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もっと食べたい③


 ここは黒い液体の胃の中か、はたまた身体の中にいるのか。

 息が苦しい。まるで暗く深い海の底へ沈んでしまったみたいに手足の感覚がない。


 すると視界の端、ボンヤリと見える薄暗い光を見つけてすぐにそっちの方へと目をやってしまったことを後悔する。


「ヒッ……!?」


 人間のものだろうか夥しい数の骨が高く積まれ、例の呪文がどこからか聞こえてくる。その呪文を捧げる先には、通常のサイズからは考えられないくらい巨大な蛙がいた。 

 蛙は、どこか気怠さを感じさせる表情で呪文を捧げる人間を一人一人、鷲掴みにし喰っていく。


 あれが、呪いの大元。

 飽きることない食欲と、尽きることのない胃袋。

「いくら食べても食べても満たされない」

「もっと食わせろ」

 ゴロゴロと胃袋の中から唸るヒキガエルの鳴き声が、そう言っているように思えた。


「あっ」

 

 次の食事は水崎だった。

 蛙は人一人ほど丸呑みできそうなほど大きな口を開くとゆっくり運んでいき、水崎はその深い蛙の胃袋の中へと落ちていく。


「いやぁぁぁぁぁぁっ!」


 私は、自分でも驚くほど甲高い悲鳴が上がり周囲に響いた。

 そんなことすれば化け物の注意を引き寄せるのに、もうそんなことすらどうでも良くなる。


「やだ、いやっ! ああああっ!」


 きっと次は私だ。

 出口はどこだと、もがけばもがくほど息がつまり、動けなくなってくる。


「助けて、助けて助けて助けて!」


 とても正気を保ってなどいられない。

 もう嫌だと、何度も叫んでいた私の頬へ平手が飛んだ。


『しっかりしなさい!』


 痛みのショックで、一瞬我に返った私の前に居たのはミコトだった。

 普段と違って私に触れられて、いつもより鮮明にクッキリと見る事ができる。


『大丈夫、あの時だって。貴女は乗り越えられてきた』


 ミコトは、優しく諭すような口調で叩かれた私の頬を撫でる。


『だから今も、きっと耐えられる』


「ミコト……」


 段々と思い出してきた。


 それは、私にとって忌わしき過去の記憶。


 目にうつるのは淡く澄み切っているのに、なぜか少しもきれいとは思えない不気味さと薄暗さを持つピンク色の空の下。

 ここが地球なのかすら分からない荒野の只中で見たこともないような化物がそこかしこで蠢いている。


 その上、どこからかやって来た人間を見るや集団で食いついていく。

 老若男女と問わず、その全身を頭から、足から、手から、貪り食うなどとても正気を保っていられない程、狂気に満ちた世界。


「ーー様! あぁ、遂にそのご尊顔を見せていただけるのですね!」


「私は幸せです! あぁ、貴方の糧となれるなんて!」


「アハハハハハハハッ!」


 喰われている人間も、大凡正気とは思えない。それとも本気なのか、化け物に怯え逃げ惑う所か、喰われて糧となることを喜んですらいる。

 そんな中に、私だけは魔法陣の只中に透明な白い膜の様な壁に覆われ、はたして閉じ込められているのか、または守られているのか。

 地を埋め尽くす程ウジャウジャといる化け物もこの周辺にだけは近寄ろうとせず空白を空けていた。


「あ……あ……」


 言葉がうまく出ない。

 精神が麻痺してしまったのか、恐らくきっと、もう私の中の怖いと感じる気持ちは薄れて来ていた。


 いずれ、私も喰われるんだ。


 そんな恐怖などという言葉すら生ぬるい例えようもない体験に吐くものすら出し切った私は祈ることしかできない。


 

 祈ったって意味なんてないのに。

 果たして、私の願いがまさか届いたのか偶然なのか。


「ガアアアアアアッ!」


 化け物の群れを割いて現れるのはこれらとは明らかに様相の違う存在感と、格の違う威圧を持った、四体の悪魔だった。


 およそ、この先に人類があらゆる兵器を行使したとしても足元にも及ばないだろう戦いを目の当たりにする。


 なぜか私は、その光景を美しいとすら感じてしまった。きっと、気がおかしくなって来たのかもしれない。


 やがて、その長い戦いの果てに三人の悪魔が心臓を貫かれた。


「ぐぅっ……うぐ、がああああっ!」


「クロナ……! そんな」


「あぅ……あぁぁぁぁっ!」


「シオンッ……」


「きゃあああああああああっ!」


 肉体がバラバラに気泡と化し溶けていき三体の悪魔は消滅する。


「くっ……レイラァァァッ!」


「う、うぁ……あぁぁぁっ!」


 残った最後の悪魔も、泣いている暇もなく疲弊しきったところと三体の悪魔が倒された所で戦意を欠いたか、触手が全身を貫く。


「ぐぅ……ぅっ!」


 残った悪魔の正体はミコトだった。

 悪魔の肉体を維持しきれず、今に近い姿形の面影を見せていた。


 急所をかわしたようだが同じく全身を貫かれたのは同じ、血に濡れた身体は最早立っているのがやっとで、先に逝った三人の物と思わしき名前を呼ぶことしかできなかった。


「ぐぅぅ……うがあああああっ!」


 無抵抗のミコトへ迫り来る、未だ尽きるところを知らない化物の数々。

 このまま彼女も、敢えなく化物の餌食になるのかと思われた。

 

「ああああああああっ!」


 だが、最後の力を振り絞ったか。

 それとも仲間を殺された怒りに我を忘れたか、その後の彼女は悪魔を通り越して、鬼神と言うにも相応しい残虐な戦いを見せ

気がついた時には化物は跡形もなく吹き飛んでいった。


 結界まるごと、崩れ去り私を囲う気味の悪い膜も消える。


「はぁ……はぁ……」


 ミコトは、ガス欠の力を更に出し切り、肉体の維持すらままならないのだろう。

 

「人間にしては、よく耐えたじゃない」


 ずるずると腕だけ這いずった身体で私の下へやってくる。


「貴女、死にたくないわよね?」


 そう笑いかけるミコトに、私は何度も頷いた。


「なら。貴女の身体、借りるわよ」



 こうして、私はミコトと一体になった。

 記憶の奥底にそっと鍵をかけられた、忌むべき記憶であり、私の原点とも言うべき記憶。


 私は恐ろしいと同時に思い出した。


 私が、今もこうしていられるのはミコトがいたからじゃない。


「生きていたい」


 その当たり前の気持ちを諦めずに保ち続けた結果だ。

 その事を思い出させてくれたミコトの言葉と共に、きっとまた耐えられると自分を奮い立たせる。


 私は、まだ。こんなところでーーー





 次の瞬間、また意識が暗転した。




「う……ここは」


『帰ってこれたようよ』


 身体が地面についている。

 こんな当たり前のことに私はどれだけ感謝したことだろうか。

 澄み渡った青い空と、冷たい空気に晒された私は、まるで生き返った実感に包まれていた。


『あの女もね』


 感傷に浸ってる間もなく、私が立ち上がったその先には水崎がいた。

 

「な、んで……私がこんな、目に」


 正直、特徴のある白衣と紫色のペンダントがなければ彼女と認識するのに時間がかかったろう。


 髪は殆ど抜け落ち、ヨロヨロとした足取りからなるその足は枯れ枝のようにやせ細り、若々しかった肌の色は見る影もないほどだ。

 あの化物に生気を吸われてしまったからだろうか、その哀しみに涙する表情は90代の老婆よりも顔に深く皺を刻んでいた。


「ウガァ クトゥン ユ……」


 そして、最後の余力すら失せたか。

 水崎はその場に倒れ伏す。


 ピクリとも動かなくなり、もはや流れる血や汗など一滴もなさそうな乾いた身体から、黒い水が広がっていく。


「っ……!?」


 その水は形を成し、例のあのヒキガエルみたいな化物へ構築されたかと思えば、一瞬また私と目があった。


 それは、そもそも私を見ているのだろうか。どこに目があるとも知れず、黒いヘドロが蛙の形を作っている異物に私は、何度も逸らしたい欲求に駆られて目を細める。


『目を離さないで、そのままよ』

 

『そのまま』


 ミコトの言いつけを熟すうち、やがてそれはすぅっと透明になって消えていく。

 ここではない、恐らく二度と人の目に触れることのないところだろうか。


「ほっ……」


 私は胸を撫で下ろし地べたへ膝をつく。


「アマテさん!」


 みんなが私を見つけ、駆けつけてくれたようだ。


 どんな説明をするべきか、私は判断に迷ったが、今は無事でいてくれたらそれでいいと、特に乃愛さんと音黒さんからの抱擁は凄まじかった。


 犯人は死亡。

 あの潤っていた若々しい肌があんな干からびて見る影もなくなり、絶望の最中に息絶えたのだろうか、おぞましい表情のまま固まっている。


 この結果もいささかやり過ぎでないかと私は哀れみの視線を送るが、まるで私の心境を察したみたいにミコトの言葉が続く。


『悪魔に魂を売った人間の末路なんて大体ろくなものじゃない』


『それに。忘れた訳じゃないでしょ、乃愛のこと。あの犠牲になった人間のことも』


 ミコトの言うとおり、そうやって納得させることでしか彼女へ手向けてやれる言葉がなかった。

 

「なんにせよ、これで事件解決だな」


 土夜くんの言葉で現実に引き戻された私は前を向く。もう、身体は平気なのかと乃愛さんに問うても全く問題ないようだ。


「あぁ、お腹空いたぁ! なんかもっと食べたーい!」


 あんな目にあったのに、心強いというか問題はなさそうだ。


「もう大丈夫なの?」


「そうそう、あの後。私の口からなんかめちゃくちゃ黒い水が出てきてですね」


 そこから先、あまり気持ちのいい話であるので詳細は省く。ようは彼女達からもあのカエルが出ていったということだ。

 音黒さんは、私の後ろにそっと回ってアレコレなにかを探っている。


「私としては彼女のが心配ね」


 数歩後をついてきている有彩さんだ。

 信じていた先生に裏切られたと感じているのか、はたまた化け物を体内に入れていたショックからか、俯いたまま表情は暗くとても話しかけられそうな状態にない。


「先生……なんで、なんで」


 立ち直るのに、少し時間が要りそうだ。

 などと私たちが会話をしていると警察と救急車が到着する、いつも通り気の利く彼の仕業か。


 今まで例にないような遺体を目の当たりにし、驚いた様子の警察たちであったがその後は滞りなく遺体が運ばれるのを私たちは物陰からそっと伺う。


「まぁ、話したって信じちゃくれないだろうし。警察と関わっても面倒なことになるだけだからな」


「あぁ。自分で自分を喰ったなんて話、信じられることじゃないからな」


「いずれにしても、石崎先輩の仇も取れたことだし、これできっと良かったんだよね」


 音黒さんの言うように、後はもう私たちにできることはない。


「うん」


 これで事件は解決した。




 そう、石崎先輩もこれで……




 そもそもこの件の発端は石崎先輩が……殺されて




 あれ?






「ねぇ、みんなちょっと待って」


 皆の足がピタリと止まる。


 もっと、大事なと言うか当たり前のことを見落としていた。


 まだ事件は終わっていない。




「なんで石崎先輩って殺されたのかな」




 みんな、何をいまさらとでも言わんばかりの顔だ。

 

「ロクに会っても話してもない人だけど、なんとなく聡明な人だって。有彩ちゃんや剣先輩との会話でもなんとなく分かった」


「なんかさ、変だよ……この事件」


「よく考えたら、あの水崎が石崎先輩殺したみたいな流れになってたけど、よく考えたらこの二人に接点無くない?」


 確かにと、音黒さんと乃愛さんも納得してくれて味方につける。

 呪いの結果、石崎先輩が死んだ。それ以上のことは誰も考えていなかった。


「……石崎先輩も女医も死んじまった今となっちゃ証拠はないだろう?」


「うん、確かにね」


「じゃあ、あの『黒い化け物』はどこから取り憑いたの?」


「真犯人が別にいるってことか? まさか」


 土夜くんは、矢継ぎ早に私の意見に反論してくる。

 しかし、事件から遠ざけようとしてる気はしない。私の意見を引き出そうと、会話の全力キャッチボールをしている気分だ。


「やっぱり、警察の目を誤魔化すためかな? 自分で自分を食べて死にました。なんてやり方じゃ、まぁ……仮に見られたとしても警察も取り合わないか?」


「かもしれない……けど、化け物の呪いで死ぬのってランダムだよね? 時間や場所も選べなければ、誰かに見られるリスク多すぎない?」


 例えば大学の中。街のド真ん中。

 大衆の目につけば、例えそれがどんな異常な死だろうと警察も蔑ろにはしない筈だと私は、言葉を途切れないよう続ける。

  

 矢継ぎ早に口から出てくるのこの言葉を思いつく限り喋り続けていないと、思考が止まってしまいそうだ。


「……なぁ、なぁなぁなぁ!」


「疲れてんだろ、アマテちゃんさ。少し考え過ぎだって」


 この空気に耐えきれなくなってきたか、頭を掻きむしる剣先輩から肩を叩かれる。


「分かってる、私の考え過ぎかなって」


「でも。そう思ったら、考えずにいられなくなったんだ……」


 もし違っていたら、謝れば許してくれるだろうか。なんて後ろ向きなことは考えない、私には進むしかない。



「ねぇ、剣先輩」



「犯人は、貴方ですよね?」



 場の空気が凍りつく。

 剣先輩は、笑いながら「まさか」という形で手を振っている。


「なぁなぁで済まされそうだったけど、なんで神日先輩が引き離した有彩ちゃんがいたんですか?」


「……そりゃ、なんか神日のトイレ長引きそうだったから。待ってるのも好きじゃないし、近くのバス停から」


 まだ自分が犯人だという反応は示さない、それはそうだ。


「正直、確信はなかった。けど、さっき貴方は言いました」


「自分で自分を喰ったなんて話、信じられることじゃないからな……って」


「石崎先輩の死因、貴方に言いましたっけ?」


 正直、事情に詳しすぎる土夜さんと彼かで迷っていた。

 しかし、土夜さんが犯人だったらわざわざ私たちを巻き込んでマッチポンプを起こしてる意味が分からない。


 けれど剣先輩ならどうか。

 何もかもを水崎の仕業になすりつけて一番得をする事ができる立場は誰か。

 

「じゃあ、検証してみます?」


「電気屋で貴方が、石崎先輩のとそっくりなパソコンの本体を買った証拠が見つかるか!」


 私はレシートを彼の前に突き出す。


「……なっ!? 貰った筈は」


 すると、驚いた彼は自分のポケットに手を突っ込んで行動から示してくれる。


「ただのコンビニのレシートですよ」


 自分で買ったたまたまポケットに入ってたただのレシート。

 これが決定的になったようだ。


「くくっ……」


 最初、クシャミ程の小さい笑いだった。


「くくくくくくくくくくくく」


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 が、すぐ堰を切ったように狂った笑いが溢れ出て、大きく体を仰け反らせた姿勢からの大笑いが鳴り止むことはなかった。


「まさか、こんな形でバレるなんて……はは、いやいや」


 足元をフラフラとさせた千鳥足で、顔を押さえつけ笑いを堪えている。

 もう、自白と取っていいようだ。


「いや、もうビックリしてこりゃ負けを認めるしかないでしょ」


「嘘でしょ……剣先輩?」


「なんで石崎先輩を!?」


「こんなことになるなんて思わなかったんだ……あいつが悪いんだ」


 ヨロヨロと歩きながら、壁に寄りかかり待ってくれと顔を抑えながら手を伸ばす。


「俺は水崎の助手と言うか。使いパシリみたいなことをしてたんだ」


「俺が女の子引っ掛けて、お喋りしながら飯食べてる時にそっと『異形の卵』を混ぜる。それを飲んで育って呪いが発症した子が水崎の病院へ行く」


「それであの女は食べて有り余りまくったエネルギーを吸い取ってクトゥグア様に捧げる、その恩恵を預かれる。そんなサイクルを回してたんだ」


「でもな……そりゃ悪いことはバレる物だ。石崎の奴はすぐ様、俺に問い詰めてきたよ」


ーーーーー


『剣、見ていたぞ。あの子のコーヒーに何かを混ぜていただろう。アレはなんだ』


『アレって……なんのことだよ』


『惚けるな。ここ最近、過食症に悩む女の子を調べていたら、殆どの子がお前との接点を上げていた』


『一体あの黒い塊はなんなんだと聞いているんだっ!』


『…………』


 ふと、自分が友達の首を締めかけていることに気づいてか襟から手を離し、身ぎてを後ろに隠しながら冷静に向き直る。


『……すまない、熱くなりすぎた。友達を疑うわけじゃない、君が何か事件に巻き込ま……ぐぁっ!』


 石崎の口の中に手を突っ込まれる。

 さっきと立場が逆転し、剣は右手の先からドロリとした液状の卵を喉の奥にまで無理やり流し込んだ。


『悪ぃ……知り過ぎだよ、石崎』


ーーーーー


「卵を植え付けた人間は、ある程度操れるってのは見ただろ? 使いパシリでも少し記憶を弄るくらいは出来る」


「でもよ、まさか。放っておいたらまさか自分食っちまう呪いだなんて知らなかったんだ、想像するかよそんなの」


「石崎と言う宿主を失った怪物が次の宿主である乃愛を見つけたのも殆ど偶然」


「だから、俺のせいじゃない……悪いのはあの水崎だ」


 つらつらと自分が悪くないという体で話してはいるが、それを真に受ける人間などいなかった。


「俺はその敵を」


「ふざけないで!」


 私は怒りに任せて叫んだ。


「貴方の短慮で考えなしで思慮の浅さがこの事態を招いたんじゃない!」


 友達を、自分を信じてくれていた人をそんな理由で巻き込んで死なせたと言う身勝手な理由を正当化しようなどと、私は絶対に許せなかった。


「ほんっと……そうだよねぇ」


 突然、剣に首を抑えつけられコンクリートの壁へ張り付けられる。

 人間の手にしてはあり得ないほどの大きさをした手だった。


「見ろよ。この手、あの女医が今まで溜め込んでてくれた分だぜ」


 限界まで膨れ上がった人間の皮膚を突き破り、飛び出てきたのは黒いビニール袋に水を張って膨れたような色をした腕だった。


「ひゃははははははっ! あのクソ女、俺の謀反を恐れてカスみたいな恩恵しかくれなかったが、溜め込んでた魔力を全部貰ってやったんだよ」


「どうよ、この手。俺って悪魔みたいだろ!?」


 首が締まる。

 鼻も口も塞がれて、息ができない。

 土夜くんと神日さんたちが駆け寄ろうとすると、いつの間にか所持していた水崎の拳銃を突きつけ助けを断っていく。


「心配すんな、お前らも後でちゃんと殺してやるからよ」


「そんな……剣先輩、なんで」


 信じていた人に裏切られ、信じていた人を殺されたショックはどれだけ大きかっただろうか、有彩さんはその場に泣き崩れてしまう。


「悪いなぁ、有彩ちゃん」


「けど、恨むならそいつらを恨むんだな。こんな事件に巻き込んだ愚か者のこいつをよ!」


 もう、あのおチャラけながらも明るい剣先輩の面影はない。

 あれはもう、理性を失った悪魔……いや、ただの化け物だ。


「愚か、愚か」


 なぜなら、本物の悪魔はここにいる。


「は?」


 私の口元が軽くなり、一気に酸素が戻ってくる。


「本当に愚かね」


 剣の右腕が肘から千切れ飛び、何が起きたのか理解してない顔だ。


 周りだって驚いている。私だって正直、今びっくりしてるくらいだ。


「その程度で悪魔を名乗るなんて、愚かしいにも程があるわよ、人間」


 私の腕がか細く、短くなっていた。

 それだけでなく肌の色は褐色を帯び、爪は尖って着ていた衣服は見たことある訳でないが、よく知っている浴衣へ変わっていた。


「な、ななな……なんだよ! お前!」


「ぎゃああああああっ!」


 素手で右腕を肩から丸ごと引きちぎりえぐり取る。


「魔王ベルゼブブが娘にして長女。ミコト=べエルゼ」


 他の皆も呆気にとられている。

 

 対して剣は右腕を丸ごと切り落とされたのに、出血が殆どない。身体の大部分を失ったにしては異様なくらい落ち着いておりもう逃げる方向へ足を向けている。


「……っ!?」


 ミコトの首筋に切り落とした筈の右腕が独りでに動き出し、絡みつく。ブスリと言う鈍い痛みと共に何かが体内へと入り込んできた。


「ぐぅ……くそっ!なんだこれ、聞いてねぇ、聞いてねぇぞ!」


 その隙に残った左腕で拳銃をチラつかせながら、逃げられてしまった。

 ミコトは残った右腕を今度こそ完全消滅させたところで、不意に視界が急に地面と近くなっていく。


「いてっ!」


 一日に二度も地面の感触を味わう。

 倒れた瞬間、元の私へ戻ったようだ。


『ふぅ……悪魔にもブランクってあるのね。10年ぶりに力を使って、疲れた』


「大丈夫ですか!?」


 乃愛さんの手を伝って私はまた立ち上がった。皆、何から切り出したら良いかと言葉を失っている。


 私だってそうだ、こんな今までにない状況が立て続けに起きて、混乱している。

 私が余計なことをしたからか。


 私が、藪を突ついて蛇を出したからなのか。周りの目が私を敵視しているようにすら思えてならなかった。


「あー……とりあえず引き上げるか、もうすぐ陽もくれるしな」

 

 気がつけば、夕日が西へ向けて沈みかかって空を群青色に染める。

 土夜さんの言葉でさっきまで祝勝ムードであった私たちは一気にお通夜のように静まり返ってしまった。


  

 こうして、恐らく私の人生で最も長く慌ただしい一日が終わりを告げた。




 剣のことも気がかりではあったけれど、今はミコトの方も気がかりだ。


 あれから急激な魔力を身体に蓄えたことによる反動や私の身体を使って擬似的に肉体を取り戻したことへのリスク、そして剣に打ち込まれたと思われる毒の攻撃は、彼女とて無事ではなかったらしい。


「ミコト、ミコト大丈夫!?」


 体の奥底が熱くなって、ボーッと意識がはっきりしていないのかじっと心の部屋で横たわっている様子が、目を閉ざすとハッキリ見えた。


『大丈夫って言ってるでしょ……少し休めば良くなる……』

 

 本当に息も苦しそうだ。

 辛い時は大体同じこと言ってしまう。

 そのまま休んでも良くなる気はしない。


 あらゆる本を無駄だと分かっていながら探った。医大生なのに、医学をかじっているのに何も出来ない自分に嫌気がして。


 もっとも、実態に触れることのできない心の中にいる彼女と人間と体の構造も違う悪魔にプロでも手の施しようがあるのかと言われたら難しい筈だけど。


 弱みを見せまいとしてるのか、必死に堪えているのが痛いほど、なにせ心の中にいるからこそ、自分の事のようによく伝わってくる。


「なにか……なにかないかな」


 ミコトの容態を少しでも、和らげてあげられる方法はないかと悩む。


 なんでもいい。それこそ、魔法のようなものでも……神様どうか。


 すると、そんな藁にも縋る思いの私へインターホンが鳴った。


「こんな時に……」


 そんな気分でないと思いながらも、鍵を開けたその時だった。


「え?」


 いきなり正面から布をおっかぶせられ前が見えなくなると頭と足から抱えられ、運ばれてしまった。


「なになになに!?」


 階段を猛スピードで駆け下りる音、固い座席シートに座らされ車に乗せられたのか、次にエンジンが聞こえてきた。


「ちょっとっ! なんなの、いっ……たい」


 怒り任せに私の顔に被さった布を剥ぐと、私は言葉を失った。

 私を連れ去ったと思わしき男二人の顔が嫌でも目についたからだ。


 それは、紛れもなくゴリラ。

 あのゴリラである。


 思っていたよりも毛並みはサラサラで私を抱えたと思われる二の腕は丸太のように太く屈強で、パワー系の代名詞にも使われる意味が理解できた。


「おめでとうございまぁす!」


 そんな混乱状態の私へ、いきなり助手席からクラッカーを鳴らして顔を向けてくる……いや、顔がない。


「貴女はとても運がいい」


 何を言ってるか分からないとは思うけれど、そいつは紛れもなく骸骨だった。

 タキシードを着たやけにテンションの高い骸骨で、頭部からは二本の角が生えており、近くから見える質感は決して作り物や被り物でないことを伺わせる。


 これは一体なんなのか、混乱に次ぐ混乱に私の怒りもどこかへ吹き飛んで行ってしまったところ、骸骨は最初に手荒な誘いを詫びながら告げた。


「我々、魔界テレビ局による公正かつ厳正でエキサイティングな審査の結果」




「第666シーズン『魔界バラエティーショー』への出演が見事決定致しました」




 どうやら、私にやって来たのは神様でなく悪魔の方だったようだ。

 私の長い一日はもう少しだけ続く。



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