偉大なる貴女様へ④
助かったのか。もう神日たちの気配はないとミコトが言ってくれたもののやはりまだ安心できない実感があった。
まだ謎が山のように残っている。それをハッキリさせるまでは安心できないと、扉の閉じた虚空の方を眺める。
「これにて終幕」
「あはは……」
私の苦労と裏腹にかなり気取ったと言うか、芝居のかかった言い回しを好む変わった娘だ。それにしても、戦いが終わってあっさりと肉体を返却してくれたらしく、自分自身いつ戻ったのか分からないほど。
『お姉さん、怪我はない?』
一転、命の危機から回避され、怒りとか。悲しいとか、もう自分でも今どういう感情なのかも分からない。
『けど、レイラちゃん。なんであのお姉さん殺したの?』
『イヤイヤイヤ、そこを話すと長くなるんだけど。話聞いてました!? シオ姉。アタシじゃないから!』
『あー……半分も聞いてなかったや』
『全く。あいつに、もう一回深い理由教えてもらった方がいいんじゃないかしら。シオン』
『あいよ』
シオンは、再び空間の扉を開く。
そこでは土夜くんも菱輝もいた。
「終わった……のか?」
彼の表情は優れない。ここまで何も出来なかったと言う苦悩や、神日のこともあって、今まで見たこともないほど俯いていた。
「まぁね、ギリギリだったけど」
虚勢ながら、歯を見せてアピールしてみせるも気休めにすらならなかったようだ。人を笑わせることの難しさを嫌というほど知りながら私は菱輝と改めて向き合う。
「……」
「バタバタして、結局謎のまんまなんだけど。そろそろ話して欲しいな」
すると、彼は深々と頭を下げて土下座までするほどの勢いを見せてきた。
「……すまなかった。君たちの友人のことは、全部。私の軽率さが招いたことだ!」
「まず、教えて。なんで音黒さんを……音黒さんが」
『それは、私から改めて話すよ』
彼と一番近いところにあったレイラが話してくれるよう。
『私は昨日の夜、ふとシオ姉の魔力を感じてさ。なんか暴れてる感じの』
「あ……まさか、昨日の」
思いがけず、辛口のカレーを食べて派手に暴れた時だと思い出す。
『それで。私、会いに行こうって思ったんだけど……運悪くと言うべきか、お姉さんが一人でいて……話しかけようと思ったんだけど、いきなりお姉さんの持ってたアクセサリーからあの触手の化物が出てきてさ』
「だったら。その場で釈明すれば良かったのに。なんで隠れたりなんかしたのさ」
「……神日か?」
『そういうこと。誰だったかその時は分からなかったけど、私は君らの中に裏切り者がいると思ったの。明らか、お兄さんに疑いがかかるようなタイミングだったからね』
『でも、私はすぐに釈明させるべきか。逃げるかで迷ったけど、お兄さんの身体じゃ実体化できないし。何より、さっきみたく一時的な出現じゃ勝てる見込み薄かったし』
「いや……それはきっと、俺のせいだ。俺が、彼女の安全を最優先にしたいと言ったから」
理由はなんにせよ、そこで敢えなく撤退を選択したことまでは理解した。
「ま、こんな立派な隠れ家があれば見つかる心配もなかったよな」
問題はそこだ。今までノーマークだった祠なんてワードが突然ダムの底から出てきた。それは間違いなく菱輝らにとって計算外のことだったろう。
「こんな物が、まさか見つかると思っても見なかった?」
土夜くんは、懐にしまっていた教科書を菱輝に返す。元々ボロボロだった物が雨に濡れて、めちゃくちゃに動き回ったから真っ二つになってしわくちゃになってしまっていたが……。
「ごめんなさい……その」
ひょっとして、余計な物を見つけてしまったのでないか。運命を操る者がいたとするなら、残酷なことをしてくれたものだと、そんな気がしてしまった。
「謝ることはない。忘れていた私の損失だ」
彼は裂けた教科書を手に取り、恨めしいと思っているのか。その細めた瞳から感じられる悲しい表情は察するに余る。
「に……にしても、神日も回りくどいよね。直接菱輝さんを捕まえておけば良かったのに」
『確信を得るまで迂闊に動きたくなかったんじゃないかしら?』
あの時まで、ギリギリまで。私たちの友達として押し通した彼ならば、それもあり得たか。いずれにしても気の遠くなりそうと言うか、やっぱり回りくどい事をする物だと、今にして思えば呆れてしまう。
「そんじゃ。次の質問に行くか」
停滞しかかった話を土夜さんがまた回してくれる。本当にこういう時の彼は頼りになった。
「この村のこと、貴方の名前がなんでこの本に書かれてたのかってこと教えて貰えます?」
聞いているのは、菱輝でなく謎の女性の方だ。
「私は、今より十数億年前の地球に我々の故郷である銀河系イースからやってきた生命体です」
そう言って、女性の肉体が薄紫色に光る。
元の儚げな雰囲気の面影は微塵もなく、代わりに薄紫色の発光体がそこにただあるだけだ。
「これは実体を持たない我々をあなた方の脳が解釈し、認識し得る唯一の形です」
『つまり実体がないのよ。イス人は』
こんなSF映画じみた施設や、今さらもう何が出てきても驚くこともないが、ミコトの声がまるで聞こえているみたく、彼女はそれに呼応するようにまた元の女性の姿へと戻った。
「この世界の生命体、文明、知識などを調査するために送り込まれた私は、この世界で自在に動ける肉体を求めました」
「それが、村に伝わる生贄の風習によって命を落としかけたこの女性の肉体です」
「なるほどな」
彼女から引き継ぐ形で菱輝が言葉を続ける。
「それが今から200年前の話だ、この方にとってはつい昨日のことだと思うが」
「そこから100年経ったまた、ある日。この村の付近で長い干ばつと日照りが続いた」
「そこで生贄として選ばれたのが俺と、10数人の子供だった」
「子供……」
炎の中に焼かれる子供達の姿が重なる。
なぜ、大人と言うのは何かと子供を犠牲にしたがるのか。そんなにやりたきゃ宇宙の果て辺りで自分らの命使って勝手にやってればいいものを。
また憤りが出そうになるのを抑えて私は話の続きを聞く。
「その本を見たのなら、当然見ただろう。あの湿り気だらけの牢を。その中身を」
「今にすれば、とても正気と思えなかった。なのにあの時の私はそれを当然の物と……力もなく、学もない子供が大人の役に立てる」
「その栄誉に命を捨てることになんの疑問も、躊躇いも感じることがなかった」
彼の話す言葉の節々から感じるのは、恐れか。
自分の事の筈なのに、まるで自分の事だとすら思えない、精神が蝕まれたような。魂を支配されたような感覚すらあっただろう。
「そう、他の子供も信じていた。選ばれたのは額も親もない子や身体の弱い子。そんな子供を嬉々と送り届ける親の顔を、想像できるか……!?」
「菱輝、もういいのです……後は私が」
アレだけ、支配者然とした威風や迫力を押しだそうとしていた彼がまるで赤子みたいだ。
「そして、あの貯水池……そこへ流し込まれた多くの子。私はそれを哀れみ……と言うよりも、貴重な生体サンプルを手に入れられたと言う気持ちで助けたのです」
「この宇宙基地によって隔離された子らは、まるで私を神かなにかを崇めるように従順であり、それと同時に恐ろしくもありました」
「……私は、この世界の生命体がいかに弱く、脆いものかと思いました」
彼女の暗く物憂げな言葉に私は否定も肯定も出来なかった。時を変え、場所を変えても似たようなことを続ける者は多くいるからだ。
「ですが、同時に私は彼らに。この世界の生命体は強く、逞しいと教えられました」
「彼らはこの世界から隔離された中でも、力強く、逞しく生きていこうと手を取り合う姿に感銘を受けました………貴女のように」
「え、私……!?」
なぜ、そこで脈絡なく私に繋がるのかと戸惑う。
「貴女は絶望的な状況下にあっても、決して誰も見捨てずに皆が生き残れる選択を取れる……勇敢なる者です」
「やめてください……そんな、煽てられても。私は、友達を一人……いえ、三人も救えなかったただの人間です」
「誰にでもできる事ではありません。それは、私にも……同じこと」
神日も彼女も、私のことを過大評価し過ぎだ。
私はそんな大それたことをしたつもりはない。そう言うと彼女は短く頷き、話を戻す。
「しかし、そんな彼らも時に記憶を消し表の世界へ出向いて幸せを得たり、時に老いを選んでここに骨を埋めたり、また一人と子供たちも減りました」
「ですが。唯一彼は肉体を若返らせ、私を護ると誓いを立てたのです」
「そっか。神日の言ってた肉体を若返らせるってそのことか……本当にあったの?」
「実際に見てもらった方が早いでしょう。こちらです」
彼女は、いつまでも立ち話はなんだと私たちをこの基地の奥へと案内してくれた。
入り口だけでも、相当な設備であったが中も相当な物、莫大な予算を投じた海外のSF映画のセットの中にいるような不思議な感じであった。
すると、その中の一室。コードに繋がれた翡翠色のガラスケースに寝かされていた。
「え、ええっと……」
大がかりな仕掛けの装置がいくつもあり、一体何から手を付けていいのか、情報過多もここまで来ると混乱通り越して呆れてくる。
「ひょっとして、行方不明になっていた大学生たちか?」
「え、そうなの?」
「あぁ。今はコールドスリープ状態で限りなく生体反応を0に近づけてはいるが死んではいない……生きてるとも言い難いがな」
「どっちなんだよ」
ここまで、答え合わせのごとくベラベラ喋ってくれた菱輝の言葉が支える。今さら、死なせてしまったから。なんてこともないだろうが、何をそんな躊躇うことがあるのか。
「もういいだろ、話しちまえよ全部」
そんな停滞した空気に更なる追い打ち。
装置の後ろから出てきたのは仁路さんだった。
土夜くんですら、驚いた顔を隠せないでいる。私とて呆気にとられて、息をすることすら忘れてしまった。
「あぁ。あのエロ本隠れた休憩室の隅に細工がしてあったんだ」
「……彼は、元々私の協力者だ。この村の不都合な事実を警察に通報しないでくれなければいくら過疎地といえいつまでもヒミツを守り通せない」
もう次は地底人でも出てくるか、なんて考えがよぎるほど、渇いた笑いが出てきた。
「なんだよ……知ってんなら、なんで黙ってたりしたんだよ」
土夜くんとて、どこか裏切られたと思っているのか。拗ねた子供みたいに不貞腐れた顔になってしまっている。
「このバカどもは、この森の付近で散々荒らし周った挙句動植物をイタズラに傷つけて回るような連中だったが……
「運悪く、この方が森で儀式をしてる際に目撃しちまってな」
「……立入禁止の立て札を何重にもしてあったのだがな。寄せと何度も警告したにも関わらず、村人の目を盗んで橋を渡った、自業自得だ」
イス人の彼女を指して言う儀式。それがなんなのか、彼女も言葉に詰まっていたがようやく観念したように口元を解き
「これを見てもらえますか」
そう言って、彼女はこの山の図面を見せてくれた。
「嘘……これって」
見覚えのある……と言うか、仁路さんが持っていたこの虎伏山そのものの地図だ。
それに、イスの彼女が特殊な光を指先から発する。
するとこの山の形が段々と崩れだし、山そのものが巨大な化け物が大口を開けたシルエットとなり始めた。
私が立っているこの大地も、村も、ダムも駐屯所も全てが巨大な化け物の背中だった……。
「文字通り眠れる虎を伏せた山……それがこの山の由来だ」
その事実だけで私は恐怖のあまり足が竦む。とっくに恐怖など出尽くした身体がまた震えた。
「いつから……そんな」
「世界には、イス人が存在するようにこんな生物が同様に存在してるってことだろう。いつからなんて、聞くだけ無駄だと思うがな」
「こんな物が、世に出たら大変なことになる。そこで彼女は定期的に封印を施す為に人前で本来の力を行使せざるを得なくなった」
「ちっちゃい新聞にしか乗ってねぇが……ボヤあったろ? アレはその儀式で出た火なんだよ」
「俺は、この村の土着していた信仰心を利用して多少の不思議なことも全て儀式のお陰とさせることでこうして隠してきた訳だ」
「それを俺が適度にあることない事まとめてから上に報告する、この村を守るという条件でな」
「はぁ……」
これが、この山の秘密の全て。
種を知ってしまうと、聞くだけなら単純な話であった。しかし私は壮大な話に巻き込まれてしまったなと、恐怖することにも疲れてきた。




