土曜の夜は大騒ぎ②
私はキングサイズのポップコーン三ケース。
ジュースにチュロスもつけて、相当な痛手を被った財布ポケットに下げた私。
「………………………………」
道行く人の視線がひたすら痛い。端から見ればとんでもない大食い女、演目を見に来たのかポップコーンを食いに来たのかとみられてないだろうか。
もうとにかくさっさと始まってくれという一心で待ち構えていたのは、恥ずかしさも忘れるほど迫力のステージ。
演出は本当に剣と剣が交差し、今にも刃が演者の肉を斬らんとしそうな剣舞。そのどれもが、一級のもの。
最初、つきあいで見ていた私もいつの間にか夢中になって食い入るように見てしまっている。次がどうなるのか、とにかく早く知りたい。
そう、楽しみにしていた漫画を読み進める気分でソワソワと胸を躍らせていたこと約二時間。
会場の熱気鳴り止み、暗かったコンサートホールは次第に明るさを取り戻し視界がチカチカとする。
この、映画の時も照明が戻った瞬間。
現実に帰ってきたと言う空気があって私はなんとなく好きだ。
『どうだったお姉さん』
「そりゃもう」
観てるときは言いたいことがたくさんあったはずなのに、いざ感想を求められると極端に言葉が減る。まだ色んな情報を一度に頭に詰められて混乱してるからなのかもしれないけど、本当に良いものって言葉は不要なのかもしれない。
まず私は一番見てて感じたこと、それを一纏めにして表すならこう言う。
「救いがねぇ……」
その一言だった。
『アハハハハ。私と同じ感想』
グルンロッド自体が、兵士の士気を上げる為だけのでっち上げの樫の木の棒で、年月と噂に尾鰭ついた膨張が巡り巡って大変なことになった。
見てたら、途中で私もその推測は立てられたが、最後の最後で主人公が親友を背中から刺し殺したシーンはとにかくゾッとした。
挙げ句、自分の欲望に満ちた願いを叶える事に固執し、ただの木の棒であると気づけなかったのか。
『考察が捗るよねぇ』
それだけ演者も、演出や脚本など一体となって作り上げた舞台が私に強い共感性を与えてくれたのだろうが、とにかくやり切れない気持ちが抑えきれなかった。
『そこがいいんだよ、これがバッドエンディング・エモーション!』
『軍曹さんさ。せっかく主人公を助ける良い人っぽかったのに、本当犬死だったよね、笑っちゃった』
「私としてはせめて最後くらい救いがあって欲しかった……」
最後に得をしたのは、人間と悪魔が共倒れで魂を山盛りで食べた獣も殺せぬほど弱い下級悪魔一人。
『まー人間の作り事だから、人間の都合よくデキてるんでしょ? アレも魔界の作り事だから悪魔に都合よく出来てるんだよ』
『シオ姉って本当にドライだよねぇ』
『これはこれで楽しめたけど、あんま芝居とかって好きじゃないし。芝居より直接八つ裂きにしちゃうほうが楽しいし』
芝居を楽しんだあと、こうしてああでもないこうでもないと会話してれば姉妹っぽいかな。と考えていると、あくび混じりに退屈そうな声が聞こえてきた。
『もういいでしょ、そろそろ』
ずっとミコトの声が聞こえないと思っていたら、眠っていたらしい。
『ミコ姉、あんま本とかも読まないくらい退屈嫌いだから』
「へー。あ、確かにそうかも」
私が勉強とかに集中する受験シーズンやテスト期間は異様なくらい静かになってしまう結構勉強嫌いなのかなと思い当たる節はあった。
『どーでもいいでしょ! あんたの為に来てんだからさっさとなさい!』
『ハイハーイ。じゃ、行こっか』
レイラはそんなミコトの弱みをたくさん知ってる存在だからか、なんだかどことなく当たりが強かった。
なんかミコトの新しい一面を知れたような気がして、どこか微笑ましい。
レイラの母も、立場で言えばミコトと同じくらい。
だからもっと魔王の城みたいな所に住んでるかと思えば、劇場からそう離れていない高級マンション群の一等地に住居を構えていた。そんな現代に被れたセレブチックな魔王の娘など、フィクションでもそうはいまい。
『魔王の娘と言っても、4444人いる中の666番目のお姉さんだけどねぇ』
「それだけいたら、街中の擦れ違った人の中にも血縁者結構混ざってそうだよね……」
『アハハ、本当にね。私もどれだけ義兄弟いるんだか分かんないや』
なんて軽く笑って済ましながらレイラは堂々と自室のドアをノックもせずに開いた。
『ただいまぁ』
レイラにとっては十数年ぶりの帰宅だろうが、長い寿命を生きる彼女らにはちょっと遠出したくらいの感覚だろう。
入室するや、レイラと同じくこめかみから山羊の角を伸ばし、桃色の前髪で目元が覆われ、俯いて暗い雰囲気の女性が一人、ポツンと口を開けてこちらを見ていた。
「な、ななな……なんでしらない人がここここここ……!?」
その人は、私を見るやまるで押し込み強盗か何かに遭遇したみたく、ガクガクと震えては部屋の奥へ奥へと逃げていってしまう。
『あーしまった……お母さん極度の人見知りだから、ちょっと変わって』
「ほら。お母さん、私だよ。レイラ」
また、体の所有を私からレイラへ。部屋の奥のソファーに座布団で頭を隠して必死に蹲っている。
「レ、レイラちゃん……?」
レイラの姿を見て、安心したのか座布団を手放さずにじっと近づいてくる。魔王の娘と立場的にはミコトと同じ筈だが、だいぶ印象が異なる。
しかし、悪魔の歳の取り方は遅いのはミコトたちから見てわかるが、非常に若々しくレイラの姉と言っても通用しそうなほどだ。
『お久しぶりです。叔母さま』
『叔母さん! 久しぶり!』
「まぁまぁ、ミコトちゃんにシオンちゃんも」
知った顔を見て、やっと落ち着いたか座布団を手放す。
「もう、レイラちゃん! 遅くなる時はちゃんと連絡入れてって言ったでしょ!」
「んーごめんなさい」
怒っているのか泣いているのか。強く抱きかかえられたレイラの笑った反応から、相当甘やかされていることは察しついた。
『ちょっと訳あって人間の身体借りなきゃ実体化できなくなってしまって』
「そういうこと」
「それは大変だったわね……」
母娘水入らずと言うわけには行かないけれど、久々の再会を祝ってか、レイラのお母さんは台所奥へと通してくれる。
改めて部屋を見れば木の板造りのフローリングにエアコンもあれば、テレビもある。企業のロゴやデザインは異なるが、私の知ってるようなお菓子もたくさんあって、私の中の魔界イメージに近かったのはやっぱりミコトの暴食魔界だった。
そのせいか、こう立て続けに近代的、未来的な魔界と言うよりもSF映画の世界を見せられれて、寧ろ暴食魔界が後進的なのかなと思わされるくらいだ。本人の前で言わないけど。
「ところで。この後は一緒にまた暮らせないの?」
「しばらくはこのお姉ちゃんに憑いてた方が面白そうだからまた出るよ」
「そう……」
さっきまで、娘が帰ってきて子供みたくはしゃいでたお母さんの一気に気持ち落ち込んだ反応を見てなんだか、申し訳ない気持ちもあった。
「お母さん。これ使って。どうせまともに魔力摂ってないでしょ」
レイラは掌から小さな虹色の光の塊、魔力を母へと譲渡しようとする。
なんだか親へ仕送りする娘みたいで、未だに独り立ちしておきながら親の援助を貰ってる私の心に深々と形ないナイフが突き刺さった気がした……。
「この後は、マモンさんとメイちゃんに会ってクロ姉がまだ見つかってないこと、対策話し合わないと」
「あの強欲魔界の? その子たちなら、最近。O-Sエリアに渡ってるのを見たって噂を聞いたわよ」
『引き篭もってる割に情報早いわね』
「引き篭もってるから情報早いんだよ」
「フフッ。レイラちゃんを脅かそうとね、パソコン始めたんだから」
「ワーすごいすごい」
レイラは半ば嘲笑う感じに手を叩く。
「ジェイルハウスってところで何でも屋みたいなこと、してるみたいね」
「オッケー、そこまで分かればあとは自分で探す」
『ところでO-Sエリアって?』
「口で説明するより言ってみりゃ分かるよ」
最後にジュースでお菓子を流し込むと、チョコレートを2つ3つ口に入れ、クッキーをポケットに突っ込み席を立つ。
「そういう訳だから、ちょっと車借りてくね」
「どうせ乗ってないでしょ?」
「あ、うん。台所の引き出しに鍵入れっぱなしだったと思う」
「まぁお母さんなら大丈夫とは思うけど、なんかヤバい魔物が他の魔界で彷徨き出したから気をつけてよね」
それだけであっさりと鍵を指で回しながら家を出ようとすると彼女のお母さんに呼び止められる。
「あ、あの……人間さん」
レイラでなく、私にいいたいことがあるようだ。
「レイラちゃんが気に入ったってことは信用できる人だと思う……レイラちゃんは、私よりずっと大人だけど、まだ……その、やっぱり、子供だから心配で」
「悪魔にとって10年なんてあっという間かもしれないけど、それでも。行方不明の子供を待つのは長すぎる時間で……」
「どうか、よろしくお願いします」
『……分かりました』
私が助けられることはあっても、助けることがあるか分からないけど、それでも期待に応えたい気持ちはあった。
「あ。そうだ、今度は出来るだけ早く帰れるようにしまーす」
「うん、お願いね」
そうしてレイラの家を出てから、さっきは軽く流されたけど、地下の駐車場には黒塗りの高級そうで、それもピカピカで新車同然の車に近づくと、レイラはなんの躊躇いもなく鍵を開けて運転席に座るのだ。
傍から見ようものなら子供のイタズラかと思われそうなもの、しかしレイラは慣れた動きでギアを動かし、カーナビを動かしては目的を決め、エンジンをかけるとあっさり車を発進させてしまった。
「おー。乗ったの最初の一、二回だったけど動いてよかった」
「……って言うか、レイラ運転上手いね」
私は運動音痴と言うか、車の免許取る気もないけれど。私よりずっと歳下に見える女の子がお父さん顔負けのハンドル捌きと交通ルールに則った運転に何故か「負けた」と言う気分になる。
おんぶされたり車に乗せてもらったり、何かと少女に運ばれることに縁があるのだろうか私は。
「引きこもりコミュ障のお母さんをたまには外に連れてってあげたいからね。免許取るのがんばったよ」
『やめてくれ。レイラ、その発言は私に効く』
なんて孝行娘か、他人ながら感心してしまうと同時に私は何をしたというのか。
「お姉さんも免許取りなよ。大学生シーズンの今しかないっていうよ」
『やだよ、人殺しになりたくないし。維持費とかガソリン代勿体ないし』
「草食系だなぁ」
話に夢中で気づかなかったが、段々とさっきまで賑やかだった都会なムードとはかけ離れ、すす汚れたビル。路上はゴミが散らかっている。
振り返って、海を隔てた大きな立体橋を通ってからか。
まるでそこから先、別世界のように待ちゆく人も貧相な身なりの人や、何だか人相の悪そうな集団が増えてきて、なんだか物騒な気配を醸し出す。
「着いたよ」
そうして車が停まったのは、灰色に汚れた三階建てビル。『Jail House』そう一階部分に派手なネオン色の看板で彩らていた。すぐ隣の駐車場へ車を停泊させると、レイラから私へ肉体戻ったはいいが、こんな所で戻されてもと言う気分だ。
「私、まだ19だけど大丈夫かな……ここってアレ、そういうとこでしょ?」
『魔界では年齢制限とかないから大丈夫だよ』
私は、一足早く大人の階段上がる気分で店の扉を今にも開かんとした時だ。
「うぉっ!?」
いきなり店の扉が私の方へと迫ってくる。誰かが中から開けたようだが、まるで外に誰がいようとお構いなしと言うくらいの勢いだった。
「……」
その正体は黒い髪に、黒いジーンズと黒ジャンパーと黒に染まった全体的に真っ黒な少年。
『あれ、ヴァイアーじゃない』
彼もミコトの知り合いのようだが、ヴァイアーと呼ばれる彼もミコトのことは見えているのかそれとも見えてないのか。全く気にかけるそぶりもなく、猫背に折り曲がった腰から私のことを見上げてくる。
その隈の出来た目元。眼光の鋭さと、冷たさから感じるそこはかとない殺気に息を呑む。
「チッ……」
しかし、それだけで彼は短く舌打ちすると街中の雑踏へと消えていく。
「ミコト、今の人って」
『嫉妬魔界の魔王の息子よ』
暴食、強欲、色欲に嫉妬。これで四人目の魔王の子と会ったが、誰も彼も癖の強いのばかりだなと今までの事から思い返す。
「見えてなかったのかな?」
『いつもああなのよ。たまに私の城へ来る癖して、何もせずに帰ってくよく分からない奴』
『久々に会ったのに、相変わらず冷たいよね』
『まー特に用もないなら放っといていんじゃない?』
お互いそんな関わり合いにもなりたくないのか、魔王の子供同士といえやはり皆がみんな友好的と言うわけでもないようだ。私は、改めてジェイルハウスの扉を叩いた。




