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虎伏山の灯②

 虎伏山。

 写真で見るのと実際にお目にかかるのとでは天と地ほども違う、リアルでしか感じられない迫力。


「小学校の遠足の時に登ったのより凄そうだなぁ」


 本当に、見た目は普通の山。

 鳥の囁く声、蝉の鳴き声などが聞こえる静かな森。


「どう? ミコト、シオン。クロナかレイラ、いそう?」


『今のところはなんとも。魔力は隠そうとすれば隠せるから、私が機械王の体内でシオンに気づかなかったみたいに』


「ま……登るしかないよね」


 我ながら、勇ましいこと言ってなんだがいざ登ろうとすると気が滅入ってくる。


「さぁさぁ。張り切ってまいりましょう!」


 なんで乃愛さんはこんな元気なのか。

 そもそも、準備段階で一番盛り上がっていたのも彼女だった。


 楽しい遠足気分も最初の内だけ。

 段々と地上が遠ざかり、一時間もしてくると私は何故、山を登っているのかと言う気持ちに襲われる。


 もはや何かの修行をしている気分。

 普段、私たちが上る坂道は整備された物で、何キロも及ぶものにないはずだ。


 しかし、山は一度登れば後はひたすら上を目指すばかり。


「はぁ……はぁ……!」


 付け焼き刃のトレーニングがまるで役に立たないくらいには過酷な登山道で、今にもぶっ倒れそうだ。


「なんで乃愛さんはあんな元気なんだろう」


 元気というか、私達のぶんの食糧まで買い込んでるせいで、少し持たせてもらったが明らか倍は重い。

 にも関わらずあの威勢の良さはハッキリ言って異様だ。


「あれ、音黒さん?」


 いつの間にか、私の後ろにいた音黒さんがいない。

 ミコトが後ろ、と言って振り返るとその遥か後方で木々へ腰掛ける姿があった。


「もう無理。登山なんてドMの所業よ、登山家はみんなドMよ」


 などと、各方面を敵に回しそうな発言の後に呆れた様子の乃愛さんは腰に手を当てつつ


「ついて来ないと。貴女の分の夕飯ないですよ」


「くぁぁ……食糧役買って出たのはこれが狙いか、これがアイツのやり方か!」


 これでは、無理やりにでも身体を動かしてついていくしかなくなったようだ。

 

「日華さん、僕が荷物持ちましょうか」


「本当に? ありがとう」


「あまり甘やかさないでください。あの子はすぐ調子乗りますから」


 神日さんは、普段目立たないけれど本当に優しさを絵にしたような性格だ。

 自分だって大きな荷物抱えているのに、あっさりと汗一つかかずに涼しい顔してやってのける。


「全く妬けちゃうな」


 そんな彼をからかいたくてか、土夜さんが自分もへたりこんで見たりと反応を伺う。


「ハハッ。土夜さんは、自分で歩けるでしょう」


「はい、お茶用意しときましたから」


 と、ドライに対応しつつもペットボトルのお茶を差し出すなどの気遣いも完璧だ


「気が利くな」


「そろそろなくなる頃と思いまして」


「そろそろと言えば、今。登り始めて何時だろ?」


 と、手元の軽くなった音黒さんはポケットからスマホを取り出し時間を確認し出す。


「あれ、こんなのつけてましたっけ」


 スマホのストラップにくっついたアクセサリー。

 蜘蛛の巣みたいな形をしていて、綺麗な装飾が施されていた。


「神日さんにこの前貰ったの」


「確かドリームキャッチャーでしたっけ?」


 私でも聞いたことある悪夢を捕まえてくれると言うおまじないグッズだ。


「魔界に長く居すぎたせいか、時々。いやーな感じの夢見ることあるからさ」


『あぁ……魔界の瘴気に当てられたのね。たまにあるたまにある』


「それを見兼ねて魔界で買ったやつです」


「へー……いつの間に」


 私がディストピア世界で変態たちとドライブしてる間に、ロマンスしていたようで何よりだと、至って冷静に、普通に自然な目線を送る。 


「へー。いいですねぇ、キレイで」


「呪われないか?」


「フフ……呪いなら寧ろ望むところよ」


「一応、トリナさんにオススメしてもらったところなので信用に足るところかと」


『あぁ。なら、信用しても大丈夫そうね』


 と、雑談に花を咲かせて一休みつけたところで登山再開。

 艱難辛苦、とまでは行かずとも登ったり降りたり。


 ひたすら登って登ってを繰り返したあと、朝早く早朝から出て日が西に傾き掛けてきた時間。


「ふぅ……着いたぁ!」


 ざっと半刻かけ、良い木々の隙間から遠くまで一望できるほどの見晴らしのいい景色が見えてきた。

 思わずため息が出る「この景色が最高の宝」などとありきたりな言葉も、納得したくなるような絶景だ。


「凄い……」


 乃愛さんは、カメラを持っているもののどこから撮ったものかと困惑した顔。

 無理もない。私は目的は違えど、これを見るだけでもここへ来た甲斐を存分に感じ、感動すら覚えた。


 すべての悩みが小さく見えるとか、壮大なこと言うつもりもないが、今の私はなんとなくビッグな存在であるような気持ちすら感じる。


 どうでもいいが私はワンピースの正体が「仲間」とか「景色」だったらブチ切れる自信がある。


 そんな景色の情緒なんてどうでもいいとばかりに、音黒さんに至っては半分死にかけており、不意に私は現実へ戻されていった。


「ミコト、どう?」


『えぇ。ここまで来ると、私にも少しは感じられるようになってきた』


『うん。確実にいるよ、しかもこのオーラはレイラちゃんだ!』


「本当に!? 良かったぁ」


 ここまでやって来た苦労が少なくとも、無駄ではなかったと一気に達成感が押し寄せシートに寝転ぶ。


『正確な位置までは読めないけど、多分レイラのことだし、ただじっとはしてないと思うのよね』


『うん。私みたいに何らかに宿って行動してるかもよ』


「となると……まず、どうする?」

 

「とりあえず。村見てみるか? せっかく来たんだし、この辺の隠れた名所とか聞いてみようぜ」

 

「僕が見ておくんで、どうぞ皆さんで」


 ビニールシートを敷き、彼女を横にして寝かし介抱は神日さんが引き受けてくれるようだ。

 私と土夜さん、乃愛さんとで村への散策を始める。


 ここから、村までは舗装された道が敷かれており一本道でもあるようで行くこと自体は簡単だった。


 しかし、話自体は簡単に終わらないようだ。



「だから。少し調べさせてくれたら引き上げるって」


 駐在の警察だろうか。

 クールビズの青いシャツと警察のチョッキに身を包んだ男性が何やら村の住民と揉め事を起こしているようだ。


「何度も言うが、あそこはハスマオ様が居られる。何人足りとも立ち入ることは許されん」


 タオルに頭を包み、今となっては家のお婆ちゃんでもそんな格好はしていなかったと言う和装スタイルの村人が横一列の肉壁となって立ちはだかっている。

 中には棒や鍬を持った者までおり、長閑な風景とは程遠い殺伐とした空気がそこにあった。


「あーもーそうは言うけどさ」


 どうやら話が平行線に、というより一方的に押し負けているところか。

 警察の彼が渋々と引き下がり、私たちに気づいた時だ。


「お、仁路ちゃん! 仁路ちゃんじゃん」


「特男かよ、なんだこんなとこまで」


「知り合いですか?」


「俺が高校時代何度か世話になった不良刑事の成弥なりや 仁路じんろさん」


「不良は余計だ、札付きが」


 そんな折、村人たちがモーゼの海割りのごとく避けてい見た目、とても若く背の細い美形といった顔立ちの青年が現れた。

 錫杖に白い袈裟を着た山伏みたいなスタイルで歳は私たちとさほど変わらなさそう。


「この方こそ、ハスマオ様のお声を聞かれる代弁者」


鈴木根すすきね 菱輝ひしてる様であられるぞ」


「よそ者よ、去れ!」


 開口一番、雄々しい態度で今来たばかりでまるで話の呑み込めていない私達にまで敵意を向けてくる。


「旅人よ。立ち去り給え、さもなくば恐ろしい災いが降りかからん」


 仰々しい言い回し、やたらと恐怖を煽り立て錫杖の柄を何度も地面へ叩きつけ鈴を派手に鳴らすなど、余計に怪しさが増す。


 なんにしても私たちにここを調べられるのは余程具合が悪いのか、それとも単純に信仰のあまり私たちを邪魔者とみなしているのか。

 

 少なくとも歓迎されてないことだけは確かだ。


「なぁ、災いってどんなの?」


 そこへズケズケと物を言うのは土夜くんだ。

 すると菱輝さんは、また仰々しくというか声を低くし、まるで怪談話か何かを話すような口調となる。


「ある者は灼熱の業火に身を焼かれ」


「またある者は生きたまま皮を剥がれ」


「またある者は、奈落の谷へと落ちていく」


 嘘くさいと思ってるせいか、それともより凄惨な光景を見て異常慣れしたせいか。

 それを聞いて竦んでるのは私たちの中には居なかった。


「そうなりたくなければ、即刻立ち去るが良い」


 だから、何だか仰々しいオーラを放って大げさな素振りを見せるのが何かコント染みて見えてしまって、不謹慎と分かっていながらも心の内でつい、ニヤケた笑みが出てきてしまった。


『魔力は感じない、普通の人間って感じはするけれど』


『なーんか。変だよね』


『神話生物とかと違うけど、人間にこれだけの魔力を発せるなんて普通じゃない』


「てことは、あの人の言ってることは本当ってこと……?」


『まだ分からないわね。アマテみたく魔力を生まれつき蓄えられる人間ってのは稀にいるけれど、魔力を放出する術を人間は持てないもの』


『一応人体改造ってのはあるけど、それなら。体のどこかに瘢痕がある筈だからさ』


「ふーん……だってさ。行こうぜ」


 踵を返し、土夜くんは諦めたような。それでいていつもの飄々とした表情を私たちに見せたまま、背中を叩いて追い返す。


「いいんですか?」


「どう見ても旗色が悪い。何言っても通してくれる雰囲気じゃねぇよありゃ」


「仁路ちゃん、ちょっと駐屯所案内してよ」


「全く、家は民宿じゃないんだぞ」


「いいじゃないの。どうせ金欠でしょ、美味い飯だしたげるから」


「お世話になります」


 そう文句を言われながらも、私たちは一度この『成也仁路』と言う刑事の詰所へ寄ることとなった。




ーーーー


 アマテたちが去り、村人たちも厳戒態勢のままそれぞれ各方面へと散る。

 一人、立ち去ったアマテたちの方を見ながら菱輝はボソッと小声で


「……ルーゼンベルク様。あの水色の髪の娘に悪魔が宿っていると?」


「はい。分かっております、必ずやダムには近づけさせません」


「私の……僕の目的の為に」


ーーーー


 私たちは仁路さんの駐屯所へ一度赴いた。

 警察の駐屯地と言うにはかなり所帯じみた、生活感溢れるゴミの山。


「うわぁ……」


 と、思わず女子で声が重なる。


「きたねぇとこだけど我慢してくれ」


 私たちは、適当に足場を作ってパイプ椅子を広げる。

 彼はゴミにまみれた中央のテーブルを適当に片付けると、ようやく話を聞ける姿勢になった。


「そんで。辺境まで飛ばされて、なんかあったわけ?」


 普通、部外者に捜査情報を話すことなどあり得なさそうだが、他に部下も同僚もいないからか。

 それとも、土夜さんとは普通の知り合いとは

 仁路さんは煙草を潰しながらため息をつく。


「……ここの集落の置きた事件を知っているか?」


「あぁ、どこかの登山サークルっしたっけ? 行方不明と死亡者が出たっからのて」


 皆、周囲のことは自分たちで調べてきたようで、事件の認識自体は一緒と見て良さそうだ。


「普通なら事故で片付きそうなものだが、その死亡者一名に妙な跡があってな」


「その大学生の背中に火傷痕と殴打痕があった、それも昨日今日の新しいやつ」


 焚き火かなにかしてて、表面にうっかり火傷するならまだわかるが、背中と言うのはいささかしっくり来ない。


「殴打痕が致命傷だったんですか?」


「いや。致命傷自体は崖からの転落死で間違いない」


「事件性があるか分からないが、その大学生ってのもどうしょうもない大バカ野郎共でな」


 不良警官という看板に偽りなく、言葉を選ばない罵詈雑言の数々も、次に出された写真を見ればそんな悪態の一つも突きたくなるだろう。


「なにこれ……酷い」


 見てるだけで胸の苛立ちがこみあげて来る、写真に映るのはいわゆるマナーの悪い登山客。

 ゴミを捨てたり、枝木を傷つけたりなんてまだ可愛いもの。


 野鳥を捕まえては雑にナイフで締め、狩りでもしたつもりなのか。

 食べるでもなく、一通り弄ぶだけ弄んだのだろう無造作に捨てるなど胸が悪くなってくる。


「村の人間が怒って、暴行を与えた線とかで考えてるんですね?」


 素直に考えるなら、大学生の横暴にキレた村人たちが暴行を与え、その際に事故か故意か火傷を負った。

 そのまま逃げる際に、足を滑らせ崖から転落といった筋書きか。


「平たく言えばそんな感じだ」  


 何やらまだ文句を言いたそうなのを堪えて、新しい煙草を口にする。


「そこで問題になってくるのがあの集落の連中どな、どうにも地元意識というか信仰心に溢れてて中々通してはくれないんだ」


「警察の権限ってそんなもんなの? もっと強行操作とかに踏み切ったりするものでしょ」


 なんてドラマで見聞きしたような警察のイメージをズケズケと言っていく音黒さん。

 ちょっとそれは……という気持ちもあったが、彼の前だとあまり気兼ねせず話していいような雰囲気はあった。


「ちゃんとした捜査礼状あるならまだしも、この段階じゃあな」


「にしても、解せないな。村人が怒って閉じ込める意味なんてあるのか?」


「そんな連中、さっさと警察に突き出してしまった方が都合良いだろうに」


 土夜くんの言うとおりだ。

 一々村単位であらぬ疑いをかけられる意味もない。


「その。なんだ」


 仁路刑事は、言いにくそう。と言うのは見たままだが、操作情報を明かすことよりも話すこと自体を躊躇してるようにも思えた。

 まるで盗み聞きを警戒してるかのように辺りに気を配りつつ、やっと決心ついたように話をつける。


「まだこの辺にはとっくに廃れた筈の風習が残っててな」


「風習?」


「言葉くらいは聞いたことあるだろ」




「生贄」

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