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土曜の夜は大騒ぎ③

 改めて、ジェイルハウスの戸を開けた私。

 ひとたび鼻に入り込むのはワインの強い香り。

 窓一つとない締め切った空間を薄く淡い光で照らされ、ここだけ夜で時間が止まっているかのようだ。


 天井に吊るされたプロペラのようなものがゆっくりと周り、静かなクラシックが鳴り響く。

 中の客も、明らか私は場違いだろうと言わんばかりの中年だったり、露出の高い服を着た女性ばかり。カウンター奥にいるマスターも私の方を短く睨んでは、またワインの整理に没頭する。


「え、ええと……」


 中に入ったは良いものの、どうすればいいのかと入り口で棒立ちしている私。

 酒に酔ってるのか、ニタニタと笑う男に酌を誘われる。当然、嫌なのだけど……ミコトたちに頼って騒ぎを大きくするのも嫌だ。そんなにっちもさっちも行かなくなった所へ救いの天使……もとい悪魔がやってきた。


「おや、アマテ様」

「メイちゃん……」


 男も、酔っていた顔が一気に青褪め元いた席にそそくさと戻っていく。酒瓶の入った箱を抱えたメイちゃんを見つけ、私は尋常でない安心感に包まれる。知り合いの一人としていない空間で、知人に会えたというのはこんなにも嬉しいことなのかと私は感謝した。

 相手が見た目、ずっと年下だとかそんなことも構わず彼女に、幼き日に見た母の姿と重ねた私は泣きつくばかりの勢いだ。


『メイちゃん、久しぶり!』

「レイラ様。お久しぶりです」


 私は、一度彼女に連れられて店の奥へと入っていく。『関係者以外立入禁止』との貼り紙があったが、店のマスターは何も言わずメイちゃんも堂々と酒瓶の籠を持ったまま入っていく。


「ちょっとした隠れ家として提供してもらっています」

「そうなんだ。アレからどう? 魔界は」

「おかげさまで、お兄様の尽力もあり強欲魔界を転覆する勢力図に辛うじて並ぶことは出来ました。しかし、やはり不完全と言え機械王に対抗するには武器や資金もまだまだ足りていない状態ですね」

「ここ色欲魔界のO-Sエリアにはありとあらゆる人脈、武器、資金が集まりますから、力を蓄えるにはうってつけの場と言うわけです」

「へぇ、何にしても元気そうで良かったよ」

「えぇ。体造りは基本ですからね」

「私。お兄様を立派な魔王にする為でしたらこの身が切り裂かれても構いません。そのくらいの覚悟を持ってこの件に当たっています」


『立派な妹さんねぇ、ホントどこかの妹にも見習ってもらいたいわ』

『『言われてるよシオ姉』レイラちゃん』

『『…………』』

『あ、クロ姉のことか』

『クロ姉様のことだね』


 死人……でないだろうが、口無しのまだ見ぬ妹は今頃、全部の責任を押し付けられてると夢にも思ってないだろう。


「……でも、切り裂かれてもなんて。その、命の価値とか主従関係とか私の物差しじゃとても測れないだろうけど」

「少なくともあのお兄さん、メイちゃんに死なれてほしくないと思ってるよ、きっと」

「そういう物、なのでしょうか?」

「強欲魔界では兄弟の縁は主従の縁とも近く、下の者は上の者に命を持って尽くす。そう教わっていましたから」 


 主従、と言うより隷属か。

 

「……そうだよね。うん」


 やはり私と価値観は違う。お兄さんが、と言うよりも個人的にメイちゃんにはもっと自由に生きられれば良いのに。そんな私のわがままだと思っても、つい口を挟みたくなってしまう。


「ですが、お気持ちはありがたく受け取ります。お兄様が強欲魔界を取るその日まではしぶとく生きてみせます」

「うん、良かった」

「あ。こちらへ、皆様。昨日までお仕事されてお疲れのようですので寝てらっしゃると……」


 メイちゃんがいるのだから、なんとなく予測はついていたのだけれど、案の定私の人生に混じったバグのような変態四天王が居た。


「耐えろ、耐えるんじゃ!」


 いきなり武将さんが寝ているどころか、元気に雷さんの股間を蹴り上げる。女の私でも、そこへのダメージの辛さは『睾丸とは内臓なのです』と豪語する中国拳法の達人に教わり知っている。にも関わらず、雷さんは股間を思い切り蹴られても耐えきっている。


「フンッ! フンッ!」


 リズミカルにかつ、連続で股間を蹴り上げているにも関わらず雷さんは眉一つとしね顰めない相当な精神力を見せつけられた。


「フニャフニャのものを固くしなさい!」


 カナミさんの振るう棒が股間を強打しても汗一つかかず眉も潜めない。海賊を自称しながら定期的に迷走の激しい人で、今度は中国拳法に被れたか、悟り開きすぎて変な所までトリップしているようだ。


「とぁっ!」

「ぶぉあがっ!」


 トドメに天使さんの蹴りをまともに受ける。

 股間へのダメージはないだろうが、物理的に蹴られたと言う元々の衝撃まで消せてるわけでないからか、天井高く蹴り上げられては天井に突き刺さり、床へと落ちてきた。


「おぉ。アマテさんじゃないか」

「マモンさん」


 もうあの連中がなにしようと今さら驚くまいとしていた私へ声をかけてきたのは強欲魔界の元魔王の息子であるマモンさん。彼は向かいのソファーで機械いじりをしてるくらいに元気そうだ。

 黒いコートにニット帽と、魔王と言うよりストリートのお兄さんみたいな格好だ。しかし、寧ろその方が合ってるなと感じるほど、彼の雰囲気とマッチしている。


「どうだい? 中々いい秘密基地だろ」

「えぇ、結構……」


 女の癖にとか、揶揄われた物だが私はずっと昔から少女漫画よりも少年漫画派だ。こう言う「秘密基地」と言う言葉の雰囲気や外界から隔絶されつつ、ひっそりと存在しているこのムードは私も好きだと共感する。

 

「何でも屋してるって聞いたんですけど」

「まっ。修理代行から、引っ越し代行まで幅広くやってるよ」

「割りかし健全……なわけないですよね?」

「当たり。それなりに悪いこともいっぱいやってるよ」


 と、彼は今並べている機械のパーツもその一貫だと膝を叩いて笑う。どういうものを作ってるのかとかは聞かないほうが良さそうだ。


「シオン程じゃねぇけど、俺も機械いじりにはそこそこ覚えはあるからな」

『へー。これなんか面白そう』

「あっ」


 私の手を通じてシオンがいじったのはスマートフォン。

 その電話の着信を受け、嫌な感じの警告音がなる。


「やべ! 爆発する!」

「えええええっ!?」


 幸いにも、天使さんが筋肉で受け止めてくれたお陰で部屋ごと吹き飛ぶ事態は避けられたが、いずれにしても物騒なものばかり作ってくれたものだ。


『全く迂闊に触るんじゃないの』

『ちぇー』

『ところで、レイラ。おかげさまで見つかったわよ』

『おひさー』


 やっと話が本題に入れそうだと私は安堵する。


「はい、おひさー。ってことは残ったのはクロナの方か……」

「アレから、進展ありました?」

「いや。何度か試してみたんだが……どうにも反応らしい反応もない」


 一度機械を触る手を止めて、指を二本立てる。


「こうなると考えられる原因は二つ」

「一つは本気で死んでしまった」

「二つは天界とか、魔界より遥か高次元域のような世界にいるか」

「天界……高次元……?」

「簡単に言えば、めちゃくちゃ遠くだな」

『全く……どこに行ったのよクロナのやつ』


 死んでしまった。とは考えたくないのか、それともレイラとシオンが奇跡的に生きてたならと言う確信か、ミコトの中ではクロナがまるで意地悪でもしてるかのような言い草だ。


「そこで、今。ちょっと新しい探知方法を模索してたんだが、ちょうどさっき手頃な素材も手に入ってな、後で着手するつもりだったんだよ」

「新しい探知方法ですか?」

「今作ってるとこなんだが」


 そう言うと、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 最初にコンッと言う音がして、一瞬の間を空けてから二度短くノックされる。まるで、モールス信号のように独特で不規則的なリズムだった。


「悪い、仕事だ。メイ! アマテさんに正装貸してやれ」

「畏まりました、こちらへ」

「あ、え……私!?」


 私は、メイちゃんに裏手の倉庫へと案内され、そこで女物のタキシードへと着替えた。

 黒を基調とし、どことなく女スパイとか。エージェントのような雰囲気が出て、少し格好いいなと鏡の前で少し立ち止まってしまった。


「やーアマテちゃん、可愛……っ」


 変態の背後から来るハグをかわしたが、よく見ればカナミさんもいつの間にか正装姿。なんだか、これでは私がこれからまた妙な事件に巻き込まれるのではないかという予兆があった。


「と言うかアマテちゃんとっくにメンバーとして加算されてるわよ?」


 そう言って『天使が神々しいオーラを放ちながら海賊と武将とビッチが拳銃を構える怪しい団体にしか見えないポスター』を見せてくれた。

 デザインはこの際どうでもいい。問題は裏だ。 

 お仕事はどんな内容でも。報酬は要相談と言う内容の下のメンバー欄に『臨時・魅上 天照』という名前でしっかりとメンバーの一部に加えられてしまっていることだ。


『あははははははっ!』


「笑い事じゃないでしょうが!」

「ちょっとメイちゃん、これどういうこと?」

「え? 寧ろ私はアマテ様もとっくに私たちの『裸のトロピカル倶楽部』の一員だと思ってましたが」

「なにそのチーム名!?」


 すると、横からカナミさんが補足するように指を立てて数える。


「えーっと。確か雷がトロピカル部」

「武将がてんかとーいつ倶楽部」

「天使が裸の園だったから、その3つを」

「合体させちゃったかー……」


 ブツクサと文句を言いつつ、どうにも逃げられない空気を感じ取った私は流されるまま広間へと戻った。そこでは私の他の男三人も同じくタキシード姿へと変装を完了していた。


「お前、鎧兜脱げって」

「これは武士の魂じゃ。決して取らん」


 タキシードの上に鎧兜と言うアンバランスな風貌。腰には刀が脇差しで二本ずつと言う奇妙な風体の男が一人。

 天使の羽が生えた、隆々の男もしっかりとついている。


「よし、お前ら。仕事行くぞ」


 この四人ともなんだかんだで長い付き合いになりつつある。そう物思いに耽けながら私たちは、さっきのリビングとはまた別の応接間に通された。


 そこにいるのはマモンさんで、その反対側のソファーで相対するは見知らぬ男性。隣には帽子を目深に被った女性もいる。脇には黒い服とスキンヘッドの屈強な男が四人もいて、陣を構えるようにして立っている。それだけでなんとなく大物と話しているんだろうなという雰囲気があった。


「むぅ、中々の手練……」


 まぁ似たのはこっちにもいるけれど。


「っと。来たか、ウチの連中も来たことで。お仕事の内容教えてもらえますか?」

 

 そう言うと、依頼客らしき初老の大体50代くらいか。シルクハットからでも白髪と小皺が目立つ男性は、嗄れだした声で話し出す。


「3日後。盟約会議が終わるまでの間、彼女を守り通して欲しい」

「私の娘だ」


 そう言うと、桃色の髪の女性。スラリと背丈の高い乃愛さんと同じくらいあるか、キリッとした目つきでペコリと頭を下げる。


「分かりました、ウチの精鋭たちが責任持ってお守り致します」

「報酬は前金で札束2つ。出来高制でその5倍は用意しよう」

「おぉ。ありがとうございます」


 そう言って、100万くらいだろうか。そんな大金をまるで小銭感覚で扱うのを現実で目の当たりにすると、思わず目眩がしそうだ。


「力衰えたと言え……君なら、問題ないだろうが懸命な判断を頼むよ」

「えぇ。納得いく結果をお待ちください」


 マモンさんはニッコリ文句なしと言わんばかりの顔で彼とそれに付き従うボディーガードたちを見送った。取り残されたのは娘さん一人と、彼女の日用品だとボディーガードの一人が置いていったスーツケース一つ。


 重苦しい空気ごと持ってってくれて、やっと口が軽くなった雷さんはため息を一つついてから話し出す。


「しかし。あんた、今のって五大盟約の組長じゃねぇか?」

「みたいだな、それでこの羽振りの良さだよ」


 マモンさんは渡された札束を一枚一枚数えながら、もう依頼が成功したムードだ。いつもみたくここから大暴れかと思いきや、異議を唱えたのは雷さんだった。


「羽振りはいいけどよ。これ、失敗したら俺たち全員の首が飛ぶじゃ済まねぇんじゃねぇの?」

「なんだ。いつになく弱気だな」

「昔、目先の金に目がくらんで、それで船が沈んちまったからなぁ」

「慎重になるのも分かるが、どの道あの場でマモン殿に断る選択肢などある筈もあるまいて」

「そうそう。武将ちゃん正解」


 盟約とか、話の大きさは私には分からないけど何となく今のがすごく偉そうな人で、あまり表立って人に誇れることしてないんだろうなってのは理解できる。

 そんな人間に話を持ちかけられた時点で共犯もいいとこ。この場で口封じの為に動かれる可能性もあった。

 最も、彼らも流石に私の中にミコトたちがいるのは計算外だろうけど、相手を元魔王の息子と知った態度であれだけ強気に出られるのは相当な自信があるのだろうと身の毛がよだつ。


「ちょっとそこの貴女」


 私が一人考え事をしていると、残った娘さんが私に向けて指を差している。


「わ、私ですか?」

「ぼーっとしてないで、今すぐ私の為に紅茶と甘いお菓子を用意なさい」

「はぁ!? なんで私……」

『お姉さん、これもお仕事お仕事抑えて』

「ぐぐ……分かったわよ」


 来てそうそう随分な態度だと頭に来そうだ。


「そこのおチビさんはネイル塗ってくださる? パパが出来るだけ地味にしてろって言うからロクにお化粧もできなかったの」

「かしこまりました」


 給湯室で私は湯を沸かし、インスタントのティーパックを用意する。あんな奴に二パックも必要ないだろうと一パックだけおいた。


「なにあいつ、感じ悪」

『なかなか。温室育ちって感じのお嬢様ね』

『お姉さん、紅茶淹れてあげるよ』

  

 カッカしていた私とレイラが入れ替わる。

 レイラはただのインスタントのティーパックであったが完璧な作法で紅茶を蒸らし、適切な湯加減と匙加減で甘くもなく苦くもない、思わずいつまでも飲みたくなる程の味わいで淹れてしまったのだ。


「うぉ、凄い美味しい」

「色欲の悪魔だからねぇ。異性を喜ばせるテクニックから話術、作法まで身につけてるよ」

「……悪魔ってさ、年齢としっかり具合って反比例するのかな」

『どういう意味よ、え?』

「なんでもないなんでもない。ちょっと、左手だけ操って抓らないで」





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