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偉大なる貴女様へ③


「え……ちょっと……待ってよ」


 いきなりのこと過ぎてもはや何がなんやら、頭が思考を拒否していく。


「あっ!」


 すると、彼の皮膚の口から出てきた触手が彼女を鷲掴みにし逃すまいとする。


「そんな……」

 

 あの普段、目立ちこそしないけど、優しくておとなしかった神日さんが敵で……私と運命の兄弟だなんて口説き文句にしても臭すぎることを言い出してきた。

 もう夢なら覚めてほしい。

 悪夢にしてもたちが悪すぎる。


「覚えてませんか? 無理もないですね、僕も中々思い出すのには苦労しましたから」


 そう言って彼は、左手を私の目の前へ伸ばす。

 『敵意』や『殺意』などは感じなかったが、あと一息。この触手を尖らせば私の首を跳ね飛ばすだろう距離。


 逃げることは不可能。

 ミコトもシオンも、すぐに交代できないほど魔力が疲弊してしまっている。


「僕たちは、かつて『血命会』と言うカルト教団によって生贄として選別されました」


 その事をわかってるからこそ、こうして挑発の姿勢を見せるのだろう。彼は淡々と自分の経歴を語り出す。


「目的は、夢魔境の邪神たちをこの世界に召喚するため。頭のイカれた構成員200名規模で行われていました」


「あっ……あぁ……」


 段々と思い出してしまった。ずっと、記憶の奥底で蓋していた扉。

 

 耳から、目から、仕入れた覚えのある情報がパスワードとなって脳の奥底へ通り抜けるように情報が溢れだす。

 ここは古い協会の中か。フードをかぶった人間が何百人と集まれる広い空間。その彼らが崇める吐き気を催す邪神の像を称えるみたく赤と青の炎が二対。鳥籠のような形をした形を燭台の中に灯されている。


「あぁぁぁぁぁぁ……」

「熱い……熱いよぉ……」

「助けて……お父さん、お母さん」


 まるで何かを閉じ込めるような形をしていると思えば、炎の火種となっているのは『子供』だった。黒く煤けて、もはや見る影もない。私と変わらない大きさをした黒い影が苦しそうに呻き声を上げている。

 私が居たのは少女の悲鳴が轟く青い炎の下……その反対側、赤い炎の下にいた少年。


 それこそ神日さんだった。


「いやああああぁぁぁぁぁっ!」


 炎が次第に大きくなっていくに連れて、

 邪神像から、黒い触手が伸びてフードの人間を次から次へと喰らっていくり

 食われていく人間は、その事を喜んでいるのだ。邪神の糧となり、一部となれることを光栄とし素晴らしいことだと思っているのだ。


「あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!」


ーあの日の恐怖が、蘇ってくる。


「あぁぁぁぁぁぁっ!」


 私は、何も考えたくない。

 頭の中の化け物がまた、そこらから這い出て空を山を私まで喰らおうとしている。


「おい! 神日!お前、いい加減にしろよ!」


 この状況にいても立ってもいられなくなった土夜は、声を荒げながらも何故か顔が笑っていた。

 この状況に気を病んでしまったか、それとも彼の中ではまだ友人としての神日を信じているのか。


「邪魔ですよ、いつまでも上から目線で」


 生身の平手で弾かれ、私の周りに助けてくれる人はもう誰もいない。


「その後は、僕たちの肉体を依代に、100の子供の命を生贄に。夢魔境……彼の故郷の扉が開いたんです」


 彼、この触手のことを指しているのか。左手で優しく撫でるなどペットを手懐けるなのように接している。


「貴女が悪魔に取り憑かせることで一命を取り留めたように僕もまた、彼を自分へ取り憑かせることで一命を免れました」

「この子は僕に色んなことを教えてくれました。この世界になんの価値もない、人間などこの宇宙の片隅で這いずるだけの虫ケラに過ぎないと」


 彼は、化物の腕を私の前に差し伸べてきた。


「アマテさん。僕と一緒に行きましょう」

「行く……?」

「はい。貴女と僕とで儀式をもう一度やり直すんです。今度は完全な形で、悪魔の邪魔も入らない方法も……」


 いきなり私の目の前が白くホワイトアウトしたかと思えば、神日さんの腕がちぎれ飛んでいた。


「はぁ……はぁ……」


 いつの間にか触手の捕獲から逃れたあのイス人と言う人は結界の入り口まで逃れ、すぐにまた閉じようとしている。


「イス人の武器か。警戒してなかった訳じゃありませんが……思ってたより強力ですね。オマケに雨も降っているせいでよく通電する」


 ちぎれた触手を皮膚ごと引っ張り、貼られていた皮膚の顔は見る見る内に弱り、動かなくなっていった。剥がれた分の皮膚を補うように内側から新たな顔が貼られていく。


 その間、結界を早く閉じることも出来そうな物だったが、彼女の行動を止めさせたのは遠くで動かぬ菱輝の存在か。


「偉大なる種族様が、人間如きを気にしていつまでも結界を閉じれませんか」

 

 神日は薄ら笑みを浮かべる。この手の相手に『人質が効く』そう認識されると、ドンドン状況は悪い方へ加速していく。


「いいですよ、僕は別に貴女の命をどうこうするつもりもない」

「ただ時を解明し得るイス人の技術の結晶『肉体転移装置、それを二回分使わせて貰えれば大人しくこの山を出ていきます」

「……肉体転送装置?」


 神日さんは、視線をわざとらしく外して私の方を向く。物理的に捕獲せずとも、もう精神的に捕らえたと言う表れか。


「はい。僕と君は生まれつき、魔力を膨大に持ちながら生まれてきた特異体質。故に召喚の生贄に最適でした」

「ですが、儀式を経た今。もう魔力は殆どないにも等しい。そこで、僕と貴女の肉体を10歳の頃から呼び寄せます」

「え……!?」

「分かりやすく言えば若返りです。精神をそのままに肉体は魔力に満ちたあの頃へ」

「その後、貴女は彼を連れてこの時間軸を出ていけばそれで解決」


 彼の視線はまたイス人の方へ。


「あとは、そうですね。貴女を殺せばイス人のエージェントに目をかけられる可能性もある。貴女を殺したとてデメリットしかない……約束を守る根拠、他に何かいりますか?」


 イス人と呼ばれた彼女の結界を閉じる動きが大分遅くなっていく。まるで、彼女の迷いそのものを表しているかのように。いずれにしても、このまま彼の思い通りにさせていては非常に不味い。状況は飲み込めてないけど、そのくらいは分かった。


「くぅ……」


 しかし、彼がまたイス人に気を取られてる間に、菱輝を結界の中へ押し込めないだろうか。私のような非力な人間がガタイのいい男一人担ぎきれるか不安もあった。

 せめて、彼が目を覚ましてくれれば……


「ううん。迷ってる暇はない!」


 私は、雨で湿った土を握りしめ、神日へ……あの化物に向けてぶん投げてやった。泥は背中に当たるが、少しも動じる様子はなく振り返る。


「……うっ!」


 だが、彼はあの顔で後ろも見えているわけでない。それさえ分かればいい。


「なんの真似ですか?」


 私は彼を突き飛ばし、馬乗りになって背中からマウントを取る。決して離さないよう密着し、触手が使えないよう私の身体で覆う。 

 その間に土夜さんが、運んでくれている。彼の中で眼中にすらなかったことだろう。それが仇となったようだ。


「なんの子守唄ですか? 気でも触れたんですか?」


 私は、ひたすら唄う。

 あの日、ミコトが勇気をくれた歌を。怖くないと自分に言い聞かせてくれた歌を、朧気にでも。必死に心の底から


 私はこのザラザラとした感触に、腐った肉のような臭い。そして鼻や目の凹凸などが体に当たって酷く薄気味悪い。『助けて…』と言う呻く声に、何もしてやれない私はたな謝りながらじっと神日さんから目を離さない。


「いいんですか? こんな距離で、貴女一人が止められるとでも?」

「貴方に私は殺せない!」

 

 話を聞くに、私はこいつにとって利用価値のある人間だ。

 だから、今は殺せない。殺すことができない。そう信じると言うには程遠く楽観的、思い込みにも近い気持ちでなければこの状況で正気を保ってなどいられない。


「……そうですね。フフ。さすが、アマテさんだ、これはやられました」


「けど。命を奪わずとも制すなんて簡単ですよ」


 私の身体が浮き上がる。まじないとか、魔法とかそんな特殊なものでない。単純な腕力、同い年で運動神経に覚えのない私とそこそこガタイのいい彼。

 少し力を入れれば私の体くらい簡単に持ち上げることが出来てしまう。


「っ!」


 もう少し。出来るだけ時間を稼ぐために、私は腕に噛み付いた。血でない、真っ黒な泥々の粘液が滲み出している。彼はもはや赤い血の流れた人間ですらないのだと、嫌でも告げてくる。


「がっ……!」


 最終的に私は背を土に付けられ、形勢が入れ替わる。

 

「はぁ……はぁ……」


 けど仕事は完了。


「この計画、8年かかったんですが」

「ざまぁみろ」


 土夜くんなら、私の意図を汲んでくれると思った。でなければ、私が体張った意味がない。


「土夜くんのこと私のがよく知ってたんじゃない?」

「彼は少し頭がキレるようでしたので、助手のフリしてればその内、イス人に当たるかもなんて宝くじを買う感覚でしたよ」

「宝くじ買えばよかったのに。そしたらこんな馬鹿げた計画も辞めてたんじゃない?」

「えぇ。そうですね」


 少しだけ、ほんのちょっと昔に戻ったみたいだ。

 本当、彼とあんま関わらなかったけど、人間腹の中でなに考えてるかなんて分からないものだなと思った。


 けど、少しだけ躊躇して欲しかったなとか思わないでもない。ずっと怖かった筈なのに、今では恐怖が一周してしまったか自分でも不思議なくらい落ち着いている。


「好きにしなよ……もう」

「えぇ。殺しはしませんが……7.いや。9割殺しくらいにはなってもらいますか」


 この先、どうなるかなんて分からないけど、悔いはない。

 そう諦め半分に目を閉じた時だった。


『お姉さん、よく頑張ったね!』


「えっ」


 レイラの声だった。ミコトに貫かれて、消滅したと思われたその魂は未だ存在を続けていたか、オレンジ色のオーラが私の体内へと入り込んでいく


『身体、貰うよ!』


 これで三人目。あっという間に私の身体の自由が効かなくなるどころか、私の体つきは今までと比べ物にならない速度で別の肉体へ変化していく。


「強く」

「尊く」

「美しく」

「我こそ、美と暴を兼ね備えし悪魔のサラブレッド。魔界女王アスモデウスが666女の娘にして、ベルゼブブの娘」

「レイラ=フォン=ルーシアブル 見参ッ!」


『あいつ……恥ずかしくないのかしら』

「ミコト、大丈夫だったの!?」

『わざとよわざと。妹の考えくらい理解できないほど落ちぶれちゃないわよ』

『えぇ!? そうだったの?』


「わざと、僕の出現を待ったと?」

「随分しっちゃかめっちゃか掻き回してくれたようだけど、悪魔に嘘つこうだなんて1000年早いんじゃあない?」

『もう、遅いよ! 死んだらどうするのさ!』


 結構悲愴の覚悟だったのに、なんだか気が抜けてしまった。


「ゴメンって。このプレッシャーの中、気づかれずに幽体を維持するのも結構大変だったんだから」


 レイラはベッと1メートルほどもある長い舌を伸ばしながら余裕の笑みを見せつける。


「さぁて。アタシの大切な食糧に手を出した罪、たっぷり受けてもらおうかな、怪物さん」


 レイラは大きく扇子を仰ぐ。さっかなまで手加減していたなんて、その言葉に一切の偽り無く辺りの木々が大きく揺れて周囲の葉が全て枯れ散るほどの衝撃。


「悪魔に怪物とは侵が……」


 彼は咄嗟に左手の触手を使おうとしていたのだろう。

 しかし、それがいつまでも飛んでくることはない。さっきの突風で彼の左半身は跡形もなく吹き飛んでいたからだ。


「え……?」


 やっとそのことに気づいたのか、バランスの取れなくなった右側から倒れていく。あれでまだ死ねないと言う生命への冒涜めいた呪いに恐れ慄きながらも決着はあっさりついた。


「チッ。油断しすぎでしょ」


 かに思われた瞬間、レイラの背後から触手が迫る。

 難なく一蹴し、切り裂くが神日から目を離した隙に彼の右半分までなくなっていた。


「油断してたんじゃないよ。あの悪魔が思ったより強すぎたんだ」


『剣……!』


 あのそっくりな触手を操ってた同士、なんらかの接点はあったのだろうがいきなりの登場には意表をつかれた。

 ならば、今。レイラが引き裂いた触手の持ち主は。それを思い浮かべ、私は思わず背筋が凍りつく。


「まさかもうスペア使うことになると思わなかったよ」

『有彩ちゃん……』


 彼女の左手ももう、人間のものでなくなっていた。

 いや、それよりも彼女が右手で引きずるそれを見て、私はまさかと息を呑む。

 パズルの合わないピース同士を無理やり嵌め込むみたく、千切れた身体と泥々に溶けた血と肉の塊を合わせることで神日は再び完全な肉体を取り戻す。

 

「掘り起こすの大変だったんだから」


 少し小さくなったか、それもその筈だ。

 私は、その肉の塊の持ち主に心当たりがあったからだ。


「ハハハ。彼女も本望でしょう、大好きな僕の役に立てたんですから」

「どこまで腐ってんだあんたって人は!」

『お姉さん……ちょっと!』


 いつの間にか、私は自分の意思のまま。レイラから自分の身体に戻ってることにも気づかず飛び出していた。


「どうする?」

「帰りましょう、もういいです。自分と彼女の身体でもう一度儀式を起こすのは諦めました」


 三人は、森の奥へと姿を消していく。私は後を追ってでも絞め殺してやろうとしていた自分と単純に『助かった』と安堵する自分とでせめぎ合い、頭がパンクしかけ、意識を失っていた。



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