深淵よりの誘い③
あれから、三日経った。
『そっか。俺の方でもなんか動きがあったら連絡する』
一応、このことは土夜くんにも連絡はしておいた。思えば私の周りに四人いた筈の友達もいつの間にか土夜くん一人になっていた。
あれから、色々芋蔓式に忘れてたことを思い出した。昔の友達のことも、全部。
また、私の手から友達という存在がこぼれ落ちてしまいそうな気がしてスマホを持つ手が震えた。
『今、俺どこにいると思う?』
「そんなクイズ的なノリやめてよ……アダルトビデオの専門店かネカフェ」
さっきから裏で妙な声が延々と聞こえてるんだ。
『当たり』
「なに、新手のセクハラ?」
彼がそういうことに興味持ってても別に構いはしないが、わざわざこんな話振ってくるのに悪意を感じずにはいられなかった。
『いやいや。ちょっと待って今、電話変わる』
『御上天照か』
電話の応対主が変わったようだ。
私はその声に聞き覚えがある。
「ひょっとして、菱輝さん……!?」
『新たな居住を構えた……苛立つ気持つは色々あるが、ここなら絶対にあり得ないだろうと新しいゲート土夜がここに作らせやがったことはこの際気にしないでくれ』
「確かにあり得ないだろうけどさぁ」
ワナワナと怒りに満ちた声から一転、急にトーンの落ちた声になる。
『それより以前は君にも、君の友達にも迷惑をかけた……取り返しのつかないことをした』
『そんな私だが今後、私も君に同行してもいいだろうか』
「それは、心強いです!」
『本当にいいのか……』
「私は真相を知った今、彼が悪いだなんて思ったことはないです」
「守りたいものをお互い守った結果、私は守れなくて、菱輝さんは守り通した。それだけですよ」
『恩に切る』
『そんじゃ、アマテちゃん。なんか分かったら報告するから、そっちもお互い進行あったらどんな些細なことでも教えてくれ』
「分かった」
神日さんも加わって、調査も捗るだろうと、私は彼らの成果を待つが、また一週間経てども結局神日がなにかを仕掛けてくる様子はなかった。
最も私たちに分かりやすい形で真っ向やってくるはずもないのだが。
そうしてまた三日経って夏休みが明ける。
「はい、ありがとうございます……」
早朝、乃愛さんのお母さんと電話を終えた。
今は安静にしてるらしいが、また記憶が空っぽになってしまったみたく、今や母の顔すらナイフを持った殺人鬼でも見るみたく怯えるらしい。
私は、その症状に痛く覚えがある。
だからって私にしてやれることなど何もないが、せめてこれ以上彼女を苦しませる者に一日でも早くケリをつけねばと考えるしかない。
「さて、行くか……レオナさんが寝てる間に」
大学、なんて気分でなかったがとりあえず何かに熱中してなければそろそろ気が触れてしまいそうだった。
『やっぱり甘いよ。お姉様もお姉さんも』
大学へ向かう道中、シオンが声を上げる。
『あいつはこの街を全て壊すって言ってたよ。その犠牲に比べたらあのファミレスにいた人間なんてほんのひと握りじゃん』
シオンはまた神日たちを見失うくらいなら、あの場のファミレスで三人とケリをつけるべきだったと言う。
『結局、お姉さんの見てないどっかでやらかしてるよ。どうせ人が死ぬなら手っ取り早くじゃないの?』
傍目からすれば私に甘いミコトやレイラに比べて、一番キツイことを言う。彼女の言うことは暴論ながら理にかなってる、だからこそ耳に痛く聞こえてしまう。
『自分の見てないとこで犠牲になるのはいいの』
『まぁまぁまぁ、それはちゃんと飛躍し過ぎだってばシオ姉』
そんな彼女を諌めるのはレイラだった。
『シオ姉の言うことは一理あるけど、私はお姉さんのそういう甘いところ好きだなぁ』
『ま、なんにせよ。決めるのはアマテで、アマテが自分で納得できる答えを見つければいい』
最後まとめに入るのはミコト。
雷さんも言っていたけど結局はそれしかない。
『ただ、そのことで一つハッキリさせておきたいことがあるの』
『クロナのことは最悪気にしなくていい』
「え……」
『貴女がこんなこと言って納得できる人間じゃないのは分かってる』
『けど、こっから先。迷ってる暇も時間もないかもしれない』
『もしも、クロナを犠牲にすれば神日を倒せるとなった時は……迷わずやりなさい』
『クロナは合理的な奴だから、そうすればいいならそうしろという』
『貴女が本当に守りたいものまで失わないように最善を考える。それを私に誓える?』
ミコトが私にこれだけのことを言うなんて、どれだけの決意だったか。
約束なんて言葉まで持ち出されたら、私は首を縦に振るしかない。
「……分かった。約束する」
『えぇ。ならいいわ』
四人で話している間に、いつの間にか大学へついていた。
「アマテさん、久しぶり!」
「土夜さん、本当だね」
食堂で彼と一度合流する手筈となっていた。
土夜さんと顔を合わすのは虎伏山以来だ。加えて色欲魔界の日数加えたら本当久しぶりで、つい懐かしさを感じてしまう。
「菱輝さんも……」
「俺が服見たんだぜ」
それと、隣にいる菱輝さん……教祖風の和装から一気にシティボーイといった風のジーンズやファッションを着こなし、その気になればモデルとしてもやってけるのでないかというくらいの美形だった。
「そんなことはどうでもいいだろ」
褒められても全く嬉しくないとタブレットをテーブルの上に置いた。そこには地図が添付されており、印のようなものもついている。
「先日、神日の手がかりを掴めた」
「やはりもうあいつは何かしらの行動を開始してる可能性が高い」
「やっぱり……」
「これにその事件に巻き込まれた人の証言を綴ってある。よく読んでおけ」
彼から封筒で一枚の資料を貰う。
「彼女を巻き込まない為にも、誰なのかってのはアマテさんにも話せないけど」
「分かった、構わないよ」
ーーーーー
ここからは、仮にAさんとする彼女から綴られた証言を元に話を組み立てた話だ。
大学生ともなれば、警察からの補導対象外。
立ち寄れる場所、時間帯も増えればハメも外したくなるというもの。
特に理由があるでもなく、飲食店やゲームセンターに立ち寄ってすっかり時刻も変わろうかという時間を彼、もといBさんと過ごしたようだ。
「楽しかったね」
「うん、また行こうよ」
と、二人だけの甘い幸せな時間を叩き壊すかのごとく、不意に彼の影が起き上がってきたのではないかというくらいの大きさ。
黒い泥の塊のようなものが、Bさんを羽交い締めにした。
「うっ……うぅ……!」
「いやぁぁっ! ちょっと……なに!?」
Aさんはそれを引き剥がそうとするも手が滑り、離れてしまう。
それは廃液のように真っ黒で、タコやイカにも近いぬめり気。彼を締め付けたまま、どこかへ引き摺って行こうとする。
「……………っ! っ!」
「はぁ……はぁ……! 誰か、誰か助けて!」
幸せの絶頂から一転地獄の底へ突き落とされた彼女は絹を裂くような悲鳴を上げる。
すると運良くか、彼女の悲鳴を聞きつけ三人ほどの大人が集まった。
「きゃあああっ!」
「な、な……なんだこれは……!」
各々、目の前に起こっている現実がとても受けとめきれず、駆けつけたはいいがただただ困惑するばかり。
「貸してっ!」
それでも彼に続いた偶然の数々、慌てて飛びてた為に包丁持ったまま飛び出ていた主婦がいたこと。
その人から包丁をひったくり、そのまま黒い泥めがけて突き刺すだけの胆力を持った人がいたことだ。
『…………!』
泥は一言も発することはなく、効いてるのか効いていないのか判断しかねるが、皮膚を貫かれたことによる生理的反応か、肉体を大きく痙攣させた後にBさんを離して何処かへ去ろうとする。
「ゲホッ……ゴホッ……」
危うく一命を取り留めたBさん。
粘液と廃液にたっぷりと染まって、顔すら見えないという有り様だった。
「な、なんなのよ……このドロドロしたの」
その何かを追おうとまでする者までは流石にいなかったが、向かった先からして彼が連れ込まれそうになったのは今や封鎖され、半ば人から忘れられたように存在している『旧王林駅』と口を揃えて推察したらしい。
「なんでそう思ったかって? そりゃ、子供の頃からあそこには怪物が出るから近づくなって言われてたからな」
「あそこは、幽霊の出る黄泉の世界への入り口って言われてましたね」
「昔、悪ふざけで入った高校生の5人が今も行方不明だという噂がありました」
主に『封鎖された空間』『人の目が入らない』と人があれやこれやと憶測立てて『怪しい場所』と定義するのにふさわしい場所だからのようだ。
『よくわからない』を恐れる大凡人間らしい解答だが、今回ばかりはその恐れる事が良いように転がったらしい。
後日、明るいうちに胆力ある青年が一人でふと気になって調べに来てみたようだ。
警察には通報しなかったらしい。
信用してもらえる話でないからだ。
ーーーーー
「その結果、バリケードこそ閉じたままのようだったが、周辺にこれがへばりついていた」
「黒い泥……」
「神日がそういうこと、言ってんだよな?」
「うん……」
すると、何やら複雑な英式の並びが印刷された用紙がもう一枚封筒に入っていた。
それが何かしらの成分分析の結果であることは私にも把握できた。
「一応、その服も貰って成分分析にかけてみたが、現代の科学で発見されていない物質ばかりだった」
「にしても、そんな地下鉄なんかあったんだ」
この街に来て半年程度、あちこち探索した訳でないが、地下鉄があるなど聞いたこともない。
「戦後あたりの土地開発計画とかで引かれる予定だったらしいんだけどな。なんか原因はハッキリしねぇんだけど、そのまま放ったらかされてるんだってよ」
「旧王林駅か……」
「いずれにしろ、あまり時間はないだろう」
私たちは、急ぎ旧王林駅のある場所へと向かう。
通常私たちが知る王林駅とは大分西にずれた時間にあり、駐車場や寂れたアパート、空き地に立体交差と大分見晴らしのいいと言えば聞こえはいいが、場所ばかりとなる。
「そこだ」
神日くんの示す先、確かに今は封鎖されたトンネル。スプレー落書きや経年の劣化によるものか錆びたバリケードはいかにもホラースポットの只中と言った風だ。
話にあった黒い廃液のような物が落ちており、靴先でそっと触れてみたが格段怪しいところもない。
「どうやって通る?」
「そりゃ正面突破だろ」
と、彼は持っていた鞄から長い釘抜き……もとい『バールのようなもの』を取り出した。
「バカ。寄せ、こういうときの適役がいるだろ」
菱輝さんがそう言うとしばらくの沈黙。
そんな助っ人がまだいるのか、なんて考えていたらハッと気づいたのはレイラの方だった。
「あ、シオ姉」
『あぁ。私かぁ』
なんで本人が気づかないのか。なんてツッコミも半ばに私はシオンへと変わる。
瞬きの内に視界が真っ暗になる。正確にはバリケードの裏へ突入したのだろう、土夜くんと菱輝さんとですぐ懐中電灯で照らしてくれたから分かった。
二人、こう言う準備は早いのに私だけ手ぶらで来てしまってなんだか申し訳なかった……。
『っと、戻るね……今、なんか居たような』
「ちょっと、今不気味なこと言わないでよ」
『どうせ元から不気味なとこなんだから不気味の1つ2つ増えても一緒だよ』
「どんなプラス思考よそれ……」
私たちは、奥を目指す。
元々駅として設置されていた場所だからか、駅の改札や案内板、壊れて動かないだろう券売機等が錆びた状態で放置されている。
「……っと、薩摩の神忠則一度やってみたかったな」
「なにそれ」
変なこと言いながら改札を跨ぐ土夜くん。
「無賃乗車のこと、鹿児島じゃそう言うんだってよ。タダ乗りと忠則かけただけ」
「へぇー」
「お前たちは無駄なお喋りが多い」
私たちの気の抜けたムードに、菱輝さんは腹を立て低く怒られた。
「はい、すみません」
「ごめんなさい……」
「全く敵に気づかれたらどうす……」
と、彼は改めて前を照らした。
「……………」
その先、西側の一番ホームから東へ連れて六番ホームまであるが六番ホームの階段より全身真っ白な宇宙服を着た人物が二人上がってくるのがよく見えた。
それも機関銃を所持していた。
もちろんちゃんと動いてるし、こちらの方を視認してきている様子だ。
あまりに動きが自然すぎるとそれが異様な光景であっても見落としてしまう物だ。
「…………」
何かの幻覚か、それとも何かの映像か。
そんなものがこの日本で許されているのかなんて説得も全く意に介ることもないだろう。
変態たちのお陰で機銃にも見慣れてしまった私は向こうが放ってくる前に菱輝さんを背中から引っ張った。
「っ!」
凄まじい反響音が駅構内に轟いた。
咄嗟に身を寄せつつ、改札側の方へ戻って銃弾の雨をかわす暇もない。
『お姉さん、交代して!』
交代したレイラが扇子で銃弾の軌道を逸らし一刀の下に両断し、謎の部隊の二人に急接近。
彼らはレイラを目にすることすらなく、後頭部を揺らされ気を失う。
「おやすみなさい」
そう格好つけたまではよかったが、彼らはすぐ起き上がり機銃を放ってきた。
「うわ、ちょっ……!」
背中を掠めたが大事に至ってない。
レイラは扇子を閉じ、腰を落として姿勢を低くし身構えた。
「この反応、人間じゃない……悪いけどお姉さん、ちょっぴりだけ本気出すよ」
そこからの反応は早かった。
私の視界が追いつかない速度でいつの間にか彼らが消えた……のでなく、彼らの後ろにいた。
宇宙服のような服を切り裂き、ヘルメットを跳ねて機銃をバラバラにスライスしまるで鎌鼬のようであった。
「今度こそ、おやすみなさい」




