた。
そして、その犯人。暗闇の中においてハッキリと目立つ等間隔に置かれた二つの赤い光の点……あれは目かな。
「フシュル……フシュ……グゥゥ」
獣の呻きとも違う、何かの呻く声が聞こえて私たちは空を見上げた。
赤い光点が二つ三つ四つ五つ六つ七つ……。
ここはトンネルでなかったのか、いつの間にか開けた空間となり天井や壁を埋め尽くすほどの光点に囲まれ、あろうことか私たちはその淡い光が集まりぼんやりと照らされる。
「うっ……」
もう化物には見慣れたつもりだった。
しかしこの周囲から隔絶され、光一つとして差し込まれることのない超隔離空間による独特な空気がそうさせるのか、私は悲鳴が上がりそうになるのをグッと堪えた。
「……コオオオ、アア」
姿は見えずとも、光点が存在を嫌でも知らせてくれる。その化物たちはノロノロと、歩みは遅いが確実に私たちへ向けて足を進めているのが聞こえた。
いつの間にか退路も塞がれ、私はふと落ちていた腕を見た。次は私たちがああなるのかと、震え上がり、膝が今にも地へ突きそうだったその時
「ヤメロ」
どこかから響いた一つの掠れたそれでいて私にも聞き及ぶ声に全ての光点が従い動きを止める。二つの光点を残して再び真っ暗な空間へと戻り、残った光点……彼の方から同じ声がした。
「ココハ ニンゲンが クル トコ デナイ」
「あんたが……あんたが、ここのボスか?」
こう言う時、いつも飄々と向かっていく土夜くんすら声が上擦っている。
二丁の機関銃が棒きれよりも頼りなく見えてきたが、今のところ彼らに敵意はなさそうだ。
「ソウ トッテモラッテ カマワナイ」
「ワレワレハ……」
掠れ掠れで、聞き取りにくかった声が次第に聞き取りやすい流暢な声へ変わっていく、と言うべきか。まるで、口の使い方、喋り方、話し方を思い出したみたいでもあった。
「我々はグール族、古来よりこの星の地底に住まう種族である」
「イス様が言っておられたな……地底にもまた、地上とは異なる文明があり、世界があると」
端的に言えば地底人……音黒さんが聞けば飛びつきそうな響きだ。
「それで、こんな団体で地上観光ってわけじゃないよな?」
土夜さんは強気な姿勢で対話を試みているが、手が震えており落ち着きなさそうに意味もなくズボンの裾で何度も擦っており、手汗も相当掻いているに違いなかった。
「我々も好んでこの場にいるわけでない」
「帰れないのだ」
「我も、我々も。この場だけでない地上中に散らばった数億の同胞たちも」
「数億って……ハハッ。やべぇな」
ゾッとするなんて言葉じゃ生温い、想像を絶する恐怖に思わず私まで小さく笑ってしまった。
「その原因が竜脈にある」
「竜脈?」
主に城や家などの吉凶を気の流れによって占うと言った思想……言葉と簡単な意味くらいは私も知っている。
「一定の期間で、ここ地上と地底を繋ぐゲートが自然的に開かれることもあれば閉じられることもある」
「今回はその閉じてる期間ってことか」
「そこへ我々は、召喚させられたのだ。何万と深い地底より一切関わることのなかった地上へ」
「させられたって……まさか!」
「召喚士は自らを『災厄の魔王』と名乗った。そう言えば、必ず噴気する者がいる……と」
『完璧に喧嘩売ってくれてるわねあいつ』
わざわざ、誰の仕業か親切なほど分かりやすく教えてくれてミコトも腹立たしさを見せている。
「だが、なんでグールを地上に送ったりなどするんだ?」
「おそらくは我々と人間の全面対決が狙い……」
「なんでそんな……」
絶対に人間皆が手を出さない。
と言う確信を私が得られない以上言葉に詰まる。いや、彼らが見つかれば遅かれ早かれかもしれない。
「我々の食糧が存在しない。我々は人間の食べ物を食べること合わない」
「故に 人間を 全て 我々の食糧としての支配下におかねばならない」
「そんなことになったら王林町は……」
想像したくもない、人間が化物を相手にする全面戦争など。
「我とて、そのような事態は避けたい。人間は雑食で不味い」
「あ、あぁ……」
変に味好みの理由を持ってこられるとちょっとばかり緊張感がなくなる。
「しかし、空腹に耐えきれなくなれば贅沢を言えなくなる。そこの腕がそうだ」
恐らく散らばった腕や足などの部位は一つ二つでなく、ここが暗がりでなければもっとあったかもしれない。
「……ここらの同胞さんは貴方でも抑えきれないと?」
「ここにいるだけでも何万といる。我の一声で抑えるにも限界がある」
件の騒ぎになったのは空腹が我慢できなかったその一体か、恐らくこの中にいる。
『シオ姉、この人たちが帰れるゲート開けたりとか出来ない?』
『んークロ姉に昔説明されたけど、仕組みが違うっぽいし。そもそも何億も送り返す程のゲートなんか無理だって』
「なら、ようはあんたらが帰れるようにゲートをこじ開けてやればいいってことだよな」
「そうだ。しかし、話は大分悪い方向へと向いている」
「竜脈には、我々で手を出すことの敵わない特殊な結界が張られており、その奥に竜脈の機能を弱める仕掛けが施されている」
「しかし、どうやって捜す気だ?」
「今の都会は、コンクリートやビルなどの建物だらけで、その下に埋まってるなんてことになったら厄介だぞ」
菱輝さんに言われ、何かしら捜す取っ掛かりが欲しいと土夜くんが頭を抱えていた時だ。
「イシザキ イシザキをサガセ」
「イシザキ?」
どこかで聞いたことのある名前だったか、生きてれば何度か耳にするかと言う響きだ。
これと言って思い出せるだけの引っかかりが私の中になく、不特定の人間を探さなければならないのかと思った時だ。
「この町に住む勇敢な探索者だ」
「この街で大学生をしている。アレはとても賢い。今回の異変の解決に導ける」
その言葉を聞いて私よりミコトが先にピンと来たようだ。
『あ……アマテが入学した日の』
「あっ!」
私がこの街に来て、一番最初の事件の被害者だ。剣の友人で、4年生の先輩……それくらいしか私の中で引っかかりがなかった。
思わぬところで意外な名前が出たものだと、もう私より気づいていた土夜くんはだからだったのか、ずっと呆気にとられてぽかんと口を開けていた。
しかし、ここで問題があった。
「悪いけど、その石崎先輩。もうこの世にはいねぇんだ」
「なんだと……!?」
「そのイシザキが、俺達の知る石崎先輩と合ってたら……もう死んでるんだわ」
「オオオオオ……」
石崎先輩と彼らにどんな接点があったか分からないけど、少なくともこの慟哭と悲嘆にくれる声を聞けば信頼されていたことが分かる。
また、行き詰まりかと誰もが諦めかけた時だった。
「なんにも心配することはありませんわ!」
聞き覚えのある声、この暗いムードを一気にぶち壊してくれるような奴が最近、一人増えたんだった……。
「うわ、なんだこのシリアス壊す濃ゆいの」
恐らく気配を完璧に消して仮死となって後ろからつけてたな。シオンがさっき変な気配を感じたと言ったのは多分それだ。
「このお方はさる魔界の王女を三人も従えるカリスマ性、その卓越した知能、そして行動力はあらゆる異変を解決に導けますわ」
皆の視線、赤い光が一手に集まった先はどう見ても私だった。
「ハハッ。なるほど、そういうことね」
「静粛にしたまえ。彼の魂はしかと彼女の中に受け継がれている! 何も恐れることはない!」
「ちょ……ちょっとちょっと」
教祖譲りの口達者で私をシンボルに仕立て上げるつもりか、もうむず痒いやら恥ずかしいやらで怖いなんて感覚とっくに消えてしまっ背中がムズムズと痒くなってきた。
「恥ずかしい……」
そんなに人から持ち上げられる人間でもないのに、皆して私に期待しないで欲しい……。
「ふぅ。ちょっと変わりなさい」
呆れたミコトに肉体を交代。
「ーーーー……!」
「ーーーーだ……」
地底にまでその名は知れ渡っているのか、ミコトが出てきてから周囲の反応が変わる。
「ま、ちょっと情けない奴だし、あんた達のお眼鏡に敵うだけの器じゃないかもしれない」
「けど、やる時はやるのよ結構」
言いたいことがあると、シオンに交代。
「ぶっちゃけ私からしたら偽善者。悪徳、大体自分が傷つかない選択を取る」
『うっ……』
「ま。けど、不思議と私はそんなお姉さんが嫌いじゃないし宛にしていいかって思ってる」
一時はどうなるかと思ったけど、最後のフォローをさせて欲しいとレイラに交代。
「彼女の素質を言うならそれはベストバランス!」
「非凡と平凡を兼ね備えし村人」
「だがその正体は天より取り溢しのあった真の勇者!」
「真の勇者は勇気の出しどころを知っているのさ」
「乗るか反るか、どうせならお姉さんに賭けてみない?」
ミュージカル調に囃したてるレイラに盛り上げられ、周りもその気になってくれた訳でない
「……しばし待つ。だが、あまり時間はない」
「あ、ちょっと待った。そういやここに来る前になんか変な宇宙服着た連中を見たんだけど、アレはなに? 狙われてるの?」
「……分からない。奴らは我々をここから出すつもりがないようだ」
「既に犠牲者も出た。中には人間に対する恨みや憎悪を燃やす者もいる」
分かってた事だが、黒い泥から人々を守る正義の味方。と言うわけではないようだ。
一体どこからあんな兵士を調達したか分からないけど、双方の憎悪や敵対心を徐々に煽っていく。いかにもアイツの好きそうなことだ。
「分かりました……急ぎます!」
「ですから、その……お願いします。一週間、いや。三日……人間を誰も食べないで下さい!」
「その間に必ず返します!」
「みんな、帰りを待ってる家族や。生きてたい明日があるんです」
「もちろん、貴方たちにだって帰りを待つ同胞や生きたい気持ちがあるのは分かってます」
「ですけど、どうか……お願いします!」
仲間を失って、人間を憎む者もいるかもしれない。けれど、私はどうにかこれ以上双方が憎み合わないで済ませたい。
「我々も空腹の者共を説得させ抑え込むのにもそう長くは持たん……が、善処はする。イシザキの意思を次ぐ者として無碍にはできん」
「ありがとうございます!」
正直、騙してるみたい……と言うか騙してて気が引けるけれど今はやれることはすべてやるしかない。
私はそう何度も自分に言い聞かせる。




