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市民、あなたは幸福ですか?③

 私たちは車に揺られながら、ただじっと目的地に着くのを待つ。

 街1つ2つ隔てた分、景色もガラリと変わる。


 全体的に都会的だった所と比べて些か田舎的。

 私たちの世界の王林町にも近いか、店よりも住宅街やマンションなどの方をよく見るようになってきた。


「もうすぐ着くぞ」


 そんな中で近未来な造りをしたセントラルタワーと似た巨大な塔が浮いてしまっており、よく目立っていた。


「ところで……メイちゃんのお兄さんってどんな人なの?」


 車の中で景色を見てるのも飽きてきた頃、私はふと質問してみた。

 思えば私は、これから救出する対象のことを知らなさすぎる。


『とても優しくて、鮮明で、賢くて……格好良くて。私のことをとても可愛がってくれて……』


 メイちゃんはどこか照れ気味かつ、早口でまくし立てるその口調。

 一発で彼女をブラコンと認識するのに事足りすぎる物だった。


『それでいて、とても意地悪で謙虚ぶってる割にがめつくて悪戯っぽいところもあり、困っているものに1万の施しを与えて1億分を搾り取る。そんなお方です』


「それ、褒めてるの!?」


 途中から罵倒染みた言葉に変わっていったことに、私は他の反応も厭わず突っ込んでしまった。


『悪魔にとって褒め言葉よ』 


「……そうなんだ」


『あれ、もう10時間は立ってるじゃない』


『アルファコンプレックスに昼も夜もなく、人工の太陽が一日中燦々と照らし続けています』


「あ、本当だ……」


 車に備え付けられた時計を見るまで、そんな時間がかかっていることにすら気づかなかった。

 

「外が明るくてちゃんと眠れるのかな」


『市民のベッドには脳中枢を刺激して、心地良い眠りに誘う機能がありますから』


『……もっとも、そのまま永遠の眠りにつくこともありますが』


「出たよ……その手の笑えないネタ」


 世界変われば価値観も変わる。

 少し本や歴史の教科書を読めば分かることだけど、


 子供が遊び、大人たちは買い物や仕事に勤しんでいるのだろう。

 衣服が全身タイツみたいな物でもなければ、本当に私の住む世界とまるで変わらない世界のよう。


「今更こんなこと言うのもなんだけど……エクシオン派ってここでも巨大な派閥なんだよね? 私たちがおいそれと入っても大丈夫かな」


「それがね。エクシオン派は平等を尊ぶから。色で分けられてる現状を打破する為の組織なの。共産主義……とか言ってたかしら」


 武将さんが口元に指を当てている。

 さっき長々と言っていた奴だろうか。

 告げ口するのも気分は良くないし、メイちゃんも特に何も言わないから今は黙っておく。


「それを水面下で実行する為に、この区画じゃ色分けによる差別は少ないのよ」


 言われてみればと、前の街にはやたらと細かく区分ワケされていた色付きの道路が大幅に減ったかもしれない。


「でも。それだったらこっちの方が住心地よさそうだなぁ……」


 うっかり色付きの道路を踏んだだけで処刑されるよかずっとマシだ。

 

「聞こえはいいでしょうけど。ようはお前のものは俺のもの。俺のものは俺のものを小難しく言ってるだけだから、そんないい人たちかもとか思わなくていいわよ」


「そ、そっか……」


 それでもやはり、警備の備えはしてある。

 エクシオン派のアジトに入るには並大抵のことではなさそうだ。


「とりあえず、俺がちょっと様子を見てくるわ」


 そう言って名乗りをあげた海賊さん。


「派手好きなお主に隠密なんてできるんか」


「まだことは起こさねぇよ。別に、やましいことしなきゃ正面から堂々としてればいいんだ」


 今回はまず様子見といったところだろう。

 彼にそんな慎重なんて発想があったことにも驚きだが、それ以上に驚いたことと言えば、彼が入り口を潜った途端に突然入り口が爆発したことか。


「ええええええっ!?」


 辺りが大騒ぎとなり、中に居たエクシオン派の市民が大勢出てきては消火作業に回る。

 加えて、野次馬の方までごった返してしまってはいよいよ、私たちが立ち入る隙間などなさそうだが。


「よし。裏口のほうに回るぞ」


「あれ海賊さん」


 いつの間にか、入り口付近で儚く散ったと思われた海賊さんが隊列に加わっている。もうコントか。


「前の俺は潜入工作にしくじる無能だったが、今回の俺は完璧だ」


「あぁ……」


 なんだか驚くことすら疲れてきた。


 表の喧騒と違って、中は酷く静かだ。

 メンバーの殆どを表に回しているのだろう、敵の拠点と聞いていた割には拍子抜けしてしまうほどあっさり堂々と入ることができた。


『アマテ様。ゆっくりとそのまま上の階へ上がってください、お兄様の魔力を感じます』


「あの。こっちです」


 階段を蹴ってひたすら上へ上へ。

 途中の回、慌てて階段を駆け下りる人と何人か鉢合わせたが、それでもまるで私たちをいないものとして扱っているかのようで少し不気味だった。

 

 無機質な木の扉が並ぶ中で目立っている鉄扉。

 いかにも怪しい場所ですと言わんばかりの戸を隔てたところは一気に内装が生々しい物へ変わっていく。


「……ここ?」


 打ちっぱなしの床に、黒黒とした鉄の壁は外部からの衝撃をシャットアウトしているかのよう。

 薄暗いランタンの灯りだけが頼りの部屋の奥。

 

 そこには、牢屋があった。

 私たちはその場で立ち止まる。


「……」


 牢の中には誰か一人入れられている。


 金色の髪にショートヘアのぼさぼさ髪。

 中肉中背の体型で肩甲骨部から折りたたまれたコウモリを


 うずくまったまま、ピクリとも動かない。

 遠目から見たらきっと汚い布切れかなにかと錯覚したろう"者"。


「この人が……」


 捕らえられたのが9年前と言っていた。

 その間、ずっとこの狭い牢屋の中に閉じ込められどれ程凄惨な目にあっていたのか、身体中の目を背けたくなるほどの傷の一つ一つがそれを物語っていた。


『酷いわね……魔王級悪魔の肉体をどこまでやったらここまでボロボロにできるって言うのよ』


「そ、そんなに酷いの」


「ひょっとしたら死体で持ち帰ることになるかもな」


「うむ。依頼に生死は問わぬとあったからな」


「ちょっと! そんな言い方……!」


 もう彼らは宛にするまい。

 元から見損なっていたが、余計に見損なった。


『お兄様、お兄様っ!』


 ここまでずっと平静を保ちつつも、兄を見つけたことで気持ちも爆発してしまったようだ。


 テレパシーで届いているのいないのかは私にも分からない。

 それでも、きっと届いていなかったとしても同じことをしてるだろう。


 メイちゃんの必死の呼びかけが通じたのか、まるで朝起きの苦手な高校生かなにかのようにモゾモゾと目を擦りながら動き出した。


「あぁ……なんだよ、騒がしいな」


『お兄様っ! 私の声が聞こえますか!』


「へへ。元気そうじゃねぇか」

  

『届いてたようね』


「あの。フェゴールさんですね? 助けに来ました」


「その気配、人間だな?」


「それとでかい魔力が三つ……人間の物じゃない、ミコトとシオンか、あと霊人と天使もいるとは随分変わった援軍だな」


 すぐに私たちの素性を見抜く。

 魔力の流れから種族を見破るのは、長たる悪魔にとってテーブル作法のようなものらしい。


「時間をおかけして申し訳ありません……」


「一先ず、外に出ましょう」


 一瞬、またミコトが私の腕に宿って檻を捩じ切る。

 人一人出入り出来るくらいの大きさに開くと、私は彼の前に膝を折る。


「いてててっ……!」


「あ、ゴメンなさい……!」


 触れるほどの近さで見て、余計に感じる痛々しさ。

 出来ればここで手当の一つも施したかったけれど、薬の一つもない現状では手の施しようがない。


『アマテ様、どうか……お願いします。こちらで薬を用意してお待ちしていますので』


「分かった」


『悪魔なんだから少しは我慢なさいよ』


「久々に旧知の仲と再会するってのに冷てえなぁ」


「あはは……」

 

 見た感じ背丈は私より少し目線が少し高いくらい。

 その割に、明らか軽すぎる。きっと食事もまともに与えられてなかったのだろう。


 中身がスカスカの発泡スチロールでも担いだみたく簡単に持ち上がってしまった。


「それで、後は心臓だったか。それどこにあるか分かるか?」


「親父の心臓なら。確かもっと上にある筈だぜ」


「にしても、心臓なんて何に使うんだろ」


「悪魔にとって心臓は神聖なものなのだ」


「おっと……天使さん」


 いつもの魔界との小話をミコトから来るものと思っていたら、天使さんから不意打ちのごとく話されて少しビックリした。


「小娘、お前は信心深いほうか?」


「……全然」


 おおよそ、毎日お祈りするほど敬仰でもないがお参りやお盆には行くし、都合悪くなるとすぐ頼ってしまう。

 そんな人が大多数だろうが、生憎私はそんな存在があったとしても、頼る気はまるでないし、何にもしてくれないと心で理解しているからだ。


 だから、神社に来ても手を合わせたことはないし祈った事もない。


「だが、神社の仏様とか叩いたら罰が当たる……そんな感覚は理解できるだろう」


「まぁ、分からなくはないけど」


『それと同じようなものよ。特に信心深い者からすれば』


『まぁあの場合、神をも恐れぬと言うかそんな連中ね』


「ふーん」


 自分でも、恐ろしいくらい呆気ない。

 いくら信心深くないからって神社や寺で暴れはしないってくらいにしか感じていない。


 そのくらい、私の中で神という存在への敬意は低くなっていた。


 すると、建物の上の階。

 エレベーターを使わずとも、頑張ったら登れるくらいの高さ。


 オフィス的な廊下と違って空中庭園的な広間へと出る。

 絢爛豪華な品々、床から壁まで何もかも金ピカの目がチカチカする空間へと出た。

 

「おわぁ……」


「なんじゃ。お主ならもっと大喜びするかと思ったが」


「カレー大好きな奴でも、本当の山のように大量のカレー見たらドン引きするぞ多分」


 海賊さんのような、お宝求めてと言ったタイプでも喜ぶより先にドン引きすると言うリアクションが先に出てくるくらいには品のない金ピカまみれ。


「あぁ、懐かしいな。かつての強欲魔界」


「ここ強欲魔界なの!?」


 マモンの言葉に皆が一斉に反応してしまった。

 どうやらここは侵略した土地を文化として、遺跡としてオブジェクト的に再現した空間のようだ。


「ねぇ、アレ見て」

 

 カナミさんが指差す先には、全長10mくらいあるだろうか。

 怪しい翡翠色の液体に漬けられながらも脈打つように膨張と収縮を繰り返す薄紫色の臓器。

 恐らくアレが、魔王の心臓。


『お父様……』

 

「脈打ってるけど……生きてるの?」


「生きちゃないだろうな、肝心の魂がとっくに抜けたろうから。心臓だけで動いてるゾンビみたいなもんだろ」


「そっか……」   


 悪魔と言えども、生き返りは容易でないようだ。

 ミコトのお父さんが相当な巨人だったから、多分この心臓の持ち主もそれに見合うだけの巨体だったことを思わせる迫力。


 これこそ、触れればそれこそ天罰が下りそうと思わせるだけの威圧感。

 心臓だけになりながらも、底しれないオーラが胸の内側からヒシヒシと感じられた。


「つーか、どうするよ。コレ、運ぼうにもでか過ぎんだろ。天使と将軍様。二人でこれ担げね?」


「無茶を言うな」


「ワシとてこのサイズは不可能じゃ」


 いくら筋肉自慢が二人もいるパーティと言え、人力ではまず不可能な海賊さんが不用意に近づいたその時だ。


「うぉっ!?」


 長い鋭利な触手が伸びてきた。

 海賊さんはギリギリのところで回避したが、依然として触手は私たちのうちの誰かに向けて襲い掛かってくる。


「どうですか? この魔王のお姿は」


 心臓部の物陰に誰か隠れているのかと思ったがそうではないようだ。

 あの心臓部、どこかにスピーカーでもあるのかあの機械から直接声が出ている。

 マモンとメイちゃんが不可思議そうな反応を示してることから、アレが元魔王の声でないことは明白だが。


「凄いでしょ、死んでても魔力はちゃんと心臓部に残ってんだ」


 さっきと違う声が流れてくる。

 最初の若い青年とは違う、子供のような声だ。


「お前がそっちの親玉か?」


「いやいや。とんでもない、私はただの市民ですよ」


 また声が変わった。

 中年くらいのガラガラ声の男の声に変わった。

 

「……? 話が見えてこないわね」


「簡単なこと」


 また声が変わった。


「私たちは」


 変わった。


「魔王」


「の心臓部と」


「一体になった」


「全ての市民は平等に」


「意識を一つへ」


「集結させる」


「これが」


「真の幸福」


 一つの言葉を何十人と、それも老若男女入り混じった声でリレーし喋るという異様な耳に慣れない周波。


「……頭が変になりそうだ」


 今度はまた、一人が代表して声を出す。


「難しいことは考えない。与えられたことを与えられるまますればいい」


「見ただろう。この町の住民を」


 さっきの階段で通りがかっておきながら、まるで私たちをないものとして扱ってるかのような挙動は『消火しろ』と言う命を受けたのだろう。

 それ以外はこなさない。  


 それ以外のことは見なくていい。考えなくていい。


 平和な田舎町と思っていたら、胸が悪くなるを通り越して笑いすらこみ上げてきた。


「貴方たちも幸福になりなさい」


 部屋中のシャッターが開き、大量の市民が待機していた。


「そこには色も区分けもない、素晴らしい世界です」


 この市民たちは、言われたことしかない。

 言われたこと以外実行しようとはしない。


「ハハハハッ。親父の作った魔界な随分謙虚な世界になっちまって」


「笑ってる場合!?」


『ミコト様……どうなさりますか?』


『どうって……やるしかないでしょ』


 ミコトは、私の肉体へ憑依しようとする。

 が、それを私は抑えた。


「ミコト。勝てるの?」


『それは……』


 死んでると言え、魔力は現役ままなのだろう。

 少なく見積もって、あの時感じたベルゼブブに大きく劣ると言うことはないだろう。


「魔王の2世世代が、先代に勝てた試しは今のところないなぁ」


「大丈夫、この世界なら私、クローンだから。あと三回まで大丈夫だけどミコトはそうじゃないでしょ!?」


『アマテ……あんた』


 絶体絶命の最中、私の頭の中に過る声があった。

 

『あーあー。まーた偽善者ぶってさ、本当気に入らない』


「この声……」


『ちょっと私に変わりなよ、弱っちいお姉さんさ』





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