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ミッションゴースト 報告書編


 魔界暦xx年。


 空は夕日よりも濃ゆい赤々しい色に染まり、今日は今後のこのスラム全域の活動方針が決まる瀬戸際、この街で最も偉大かつ心臓部とも言える存在が一堂に介す日だ。


 本来であれば、各々の党首が後継へ同時に委任される、レオナさんが党首となる日だった筈だ。

 目的地はこの色欲魔界より隔離されたように一本の橋でのみ繋がる街で中央に位置する議事堂。


 絢爛豪華な五重屋根を支える大砲を打っても傷一つとてつかなさそうな柱に支えられており、有事の際は柱が開き最上級の要塞と化す。

 一般人にしてみれば普段は物見の観光名所としてしか機能していなさそうなこの建物も、壁を埋め尽くすほどのガードマンによって囲われ蟻の這い出る隙間すらない。


ー『娘がまだ生きていた。議事堂にいるらしい、多少手荒くなっても構わん。確実に殺れ』


 だが、そんな堅固な要塞も暗殺一筋800年。

 生まれて初めての殺しが産婦人科の先生であり乳母車よりもバイクに乗っていた幼少期を過ごしペンよりもナイフを握った時間のが圧倒的。

 そんな生まれ持っての暗殺者の前では風通しよい吹き抜けも同然であった。


 この屋根裏つたいにナイフを咥えて忍び寄る老婆の狙いはただ一つ。依頼を受けたレオナの殺害。今までの標的は全てナイフの血肉へと変わった。


 故に成功率100%。

 その自負があってだろう、いかなるプロといえども長年の成功から来る油断とも余裕とも取れる表情、心の隙が生まれる事に気づけていたか。


「ラーウンド2よ〜クソ婆ちゃん」


 屋根裏に陣取っていたカナミとバッタリ遭遇。

 老婆にとっては既にヘリで死んだはずのおんなが出てきた。その事による精神的動揺を一瞬こそ見せるがすぐまた切り替え動き出す。


「キェアアアアアア!」


 ナイフがカナミの左肩を掠める。

 流れた血を拭ってる暇もない、少し油断していればカナミの首があった箇所にナイフの刺し跡が5カ所。


「っぶね……ヘリの時よりつえぇわ」


 とは言え今回は守る側。無策ではないと二丁の拳銃を引き抜き引き金を引く。


「このババァ。さっさと引退しろ!」

「シャアアアアアッ!」




 議事堂の屋根裏で人知れず命のやり取りが繰り広げられてるなど誰も知る由がないだろう中、マモンさんと党首と駅のホームを出たところを私は群衆に混ざって見張る。

 彼らは雑多な人混みの中に紛れながら、身分を隠し位を隠しながら向かう。これも一種の常識なんだとか。


「なんていうか……空気悪いね」


 だから良くも悪くも普段活気づいている街もどことなくピリピリと張り詰めた空気になっておりあちこちで厳戒態勢が敷かれ、普段車やトラックでギュウギュウ詰めになる道路も完璧に閉鎖され閑散としていた。

 代わりに、盟約党首たちを一目見ようと言う物好き、物見客で歩道は溢れかえっている。


ー「実際、あの通路を通るのは殆ど影武者か、運転手だけの空カゴですけどね」

 

 と言うメイちゃんの発言を思い出す。

 そのことを皆知ってか知らずかわからないけれど。


『どこに暗殺者がいるとも分からないでしょうしねぇ』


 実際にあのお婆さんが暗殺者だなんてミコトにすら感知できなかった。

 そのクラスの大物がゴロゴロしてるのか、もしあの線より一歩でも車道に入ろう物なら即射殺も辞さないことだろう。


「とにかくやることはやらないとね、あんだけ大見得切っちゃったし……」

『お姉さん格好良かったよ〜』


 などとレイラに茶化されながら私たちは後をつけていく。いずれにしても今、私がすべきはあのクソ親父が議事堂へ到着するまでの時間を稼ぐこと。


 車道を挟んで、バリケードギリギリまで押し寄せる人波を避けた僅かな隙間しかない歩道をマモンさんと姿を覆い隠した党首が一緒に歩く。


 そういう訳で私も今日はいつもより頑張って来たんだ。


「女の子を食い物にする外道め、地獄に堕ちろ」


 そう私の宣告通り、あの親父が布で出来たマンホールを踏んだ瞬間、当然布が体重に負けて奈落の底へ真っ逆さまに吸い込まれていく。


「ああああああっ!」


 あまりに一瞬過ぎたか、それとも皆して何も通らぬ道路を見るのに夢中になっていたか、あれだけ大勢居ても気づかなかったようで、彼の叫びもこの観衆の中に吸い込まれていった模様。


「うぉっと。大丈夫ですかー!?」

「大丈夫なわけあるか! 早く助けろ!」


 マモンさんが釣り竿感覚で縄を垂らす。


「ワニ、ワニがいる!」


 私もマンホールの近くまで行って確認すると確かに彼の声がよく聞こえてくる。


「ワニ?マンホールにワニなんていませんよ」

「うおおおお、十両編成くらいのがいる!」 

「うおおおおおおっ!?」


 それだけデカい鰐がいるものか、半信半疑の内に雄叫びのような、悲鳴のような声が地下から這い出る。


 ワニがいるのは正直予想外だったんだけど……元飼い鰐だったのが野生化したのか。さすがにここで喰われては話が進まないと予定より早く引き上げさせた。


「はぁ……はぁ……たす、た……」


ー『助かった』


 と言いたい筈だろう。息も絶え絶えに生を実感することすらままならない所へ休む暇を与える気はない。

 私は遠巻きに雷さんへメールを送る。

 それが作戦開始の合図。



「これ全部鳴らせば金くれるんだな?」

「あぁ、景気良く頼むぜ」



 少し待ってから彼は私の意図を汲み取ってくれたのだろう、彼が通りかかったビルから一斉に窓が開け放たれ、ガンガンと派手な音楽が鳴り響く。


「!?」


 意図の読めないこの不協和音に、命の危機を間近に感じてかその表情は青褪め、段々と不安を帯びはじめてきたことだろう。


「なんだ……全てが、この世の全てが私へ殺意を向けているかのようだ」


 さしもの無関心貫いていた市民たちも、今の音には驚きと注目の視線を向けないわけには行かないだろう。

 その視線の先にいるのはマモンさんと、党首だけ。


「くっ……!?」

 

 彼は『見るな』『こっちへ来るな』と騒ぐことも出来ないだろう。下手な動きをすれば自分自身を狙う暗殺者に私がそうですと示すことになるからだ。


 周囲から疑惑の目で見られるプレッシャーに耐えきれずか、党首は逃げるようにして走り去っていく。


『ここまでは順調って言ったところね』

「後は……カナミさんとレオナさん次第だけど」


「アマテ様、急いでください!」


 背後からメイちゃんがレイラの車で迎えに来た。

 私は急ぎ助手席に乗り込むと、最後の作戦のために国道より大きく迂回して議事堂を目指すのだ。




 そしてまた、場所は屋根裏部屋の戦いへ。


「がはっ!」


 カナミを肉弾戦の攻防を制し追い込む。


「強い……」


 老婆は優位に立ちつつナイフを構えて距離を詰めており、戦いの年季の違いを嫌というほど味わわせ、萎縮させる。

 邪魔立てをするのであれば、誰だろうと仕留める。標的以外は殺さぬなどと殊勝な心がけをする質でもなく一目でも殺し屋としての自分を見たならば全てが標的だ。


「……ちっ」


 が、今回は時間をかけすぎた。想像以上にカナミに粘られたせいで事前に指定された時間が刻一刻と迫っている。

 足音が遠ざかっており、この屋根裏の暗がりで自分から逃走を決めた相手を追いかけてからレオナの下へ行っていたのでは時間が合わない。


「ぐっ」


 故に優先度はレオナを選択。カナミはその直後。

 老婆はナイフをしまって屋根裏を走った。

 とても年寄りと思えない超人的なスピードで走り出し、あっという間にレオナのいる部屋を特定する。


 悪魔は心臓を刺されても死にはしない。

 故に「刺す」よりも「潰す」のが有効的である。


「くたばりな」


 老婆は小さく穴を開けて、なんの躊躇いもなく掌よりも小型の爆弾を忍び込ませる。

 するとたったそれだけで部屋のドアを吹き飛ばす程の大爆発を引き起こすのだった。


 絢爛豪華だった部屋はまたたく間にただのすす汚れた黒い箱となり、そこかしこで小さく火の手が上がっていた。

 何事かと驚いて人が見に来るまでにもまだ間がある。その間に老婆は、死体を確認する。


ー『確実に、遺体は仕留めてあるか確認しろ』

ー『擬態能力のあるガキがいた筈だ』


 もしメイを身代わりに立てていれば、魔力の流れで分かる。よしんばこれで盾役が絶命していれば擬態も解除されてメイの遺体が転がる筈だ。

 しかし、転がっているのは確実にレオナそのもの。内蔵は飛び出て、見るも悲惨なことになっており魔力も完全に停止している。


「なんだ今の音は」


 やがて、物見の客がやって来る。

 老婆は姿を見られる前に天井裏へと姿を消した。

 そこには硝煙立ち込める火薬の匂いに満ちた部屋が残るのみとなった。




 その報せは忽ちの内に父親へと伝わったことか。


「そうか、よくやった」


 私も、マモンさんも電話の内容は聞こえてはいないがこのタイミング。あの緩み切った顔。

 何も言わずとも答えをそのまま教えてくれたようなものだ。マンホールに落ちて、ワニに食われかけ、悪目立ちした後だ。その苦労が報われたと思いたくもなるだろう。


 


 そして次のステップ。

 老婆はすぐにカナミを殺すべく行動を開始していた。

 あの怪我でそう遠くにも行けまい、仲間と合流したとしても怪我人を結局見捨てられない甘い連中だと、老婆の中で既に把握が済んでいる。


 もう、彼女の命も風前の灯かと思われた矢先。


「ラウンド3!」


 あろうことかカナミの方から戻ってきて飛び蹴り。

 背後に仲間の姿はない。

 

「私のこと信じてくれる子がいるんでね」

「それで十分ってことよ」


 行ったり戻ったり、彼女の行動にはどうも一貫性がなく老婆も疑問を抱く。

 しかし、今回ばかりはその疑問を抱く反応の速さが仇となっというべきか。


「!!」


 800年間一度もなかった事から積み上げてきた自信と尊厳がそれを認めることを躊躇させ、戦いの最中に洗練された動きを硬直させてしまった。


「楽しかったわよ。お婆ちゃん!」


 その一瞬を見逃されることなく、カナミの鋭く長い脚が先に入った。

 老婆は悶絶し、まだ動けるとナイフをチラつかせるも、天性の暗殺者もよる年波に勝てずか体力、持久力共に尽きかけ足取りが覚束ない。


「たぁっしゃ!」


 さらにもう一発、顔面への蹴りが老婆の身体を大回転。

 床を抜けて貫き落ちていった。生の肉を打った衝撃をカナミ自身実感しており、もう立ち上がっては来れないだろう。


「ふぅ!一丁上がり」

「あーこの勇姿アマテちゃんに見せたかっ……」


 血を流しすぎたか、くらりと立ち眩みがして右のめりに倒れる。遅れてべちゃりと音を立て落ちたそれが、自分の膝下から半分キレイに切り取られた右脚であったことに気づけた。

 痛みもなければ、転ぶまで違和感すら覚えなかった。名実ともに優れた殺し屋であったと、カナミも尊敬すら覚えるほど。


「っ……ま、女の子守って失えるなら……名誉の負傷よ」


 その目に足を奪われた怨みや憎しみは一切存在しない。

 声を出せない代わりにメールで戦勝報告を送り、暫しの疲れを癒やすのだった。




 そうして、私たちの作戦は最終局面へと入る。

 議事堂へ到着した私たち。  


「む。小娘、待っていたぞ。急げ!」


 迎えていた天使さんが巨大な荷袋を抱えており、即座に私と入れ替わりで乗車し、メイちゃんと準備を始める。


 何やら爆発があったらしく、消防や警察が集まる中でただ一人、遠くからその光景を嬉々と眺めていたのだ。


「アマテ殿、こっち。マモン殿はあそこじゃ!」

 

 遠巻きに眺めるその光景。

 私が思い切り近づいても気にも止めやしない。


「フフッ……フフフフ」

「これで私の天下は安泰……」


「ずっと、ずっと私の言うことだけを忠実に聞くよう仕向けてきた、そのことになんの疑問も抱かぬ馬鹿な娘だったが初めて役に立った」


「なんの話ですか?」


 形式的にマモンさんが聞くがはぐらかされる。

 最も、今や地位と権威が確実な物となった今、マモンさんなど吹けば飛ぶ存在だ。


 今、まさに幸福の絶頂にいるのだ。

 そんな時、心に隙が出来ない生き物などいないことだろう。


「それは良かったですわね」


 私は皮肉たっぷりに込めていってやった。

 ようやく私の存在に気づいた彼へ贈り物を捧げる。 

  

「娘さんもきっと感謝していますよ」

  

 ズルズルと這う音。

 べちゃりと肉の落ちる音や血液の生臭さ、それらを漂わすは爆発に巻き込まれ黒焦げとなり、今にも死に絶えそうな程の特殊レオナさんがまるで這うような動きで父親へのそりのそりと迫っていく。


「うぉとうさま……」

「な、お前……生きて……!?」


 贓物は飛びてているように引きずり、あまり多くは語れないが一言で言えば立派なゾンビとしか言いようのない見るに耐えない姿だ。


「ありがとうございます……私、やっと……貴方のお役に……アハハハ」

「立てたのですから……こんなに喜ばしいことはありませんわ……ハハハハハハッ!」


「な……なっ!?」


 自分がしたことの愚かさをやっと気づいたか。

 その迫力に気圧され、ズルズルと後ずさっていく。


「お父様……お父様お父様……!」


 悪魔なら魔力を感じれば彼女の魔力がとても死に体の物でないことに気づくはずだ。


 私は、ふとレイラに勧められた演劇を思い出していた。

 なんで主人公はあんな簡単な答えに辿り着けなかったのか、グルンロッドが棒きれだということを。


 レイラの見解は自分の徒労を認めたくなかった。

 それも多分あるだろうが、私の考察としては「周りがアレコレ世話を焼いてくれただけで、それをあたかも自分の思うように行ってると勘違いしていたただのピエロだ」

 彼はここまで、グルンロッドの主人公同様自分の計画が狂ってるなんて思っても見なかったろう。


 その上で、他の判断にも気が回らないほど、物語の黒幕である小さな悪魔のように異常事態の連続を演出させてもらったのだ。


「お父さまぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「あああぁあぁあぁあぁあああぁっ!」


 その日、詳細は省かせで貰いたいが悪魔として盟主としての尊厳を失うだけの行為を白昼堂々、他の議員や党首に見つかったことにより、盟約会議は真冬の海みたく凍りついた。


 本当にそれだけ。


 以上、私の報告書はこれで終わりだ。


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