土曜の夜は大騒ぎ⑤
さっきまでの時間が止まっていたような平穏な時間もろとも吹き飛ばす爆音と爆風。
あまりにも突然のことで、夜中であることや依頼達成まであと間近と言うところまで迫って皆が大なり小なり気も抜けていたことだろうか。
「天使さん!」
「問題ない、筋肉が守ってくれた」
彼が、その大きな身体を張って風除けとなってくれたお陰で、私達へのダメージは最小限に済んだ。しかし、彼の背中へのダメージも軽く済むはずもない。
一体どこからどうやってこちらを視認したか不明だが、今は爆風によって生じた噴煙に紛れて周りすら見えやしない。
おまけにどこかから機銃の音が聞こえて皆が一斉に伏せた。映画でしか聞かない銃声、それがいざ自分らへ向けられているという現実に直面してこんなにも恐ろしいものか
「アマテ様。レオナ様を連れてこちらへ」
メイちゃんの声に従って、匍匐前進した先にソファーを退かし床の木目に紛れて隠し通路があった。
「娘、お前が連れていけ。俺たちがここを預かっておく」
「ひゃっ! もう、丁寧に扱いなさい!」
どこかから天使さんの声がし、レオナさんが私の前に突き飛ばされた。私はとにかく彼女の手を引き、急いで通路の奥へと入るのと入れ替わりでメイちゃんが外に出てしまう。
「メイちゃんたちは大丈……ってえぇ!?」
メイちゃんの顔がレオナさんに変わっている。
擬態、と言うものか……ここまで世話係やサポートを熟す彼女なら不思議でないのか。
「暫く我々が残れば二人が逃げるまでの時間稼ぎも出来ます。まっすぐ歩けば表に出られます、どうかご武運を」
そう短く言い残し蓋を締められてしまった。
下からは開かない作りになっているのか、とにかく私たちは腰を屈めて、ゆっくりと転げ落ちないように忍び足で一歩一歩確認しながら降りていく。
「もう、私をこんな狭くて暗いところに押し込めるなんて」
「貴女状況分かってるんですか? こんな時くらい我慢してください」
「私は魔界の中でも由緒ある」
「あぁ……もう、狭い中で叫ばないで。結構騒がしいんだから」
状況も変わった。いつまでも彼女の我侭に付き合ってるわけにも行かない。たった一歩進むのにも亀みたいなペースでどれだけ歩いたことか。やがて、ゴツンと頭を何かにぶつけた。
「った……なに? もう……」
暗がりに手で触れると、それはヒンヤリと冷たく硬い鉄の感触。私は思いっきりそれをかち上げてみるとわずかながら持ち上がり、動きそうだ。
「フンッ……ぐっ!」
力の限りを込め、持ち上げると暗闇の中に僅かな光が差し込む。かなりキツかったが、まだまだ山登りの為に鍛えた腕力が残っていた。
気合を入れ、どうにか人一人分通れるくらいのスペースを開けてどうにか脱出に成功する。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
「いやぁぁ! もう、なんてところに連れ込むんですの! 不潔ですわっ!」
中も相当土埃に塗れていたからか、服や顔まで黒くなっていた。きっと今の私も似たような感じだろうか。持ってたハンカチで私は顔を拭けるけど、小さすぎて精々一人分か。
「……これどうぞ」
「あら。どういう風の吹き回しですの?」
「別に、恩を売っておけば後々いいかなーって思っただけですよ」
本当、こんなムカつくだけのお嬢さんでも見捨てられないものだった。
「それより……逃れたはいいけどみんな本当に大丈夫かなぁ」
逃げた先は、ジュエルハウスから二つほど離れたビルの隙間のゴミ捨て場の中。爆発の衝撃を聞きつけてか、消防や警察のサイレンの音や野次馬のガヤなどが近くでハッキリと聞こえる。
ここに長居しても良いことはなさそうだ。ガヤがする方と反対側に逃げながら、今後の対策について考えたいが、正直私一人でどうすればいいか悩んでいたところだ。
『とりあえず、そのお嬢さんを隠せる場所を探さないといけないわね』
「んー……レイラの家とか?」
『あー。難しいかも。色欲魔界とこのエリアを隔てる橋は検閲あるから、出入りは自由だけど見張りくらいあると思うよ』
「てか、シオンの転移魔法。一旦私の部屋にでも隠れればいいじゃん」
『向こうにも転移魔法使いが居ないとも限らないけど……やって見る価値はあるか、シオン』
『お姉様の頼みならっと』
シオンに交代し、すぐ転移の魔法陣を展開しようと空間に手をかけた。
「あれ……?」
しかし、どうも様子が変だ。
何度円を描いても魔法陣が出現しない。
「転移できない?」
『そんな!? どうして……』
「分かんないよ。けど、なんか魔法がかき乱されてる気分がする」
結局、この無法地帯で命がけの鬼ごっこをしなければならないようだとため息をつく。おまけに誰が鬼かも分からないと来た。
「あれ、レオナさんは? っとに……」
隙あらば脱走する所もあったが、こんな時にまでとこういう時、足引っ張る系護衛対象とか漫画で読んでても蹴り入れたくなる。
「はぁぁ……!」
「あ。いたいた……ちょっと、本気でじっとしててくださいよ!」
私より先に進んでいた彼女の興味は、視線の先にある線路……もといモノレールに向いている。こんなスラムでも移動設備はあるのか、見た目綺羅びやかでそう遠くもなさそうだ。
「こんな時になに考えて……」
『けど人を隠すなら人の中って言葉もあるわね』
『んー。下手に隠れても袋小路だし賛成、逆に盲点って感じもするし』
『私も、楽しそうだし!』
確かに少しでも遠くに逃げるには、ああ言った乗り物を用いるのもありか。
「その代わり、下手に動き回らないでくださいよ?」
「えぇ。約束致しますわ」
私たちは一先ず、モノレールに乗って遠くを目指す。
元いた所と技術の発達まで丸っきり一緒という訳でもないのか、些かモーターのような音がして大分喧しい。地味にガタガタと言う音もして、乗り心地はお世辞にも良くはない。
「私、モノレールって初めて乗りましたわ!」
であるにも関わらず、座りもせずに扉の前にピッタリと張り付き窓の外の景色を見て子供みたいにはしゃいでいた。
一応、出来る限りの変装。
服屋で簡単なパーカーやリボン、色のないメガネとか顔や雰囲気を変えられる物だけでもつけておいた。
どれもこれもダサいとか文句言う奴を説得させるのも大変だったが、追われてるのに関わらず顔も隠さずヒットマンを警戒しなかったばかりにマシンガンで撃たれて路上で犬死されたらここまで耐えてきた私たちが居た堪れないので強引に説き伏せた。
「全く……高貴なる私にこんな庶民の格好をさせた代償は高くつきますわよ」
「生きて帰れる物ならどうぞ」
「てか、モノレール乗ったことないんですか?」
「そもそも私、屋敷の外に出たことも初めてですので」
「えぇ……そう、なんです?」
「外がこんなに楽しいものだと思いませんでした」
箱入り……と言うより半ば軟禁されたような生活環境。
それだけ多くの敵に狙われ続けていたと言う事の現れか、少し彼女への見方が変わったかもしれない。
どことは全く考えていないが差し当たって本当に遠くだ。敵の規模がどれだけの物か把握しきれないが、まずは遠くへ遠くへと言うのは間違ってないだろうか。
『……いや、多分その考え間違ってたと思う』
「え?」
ミコトが言うに、私たち以外の乗客が一斉に外
立ち上がったようだ。スーツを着たサラリーマンやお年寄りなどそう少なくはないが多くもない乗客に騙された。
「嘘ぉ……」
彼らは一様に私服を脱ぎ捨て、サングラスと黒スーツと言う様相になる。
『お姉さん、伏せて!』
「え、ひゃっ!?」
あのスーツ達も同時に伏せたので、私たちも思わず伏せてしまった。そうでなければ、上空前方より迫っていたヘリの存在に気づく筈もなかったろう。
「え……なになになに今度はぁぁっ!?」
ガリガリと言う鉄を削った音、耳を劈くのはチェーンソーの音が頭を掠めてはこんなことが実際に起こり得るのか、モノレールの上部を全車両一刀両断してしまい、開いた口が塞がらないとはこのことか。
吹き抜けになって風通しの良くなったモノレールから、伏せていたヤクザたちも一斉に立ち上がる。
「あらいやですわ。パーティのお誘いにしては派手すぎやしませんこと?」
「震えながら冗談吹かせる余裕あるなら戦ってくださいよ」
「私、箸より重い物は持ったことありませんの」
「さいですか」
『仕方ないわね』
すると彼らは一様に何かを投げつける。
『ぐっ……!』
「え、ちょ……嘘でしょ!?」
強欲魔界でも使われたミコトたち悪魔の力を封じる道具。ミコトたちの力も戻りつつあると言え肉体を持たない霊体故か今でも効いてしまうようだ。
当然、私たちのこの逃げ場もない上に安定性もないこの状況下で戦えるはずがなかった。
「待たせたな小娘!」
「雷さん!」
絶体絶命かと思われた次の瞬間、いつの間にか上空より雷さんが現れた。本当彼にこんな頼もしさを感じたのはいつ以来のことだったか。
「さぁ、どっからでもかかってきやがれ!」
「呼ッ!」
つま先を内側にして首をすくめ、腕はこめかみの前に当ててバランスの取れた姿勢を保持している。本当にそれでいいのか、なんてツッコミを投げかける余地もないまま、モノレールはジワジワ上へと上がっていく。
「ちょっとちょっと、なんでこのレール上に上がってってるの? ジェットコースターじゃないのよ!?」
『立地的にビルを避けたり高速道路避けたり……お金を出し惜しみしない悪魔同士でアレコレ増築したら大変なことになったみたい』
「やっぱり魔界か……」
そして、モノレールはガタンッと言う音を立てて下へと降っていく。
「ちょっと、こっち!」
「いやぁぁぁぁっ!」
私はレオナさんの手を握ると、切れ目の入った手すりにしがみつく。一気に加速のつき、前方からの強風を一手に浴びるこの不安定なモノレールの中で雷さんはドッシリと構えながら正拳突きを繰り出す。
「鬼ごっこなら地獄の鬼とやってな」
鼻柱を折られたヤクザは振り落とされ、モノレール上から落下、次から次へと遅い来るも雷さんはまるで中国拳法さながら、90度軽く身体を逸したて拳を交わし、上がった左足が股間を強打と動きに無駄がない。
「うおおおおおっ!」
「フフフ」
定期的に迷走する海賊こと雷さんは、ズボンに手を突っ込んだかと思えば、いきなり糸で等間隔に吊られた棒が伸びてくる。
「見せてやろう、中国4000年の妙……技?」
こんな不安定な足場で棒術を披露されるのかと思った次の瞬間、モノレールは勢いつけたまま大きく空へ空へと上昇、魔の回転ゾーンへ突入していった。
「ああああああああ」
モノレールから振り落とされ、ポロポロと黒服のヤクザたちが落ちていく。
「どぁおぁぁっ!」
「海賊さん、足っ!」
私は咄嗟に足を伸ばした。雷さんもかなり慌てていたけれど、なんとか私の足を取る。ちょうど180℃。天に足を向け、地に頭を向ける姿勢になった瞬間、想像を絶するGが働く。
大の大人を私の細足一本で支えるのは無謀に近く、足が外れたんじゃないかというくらいの激痛が走った。
「いっ……!」
「かたじけねぇ、かたじけねぇ!」
「足が太て宜しかったですわね」
「突き落として差し上げましょうか、お嬢さん」
「あぁ。嘘ですわ、離さないで下さいまし」
なんとか元通りのレーンに戻ったが、あれで未だに敵の方も結構生き残っている
膠着状態の私たちの前に現れたのは、先ほどモノレールを真っ二つにした巨大なチェーンソーを纏った軍用ヘリ。ヘリの扉を蹴破り、そこから出てきたのはまさかのジェイルハウスで掃除係の老婆。
「え……嘘、そんな。なんであの人が」
彼女はその小柄な体格でドッシリと重たそうな鉄の塊、機関銃を構えていた。
「やばっ!」
手すりから手を放し、座席の裏へ隠れる。
本当に有無を言わさず、無感動さすら感じる。まるで除草剤でも撒くくらい無感情にこちらへ一斉掃射。私があと一秒、頭を下げるのが遅かったら頭が蜂の巣になっていた。
「まだ生きてるのかい。しぶといねぇ」
機関銃を蹴落とし、巨大なバズーカを構えた。
どうやら、この身動き取れない極限下で仕留めるつもりのようだ。
『むぅん!』
そこへ蓄えた翼は伊達でないと、ヘリに飛び乗り、機銃の攻撃を食い止めたのは天使さんだった。その溢れる腕力一本でバズーカ砲を取り上げ投げ落とし、私たちから出来るだけ遠ざけようとする。
「かかってこいババア!この筋肉の借りは返させてもらう!」
「へっ。誰も借りちゃいないよそんな筋肉」
ヘリの内部は2mをも超える天使には狭すぎた。頭をぶつけても挑発を繰り返す筋肉馬鹿に対して、1m半もない小柄な老婆はこの閉所でも即座にナイフを展開する。
老婆のナイフ捌きはチンピラが刃物をチラつかすような物でなく、型をっきとしたナイフ術だ。
「ぬぅっ!」
卓越した肉の鎧をナイフが削っていく。ダメージこそ軽微であろうが、一秒もあれば三度、筋肉の鎧を削ぎ落とせる。
「オラオラオラ、どうしたい。その筋肉は飾りかい?」
ヘリを無理やり墜落させるにも、腕を大きく振りかぶるなどの予備動作する暇を与えてはくれない。力を溜めるのにも、この老婆の前で隙を晒さねばならないのだ。
「こいつをケツの穴にぶっ刺して、天界に返してやるよ」
ギラついた30cm幅もあるアーミーナイフを前に天使は、膝をつく。もう諦めたのかと思われたがパンツの隙間から長い棒のような物が見えていた。
「なに、俺の仕事は端から一つだ」
「なっ……!?」
それは決して不純な物でなく、機械のアンテナであった。彼はこの状況下において自動操縦ヘリの手動を乗っ取り、地上へ降ろさせること。
「天使ちゃん、サンキュー!」
天使と入れ替わり、ヘリに飛び乗ったカナミは入り口の上腕に捕まりながらのバタ足蹴りで入場。軽い動きで老婆のナイフを持つ手を押さえ込むなど、格闘術は互角の様相を見せる。
「この小娘がっ!」
だが老婆は小柄な体格にも関わらずカナミを無理やり持ち上げて操縦席へと投げ飛ばした。
「ガハッ……がっ。ちょっと……この婆ちゃん強っ……!」
「カナミ。俺は雷の加勢にいく、そのババアは任せたぞ」
「しゃあないわね……って、このっ!」
「きぇえええええっ!」
紙一重で座席を倒し盾にしたカナミには届かなかったが、座席シートを貫通しナイフの根本まで食い込むその破壊力は彼女の額から汗を落とす。
「きぇあぁぁっ!」
ナイフを引き抜き、頭から振り下ろされ今度は座席シートが骨ごと真っ二つにされる。そこから左手に持ち替え、今度こそ盾のなくなったカナミへ差し迫らんとした時だ。
「全く、老兵はさっさと引退しなさいっての!」
カナミは運転席下にあった発煙筒を引き抜き放り投げる。
「なっ!?」
狭い機内であっという間に赤い煙が充満。
視界を一瞬奪ったカナミの長い足が先に蹴った手応えは抜群。相手を年寄りとも思わぬ容赦なき蹴りが命中し、ざまぁみろと舌を出したが。
「え……ちょ……痛っ……! あぁぁぁ……」
激痛が遅れてやってきたからカナミのブーツの足先を貫いてナイフが貫通していた。黒い革のブーツから血が溢れだし、それに気を取られて気づかなかったろう。
「あっ!」
発煙筒の煙と混じってガスが充満していた。
とっくに脱出していた暗殺者の老婆の放った火矢が、ガスに引火し大爆発を起こす。




