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偉大なる貴女様へ②

 私たちが辿り着いた祠で見つけた異空間。

 明らかに、現代の科学では到達し得ないと感じるSFじみた異形な空間を見て、一番はしゃいでいたのはシオンだった。


「偉大なる種族……?」

『うん。遥か、人間が誕生するよりももっと前かな? 紀元前より前から地球に飛来していた「ちきゅう がい せいめい……たい」?ってやつなんだって』

『イス人って呼ばれる人がいて、時間に関する概念を完璧に把握するほどの高度な技術力を持ってるの!』

「つまり……宇宙人ってことか?」


 悪魔がいるんだ。

 今さら宇宙人がいたくらいと、皆の反応はイマイチ薄い。


『定期的に各時代にエージェントとか、送り込んで人間に擬態して調査させてるらしいから、ひょっとしたら。ひょっとするかもね!』

「ってことは、教祖様の正体も宇宙人?」

 

 ここまで感じた彼の違和感はそれかと言われると、いささかしっくりは来ないが説明はつく。その答え合わせでもしに来てくれたのか、それとも招かれざる客の撃退の為か。


「あっ……!」 


 向こうの方からわざわざ出迎えてくれた。


「お前たち……何故ここが分かった」


 錫杖を構え、今にも襲いかかって来そうだ。だが、その口調からは明らか私たちの来訪は想定外であったか、錫杖の鈴は喧しいほど鳴っており、心の乱れが素人の私でも伝わってくる


『ほら、ちゃんと聞きなさい。相手はビビってるから刺激するんじゃないわよ』

「わかってる……」


 ミコトはいつでも出れる準備だけはしてくれる。私は震える身体を抑え、一歩前へ踏み出す。


「教えて。私の……友達を、音黒さんを殺したのは貴方なの?」

  

 そう言うと、彼は途端に黙ってしまう。

 真実ゆえの黙秘か。それとも、言えない事情でもあるのか。私のやるべきことは、真相を暴くことであって彼を糾弾することでない。ミコトの言うことは頭で理解してるつもりだ。


「……」


 しかし、仇と思わしき男を前にして出かかっている拳を抑えるのがこんなに大変だなんて思いもしなかった。もしも真相が、私の考えている通りなら。私はどうすればいいのか、じっと待ち構えていた時だった。


「それは……」


 そう言いかけたところで、彼の胸部が激しく薄紫色に発光する。袈裟の裏にペンダントをつけていたのか、宝石のように輝く石の塊が光り輝いている。


『私が応えてしんぜよう』


 菱輝の物でない、女の子の声が聞こえだす。


『この魔力は……!』

『レイラちゃん!?』

「えっ!?」


 山羊のようにネジ曲がった角を生やす濃いピンク色の髪に、薄青色の肌。殆ど裸体にも近いが、背中に生えた翼や体毛で衣服のように覆い隠すと扇情的な姿。


 ミコトたちと違って完全に実体を得た姿で顕現する。


『お久しぶり。ミコぇにシオ姉ぇ?』


 見た目はシオンよりも幼く、一見どこにでもいる無邪気な少女にも見えるが、どこかその上目遣いでニヤけた笑みが意味もなく私を不安にさせる。


「ルーゼンベルク様! 一体なぜ……?」

『もういいよ。演技ご苦労様』

「がっ……!」


 レイラは指で鈴木根の額を小突くと、たった一発で昏倒させてしまった。


「えっ!? 一体何がどうなって」


 次から次へと事態が動き出し、私は頭がこんがらかっておかしくなりそうだ。


『あんた……なんの真似?』

「分かってるくせに」

「私は二人の魔王の血を引くからさ。食べても食べても食べても。飽き足らないんだよ」

『私のしてることは、悪いことかな?』

『別に。悪魔だもの、何も悪いことはないわ』

「でしょ? そういうことだから帰ってよ。二人にやれることはないからさ」

『けど、自分で言うのもなんだけど。妹のことは極力甘やかす放任主義だけど』

「叱る時には叱るわよ」

「じゃあ交渉決裂だね。ミコ姉も知ってるでしょ、魔界の手っ取り早い解決方法」


 彼女が発した魔力。

 それは人間に決して感じられるものでないが、背後の雨粒が全て蒸発し辺りの雨が止む。天候をも操る、これが敵意を向けた魔王の力なのかと、私は思わず目を見張る。


「さぁ。始めようか」


 レイラの短かった髪がいきなり、膝丈ほどまで伸びたかと思えば、髪は衣服のように全身を包み、絢爛豪華なドレスへと変わる。


「ミコ姉相手にこれを使うの初めてかなぁ?」


 雨を切り裂いたものの正体は、毒々しいまでの棘を帯びた桜色の扇子せんすであった。パチンっと音を立てて扇を閉じると、口元にあてがいまるで演歌でも歌っているのか魔界の言語でなにかのメロディを刻み始めている。


「今宵の演目は『折衷八苦』意見の違う二人の姉妹の物語。上流に流るる小川は枯れ、作物を作る為に東の村に流すか。兵士の鋭気を養う為に西の村に流すか」


「片方に流せば片方の村は枯れるこ」


 私の身体を乗っ取ったミコトはあっさり、魔力の塊を彼女の顔面へとぶつけた。妹相手でも本当に容赦ない。


「うぇ……ミコト嬢さん、そんなことできたんすか!?」

「使う機会なかっただけよ。それより二人とももっと離れてなさい、掠っただけでも身体が吹っ飛ぶわよ」


 二人は雨に濡れるのも厭わず、戦いに巻き込まれない為に距離を取らせる。


「隙あり!」


 が、そんな隙だらけの瞬間を戦いの最中に逃すはずもなくレイラはお返しとばかりにミコトへ襲いかかってきた。

 

「ふっ!」


 ミコトは指で棘を挟み、扇の攻撃を防いだ。が、体格差では遥かに劣るレイラのなんと高圧的なことか。気がつけば、ミコトが後退させられている。


「妹がジワジワと姉を追い詰め、苦しめ復讐を遂げる怪奇演目」


 反対の左手からも同じ扇子。それを大きく振るうことによって生じた鎌鼬がミコトの身体を軽々と吹き飛ばし、入り口ギリギリまで追い出されかけることとなる。


『ちょっと……ミコトが押し負けるなんて始めてみたんだけど……魔法なら弾けるんじゃなかった?』

「魔力ならね……! けど、今のはレイラの扇を使って振っただけの素面よ」


 さっきミコトが仕掛けた攻撃も扇を振るった風圧で割っただけ。


「はてさて。かつての日ならば私が姉上に勝てる筈もなかろうが」

「年月とはかくも残酷な物。止めてみせますは力の逆転した末の妹。これをひっくり返すは長の姉」

「なんか変わった子だな……」


 こっちは真面目にやってるというのに、彼女はまるで遊び半分。悲愴な決意持ってきたというのに、なんだか拍子抜けしてしまう程だ。


「舞台オタクなのよ」

『お姉様、変わってよ。肉体勝負だと今のお姉様じゃ分が悪いでしょ?』

「やり過ぎんじゃないわよ」

「はいはーい……っと」


 ミコトから一転、レイラへ転身。


「久しぶりレイラちゃん」

「これはこれは姉上様。本日はいかがなされたことか」

「なにって、ちょっと遊びに来ただけ」


 遊びに来た行動にはまるで見えない、本気で殺す気だったのでないか。そう思わせるほど鋭く伸びたシオンの拳だが、軽くかわされ壁へと突き刺さっていく。


「っつ……なにこの壁」

「あわれ あわれなり」


 壁にはヒビ一つとして入っていない。まるで私たちがコンクリートを叩き割ろうとするみたく、鈍い痛みが拳をつたって来る。


「このぉっ!」


 空気を素手で掴む術がないように、彼女を捉えることはまるで風を握りこもうとすることにも思えた。


「荒れ狂う暴獣の牙も、当たらなければ」


 シオンの体内から溢れ出る止めようのない衝動。

 それは強い熱気となって全身を覆い、雨粒すら蒸発させるレイラと同じ気力を発していた。


「ぐぅぅぅっ!」


 そのまま、妹であることすら忘れて食い殺しそうな勢いであったが、咄嗟にミコトへ交代することで事なきを得る。


「戻りなさい、暴れんなって」


 本当に生半可なことで抑えておけない猛獣のよう。

 ミコトがいなければどうなっていたことか。


「レイラ。そういうことでいいのよね?」


 ミコトの声に悲愴感が漂う。

 無理もない、せっかくの姉妹の再会がこんな最悪の形で叶うことになってしまった。その心中はどれほどの苦痛か。


「うん。もとより覚悟の上でしょ?」


 ミコトの魔力が一段と上昇していく。

 まるで妹が相手で全力を出せていなかったことを誇示するかのように、森の木々がざわめき出し、雨に打たれる覚悟で野鳥たちが一斉に避難を始める。


『ちょっと……ミコト!』


 私が何を言っても止まらない。

 レイラの放った扇を意図も容易く素手で引き裂いたミコトはそのまま力任せの一撃の下、反対の手がレイラの身体を打ち貫く。


「がっ……!」


 やってしまった。実の妹をだ。


「ミコトさん!」


 が、反対にミコトの腹部もレイラの拳が貫いた。

 もう、血は嫌だ。見たくないというのに……なんでこんな……。


「ぐっ……あっ……」


 両者相打ち。

 二人して、肉体を維持できないほどのダメージを被り、私は元の姿を取り戻す。腹部に今まで経験したことのない程の激痛、立ち上がれないほどの痛みが走っているが、血は出てないし貫通もしていない腹部を貫かれた痛みという感覚だけが残っていた。


「大丈夫か?」

「無理……もう、本当に」


 お腹の痛みもあったが、それ以上に精神への打撃の方が辛かった。


「何もかも嫌!もう、知らない知らない!」


 頭の中がグチャグチャになりそうだ。

 もう私を巻き込まないで。

 誰も近寄らないで。


 そんな自暴自棄に陥りかけた私に突き刺さったのは神日さんの言葉だった。

 

「……アマテさん、お気持ちは察しますが。ここまで来て逃げても、何もなりませんよ」

「え……」

「音黒さんの仇を取りましょう。皆で」

「う、うん」

「おい、神日?」


 音黒さんを殺されてから、少しいつもの彼の面影がなかった。どことなく取り乱しがちと言うか、彼の目にどこか濁りを感じた。


「まずは、彼の息の根を止めることです」


 そんな彼の殺意は鈴木根へと向かう。

 未だ気絶しているところを馬乗りになって首を絞め落とす気だ。あまりにも彼らしくない、突飛な行動に土夜さんですら追いつけずにいる。


「ちょっと……何して」

「やめてください!」

「貴女は……」


 あの異空間の奥から、大急ぎで走り出てきたのは長い髪に白い和服を着た女性であった。次から次へ、事態が急変していく。

 

 私自身、何を信じればいいのか本気で分からなくなってきた。


「やめろっ……! その方に触るな!」


 そんな謎の女性の来訪に気を取られてる間に、鈴木根が目を覚ましたようだ。


「何が触るなですか、音黒さんを殺しておいて」

「な……なん……ぐっ!」


 彼は執拗に鈴木根の顔を殴りつける。血を吐き、手足をばたつかせ藻掻いてもお構いなしに殴りつける。


「おい、神日! やりす……ぐっ」


 土夜さんでも止められない。私は、何がなんだか分からなくなって今さらこんなことを言うのも遅いと思われるかもしれない。


 ただ、どうしょうもなく恐ろしくなってしまった。


「やっと。やっとこの時を待ってましたよ」

「神……日?」


 顔が変形しかける鈴木根を放り投げたその右手は、もはや人間のものではなかった。


「えっ……」


 左手が、ない。

 袖の内に隠れてるわけでもなく、シャツの左袖部がだらしなく投げっぱなしになっている。


「もういいですよね」


 彼がシャツを破り捨て、上半身を露わにした姿、それは異形の一言。


「ウウウウ……」

「アアア……」


 彼の上半身には、剥がされた人の顔の皮がそのまま縫い付けられている。にも関わらずその一つ一つが意思を持ち、生きてるかのように皮膚を動かし、苦しそうな悲しそうな地獄の底から唸るような呻き声を上げているのだ。


 あまりの光景に私は嘔吐する。

 小細工や、作り物でないことは私の心が。あの恐ろしい記憶が、本物だと強く訴えかけてくる。


「あぁ。これですか? 僕の元の身体、粉微塵になってしまいましてね。こうして他の人の身体を借りて維持してるわけです」

「さて。ずっと、会いたかったですよ。イス人」

「……貴女は一体」

「自己紹介が遅れましたね。僕の名前は神日志乃」

「かつて、幻夢境と人間世界をつなぐ門を開く生贄にされた少年と少女。その片割れ」

「アマテさん、君と僕は運命の兄弟でもあるんだ」


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