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虎伏山の灯➃

 夕飯を終えて、時刻は午後9時過ぎ。


「この時間帯なら、見張りを残して村の人間は大体寝静まるな」


 余分な外灯と言った灯りがない分、電気の灯りに照らされた駐屯所の周辺にいるせいで気づかなかったが、辺りはもう真っ暗闇。

 少し先の景色すら見通せないほど、鬱蒼とした森は余計に不気味感を漂わせ、耳に吹き抜ける風の音ですら、悪魔のうめき声のように聞こえてならなかった。


「俺は適当な理由……猪が逃げてきたとかつけて、村の人間が起きて怪しんでる様子がないか見張ってるよ」


「まぁ。今でこそアレだけど……普段は本当にいい村人たちなんだよな。よく採れた野菜とか持ってきてくれるし、鶏の世話とか櫓が壊れたって仕事押し付けられるけど」


「そんな嫌いじゃないからさ。この村のこと」


 気がつけば、ずっと眉をひそめていた仁路さんの眉間の皺が取れていた。


「そうなんですね」


 なんだかんだと言って、結構マメな人なんだなと言う印象を受けた。私も、少し仁路さんが土夜くんと気が合ったのも分かったような気がした。


 ただ、その分。彼が言うにも普段は優しい村人たちを豹変させる信仰という感情に、私は畏怖と言う感情を思い出す。


ー「正しい」と思ってることに躊躇などしない。

 村人たちと、殺しが悪いことなんてそんなこと私が言わずとも分かっているだろう。

 しかし「山を穢した者はその命を持って精算せねば祟りが下る」そう完全に信じきった人間に正論など通用しようものか。


 あの日、あの集団が何を思い何を信じていたのかなんて今や知る由もない。所変われば、正しいも正しくないも変わる。言葉が通じてるはずなのに、理解が及ばないこと。


 実際目の当たりにすると、途方もない不安と焦燥感に襲われて私は目眩すら感じてきた。


『それじゃ、そろそろ行きましょうか』


「あぁ。それなんだけど」


 さも当然のようにミコトも土夜くんが行くものとばかり思っていた。しかし、彼がいつの間に相談していたのか。名乗りを上げたのは神日さんだった。


「神日さんが?」


「はい。少なくとも体力面であれば僕のが土夜さんより自信があります、足を引っ張らないよう務めますので」


『いいんじゃない? 少なくともアマテ一人にしとくほうが私としても不安だったし』


 ミコトの言い様はともかく、私としても一人よりは。という気持ちがあったので彼がついてきてくれるのは助かる。


「あの……無事帰ってきてよね、アマテさんも神日さんも」


 神日さんが行くと知ってか、音黒さんも少し心配そうな目を向けてきた。


『人間に心配されるほど弱体化してないってのに』


『いいのよ。こう言うやり取りが人には大事なのよ』


『ふーん……』


 私の右手の意識がなくなる。

 ミコトが動かしているのだろう、神日さんの手を取る。


「まっ!」


 ごめんね。私が先に手をつないで。

 と言う思いを秘め、今度は両足が私の意識と無関係に走り出した。


「せー」


『のっ!』


 私は、ミコトは神日さんを抱えて大ジャンプ。

 鬱蒼とした森を一気に抜けるほどの飛躍を見せ、周囲の森を一望できるほど高く。


 わかってやっていると言え、流石に肝が冷えた。

 

 風を一手に全身に浴びるほどの急降下。

 ミコトのことは信じていると言え、怖いものは怖い。


「ちょ……ひっ……ひっ!」


「ぐぇっ……!」


 超高速でいつの間にか谷を通り越し、向こう岸へ渡って一瞬だけまた、ミコトにかわってすぐまた私へ戻る。


『ふぅ、さすがにこっちの世界じゃ魔界のようにいかないわね』


「ふぃぃ……」


 私は、山頂よりも遥かに高いところまで登ってしまった。

 暫く地べたに這って、立つことすら出来なかったが、神日さんに手を差し伸べられた。


「神日さん、大丈夫ですか?」


「えぇ。楽しかったですね」


「へへっ……そうですか」


 ようやく、立ちあがれた私はフラフラとしつつも木を支え代わりに立ち上がる。


「そうだ。これを」


「なに?これ」


 水中ゴーグルのような、それにしてはゴテゴテとした機械がいくつもついている。


「暗視ゴーグルです。使ってください」


「なんでこんなものを……」


 分かっていたことといえ、やはり夜の森は私が思っているよりもずっと暗い。少し先ですら、注意深く進んでなければ足を取られそうになる。


 今は何でもいいかと、私は暗視ゴーグルをつけた。

 確かに、肉眼で見るよりはずっとマシになった。


「それじゃ、いきましょう。さっき跳んでいた時にダムは見つけていました、方角は気をつけながら参りましょう。僕についてきて下さい」


「うん」


 確かに、彼がいてくれて頼もしかった。

 私一人だったらとてもじゃないけど耐えられやしなかったかもしれない。


 しかし、一つ問題があるとすれば……

 私と彼、全く接点を感じなかったことか。


『そういや神日と二人になるの初めてじゃない?』


「そうなんだよね……」


 いい人だと、分かっているし。実際音黒さんが惚れるのも納得の人だ。

 けど、どうしても会話が続かない気まずさと言うか。

 何話せばいいのかと言う重苦しいムードで歩くのは正直つらかった……。




 そうして私たちが、深夜の登山を初めて何時間たったろうか。昼間と比べても、とても登っている、進んでいるというような感覚もない。

 

 ただ、闇雲に足を動かし行軍するような。

 どこもかしこも似たような景色ばかりで、位置情報すら掴めない。

 息が詰まりそうだ。

 次第に、なぜ。私はここにいるのかと言う弱音へと変わっていく。


 なんでこんな所へ来なければならないんだと言う目的を見失いかけたちょうどその時。


 ドロッと濁った水が溜まっており、思わず鼻を塞ぎたくなるほどの悪臭。水辺が近いようだ。

 こんな沼でも、住まう生物はちゃんといるようで蛙や鈴虫なんかの音がそこかしこから聞こえる。


「蛙……か」


 ふと、私たちが最初に出会った石崎先輩の事件を思い出す。アレも、全ての元凶であるヒキガエルがいて……ちょうどこんな感じの臭いのする沼に佇んでいた。


『ウガァ クトゥン ユフ』


 今でも耳にこびりついたあの呪文。


「見てください。到着したようですよ」


「え……」 


 暗がりで全く見えなかった訳でないが、歩き続ける内に目標を見失いかけていた私はここまで接近しなければ着いたと言う認識すらなかった。


 『ダム』と言う形はなんとなく知っていた。

 しかし実物を見るのは初めてだ。


 あまりにも巨大な水の溜まり場。

 見ているだけでも吸い込まれそうなほどの迫力と水量は美しさよりも先に落ちたら助からないだろうなと言う当たり前の感覚を抱く。


 大きさなんて山より小さいのに、なぜ。私は巨人がまるで横たわっているような恐怖感を抱くのか。


 おそらく、この非日常的ながらも目に留まるほどの大きさが、通常まず目にすることもないこの光景が、私に嫌な想像を掻き立てさせるのかもしれない。


「ここから、降りられるようですね」


「ちょっと待って……神日さん、早い」


「あぁ。ごめんなさい、つい。こう大きな建造物って興奮してしまう方でして」


「そうなんだ……意外」


「よく言われます」


 神日さんの見つけた昇降用階段を降りる。

 見た目、普通の階段で助かった。


 非常用の貼り付けただけのような階段だったら卒倒していたかもしれない。

 その先は、鍵のついた扉が一枚。


 鍵がかかっていたようだが、長年使われていない為か酷く錆びついており、強引に開けられてしまった。


「ポンプ室……かな」


 中はパイプや設備などが整えられており、この錆臭さと鉄臭さの混じった腐臭は機械王の胃袋を思い出す。

 思えば、大分遠くまで来てしまったような気がした。

  

「……これは」


 奥にあった物。それは牢屋だった。

 なぜダムにこんなものがという疑問も半ばに、開けっ放しの牢から私たちは中を捜索した。


「っ……!」


 中は、悲惨そのものであった。

 あちこち引っ掻いたあと、剥がれた生爪や子供の大きさの歯。指の骨。至るところに惨劇の名残りが今も残っている。

 

「どうやら、生贄の子を収監する場所みたいですね」


 何をどう狂えばここまでできるのか。

 もう考えることすら億劫になってきた。


「なら、件の大学生もいるのかな?」


 まだ全部探した訳でないが、他に牢屋があるほど広い所には見えなかった。

 そんな私の足元に当たったのは一冊の本。

 本を手に取った私は湿気と、虫食いによってとても読めたものでないが、裏に書かれたその名前。


 生贄となった子の帳簿だろうか。

 どうにか確認できるその中にある文字に私は思わず、本を落としてしまった。


「……どうしたんですか?」


「コレ……見て……」


 子供の文字で綴られてる為、筆跡もボヤケて所々風化してるせいでハッキリとしないが


「鈴木根 菱輝」


 それは間違いなく彼の名であった。


ーーーーー


 一方で、待機していた班。

 土夜は調べものがあると駐屯所で資料に読み耽っていた。


「ほうじ茶入りましたよ」


 そんな彼へ乃愛は丁寧にもキャンプセットのコンロで温めたばかりの茶を一杯差し出す。


「おぅ、サンキュー」


「あまり、根詰めないで下さいね」


「これ読み終わったら一度寝るよ」


「ふぁぁ」


 そんな彼らの隣を音黒が横切る。


「あれ、まだ寝てなかったんですか?」


「疲れてた筈なんだけどさ……なんかアマテさんたちが心配でさ、やっぱ」


「心配されるほど。彼女も弱くはないですよ」


「わかってるつもりだけどさ……ちょっと夜風に当たって来てもいい?」


「あまり遠く行かないでくださいよ」


「ハイハイ」


 虫のさざめきや梟の声だけが静かに聞こえる時間帯。

 都会と違って車や人のざわめきが一切聞こえない静寂の中を音黒は懐中電灯で照らしつつ歩く。

 無論、肉眼で屯所が見える範囲に留めておくつもりであった。 


「ん?」

 

 そんな時、ふと目にしたのは人の影。


「えっ……確か、鈴木根……!」


「おまえに用はない。青い髪の娘はどこだ」


「それを聞いてどうする気?」


「我が主の命だ、知る必要はない」


「っ!」


 音黒は一目散に逃げ出した。

 こいつの狙いはやはりアマテだった。


「待て!」


「え……?」


 音黒の腹部が激しく膨張する。

 

「なに、これ?」


 今度は右手が顔よりも膨れ上がり、破裂した。

 痛みすら感じていないのか、ただ漠然と目の前で起きた現象を受け入れられず、キョトンとした顔で振り返る。


 それが、音黒の中でグチャグチャと内部を掻き乱し人体の皮膚が耐え切れないほどの膨張を始めた。


「あ……」


 パンッと風船が破裂したような短い音と共に、辺りはまた静寂に包まれていく。

 おぞましい程の返り血が菱輝へとかかった。


「ちょっとなんですか、今の音。日華?」


 音を聞きつけ、土夜と乃愛がやって来る。

 そこに誰もおらず、懐中電灯は音黒の持ってた一本だけであったが、その懐中電灯が無造作にもつけっぱなしで山道に落ちていた。


「これ、確か」


 それを拾おうと歩み寄った乃愛は、なにかを踏んづけた。


「え……?」


 拾った懐中電灯で照らされたそれはなにかの肉片だった。


 柔らかく、生肉のような感触と共に、べちゃりと言う生々しい音。ゴツゴツとした石ではない固い何かが押し潰れる音を聞く。


 最初は、なんでこんなものがここに落ちているのだろうという疑問。


「なぁ、もう寝ようぜ……」


「ちょっと……待って……え?」


 土夜の何かに怯え、震えた声。それと同じくして乃愛の声色も変わっていく。


 次に懐中電灯が照らしたのは血の跡だ。


 そこかしこに散らばった何らかの破片らしき残骸。

 それら一つ一つを確認するごとに、二人は知りたくなかった。それでもいずれ知ることになる悲劇を目の当たりにすることになる。


「ねぇ、嘘……よね? 何かの間違いだよね?」


 しかし、辺りを見渡すほど嫌でも突きつけられる現実。

 確信に近づいてしまうごとに彼女の口調と呼吸がドンドン荒くなっていく。


「嘘だよね……! ねぇ……! 土夜くん、なんか言ってよ!」


 音黒のスマートフォン。

 身につけていたドリームキャッチャー。

 彼女の衣服。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 そのどれもが、血に染まってこそすれど、この肉片の正体を指し示す手がかり。

 決して気づいてはいけなかった、その真実を知らなかった頃にもう元には戻れない。





「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 この山全体をざわつかせるほど、声にもならない悲鳴が木霊した。

 



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