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虎伏山の灯

 私は、長い眠りから目を覚ます。

 目を開けた瞬間に飛び込む最初の物体が木の天井。  

 背中に感じる畳の感触。


ーあぁ、私。生きてるな。

 そんな当たり前のことを体の内から実感した。

 鏡を見ずとも、触れるだけでボサボサだなと分かる逆だってる髪型。


「うー……」

 

 紆余曲折。

 思えば、ほんの一眠りからとんだ大冒険になってしまったものだ。

 機械王の内蔵を経て、魔界から強欲魔界へ。


 強欲魔界であの人たちと別れたあと、シオンの能力で城にいた皆と合流して、この元の世界に帰ってきてから何してたかも覚えてない。


「カーテンどこぉ」


 皆と分かれた後、強欲魔界の疲れが押し寄せたせいか畳んだままの布団の上で気絶したように眠っていたことくらい。


 今が何日で何時かなんて時間の感覚すら失い掛けていた私は暗がりの部屋の中、手探りで這いながらカーテンを鷲掴みにし、引きちぎらんとする勢いで強引に開けた。


「ぎゃああっ! 眩しっ!」


 目に飛び込む強い光。

 魔界の薄っすらとぼやけた光と比べ物にならない強い光。

 目を灼かれそうになりながら、私の目へ日光が入ってきたことで今が朝ということが分かったくらいか。



ー『朝には朝陽がキレイに見れますよ』

 不動産でどうでもいいよと思いながら聞き流していた言葉が思わぬ形で生きたことを感謝しながら私はゆっくりとまた目を開く。



「帰ってきたんだ、本当に……」


 私にとって一月や二月ぶりくらいに感じられるアパートの部屋や王林町の景色。もっとも、そんな久しぶりというノスタルジックに浸れるほど見慣れた景色でもないのだけど、何にせよ帰ってこれた。


 二月ほど、魔界の空気に慣れてしまったからか。

 肌をそっとすり抜けるそよ風が心地いい。


 そんなことを考えつつ、ずっと使われることなく放置されていたスマホを見ればなんと一晩しか経っていない。


『魔界と人間界じゃ時間の進みが違って良かったじゃない、単位落とさずに済みそうで』


「それはそうだけどさ……」


 実際に頭は2ヶ月も勉強をサボったブランクがあり、それを取り返せるかどうかの方が私には心配だった。


「うぐっ!?」


『へぇーここが人間の世界。私が見たときとは随分変わったね』


 好奇心旺盛なシオンに引っ張られ、私の体の自由が効かなくなる。  

 未だに慣れないこの感覚は、不意討ちで後ろから襟首を掴まれてるような感覚といえば分かるだろうか。


『やめなさい、シオン』


『はーい……』


「ふぅ……あのさ。時々、やり過ぎなかったら。身体使ってもいいからさ、大学では大人しくしててね」


『本当? じゃあ大人しくしてるけど、約束破ったらお姉さんのこと足から食べちゃうから』


 地味に足から。と言う即死は免れジワジワ恐怖を与える手段に特化させてるのがこれまた嫌らしい。


「はいはい、ミコトもお願いね」


『妹の世話くらいどうってことないわよ』


 一先ず、空腹を思い出した私はまず食堂から適当に食パンを一枚トーストで焼かずに冷蔵庫のイチゴジャムに直接千切って突っ込みながら簡単な朝食を済ませる。


「えーっと……虎伏山だったっけ」


 その間にスマホで虎伏山について軽く調べた。王林町から電車二時間ほど乗り継ぎ、バスでまた一時間程走る程遠くの山。


 小さな集落が一つとダム。

 それ以外に見るものなどなさそうな場所のようだ。

 登山に詳しくはないけれど、少なくとも散歩感覚、旅行感覚で行けば確実に遭難する程険しい山の模様。


「登山ウェアっていくらするのかな」


 なんて暢気なことを考えていた私だが、さらに深く調べるとその虎伏山絡みで何やら不穏な記事を見つける。


ー虎伏山近辺で登山サークルの大学生4人行方不明。1人が遺体で発見される


ー虎伏山近辺で謎の発光体?


 日付にして、数日前。 

 原因不明の山火事と思われる報告があったらしいが、火の手と思われる物は見つからず焼けた跡も見つからなかったらしい。

 それを謎の未確認生物の仕業とする記事もあれば、なんらかの発光現象とする声もあり真相には至っていない。


「……どう思う?」


『今のところこれだけじゃなんともね』


「えっと。レイラかクロナが呼んでるみたいな」


「そんな気の利いた娘達ならとっくに労せず見つかってるわよ」


 人間世界からすれば怪奇な現象も、悪魔や魔界。それに神話という存在を加味するとそういう『不思議なことが起きた』で説明ついてしまう。


 この現象が科学的なものか、魔術的なものか疑問は残るものの


「やっぱり行ってみるしかないか」


 この一言に尽きる。




 その日から、私は移動にバスや自転車を使うのも辞め大学へジョギングしての体力作りを始めた。


「ハッ……ハッ!」


 常日頃、運動は得意という訳ではないが苦手でもない。

 最も、付け焼き刃の体力造りでどうこうなるものでもなさそうだ。

 

「ゲホッゲホッ……!」


 もう息が上がって苦しくなり、胸を抑える。

 

『だらしなぁい。もっと頑張りなよお姉さんさぁ、ざーこ』


「悪かったわね。ひとっ飛びふたっ飛びで、高い山を超えられる悪魔には分からないでしょうよ」


 私に対する呼び方が軟化したくらいで、この腹立つメスガキ感は変わってない。


『人間って不便だよねぇ。たかだかお山登るだけでこんな面倒なことしなくちゃならないんだから』


『不便で弱いから栄えたのよ。まぁ、クロナの受け売り文句だけど』


 魔界は、栄えてると言えば確かにそうだがあまり店も露店のような物ばかりで余計なものなどは見当たらなかった。

 恐らく、デパートや山岳グッズ、スポーツジムなんてのも存在していないのだろう。

 

 タオルで汗を拭いながら、公園で一休みしていた私のスマホへバイト先から電話がかかってきた。


「はい。もしもし、あ。店長」


「はいっ! ありがとうございます!」


『シフト増やしたの?』


「登山ウェア買わなきゃだし。一月バイトを増やして、夕飯をもやしに切り詰めれば登山用品もなんとかなるかな」


『私が言うのもなんだけど。そんな無理しなくていいのよ、場所が分かっただけで。今さら一年や二年待たせた所でどうこう言いやしないだろうから』


「私、卒業したら。看護婦になるから。そしたら、多分もう纏まった時間取れなくなるかもだし」


『そういう事じゃなくて』

 

「いいんだって。このくらい、私にも手伝わせてよ」


 ミコトは私にとって、姉のようなものだ。

 だから、お姉さんの家族を捜すのに妹の私が協力を惜しむ理由もない。

 口にするには少し勇気がいるけど……。


「そう言えばクロナとレイラってどんな人なの?」


『クロナは二番目の姉妹で、まぁ。いわゆる本の虫ってやつで……何かと理屈をつけて喋る口やかましい奴よ』


『末がレイラちゃん。私の妹なんだよ』


 多分、今の言動でクロナはミコトと歳が近く、そこからシオンとそこそこ歳が離れてそうだ。

 末の妹から脱却した愉悦感みたいなものをたっぷり感じられた。


『劇とか歌とか、そういうの好きだったなぁ』


「へぇ。魔界にもそう言うのあるんだ」


『あー……ちょっとその辺話すと面倒なんだけどさぁ』


 私が疑問符を浮かべていた時だ。

 ゾッと背筋に寒気が走る。


「……っ!?」


『今のは……』


 夏も近く、汗だくだというのにまるで背中に氷を入れられたような寒気は私の肉体の内側からこみ上げて来る。


 その違和感はミコトたちも感じたか、即座に臨戦態勢に移るものの、何かしらが接近する気配はない。


『今のって、魔力だよね』


『えぇ。それも神話生物の』


「神話生物……」


 私に向けたものだったのか。 

 それとも、たまたま顔を出した神話生物の魔力をミコト達が過敏に受け止めてしまったせいか。


『ただ、微かだけど魔力を感じるね。クロナ姉様かレイラちゃんかな?』


『いや。そんな懐かしい感じじゃない、寧ろこれは……神話生物寄りの魔力』


 薄々居るんだろうなとは思っていた。

 マモンの話では、私が出会った怪異。それらは全て『神話生物』と呼ばれる人智を超えた存在であるようだ。




『いつから存在して、何を目的としているのか。それは魔界の住民にも分からない』


 私の頭にマモンの忠告が蘇ってくる。


『だが、これだけは言える』


『あんた等が会ったのはおおよそ、尖兵クラス……銃火器の扱いに長けた人間が数人居れば追い払えるくらいだが』


『神格クラスには気をつけることだ』


「やっぱり強いの?」


『強いとか弱いとかじゃない。誰も戦う土俵にすら上がれやしない、そいつらにとって世界を滅ぼすなんてのは頭の上を飛び回る羽虫を払うのと同じことだ』


「そんなっ」


『会っちまったら逃げることも出来ねぇ、見た瞬間に心の弱い人間なら発狂する』


『運良く一度免れたとしても。多分、二度目はないと思うぜ?』





『まぁ。そんな神格クラスがいたら、とっくに王林町も灰になってるわよ』


『こっちから無駄な干渉しない限り、神格クラスが動き出すことはまずないからそこは心配しなくて良い』


『問題なのは今の私たちで対処できる範疇かってこと』


 いつになく弱気なミコトの言葉に、私は不安よりも驚きのが出てくる。

 中学生の時に、私へ因縁ふっかけてきた生徒を彼女が威圧するだけで追い払ってくれていた。


 なんとなく、ミコトがこの世で最も強い生き物だと思っていたけれど。

 それよりも格上はザラに存在しているんだと、私は痛感させられた。


 その答えは出ないが、一先ず矛先を納めたようだ。


 神話生物は、いつも誰かを狙っている。

 そこに理由などない、少なくとも私達には理解の及ばない理屈だとか、道徳だとかそんな物をたやすく踏みにじってくることだろう……。


 それは、この通行人、景色。果ては自然。それらがあって当たり前であるかのように。



 

「よぉ」


「いづつ!」

 

 翌日、大学へと筋肉痛の肉体を引きずりながら通学する私はいきなり土夜くんに肩を叩かれた。


「お、お。大丈夫か?」


「大丈夫……それより、なにかあった?」


 イタズラ前の子どもみたくニヤついた彼の後ろには、いつもの三人。


 サプライズプレゼント的に差し出されたのは人一人入れられそうなほどでかい巨大なバッグだった。


「ちょっと、どうしたのコレ」 


 中には登山用品が幾つも入っており、古ぼけた物もいくつか混ざっているが十二分に使えそうだ。


「なに。俺の知り合いに登山好きがいてな。古いのをちょっと借り受けたんよ」


「なんで登山ってわかったの」


「だって、アマテちゃん。魔界から帰ってきてからどこか浮かない顔してたろ? すぐ分かるよ」


「最近ホームセンターに通い詰めでしたからね。恐らく、次の旅は登山になると思いまして」


『あぁ、そういうこと、良かった。ストーカーされてた訳じゃなくて』


「いい人達じゃないの」


 なんだか、少しむず痒くて誇らしかった。


 そこからは皆で旅の計画を立てたときはなんとなく、一人でやるよりは心強かった。


 定期テストも無事終わって、大学生になって初めての夏休み。中・高と違って時間はたっぷりとある。


 帰省ラッシュ、旅行シーズンと重なって混雑する人並みに巻き込まれないよう夏ですら日の上がりきらない早朝の集合と決めたのは乃愛さんだったか。


「駅の始発時刻に来たのって何気に初めてかも」


「えぇ。空気が澄んでて修学旅行出発前を思い出すわ」


 夏の日も照る前で、涼しさの残る早朝。

 乃愛さんと、音黒さんの三人で大荷物抱えながら先に集まっていた。

 

「あ、私。ポカリスエット持ってきました。夏の登山は塩分を消費するみたいですから」


 そう言って、一人二本ずつ手頃サイズのペットボトル渡してくれた。

 計画立てる時に一番ノリノリだったのは乃愛さんだった。


「あ、ありがとうございます」


 登山と聞いて色々積極的に調べ物をしてきたのだろう。

 その私たちより一回り巨大な大荷物はきっとそれが原因か。


 音黒さん曰く「乃愛は遠足より遠足準備をメインに感じているタイプ」だとのこと。ある意味、私も結構理解できるものがあった。

 そうしてる内に、集合時間ギリギリに男子二人やって来た。


「おまたせ」


「あ、来た来た」


 皆して、登山ウェアをもう着込んでおり登山気分だ。

 夏でも山は冷えるらしいけれど、何にしても登山自体が皆初めて。

 初めてと言うのは分からないからこそ、アレコレ気にして準備し過ぎたりしてしまうのだろうか。


 土夜くんでも、マニュアル本片手にああでもないこうでもないと神日さんと確認しあっている。


『本当山登るだけで大変だよねぇ人間』


『そうかしら。大変だからこそ、ああやって楽しんで準備ができたりするものよ』


『ふーん。私には分かんないや』


 悪魔、とくに生まれながら魔界を滅ぼせる魔王級の力を持つシオンには準備という言葉がないのだろう。


「そんじゃ行くか」


「はい」


 闘いは上から押しつぶせば一撃。

 山登りは一飛び。


『なーんか今のお姉様、面白くない。昔はもっと魅力的で暴力的な人だったのに』


『貴女の目に私はそう見えてるのかしらね』


『むー……』


ー『悪魔は死を恐れない。退屈を恐れている』

 ミコトの言伝でないどこかで聞いた一文だ。


 強いというのも、なんか少し退屈なものなのかもしれない。

 



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