土曜の夜は大騒ぎ④
「うん、中々美味しいじゃない」
あのお嬢様。ことメオナさんは、レイラの淹れた紅茶を飲んで満足そうだが、我儘はこれで懲りることなく……
「そこの貴方、肩を揉んでくださる?」
後から後からエスカレートする要求の数々。
「暑いわね、エアコン入れてくださらない?」
そう言えば一度の変化にいちゃもんつけ、にも関わらず周りもあのお嬢様に頭を垂れて、アレコレと世話を焼き体力とタフさが自慢の海賊さんや天使さんもこれにはタジタジと言った様子であった。
「ちょっと、外へ出てはならないというのですか?」
「我慢してください。外に出られては俺たちも守りにくいんで」
「全く、融通が効かないんですから」
「すみませんねぇ」
ヘラヘラと笑ってマモンさんが誤魔化してくれてるものの私は仕事でなかったらビンタの一つでもくれてやりたかった。
「……」
単なるワガママで済んでくれればいいのだが、事あるごとに窓一つとしてない密閉空間でストレスを感じているのか、五分と持たずじっとしていてはくれなかった。
「このまま外出にでも行きたい気分ですわね」
「さすがにそれは困ります」
「むぅ、冗談ですわ」
少し目を離せば、本当に油断していたら今にでも外へ飛び出していってしまいそうだ。
「あの人、狙われてる自覚あんのかな」
「あればもう少し大人しいだろ」
天使さんの呆れて疲れきった顔からも、アルファコンプレックスに居たときのような思考のない奴隷、と言うよりも単純に金と信頼の上で成り立った取引である以上、譲歩してるだけというのはあるようだ。
「護衛の仕事はこれで二度目だが、護衛とて万能じゃない」
「守られる気の無い護衛対象などどんな優秀な護衛でも守れるはずがない」
意外な感じ……と言うか、いつになく真面目なトーンで呟く天使さんだが彼の言うことは最もだ。こういう女性の扱いは慣れてるだろうと……と言うか、もう自ら膝をつき指示を待つ駄犬のごとく座るカナミさんがスタンバイしていた。
「貴女ちょっと近寄らないでもらえます? 存在が猥褻過ぎますわ」
「トホホホ……」
「そこの貴女、夕飯の用意はまだかしら?」
と、古いリアクションしているカナミさんは付近の警戒仕事を押し当てられ、私は夕飯の支度に取り掛からされる。
「はぁ……面倒くせ」
ひとり暮らし始めた最初の頃、楽しんでいた料理も一月くらいして面倒くさくなって、惣菜と菓子パンが主食となっていた今の私に料理は拷問だった。
「アマテ様、後は私が引き継ぎますからお休みになってもいいですよ」
「え、そんな悪いよ」
メイちゃんは部屋の掃除とか、選択とか色々熟していたにも関わらず、文句一つ言わずに全てそつなくこなしてしまい流石だな、と言うか申し訳ない気持ちがあった。
「ねぇ。そこの貴方、そこのソファー座りやすそうだし私に下さる? 私をいつまでもこんな安物の椅子に座らせるなんて失礼と思いません?」
「えぇ。まぁ仕方ないですね」
ずっとパソコンを前にデスク作業をしていたマモンさんを軽く追い出して、メオナさんはずっとフカフカで座り心地良さそうなリーダー席への居座った。
「あら、中々のものじゃない。ちょっとそこの。パソコンいじってるなら音楽でもかけてくださらない?」
と、マモンさんまで顎で扱き使い始めてから一気に流れが変わった。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」
手に持った包丁を彼女の頭部へ突き立てそうだ。目をひん剥いては今まで私へ見せたことのない悪魔の側面、薄紫色の激しいオーラが肌に痛いほどひりつく。
「待って、メイちゃんそれだけはダメ! 貴女が暗殺者になってどうすんの」
「暗殺なんてしませんよ、直接真正面から手足をバラバラにして胴体を三等分にしてから首を落として文字通り八つ裂きにしてやるだけですから」
「そういう問題じゃないから!」
後ろから抱き抱えてでも押さえ込んでもなお、私が引きずられるほどのパワー、今にでも彼女を殺しにいきそうな勢いだ。
「マモンさんが困るよ!」
「ふぅ……ふぅ……」
その一言でやっと理性が勝ってくれたか。
メイちゃんは包丁を置いて冷静さを取り戻していく。
「取り乱しました……申し訳ありません」
「取り乱し方が並じゃない……」
これで終わってくれればよかったのに。あのアホお姫様は火にニトログリセリンを放り込むような行動を知らず知らず成すのだ。
「あ。ちょっと貴方、ここ来てくださる?」
「はい?」
新しい席を探していたマモンさんを自分の真ん前、それも地べたに座らせる。
「そう、そこに正座して……あ、いい足乗せだわ」
あろうことか、彼の肩に足を図々しくも乗せたかと思えば足乗せと来た。
「ブッ殺す」
こんなことすれば、魔力の玉を一緒にマモンさんまで巻きこむなんてことにも気が回らなくなっているのか、メイちゃんはそれくらい全力で放り投げんとする勢いであった。
「やめなさいっての。ホント、兄貴のことになると周りが見えないんだから」
それこそ、咄嗟にミコトが彼女の額を指で押し、強制的に昏倒させねば周囲が消し飛んでいたかもしれなかった。
「寝かせといてやんなさい」
そしてまた私に戻り、彼女をベッドへ寝かせて隣で寝てた天使のかけてるタオルケットをかっぱらって被せておいた。
「で、結局私が作ると」
「味付きは薄めでお願いしますわよ、くれぐれも塩を使いすぎるなどの行為はやめてくださる?」
そら来たと言わんばかりに追加注文が来た。
この依頼、こんな調子で暗殺者の襲撃と言ったことは全くなかったが彼女の我儘に振り回されたという事実のが大きかった。こっちが寝ていようが食事していようとお構いなし。
「ねぇ……1日って何時間だっけ」
さっさと3日経ってくれればと思ったが、メイちゃんに貰った魔界用のスマホを見るとまだ半日も経っていない……どころか、私が演劇を見てたときからもそれほど時間が経っていない。壊れてるんじゃないだろうかと疑った。
『あぁ、色欲魔界は確か』
『人間世界の単位に直すと1日240時間、だいたい10日分だね』
「はぁ!?」
『悪魔にとってはあっという間よ』
この地獄が約1ヶ月も続こうというのだ。
こんなことなら知りたくもなかったが、体感3日経ってヌカ喜びするよりは良かったのか……複雑に気持ちが絡み合う。
魔界単位で1日、約10日が経過した。
体重が少し減ったかもしれない。睡眠不足な眠れない日々が続き、頭が重く思うように動かない。
「誰か買い出しに……」
「私が行こう!」
「俺が行く!」
「貴様は休んでいろ、これは天使たる私の手心だ」
「なにこう言う雑用はリーダーの仕事だろ」
と、雷さんと天使さんは逃げる口実を探し、買い出しの仕事を奪い合う。我慢に耐えかねて、一発ビンタしてやりたいと遠巻きに何度も愚痴ってただけに今回ばかりは彼らに同意しかない。
「まあ、良いではないか」
怒りを腹の奥に飲み込む私を宥めたのは意外に武将さんだった。
「あの年頃のおなごはそんなものじゃ」
『武将にしては言うじゃない』
「ワシも昔はあの年頃の娘子を妻にと隣国から送られたことがあってのぅ」
「あぁ。政略結婚ってやつ?」
「まぁの、言い様は悪いが。無駄な血が流れずに二国が和平に至ったことや単純にわしに妻ができると言う事実が嬉しくてのぅ」
「せめて、精一杯幸せにしてやろうと思ってな」
「だがその子はとんでもない我儘な姫様でのぅ、家臣もワシも振り回されてな」
「本当に大変じゃったよ。気丈な人で決して自分を曲げようとしない方じゃった。転んだだけで泣き出すような泣き虫じゃった癖にの」
そんな昔を思い出し彼女同士を重ね合わせているのか、彼の表情は朗らかだった。だからなのか、あんな理不尽な目にあっても文句一つ零しているところを見たことがなかった。
「けどそんな彼女だからこそ、守ってやろうと思うんじゃ」
そう言う武将さんの鎧兜の下の笑みにはどこか悲しげな涙を隠すようでもあった。
「彼女の相手はわしに任せておけ」
「そう……ですか? じゃあ、遠慮なく寝かせていただきます」
こんな調子で、特に襲撃もないまま2日目の夜を迎えた。
彼女のワガママと脱走未遂に振り回されてすっかり疲労も溜まっている。
「充電器、届かない!」
「姫! ここはワシにお任せを!」
「延長コードとか……あ、あるじゃない」
彼女が目についたのはマモンさんがパソコンに使っている延長コードだ。
「ちょっと、待っ。今抜かれたら大事なデータが!」
「私の充電のが大事に決まってるでしょ」
「姫、どうかご自重を! 延長コードならわしが特急で買ってきまする!」
「10分内、遅れたらその兜叩き割る」
「ただいまぁ!」
このまま明日の昼まで何事もなければ、それで仕事も終わりだと、早く明日が来ることを切に願いながら私はメイちゃんと共に深夜の買い出しへ出ていた。なんてことのない、少々車を飛ばさないと売っていない場所にある高めのワインを買ってこいと言われてるだけだ。
「レイラ様、車ありがとうございます」
『うん。好きに使っちゃって』
悪魔も免許取る時代、人生において2度目の少女の運転する車の助手席に乗る。色欲魔界の空は私達の夜空よりもずっと真っ暗で、星や月がないからか本当に真っ暗で道の街灯もどこか頼りな下げで、一寸先すら全く見通せない暗闇だった。
車内の薄明かりと、街灯が一瞬だけ照らす光に支えられながら私達は夜の街道を進む。
「でもさ、なんでマモンさんもメイちゃんもあんな我儘なお姫様の言う事聞くわけ? 仕事ってのはわかるけどさ」
発言した後に今の私、正直自分でも鬱陶しくないだろうかと危惧する。
見た目年下の少女を鬱憤の捌け口にしている自分を卑下しそうになるが、今私の精神の支えとなれるのが彼女しかいないというか、なんとなく彼女には甘えたくなってしまう。
「私達が生まれるよりもずっと前。七つの魔界は今よりずっと治安が悪く、争いや魔王の座を狙った血なまぐさい戦いの絶えない世界でした」
「そんな中、私のお父様の代の魔王たちは魔界の疲弊を憂いて、ある決議が下されました」
「あぁ。不可侵の法だっけ?」
「はい。紆余曲折ありましたが、無事可決され魔王同士『約束』という形で争いは一応の終焉を迎えました」
「しかしそこで争いがなくなって困ってくるのが平和を望まない血に飢えた悪魔や武器商人、無法者や傭兵です」
「そんな相手を討伐するだけの予算も兵力も割けない魔王様は一計を案じて『四天王』場所や人数で呼称を変えますが四天王制度と言う制度が作られました。強欲魔界での派閥なんかもそれに当たりますね」
「この色欲魔界では『五大盟約』と名をつけ、力ある悪魔にその役を与え、無法者の悪魔たちを力によって捻じ伏せ統治し、支配してるんです」
「つまり、あのお姫様は魔王の配下の娘ってわけか」
「えぇ。少なくとも王座を追われ、半ば放浪の野良悪魔と化してる今の私たちより位は高いですね」
「悪魔も楽じゃなさそうだよね……」
なんで彼女があんな偉そうな態度を取り続けられているのか、と言うのも合点がいったがだからといってあんな横暴な態度が許されるのか……許されてしまうのだろう。
苦労を知らずに甘やかされて育ったのが嫌でもわかる、超がつくほど温室育ち。私とは遠い世界の住人だなと、ため息をつく。
そして、私たちが指定のワインを買ってジェイルハウスに戻ってきた。酒場だけあって、夜だろうと通常営業、むしろ昼よりもずっと活気立っているが、メイちゃんの入店を見て周囲は一気に盛り下がる。
いくら位堕ちたと言え、マモンさんの威光やメイちゃんが弱くなったわけでもなければ悪魔と言えども大人しくなるほかないのだろう。
抑止力という言葉の意味を思い知る私の目線に一人の掃除機を抱えた老婆と目が合う。
「あ、どうも」
このジェイルハウスの掃除係のお婆さんだ。腰も曲がっていないし、まだまだ現役だと言わんばかりに両手でゴミ袋抱えたり、バイタリティは高い。
簡単な挨拶くらいの接点しかないけどこのバーの掃除とか、廊下のゴミ出しとかしてくれていて、2日も居れば何度も顔を見るか。私たちのいる秘密基地のメンバーとは無関係でレオナさんとも顔を合わせていない筈だ。
「……酔っ払いかしら」
酒瓶を握りしめたまま、地べたに寝転がっている浮浪者のような小汚い格好の男が一人いた。
三日……体感一月もいると、この街並みにも慣れてくる。
路上で寝てる者も理由は幾通りあれど、酔いつぶれて眠ってしまった者は何人も見てきた、だからもうあまり驚けなくなっているし構わず酒を煽る周りもそんな感覚だろう。
とは言えやはり介抱はすべきかと、私が彼の前に近づいた時だったが、それを止められたのは掃除のお婆さんだった。
「バーの仕事は私の仕事だから、あんた達は自分のことをしてなさい」
「あ……はい」
アマテは知る由もなかったろう。
彼が通りがかり様に暗殺されていることを。
まるで、我々が朝知ってる人に会ったら挨拶をするように。特に用がある訳でもないのに、気がつけばなんとなくポケットのスマホを探り当てているように。住み慣れた家であれば「トイレに行きたい」と行動すれば一々「場所はどこか」「どんな所だったか」などと考えずとも行動を済ませられるように。
「全く。2日もかけて、標的の顔すら見えないとは役立たずの若僧が」
裏手のゴミ箱にべちゃりと音を立て、中で液体の跳ねる音を立てながら黒いゴミ袋が一つ増えた。
「まぁいい、最初から期待しちゃなかったよ」
それだけ、日常生活の一部とも呼べるほど自然過ぎる動きだった。魔力や超能力の類いでない、純粋な技術であるからこそミコトたちにも感知できない、まさに暗殺のプロと呼ぶに相応しい存在。
その矛先が、次はアマテたちへ向いているなどと知る由もない。
老婆が掃除機のノズルを回すと先端が剥き出しになり、花弁が開くようにゆっくりと後退し隠し銃が出現する。
「くたばりな」
老婆は壁に銃口を押し当て、放った。銃弾は木の板を静かに貫き、壁を貫いて誰にも気づかれることなくレオナの脳天へ指し迫ろうかという刹那。
「ぬんっ!」
いち早く、異変を感じ取った武将自ら身体を張って防ぐ。カンッと金属を売った音と共に兜の前盾が折れ、彼自身に別状はなさそうだが、すぐさま澄み切っていた空気は暴風へ変わる。
「敵襲か!?」
「どこから」
「姫、こちらへ!」
「飛んできたのはこっちか!」
中から獲物が慌てふためく声を聞き、老婆の顔が怪しく歪む。こうなることをわかった上で楽しみ、愉悦に浸っているのだろう。
「待て、迂闊に出るな!」
次の瞬間、秘密基地全体ジェイルハウスを揺らし、壁を貫通して裏手が燃え上がった。ゴミ袋に引火し、炎はより一層激しさを増しては暗闇に包まれた色欲魔界の僅かな一カ所だけが昼間のように明るく輝き出す。




