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土曜の夜は大騒ぎ①

 外は、清々しいくらいの晴れ模様。

 開けっ放しの窓から入ってくるのは、子供のはしゃぐ声。蝉の鳴き声に、遠くから太鼓の音に混ざって威勢の良い掛け声も混ざって祭りの空気を感じさせてくれる。

 

「外で、お祭りでもしてるんですかね」


 乃愛さんは、ぼそっと力のない虚ろ気な声で窓の外に思いを馳せている。


「……どうなんでしょう、私。ここ来て日がまだ浅くて」

『次のニュースです。昨』


 夏も本番といった景色を見せる中、テレビがちょうどニュースの時間となり私は、慌ててその番組を消した。


「?」


 何か挙動不審がられたか、不思議そうな顔をする乃愛さんの顔を見て、言葉に詰まった私は


「あの、花瓶の水。変えてきます!」


 と、私は逃げるように部屋を飛び出した。

 私のポケットには握新聞の切れ端がくしゃくしゃにしてしまわれている。見出しに小さく表示される虎伏山のニュース。


ー『虎伏山で行方不明の大学生四人発見される』

ー『登山中の女子大生一人行方不明』


 それが、表向きとなった真実。


ー『行方不明になった大学生 音黒日華(19)の両親は、娘の行方の有力な情報を探しており・・・』


 娘が無惨な死を遂げたことを知るのと、「行方不明と言うだけで生きてるかもしれない」という希望を抱き続けるのとどちらが幸せかなんて私にも分かりはしない。


 意味もなく時間をかけて花瓶の水を捨てて入れ替える。

 実は人間世界の花でない、ミコトが選んでくれた害のない魔界の花だから水なんて必要ないのだけれど。

『枯れても蕾(頭)が決して垂れず』『根を張らない』など魔界の縁起物であるらしい。

 こんな花を見れば、思わず『映える』と一枚でも二枚でも写真を撮りたくなるような瑞々しい花だ。


「フフッ……」


 私は、また乃愛さんの『病室』へ戻ってきた。

 彼女は一瞬、知らない人でも入ってきたかのように面食らった表情をしていたが、すぐに思い出してくれたのか。


「ところで……いつも、私の前にお話しに来てくれますが……私と会ったことありましたか?」

「ボランティアです。こうしてお話しする……っていう」

「そうでしたか、すみません。私、なにか事故にあったみたいで記憶がスルッて抜け落ちちゃったみたいで……」


 乃愛さんは、精神的ショックが強すぎたせいで記憶喪失に陥っていた。


「本当に、アマテさんがいなかったら。私、自分の名前もハッキリしませんでしたから」


 彼女に真実を打ち明けるべきか否か。

 下手なこと言えば彼女が思い出してしまいそうで、未だ何も話せていない。

 今、真相を知っているのは私だけなのに隠してばかりだ。


 世の中、真相が明かされることが正義だとは思えなくなった。菱輝さんも、あのイスの女性も。仁路さんも。神日も。皆して本当のことを言ってくれれば楽だったのに、真相隠して私と接していた。

 

「だから私も隠してればいいのかな……」


 人の為、自分の為。理由は多々あれど、ならばこれは誰の為?

『乃愛さんに真実を伝えて、記憶を取り戻させる手がかりを作るのは、正しいこと?』

『けれど、その為に友達が惨殺されたと言うのは悪いことでないが』


 考えれば、考えるほど切りがなくなって頭が痛くなる。このことを私と土夜くん以外に乃愛さんの家族だって知らない話だ。

 それを私の一存で決めていいかなんて分かるはずもない。


「ねぇ、ミコト。どうすればいいかな……」

『私が言えって言ったら、貴女は言うの?』

「それは……その、ゴメン」

『……一つ私見を言うなら、知りたくなかったことは一生知らないままでいられれば良いのにって思うわね』

「ミコトもそういうことあるの?」

『貴女の数千倍は生きてるもの。1つ2つじゃ効かないわよ』

「そうだよね……」


 私は、病院を後にする。それから、なんとなしに公園へと足を運んでベンチに腰掛けていた。

 私の周りの街の景色は本当に、私が虎伏山に行く前と本当に変わらない……平和そのもの。子供がはしゃぎ、大人たちは祭りの準備などで動いたり、そこかしこで夏を感じさせてくれる。


「……」


 特にやることもない。じわじわと照り返す陽射しを浴び、蝉の鳴き声を聞いているだけ。すると、いきなり私の体の意思と反して動き出す。


『こら、シオン』

「いいじゃん。使わないん身体なんだから。それに時々貸してくれる約束でしょ」


 悪魔も三人目。もう私の意思とは無関係に肉体の支配権を左右されている。いずれ、本当に悪魔に魂を乗っ取られることになるのではないかとそんな恐怖や幻想を抱く私とは裏腹に、シオンはやたらと上機嫌。


「魔界行こうよ。メイちゃんとパパにレイラちゃん見つかった報告しなきゃ、前は花摘むだけで帰っちゃったし」

『……いいよ、少しは気が晴れるかもだしね』


 もう好きにしてくれと言う自傷する気分で承諾した。

 シオンは適当に人のいない事を見計らい、魔界へ一直線のゲートを開いて即座に飛び込んだ。


 久々の魔界は相変わらず、空が真紫色で遠くの山の方から雷が常に鳴り響く。最初来たときはただひたすら喧しいと思ったが、魔界の住人で気にしてる者が誰もいない辺り慣れとは怖いものだ。


「おや。シオン様と……この魔力はレイラ様ですか?」


 今度は、城までの一直線だった。見覚えのあるエントランスホールで家ほどもある巨大な魔物を片手で担ぎ上げるなど、相変わらず豪快なトリナさんがいた。


『おっ! トリナさん、久しぶり!』

「レイラ様。ご無事で何よりです」


 礼儀正しく、担ぎ上げていた魔物を一度床において一礼する。


「魔王様は現在、会談へ出かけられております。なにか引き継ぎがあれば私が請け負いますが」

『会談なんてまた……何十万年ぶりのことよ。どうせ、半分も集まらないんでしょうけど』


 そう斜に構えていたミコトであったが、会談という言葉を聞い語尾に近づくに連れ、少し言葉が詰まっていく。

 ミコトの言う身勝手で協調性の欠片もないと豪語する悪魔の中で頂点に君臨する魔王。


「えぇ、魔王が協調を求められる瞬間となれば只事でないと察していただけますよね」


「アマテ様。実は、あの後に皆様たちが帰られてからのことなのですが」


 心配はいらないだろうが、と前置きしてから絶対に秘密厳守の約束をミコトからレイラへ一人ずつ、ついでに私にも課せられる。

 食材の魔物を部下へ引き継がせ、着いてきて下さいと彼女は指先に小さく炎を灯し先導する。


 彼女の炎をランタン代わりにやって来たのは地下。それも、魔界の中でも一際薄気味悪く、少し歩くだけでベチャッと泥濘んだ泥溜まり。

 天井には何百もの蝙蝠が群れをなしていたが、トリナさんに恐れをなしたか、奥へ奥へと逃げ去って行く。

 もう、なんとなく理解したがここは地下牢。


「基本、捕らえるより先に殺しちゃうからめったに使わないんだけどね」


 一本道の通路に、空の牢屋だけが延々と続く中でその最奥にてほんのりと薄緑色の明かりが灯されている。


「何千年と使われていませんでしたが……」


 牢獄へ幽閉されていた物。それは、筒状のガラスケースへ厳重に隔離され、この光源の元である緑色の液体に漬けられているのは黒く腕の形をした液状の『生き物』であった。


『これは……まさか!?』


 私が、これをすぐ『生き物』と認識できたのは神日や剣の腕に宿していた液状の腕に酷似していたからだ。


「話は早いようですね」


 今は、可能な限り生命を維持する極限まで魔力を抜かれており、抵抗の力もないようだが、それでも今にも中から反撃の機会を伺っているのか。『ソレ』は心臓の鼓動のごとく、拡縮を繰り返している。


「こちら、魔界の生物ではありません。恐らくは神話生物」

『まさか……この魔界にまで?』

「たった一体。この状態に持ち込むのに一個師団が半壊するほどのダメージを受けましたが、四天王によって捕獲できました」

「既に『怠惰魔界』『嫉妬魔界』でも同種が確認されており、いずれも被害は最少に抑えたようですが、一魔界だけの問題でなくなっています」

「うわぁ、じゃあ機械王の体内に居たのよりめちゃくちゃ強いんだ」


『けど。なんで魔界にまで神話生物が?』

「……原因は定かでありませんが、人間世界。神話世界。魔界のバランスが乱れだしていると言うのが、今言える学者の見解です」


『ミコ姉、シオ姉。なんか昔もこんなことなかった?』

『あぁ。確か妙な生物が流れ着いてて、クロナ姉様が調査してたっけ?』

『確か、その後だよね。ミコ姉が一人で神話世界に乗り込もうとしたの』

『ってことは、やっぱり……私が儀式に巻き込まれた日とほぼ同じ時間ってことなのかな?』


 人間世界と魔界の時間はデタラメに流れているから具体的な時差を弾き出せない物の、今起きている現象と当時の現象が合致していることから

ー『やっぱり……神日の力が戻ったことと関係あるのかな』

 こう考えるのが妥当か。


『可能性は大いにありえるわね。あいつが何してくるか分からないけど、魔界の存在を知ったなら……悪戯しかける期間は十分あったでしょうね』

「ひとまず、魔界のことは我々で対処致します。四天王及び三神将、魔界双皇、七闘帝。六騎士、十二魔大臣、二十四柱、既に厳戒態勢に当たっておりますから万が一と言うことはないかと」

『随分幹部格多くない?』


 大作RPGでもそんなにいないぞと言う私の考えも半端に、心配そうな声を上げたのはレイラだった。


『お母さん大丈夫かな? 戦えばめちゃくちゃ強いけど、奥手だからなぁ……』

「どうする? 色欲魔界寄っていく?」

『ごめんね、お姉さん。お母さんってばサキュバスの癖に、お父さん以外と絡んだことないくらい初心って言うか……』 

『いいよ、別に。お母さんのことだし、心配だよね』


「んじゃ、決まりね」


 シオンはゲートを開けて、色欲魔界へと赴いた。




「ここが色欲魔界?」


 一瞬、私たちの人間世界に戻ったのでないかと錯覚するほど、ミコトのいた暴食魔界とは風景も景色も人並みも、何もかもが違う……と言うより見覚えがありすぎた。


「元気ハツラツ……○○電気、☓☓商店……」


 私の良く知る文字。曲は知らないけど、ハッキリと私の耳にも理解できるメロディー。


 簡単に言うと私が一度行ったことのある現代の魔境こと新宿。そこの人と建物が10倍に増え上がった世界と考えたらイメージしやすいか。黒いスーツに、スマホや車もある。液晶パネルや店も普通にあるし、本当にここが魔界かと思うくらいだ。


「なんていうか、ミコトの暴食魔界は……その、西洋風?って言うのか悪魔ばっかりいたけど、色欲魔界はなんか人間も普通にいるんだね」

『人間世界と魔界は表裏一体なのよ。魔界もあれば人間世界もある。ここはそれなりに共存共栄に成功した方じゃないかしら?』

『悪魔と共存共栄ってあるんだ』

『元々悪魔の役割は奢り昂ぶった人間を恐怖で戒め支配くる物なのよ』


 最も、よく見れば緑色のゴブリンみたいな男がスーツを着ていたり、翼を生やした女性が私たちとなんら変わらぬ人間や風景に溶け込み過ぎて気づかなかった。


『けど、それで人間側が不利になると天界から神様の力の一部を分け与えられた人間が産まれて悪魔を減らす。そうしたらまた力をつけ直した悪魔が人間を戒める。そういうサイクルなのよ』

『ま。でも、それぞれ人間と共存。壊滅したりされたり、支配体制にあったり、割りかし魔界も多すぎて天界も管理しきれてないんでしょうね』

「あぁ……」


 宇宙のサイクルで見れば、人間がか昆虫1匹1匹の経過観察などしていないと言ったところか。


『私達の世界にも魔界ってあるのかな?』

『どうかしらね。案外、廃れちゃってたりして』


『シオン。アマテに戻りなさい、あんま魔王の娘がウロチョロしてると面倒になるから』

「はいはーい」

「っ……ふぅ」


 また、私の体の感覚が戻ってきた……と思いきや、足だけ感覚が奪われた。誰かと思えばレイラらしい。


『ちょっと。叔母さんのとこ行くんじゃなかったの』 

『後で行くよ。でもでも、やっぱり10年分の楽しみは取り返したいからさ!』


 さっきと打って変わって、里帰りしたらもはや別人のようにはしゃぎ、年相応と言うべきか子供っぽい一面を覗かせてくれる。

 そんなに急いでどこへ行くのかと思えば、広いコンサートホールのような場所へとやって来た。


『やり! 大人一枚で買えちゃうから超お得だよね!』

「あぁ、演劇好きなんだっけ?」

『うんうんっ! 今日やるのは私も大好きな『グルンロッド』って演目でね、天界より授かった『どんな願いでも叶う』って言う一本の杖を巡って悪魔と人間が血みどろの奪い合いが起こるの』

『はー。たった一本の杖を巡るだけなのに、いい歳した大人たちがひたすら足掻きまわる様が最高に面白くてさ』


 言ってることが相当物騒だが、声色から演劇がとにかく好きなんだなってことはよくわかる。そう言う何かに夢中になってる子供ってとにかく輝いて見えてしまうものだった。


『そんじゃ、お姉さんにもバッチリと。分かりやすくこの演目を楽しむ為のコツを教えてあげるから、ポップコーン買って!』

『あ。私も、LLで』

『じゃあ。私はオレンジジュースつけてね』


「ええええ……」




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