深淵よりの誘い➀
色欲魔界から帰還してから時差ボケがとにかく酷かったが三日と経っても未だ世界の感覚に慣れてこない、ちょっとちょっとと油断していたら一日がまるで一時間足らずで過ぎ去ったようにすら感じていた。
そんな中だけど私は、帰って疲れを癒やした後にすぐ音黒さんの家へ足を運んでいた。
遊びに来てと言われたけど、結局彼女が来てるうちに一度も来ることはなかった、こんな形で来ることになるとは思うはずもない。
「……」
『今さらこんなこと言うのもなんだけど、誰にとっても中途半端な結果残すくらいなら最初からしない方がいいわよ』
「分かってる」
私は覚悟を決めた。
重たい指で玄関のインターホン鳴らすと、白い髪をし憂いを帯びたような暗い雰囲気を漂わすも見た目はまだ若そうな女性が出てきた。
「どちら様……ですか?」
音黒さんのお母さんだ。話のタネに写真を見せてもらったことがあるから分かる。
当然、向こうからしたら私への接点などあるはずもないから「誰?」と言うような反応をされてしまった。
「あ、あの。私、友達です! 乃愛さんと日華さんの」
焦りつつも、大学の生徒手帳とかスマホに撮った写真を見せて一先ずの信用はしてもらえた。
「どうぞ……」
「どうも」
通されたリビングにはもう一人、背の高い快活そうな女性がおり、すぐにその人が乃愛さんのお母さんだと同じく写真から思い出した。
「貴女が、アマテさん……ですね?」
「あ。はい」
「私は、乃愛の母です」
「いつも娘がお世話なっていました」
「こ……こちらこそ」
何の思し召しか、話すべき相手が一堂に介している。
自分の娘が同時期に異変を起こしたことでなんらかの手がかりを求めて来たようだ。
「えっと……その……」
ここへ来るだけでも相当な覚悟だったのに、心臓がバクバクと高鳴って正直今にでも逃げ出したい。
手汗が滲み、額から汗が出てくるのは決して暑さのせいだけでなさそうだ。
「あの。今日ここに来たのは日華さんのことで……」
リビングのチェアに腰掛けた私は、差し出された茶にも手を付けずに口を開く。
虎伏山でなにがあったのか。
悪魔がどうとか、超常的な要素が絡んだことは流石に今はまだ段階を踏んだ。ふざけているのかと思われかねない。
なによりまず、二人が知りたかったろうこと。
ー『音黒日華は死にました』
いっそ知らなければ『ひょっとしたら』と言う綱渡りのような希望の糸を私が切ってしまった。
もしも、もしものことがあったら私は取り返しのつかないことをした殺人犯かもしれない。
「それが、真実です……ごめんなさい……ずっと、黙ってて……」
そんな自分への保身か。
それとも、音黒さんを悼んでか。自分でもわけがわからなくなってきた。
「ごめんなさい……」
しかし、私がここに来たという時点で二人も覚悟してたのではないだろうか。乃愛さんのお母さんの方から先に口を開く。
「本当に言ってるんですよね……」
「はい」
音黒さんのお母さんは泣き出してしまった。子供みたく、声を上げて。
自分でも最後に涙したのはいつだったか。大人でも泣くんだなと思った。
「ごめんなさい……私が傍にいたらこんなことに……」
おこがましいけど、音黒さんなら残してきた人にはいつまでも悲しまず、幸せになって欲しい。
自分の分も、生きてて欲しいと願うだろうから。
乃愛さんなら、真実を包み隠したりせず本当のことを話して欲しいと思うだろうから。
「……ありがとう、話してくれて」
泣きやんだ音黒さんのお母さんから、息も絶え絶えの礼が聞こえた。
「ありがとうございます……娘のことを思ってくれて」
「けど、もう。貴女はこれ以上娘のことで苦しまないでください」
「あの子、母親の私が言うのもなんだけど……変わった趣味してたから、友達も乃愛さんくらいしかいなくて……」
「こんな風に泣いて、苦しんでくれる友達が出来ただけ、あの子は幸せだった」
「そう思って、生きていきます」
乃愛さんのお母さんの方もそこへ続くように静かな声で話をしてくれる。
「乃愛には私から、話させてください」
「今は少し休んでいるけど、あの子もいつか向き合ってかなきゃならないんだと思う」
「……はい、はい」
私は、ずっと胸に溜めていたものを出し切りポッと、胸に穴の開いた気分だ。
身体が嫌に軽い、身体中につけてた重りを外したようだ。
それから、スマホのアドレスを交した。
辛い時にいつでも捌け口になると、乃愛さん譲りの快活さでなんだか私が励まされに来たみたいだと、ここへ来て初めて笑ってしまった。
「ありがとうございます……本当に」
そしてようやく私はお茶に口をつけ、ひと呼吸置いてから家を出た。
少なくとも、二人には話して良かったんだ。そう自分の中で納得させつつ家路を目指す。
「アマテさん、アマテさん、アマテさん!」
あの後、あろうことか私の部屋へ転がり込んできてしまった厄介な同居人。
「見てくださいませ、このカサカサ言ってるの。風呂場で捕まえました!」
そう言って彼女はなんの躊躇もなく名状しがたきカサカサと動く昆虫を鷲掴みにして私の前に持ち出してくるのだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!」
それはもう驚いた。自分から信じられないくらいの悲鳴が出てきてしまったのだ。
『あははっ。まさかこんなとこまで着いてきちゃうんだもんね、ビックリビックリ』
『どうする? 追い返す?』
『大見得切ったのはアマテなんだから、ちゃんと責任取らせて置きなさい』
「本当、私が外出するときは縛り上げておいてやろうかしら……」
名状しがたきアレを外へ追いやった私はそこからは湿っぽい空気に浸ってる暇もないくらい、忙しい日々が続いた。
「アマテ様、これはなんですか? 絵がいっぱい描いてありますけどなんて読むんですか?」
「あ、ちょっと……! 本棚の漫画ひっくり返しやがった!」
漫画を何冊もひっぱり出して私の前に持ち出してきた。
「教えてくださいませ、この世界の言葉はまだわからない事だらけですのよ」
「はいはい」
ワガママが減った分、今度は見る物見る物全てがまっ白な好奇心の塊たる彼女に振り回される毎日。
「生殺与奪の権を人に握らすな」
「惨めったらしく蹲るのをやめろ」
なんで私は漫画の読み聞かせをしているのか、彼女が寝るまで続けて、O-Sエリアで感じていた負担が私一人に降り掛かってた時だ。
「やっと寝た……」
半日続いた読み聞かせにも疲れ、私は水を飲もうと一人台所に向かったところだ。
「あ、アマテ様。レオナさん、やはりこちらにいらしましたか……」
「うぉ!? あ、良かった……メイちゃんいてくれて」
「申し訳ありません、新しいアジトの設営に追われてて来るのが遅れて」
いきなり入れ違いにメイちゃんがやってきた。
事情は察してくれたようだが彼女は大きなトランクを渡してきた。
「とりあえずレオナ様のお着替えと、生活に必要な品はこちらで用意して置きましたので、後こちらのスーツケースはぐずったときにお渡しください」
「あ……はい」
言うまでもなく大見得切ったのは私だ。その責任は追うべきか……連れ帰ってくれないかなとか考えるのは情弱か。
「あ、それと。クロナ様を探せる魔法具、事務所が爆破されたせいで中断してたんですが先日ようやく完成しました」
「あ、ありがとう! てか、それがメインで行ったこと忘れてたわ……」
そう言って見た目は普通の蓋付きコンパスだが、どことなく触った感じが皮膚に触れてるかのような生々しさ、蓋は白くスカスカとしており、何かの骨みたく堅い。
あまり下手なことは考えないで置こうと、ひとまず礼を言っておく。
「ダウジングに比べて確実性は劣りますが……必ずクロナ様のいる方角を向いて、指し示すんです」
「私はこれで、新しいアジトの設営がありますので」
「うん、頑張って」
メイちゃんはまだまだ忙しいのか、それだけでさっさと帰ってしまった。
「マモンさんにも労ってやらなきゃいい加減バチが当たるって次に会ったら言ってみようかな」
それはそうとして私は早速コンパスの蓋を開けてみた。
見た目は普通のコンパスと変わらない。
NEWSの四隅に割り振られ、赤く塗られた針の先がユラユラと揺れている。
「針は動いてるよね……ってことは」
『クロナは生きてる……』
『反応したってことは、この世界にいるんだクロ姉。今まで一度も気配を感じたことなかったけど』
ミコトの確信を得た、歓喜を押し殺した声が聞こえる。
私は動いてない。が、針はフラフラと一方を指し示そうと揺れている。
早速私は首からぶら下げたコンパスを片手に外へ出てみたが、やはり確実性は劣ると言うのは本当のようで、具体的にクロナがどこにいるかと言うのは分からない。
地球の真裏かもしれないし、どこか砂漠のど真ん中、密林の奥地も考えられる。
『方角が分かっても、座標が分からないから適当にテレポートしても、探し当てるのは時間かかるかなぁ』
適当に歩き回っても仕方ない。
一度ちゃんと探し方を考えるために帰宅しようかとおもった時、スマホの電話が鳴る。
「え……」
電話のかけ主は『音黒日華』幽霊からの着信だ。
などと冗談を言ってる間でもない。おおよそ誰がかけてきたかなんて察しがつく。
「なに?」
『ハハッ。その声は分かっていますね』
言うまでもなく神日だ。
私は精一杯の皮肉と怒りを込めて聞いた。
『僕がどこにいるかわかりますか?』
安い一昔前のドラマみたいなこと言ってんなと返してやろうとした、その時だ。
『あああああああああっ!』
「っ……!」
絹を裂くような悲鳴が耳元に入り込んで思わずスマホを落としそうになる。
「今の声……まさか!」
私は、急いで乃愛さんのいる病院へ走った。
受付も、それどころでないと無視して乃愛さんの病室を目指す。
「ああああああっ! いやぁぁぁぁっ!」
「遅かった……」
病院のベッドで錯乱し、ナースたちに囲まれた乃愛さんの姿があった。まるで恐ろしい物でも見たように取り乱し、発狂しては暴れ狂う。
『いやぁぁぁぁぁっ! 来ないで! 来ないで!』
その姿は幼き日の私の姿と重なる。
目には、いもしない怪物を目の当たりにして追い払おうと、医者たちをまるで殺人鬼かなにかを見る目だ。
「乃愛さん! 乃愛さん、しっかりして!」
「近づかないで、混乱しています!」
私はナースたちに止められ、近づくこともできずにいた。
「……っ!」
私は咄嗟に後ろを向く。
と同時に屈んだ。
私の頭の上をか細い何かが頭を掠める。
かわせた、と言うよりも最初から当てる気もなさそう、ただの虚仮威しか。
腕の伸びた先、慌てて病室へ飛び込んでまっすぐ乃愛さんしか見ていなかったから死角になってた位置にいたのは思ったとおりの人物。
「ハハッ。こんにちは、アマテさん」
「神日……一体何をしたの」
「何もしてませんよ、ただ。友達として、いつまでも焦れったい彼女に本当のことを話しただけで」
「……っ!」
私が、たったそれだけのことするのにどれだけ苦労したと思っているんだ。
今さらながら、こんなのが少し前まで私の近くにいたと思うだけで途轍もない不快感が押し寄せてくる。
「面会謝絶です。ご友人の方にも出ていただきます」
追い出される形で病室を追われた私たちは、未だ悲鳴の漏れでる廊下で話を再開する。
「ハハッ。貴女はいっつも肝心な時に大切な人の傍にいない。多くの人を守れる、助けられるだけの力を有しておきながら自分を守ることにしか使えない」
「そんなことだから、音黒さんも亡くなるんですよ」
いけしゃあしゃあと、私を煽ってくる。だが、もうこんなやつの言うことに一々乗っかる気にもなれない。
「人のせいにしないで」
「よしんば、私がミコトの力を自分の為にしか使わなかったからって私が殺したんじゃない」
「あんたでしょうが!」
「論点すり替えて人の心につけこもうとするんじゃないよ、この似非優男!」
『ヒュー。お姉さん言う』
「あんた……音黒さんを殺したのも、惚れてたのもどんな気持ちでやってたの?」
「どんな……と聞かれましても」
「血の詰まった皮袋が一つ破けた、そのくらいですかね」
愚問だった。と思ったところで彼は振り返り背を向け、いきなり落ち着いた声になる。
「ですが、彼女は僕にとって悪い人間ではありませんでした……」
「愚かにも、僕に惚れていた。これはまた」
が、すぐケラケラと笑いだし感情の起伏が異様に忙しい。
「僕にとって嬉しい誤算でした。お陰で、多少取り乱しても『まさか彼も乃愛さんのこと』と思ってくれたことでしょう」
なんだか、ここまで来ると怒りも湧かない。
何があればこんな人の心を失えるのかという哀れみが出てきた。
『お姉さん待って。こいつとは私が話つける』
「おや、ルーゼンベルク様?」
実体のない、私以外には姿も声も聞こえないレイラの声が神日に聞こえている。
『貴方の目的はイス人の時間逆行装置を使って肉体を全盛期へ戻すこと』
『だったら、どうやってあのお兄さんに……菱輝さんにアタリつけたの?」
「アタリをつけてた訳じゃないです。今回も、あの日記を見つけなければ、何の犠牲もなく皆で下山させる方へ話を進めてましたから」
「音黒さんへあのお守りを与えたのも、別行動が多くなることを見越して情報を得やすくするためです。殺すのを第一目標に与えたつもりじゃありません」
「もう一度言いますが肝は。アマテさんの見つけた日記です」
「あそこに描かれていた菱輝さんの名前。イス人の仕業に違いないと朧気な確信を得ました」
「そこで僕はまず、音黒さんを殺しました。この左手の一部は僕と意識や感覚を共有しているので、いつでもドリームキャッチャーを持つ音黒さんの行動は筒抜けでした」
「ここでもう一つ、僕にとって良い誤算だったのが菱輝さんと音黒さんが一対一で会ってくれたことですね」
「本当でしたら、僕はアマテさんとダムに伺った後、菱輝さんには『お前の秘密は分かっている。一対一で会おう』音黒さんには適当な理由をつけて人気のない未知へ連れ出す」
「これで準備は完了です」
「そう……そうだったの」
『目論見外れて残念だったね……って言うには、ちっとも懲りた人間の顔じゃないよね』
「ふふ、分かりますか」




