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深淵よりの誘い②

 神日にまだ新しい計画があるのは明白だ。 

 しかし、話せと言って話してくれる確証もない。


『いいの?お姉さん、この場でぐちゃぐちゃにしとかなくて』

『よしなさい。辺りに人目が多すぎる』


 彼も私から攻撃を仕掛けられないと分かってるからか、こちらから人気のないとこまで誘いにかけても乗ってはくれないかと思えば向こうからアプローチをかけてきた。


「お昼まだですか? 良ければこの後、お昼でもどうです?」

「は?なんで私があんたと」


 人をおちょくるのも大概にしろと言いかけたところだった。


「よっ。久しぶり」

「…………」


 病院までの公園から見計らったように出てきたのはあいも変わらず、飄々と人間の革を被って友達面してくる剣と、有彩ちゃんだった。


 一つ気がかりがあるとすれば、有彩ちゃんの方か。

 前見た時よりも大分目の輝きがなくなり、ずっと虚ろな表情で床を見ているのか、それともテーブルを見てるのかも視線が読めない。


「貴女にとっても有益な話になると思いますよ」

「なにせ、今夏中に少なくともこの街は終わりますから」

「は……!?」


 あっけらかんと話すが、この男の言葉が今さら冗談であるはずもない。何より、私の知りたい部分を聞けるかもしれないと淡い期待を抱いてついていく。

 ついてきた先は馴染みのある真夏日のファミレス。

 昼であっても夏休みシーズンだけあって家族連れや学生などが多かった。


「注文は?僕持ちますよ」


 私は通路側。いつでもさっと出られる側で神日の隣に座ってからメニューも開かず答える。


「コーヒー一つ。それとフレンチトーストとアイスクリームの小豆乗ってるやつ」


 普段バイト代入った直後くらいしかできないことを言ってやった。 


「……シュガーとミルクいる人」


 神日だけ手を上げて、剣が有彩ちゃんに二つ持ってきてと言うから私はドリンクバーから自分の分だけ確保し、言われた分のシュガーとミルクをテーブルの真ん中へ雑多に置く。


「へぇ。なんか少し見ない間に随分肝が座るようになったじゃん」


 剣はブラックのままコーヒーを口にする。


「えぇ、おかげさまで」


 このやり取りも二度目だ。そろそろ、本題に入って欲しいと急かすが神日は突然物思いに耽ったように一息つく。


「懐かしいですね。あの時もこうやって食事をかわしたじゃないですか」

「あの時……」


 幼い頃に鍵をしていた記憶の扉がフッと開いた。虎伏山の日から私も段々とであるが、思い出してきている。

 確かに私と彼は幼い頃に会っていた。


「はい。僕達にとって運命の遠足の日」

「当時10歳だったアマテさんは子供会の集まりで遠足に行きましたね」

「えぇ……確かね」


 色んな学校の子供が20人くらい集まって紅葉狩りツアー。私もそう言うのに参加しようと積極的に思うくらい当時は意欲的な方だった。


「けど、僕は行くことすら出来なかった」

「え……?」


 彼もその一人……と思いきや、まだイマイチ食い違いがあったようだ。


「口を開けば喧嘩か嫌味か、暴力でしか会話のできない両親。食事も満足に与えられず、寝てれば酔った父に腹いせで蹴られ、学校にも行かせてもらえない。そんな小学生時代でした」


 そんな辛い経験を淡々と語るのは月日が癒やしてくれたから、と言うよりも単純に興味が冷めたからと言うべきか。

 もはや彼の心の中は虚空とすら思えた。


 神日は自身の胸の内をゆっくりと独白する。

 


 

 その日、傷だらけの身体を引きずりながら僕は家を逃げるようにして出た。

 行く宛も頼る相手もいない。


 当時子供だった僕は助けの呼び方すら分からない。誰かが気にかけてくれたとしても、外面だけはいい両親のこと、うまくかわされてけっきょくまた傷を増やすだけ。


「……」


 そんな僕は近所の公園前に止まるバスを見た。


 くしゃくしゃになっているバス観光のポスターを眺めて

 楽しそうだな。

 僕も行きたいな。

 と物思いにふける。


 でも、両親が許すはずもない。

 でも、行きたい。僕だって思い出を作ったりして友達が欲しい。気がつけば、僕は一番奥の後部座席に身を屈め隠れるようにして蹲っていた。


 やがて、元いた小学生たちが戻ってきた。

 僕の下手なかくれんぼも無意味に、あっさりと見つかってしまう。


「キミ、どこの学校の子?」


 けれど、そんな僕を驚くでもなく、大声を上げるでもなく、ただ一人の子供として話しかけてくれたのは、幼き日のアマテさんだった。


「リュックないけど、忘れたのかな?」

 

 しかし当然、侵入してる僕のことなど覚えている人がいるはずもない。


「いいよ。分けてあげる」


 にも関わらず彼女は、アマテさんは、自分のおやつを色々分けてくれた。他の子も、彼女に倣ってか色々とくれた。

 特に、アマテさんと当時仲の良さそうだった女の子が一人と男の子が二人。僕を気にかけて話しかけてくれた。


 僕は初めて心から笑った。

 すぐ打ち解けられたし、流行りの漫画とかゲームのこととかたくさん喋った。


 特にアマテさんは少年漫画好きなんだなって思った。

 こんな風に友達同士と話すのってこんなに楽しいだなんて思わなかった。 

  

 バスは一度、高速道路のパーキングエリアでトイレ休憩となった。


「あ……あの……」


 トイレに行きたいけど、出たら怪しまれてしまいそうだ。


「バス出ちゃえば分かんないよ」

「とりあえずミホちゃんとダイキくんとユウキくん、お願い。先生の気を引いて」


 アマテさんは、三人を集めて何か会議を始めた。


「先生、ミホちゃんが気持ち悪いって言ってます!」


 降りる時はバスに酔ったフリをさせて引率の先生の気をそらし、戻ってくる時はダイキとユウキと言う少年たちに適当な喧嘩のフリをさせる手はずを整えていてくれた。


「んだよ、お前!」

「そっちこそ」

「今のうちに」


 さり気なく出て、先生の背後を堂々と横切りながらバスの中に紛れ込ませてくれる。


 大人。

 幼い頃の僕からすれば、図体がでかくこちらの力が弱いのをいいことに、一人で何もできないのをいいことに。

 自分より弱いものを貶めて優位に立とうとする醜い存在としか写らなかった。


「アマテちゃん。いつも頭が回るし、上級生相手にも向かっていくんだ」

「へぇ……」


 自分にとって畏怖の象徴、怖さの象徴である大人を平気で騙し、その上で周りを包み込む強かさを併せ持っている。

 彼女の度量と度胸に感謝した。


「おまたせっ!」


 僕は、そのまま参加者の一人として隠し通せるように皆を協力させてくれたアマテさんはまるでヒーローだった。


 一番目立ちにくい後部座席に座った僕は、過ぎてく景色を眺めながら物思いにふける。


 帰りたくないな。

 ずっと、このバスに乗っていたい。

 いっそ、このままどこか遠くに行ってくれないかな。

 そう願っていた。

 けれど、幸せは長く続かなかった。


「あれ……? 予定の場所過ぎたけどどこ行くんだろう?」


 もうバスを出る準備をしていた筈の子供たちが次第にざわつき出す。

 僕からしても願ったり叶ったりであったけれど何か様子が変だと思い出すと不安が先に出てくる。


「先生……?」

「座ってなさい」


 明るく優しかった引率の先生も急に冷たく口数が少なくなっていった。

 まるで人が変わってしまったみたいに。


「これから行くのは楽しい所よ」


 そう言われ、額面通りに受け取れるほど皆、素直でもない。

 やがて、日が暮れてすっかり予定解散時刻が何時間も過ぎたバスがたどり着いたのは郊外にある古ぼけた大きな建物へとやってきた。


「降りなさい」


 バスの扉が開いたが、降りようとする子は一人もいなかった。


「降りなさい」

  

 先生の語尾が強くなる。

 誰も降りようとしないからか、やがて建物の方からフードをかぶった面々が何人も出てきた。


「いやっ……!」


 小さな子どもを脇に抱えて、暴れようものなら顔を殴りつけてでも黙らせる。


「……っ!」


 それを見兼ねてか、アマテさんは単独で大人に向かっていく。


「やめなさいよ、大の大人がみっともない!」

「ア、アマテちゃん……!」


 しかし、大人に立ち向かっていくにはあまりにも彼女は小さく弱かった。


「うくっ……!」


 アマテさんは、髪を引っ張られ無理矢理連れて行かれる。僕は彼女を助けようと声を出そうとすら出来なかった。


「生意気な。黙って従え」

「ガキ一人匿ってるようだがとっくに分かってんだよ」 


 引率の先生は声を裏返し、子供の顔を容赦なく踏みつける。


「……あ、あ」

「大人を舐めんじゃねぇ、ガキ」


 その怒号、光景。まるで自分を他者の目を通してみてるかのようで気がおかしくなりそうだった。

 僕らは散り散りにされ、気がつけば鳥籠のような檻の中に入れられていた。


 フードをかぶった人間が何百人と集まれる広い空間。

 その彼らが崇めるのは気味の悪い邪神の像を称えて赤と青の炎が二対。燭台の中で何かが燃やされている。


「あぁぁぁぁぁぁ……」

「熱い……熱いよぉ……」

「助けて……お父さん、お母さん」


 燃えているのは、今日一日で最も聞き覚えのある声だった。

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁっ!」

「志乃くん!?」


 反対側の鳥籠の中にアマテさんがいた。


「アマテさ……ん……」


 籠の隙間から手を伸ばしても全然届かない。

 助けたい。助けたい助けたい。

 僕はどうなってもいい。せめて、彼女だけは。


 神様お願いします。どうか彼女だけは助けてくださいと何度も願った。


 そして、その願いも虚しく僕は、どこか遠くの淡く澄み切っているのに、ただただ不気味で薄暗いピンク色の空の下。

 荒野の只中で見たこともないような化物がそこかしこで蠢いている。


 その上、僕と一緒にやってきたのだろうかフードの連中を喰っている。


「ーー様! あぁ、遂にそのご尊顔を見せていただけるのですね!」

「私は幸せです! あぁ、貴方の糧となれるなんて!」

「アハハハハハハハッ!」


 怯えてるばかりの僕と違って笑ってられるなんて彼らは幸せだなと思った。

 僕は皮肉にも、魔法陣の中に透明な白い膜の様な壁に覆われているお陰で地を埋め尽くす程ウジャウジャといる化け物もこの周辺にだけは近寄らない。


 気がつけば、僕の周りには何もいなくなった。

 いつの間にか悪魔が全部、全部壊してしまった。このまま僕も食べてくれれば幸せになれたかもしれないのに。


「あぁ……」


 僕は、一体なんのために生まれてきた。

 一度も生まれてきて良かったと思えたことがない。

 僕が何をした。 

 こんな仕打ちを受けねばならないほど、罪を犯したと言うのか。



『ア………アァ……ア』



 不快な周波数を発しながら僕の目の前に現れたのは、自らを神と名乗るズダボロの何かだった。

 おおよそ図鑑に乗っている生き物の原型を留めてはいない「何か」としか形容する言葉を持ち合わせていない。


『アァ……アァ……ガ……』


 神様は僕にいろんなことを教えてくれた。

 僕たちの生きる世界が出来てから今に至るまで、ありとあらゆることを。

 その間に起きた人の業。

 長生きしていた神様の目から見た数え切れないほどの業を罪を見せてくれた。


 気が狂いそうになる程の悲鳴。

 目をえぐりたくなるほどの凄惨な光景。


 それを何時間、何日、何年と見せられた僕の感想はただ一つ。


「ハハッ……」


 滑稽だな。


 という感想しかなかった。

 この神様を名乗る今にも死にそうな何かは僕に破壊者の肩代わりをさせたいのだろう、そうでもなきゃ手の混んだ映像を見せる必要もない。


 でもそれで良かった。

 これで心置きなく僕はこの世界に未練を断ち切れた。


 僕が最も欲しかった物が手に入った。

 

「ありがとうございます」


 今まで、一度も祈る気も感謝する気もなかったけれど僕は生まれて初めて神様と言うものに深く感謝した。




「で、紹介します、その時の神様がこの方です」


 胸元を開けさせるとあの見るに耐えない、人間の顔をつなぎ合わせた皮膚が見える。

 その胸部で一際異彩を放つ"ソレ"としか形容できない顔。

 私はその顔に見覚えがあった。

 

『クオオオオオ……!』


 あの日、クロナとレイラとシオンを殺した邪神だ。


『……っ!』

『ひっ……!』


 その時の恐怖が深く刻み込まれているのか、レイラとシオンの慟哭が私の身体にまで伝わる。

 

「うぉぉ。すっげぇ、どうなってんだコ……」


 剣は悪戯でストローを近づけると、剣の手首ごとまるで消えてしまった。


「すみません、ちょっとあちらの悪魔と違って可愛げがなくてですね」

「おいおい、頼むぜ」


 消えた手首から先、血の代わりに滴る黒い液体が手の形を作りあっさり再生した。

 この常軌を逸した光景を現実と思えないからか、それとも彼らがあまりに日常的所作として溶け込み過ぎてるからか、未だこの店で騒ぎになっていない。


「アマテさん。これが僕と貴女の勝負になりそうですね」

「ぜひ、そう有りたいものね」


 彼にも思うものがあるのは分かった。だからといってハイわかりましたと譲るつもりもない。 

 

「どうか黒い泥にお気をつけてください」

「黒い泥……?」

「僕たちはこの王林町から決して出ませんし、王林町内でからことを始めます。どうか止めてみてください」

「わけがわからない……それを私に信じろっていうの?」


 すると、神日が私を見る目はまるで子供みたいだった。


「あなたは僕にとってのヒーローなんです、できれば僕を止めに来て欲しい。そして、結局止められずにこのまま僕に破れて、この世界の終わりを一緒に眺めましょう」


 そうだ。あの頃の友達だったダイキくんが流行りのヒーローものを語るとき、デパートのショーを見に付き添いで行った時の顔に似ていた。


「私は……そんな大それた存在じゃない」


 そんな大それた者だったら、皆を失っていなかった。

 今、こんなことになってもいない。

 

「ところで、アマテちゃん。洒落たペンダントつけてんね」

「彼氏の贈り物か何か?」

「ふざけないで」


 もう今度こそ用はない。

 トーストの最後の一切れを口に入れてか、コーヒーを飲み干して私は彼らに背を向け、ふとコンパスの蓋を開けた。

 針は今もグラグラと動いているが、その指針は私の方を向いている。


「……まさか」


 そう思った。

 なぜならさっきまで指していた病院は反対側、一瞬で地球の裏側まで抜けたのでなければそうとしか考えられない。


 あの日、殺された悪魔は三体。

 その時シオンとレイラの肉体が霧散した時に魂がどこか遠くへ飛び去って行った。

 が、一つだけ化け物に魂を喰われている悪魔がいた。


『なんてこと……』

「気づいてるのかな?」

『多分、気づいてはないんじゃないかしら。神日の中の邪神も』

『クロ姉の魔力と呪文が敵に回ってたらとっくに世界の二つ三つ滅んでるだろうからね』


 背後は、ミコトたちが警戒してくれてる。でなければ無警戒に背中なんか恐ろしくて晒せない。


「……」


 私は悟られないよう、動揺を勘づかれないよう慎重にコンパスの蓋を閉じた。


「では、また」


 




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