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ナンとも言えるお話し②


「珍味……」


 蛸にも似た感触。甘いとも辛いとも取れない味わい。

 麻婆豆腐味のタコといった感じか。高校入学祝いに両親に一度だけつれてって貰ったことある中華料理店の料理を思い出した。

 私たちは各々、食事を楽しみ空いたお腹を十分に満たす。

 結構な料理を並べられていた筈がいつの間にか、皿を全て片してしまうほどみな空腹でいたようだ。


「はぁ、お腹いっぱい。なんか眠くなってきた……」


 そんな食休みモードの私へ、トリナさんが。

 正確には私の中のミコトにそっと耳打ちしてくるのだった。


「ミコト様、戻られたところで恐縮ですが今年もまたーーーが大量発生しておりまして」

『あぁ。ーーーね』

「なんなの? それ?」

『ちょっとした魔界生物よ。人間でも倒せるくらい弱いんだけど数が多くて厄介でね、危険はないし。ちょっと見てみる?』


 その旨を皆に伝えると、一番に名乗りを上げたのはやはり音黒さん。


「見たい見たい! ね、乃愛! カメラ貸してカメラ!」

「あぁ。壊さないでくださいよ」


 さっきまで精神的にも肉体的にも参っていたせいか、モチベーションの低下が見られたがバイタリティ戻って途端に魔界観光のモードへ一転。オカルト好きな彼女にとってはまさにテーマパークへ来た気分だろう。


「では。私についてきて下さい、決して私から逸れませぬよう……城下町で私の前で狼藉を働く愚かな悪魔はおりませんが、時には罪を犯してでも人の味が好きな偏食家と言うのがありますので」

「き、気をつけます……」


 食後の運動がてら、満場一致で城を出て城下町へと降りていく。紫色の空の下、広がっている西洋さながらの街並みを想起させるレンガ造りの建物が建ち並ぶ。


 ゴブリンの親子連れや、全身が燃え盛るサラマンドラの開く青果店の露店など、秩序だった光景。活気ある魔界の住民たちによる情景に私たちは驚かされる。


『そこらでモヒカンみたいな悪魔がヒャッハーしてると思った?』

「まぁ……それに近いことは」

『魔王の御膳の街だからね。ここより安全な街はないのよ』


 それだけ魔王の存在が脅威として成り立っている。

 統治、管理がしっかりとなされている証だ。


「魔王って玉座に座ってふんぞり返ってるイメージだったけど、存外大変なものなのね」

『魔王の大変さが分かった? こんな感じの仕事がまだまだたくさんあるのよ』


 統治してるのは父のはずなのに、なんだか我が事みたいに語る。さっきこそ乱暴な扱いをしていたけれど、ミコトは案外魔王の父が好きなのかもしれないと思わず頬が綻ぶ。


「そこのお嬢さん。人間かい?」

「あ、はい」


 すると、あれこれ魔界をもの珍しげに物色していた音黒さんが露店を開く長い耳に紫色のガリガリに痩せたいかにもという風体の悪魔に引っ掛かる。


「どうだい? 呪った相手を確実に呪い殺すペンダント、人間世界の偽物とはまるで違う本物だよ」

「い、いないわよ! 呪いたい相手なんて」

『気をつけなさいな。人を呪わば穴二つ、ペンダントを使った代償には人間の命の一、二個じゃ足りないくらい高くつくから』

「よく魔界とか呪いのグッズとか好きでしたけど、本物はいかがですか?」

「流石は魔界という感じかしら?」


 音黒さんは強がったフリをしているが、やはりまだ自分の中で気持ちの整理追いついていなさそうだ。


 人間世界に存在する魔界の存在の殆どは人間の作り話とミコトは笑っていたことがある。

 『本物はこんなもんじゃない』『いくらなんでも風評被害が過ぎる』と、言っていたさじ加減の答えを見て、私はただ苦笑いしてることしかできなかった。


 秩序だってると言えども、魔界基準。

 やはり人間の私たちとは想像もつかない根本的な違いがあることに気付かされた。


「ナンッ!」

「ナン!ナン!」


 その一つが、そんな魔界の光景の中でもに驚かされたのは街のそこかしこでウロウロしている謎の奇声を上げる珍生物。見るもの全てが新しいこの魔界において、何が正常で何が異常かなどと答えのだしようはなかったが、やはり口を挟まずにいられなかったのはアレだ。


「なにこのナンナン鳴いてるの」

「ーーーーと呼びます」

「え?」

「あ、多分。悪魔の言葉は人間には聞こえないからかも、ミコトやシオンも悪魔の本名は別にあるから」

「じゃあ、私たちの間での呼び方はナンナンにしましょう」


 乃愛さんがそのままな名前を決めると、周りもそれで納得したようだ。


「ナンナン、限りなくキモいよりのかわいい……キモカワ」


 音黒さんはそう言うが私にしてみればかわいさ0のどう見ても珍妙な生き物だ。目のないギロッとした歯を剥き出しにした白大福みたいな身体。触ると指に吸い付くほどしっとりとしていて柔らかく、ゴム鞠にも近い。


「ナンッ!」

「痛い痛い……痛いって!」


 噛まれても少し痛いくらいだが、足から手から噛み付いて来られると、なんか食われるんじゃないかと思えてくる。


「結構かわいいですね」

「うん、一匹貰って行きたいかも」

「えぇ……!?」


 神日さんも音黒さんも結構気に入っているのか抱き寄せたり撫でたりと気に入っており、なんだか疎外感に襲われる。


「ナンナンは数年に一度、魔界の山で繁殖し街や集落に降りてきます」

「あ。ナンナンで定着した」


 トリナさんは手頃なナンナンをギュッと口と反対の方から鷲掴みにする。


「ナンッ!ナン……ナンッ!」


 掴まれて落ち着かなくなってきたのか、ギャンギャンと騒ぎ散らし回音波を撒き散らしてきて耳の奥まで響く。


「うっ……!」


 耳を抑えてないと、頭が割れてしまいそうな音にも関わらず本人はケロッとしている。やはり人間と悪魔の可聴域が違うからか、トリナさんはナンナンをぐるぐると回すと遠心力のついたことで、身体が大きく伸び、ふりかぶって下手投げの一投。


「ナンッ!」


 トリナさんの奇怪な叫び声と共に放たれた豪速球でナンナンは城下町を出ていき、山の中へと吸い込まれ消えていく。


「このように『ナン!』と叫びながら山に向かって投げると、もう街まで降りては来ません」

「なにその珍妙な生き物……」

「えと、ナンナンを直接討伐とかはしないんですか?」


 乃愛さんが私も思っていた些細な疑問をぶつける。


「ナンナンは森の溢れ出た毒素を食べる言わば清浄機の役目を果たします。ナンナンの個体を減らせばそれだけ、森の余分な毒素が城下町へ周り、病気や災厄を招き入れる原因となります」

「しかし、拘りの強い生き物故に一度麓に降りればそこに住み着き、離れようとしなくなって最悪餓死の危険もあるのでこうして力づくで追い返す必要があるわけです」

「なるほどな。これも一種の生態系の安定の為ということか」


 そう土夜くんが納得していると、魔界の住人がなんだかざわついている。


「シオン様……!?」


 ミコト曰く、溢れんばかりの魔力を隠そうともせず堂々と歩くのは間違いなくシオンだと、悪魔の群れの先。悠然と歩くシオンの姿があった。


「そっかぁ、ちょうどナンナンの増える季節かぁ」


 黒い肌にセーラー服と、さっきの機械人形よりもずっと自然に近い肉付きへと変わっていた。


「シオン様。自分でお身体を作られたのですか?」

「うん。本物じゃないからギクシャクするし、本調子もでないけど……まぁいいや。トリナちゃんも、人間のお世話係お疲れさん」


 悪魔たちも恐れおののき、畏怖する存在。

 ミコトと違って、隠す素振りすら見せやしないそうだ。

 普通の悪魔からすればまさに厄災がそのまま歩いてくるようなもの。

 魔力を感じられない人間が、この時だけは羨ましいと近くの悪魔がボヤくのを聞く。


「アハハハハッ」


 生身になったことで、表情がよりつくようになったシオンはケラケラと笑いながらナンナンを握り手で弄び、私たちへと向かってくる。


「ねぇ。お姉さんたちさ、人間の世界に帰りたいんだよね?」

「だったら私とゲームしようよ」

「ルールは簡単。このナンナンをより遠くに飛ばした方の勝ち」


 そう矢継ぎ早で一方的に話を切り出してくるから、反応を伺う暇もない。


「もちろん、弱っちい人間と私じゃ力の差は大きすぎるからハンデをあげるよ」

「一つ目は飛距離。私は一人、そっちは五人の飛距離を足していいよ」

「二つ目はお城の中にあるものならなんでも使っていい」

「三つ目はこの身体かな。まだ1/10も出せやしないから

「代わりにお姉様は絶対手出し禁止、いい?」

 

 その判断をどうやら私に委ねているというのは、彼女の視線から見て取れた。まるで皆の命運を一身に背負う主人公かなにか。けれど、この機を逃せば少なくとも私たちが元の世界へ帰れる機会はそうそう訪れないかもしれない。


「……分かった」


 ここは、頷く以外の選択肢はなかった。


「ははっ。それじゃせいぜい頑張ってねー」


 明らか私達を見下し、こき下ろした態度を見せつける。


『待ちなさいシオン』

「なぁに?」

『勝ったら本当にアマテたちを帰すんでしょうね? 『約束』できる?』


 約束という言葉を強調するミコトの言葉に、シオンは一瞬動きが止まった後、フッと振り返り


「いいよ。約束してあげる」


 その笑顔を最後にしてシオンは去っていく。

 まるで嵐でも過ぎ去ったみたいに、周りの悪魔たちは一様にホッと胸を撫で下ろしていた。

 聞けばまたとないチャンス。

 だが言うは易いがそう簡単な話ではない。


「はてさて、どうするかな」


 シオンの強さはだいたいミコトと同等程度に考えていいだろう。一瞬と言え、剣と対面した時の強さを考えれば私たちが寄ってたかった所で敵うとも思えない。


「まずはちょっと投げてみましょうか、アマテさん」

「あ。私!?」

 

 よく見ると、魔界の住民も適当なナンナンを見つけては山の方まで思い切りぶん投げている。一種の祭りというかイベント、ストレス発散方法のようなものらしい。

 どれだけ力強く投げても、このゴムみたいな軟体体質故に着地の衝撃には強いようだが、それでも生き物を素手で放るというのはかなりの抵抗があった。


『投げるの?投げるの?』

「う……」


 目はないけれど、そう訴えかけられているような気がした。

 

『大丈夫よ。投げられたくらいじゃ死なないから』


 ミコトの後押しもあり、私は目を閉じて意を決する。


「ナ、ナンッ!」


 軽く投げやすかったナンナンは放物線を描いて、山へ向かっていくが城下町にすら出ることがなく、20mくらい先でべしゃっという音を立てて弾む。

 弾む。

 弾む。

 あ、誰かに当たった。

 弾む。


「……」


 話にならない飛距離。どうしようかと、私たちの中で沈黙の空気が流れていたところ。


「ナンナンナン!」


 ナンナンが思い切り怒ってこっちへ向かってきた。


『あー。中途半端な投げ方すると怒るのよ、住処を荒らされたと感じているのか』

「ヒィィィ! それ先に言ってよ!」

『今思い出したのよ。まぁ噛まれても死にはしないから』

「死ななくても怖いものは怖い!」


 完全に私へ敵意をむき出しにしており、ゴム鞠の身体を弾ませて私に向かって追いかけてくる。


「ナンナンナッ……!」


 すると、まるで豪速球を待ち構えていたバッターの如く。

 私に迫るナンナンを鷲掴みにしたトリナさんは左足を軸に一回転すると遠くめがけて放り投げた。


「ナンッ!」


 やはり悪魔と人間の地力の差か。私などでは及ばないほど、ナンナンは遠く山の彼方へ消えていった。


「お怪我はありませんか?」

「あ、はい……」


 なんだか、こう言う頼りがいのある女性って女ながら惚れてしまう。トリナさんの差し伸べてくれた手を思わず取った私。


「うあっつ!」


 が、刹那。まるで熱した鉄板プレートに手を触れたみたく熱気迸り、私は大声を上げ再び地面に転がるハメになる。


「あ。申し訳ありません、抑えたのですが」

『気をつけなさい、人間の身体は50℃くらいが限界よ』

「アマテさん大丈夫? さっきからはしゃぎ過ぎじゃない」

「好きではしゃいではないんだけど……」


 みっともないと思いつつ、大声を何度も上げてしまう機会はそうそうない。


「シオンちゃんになんか弱点とかないすか? あー手出しは出来ないんしたっけ?」

『口出しならいいんじゃない? まぁ。このくらいならハンデの範疇よ。ゲームと言いつつ、自分優位に立ち回って優越に浸りたいだけなのよね、そういうとこ歪んでるのよ。我が妹ながら』

「対戦プレイとかしてて、負けそうになったらコントローラーぶん投げてきそうですねぇ……」

「鍵になるのは、城の中にあるものか」

『えぇ。シオンは大雑把な性格してるから自分が人間に負けるなんて夢にも思ってないだろうし、城の中に何があるなんて把握してない筈よ』

「要は私たちがあれこれ藻掻いてるの見て楽しんでるわけと……実に悪魔らしい」


 何度も思うが、ミコトが悪魔の中でも特別風代わりなだけでシオンの反応が一般的のようだ。


『あ、クロナの書斎にでも行ってみる? あいつナンナンについても研究してたからヒントくらいは得られるかもね』

「クロナって確かミコトの次女だよね? いいの? 勝手に」

「いいのよ、使用するクロナがいないんだから」

「いいんだ……」

「俺はちょっと魔界見てるよ、ナンナンについて直に触れて見えるものがあるかもだし」

「んー……迷うとこだけど、やっぱり私も直ね!」


「では。私がガイドとして残ります。ミコト様がおられれば大丈夫でしょう」

「僕たちはその、クロナさんの書斎に行ってみましょうか」

「はいっ!」


 土夜くんと音黒さん。トリナさんを残して私たちは城に戻って、やって来たのは私たちがまだ会っていないミコトの妹、クロナの部屋。

 小さな扉一枚隔てたその先は天を衝くほど広大な図書館であった。


「これ全部、本……?」


 私は思わず息を呑む。


 床にまで散らばった本、本、本。部屋中に漂う紙の匂いと図書館のような静寂に包まれた空間は歩く音すらも反響させる。


『えぇ。何冊あるかは知らないけど』


 足のふみ場もない魔界の文献の数々。迂闊に目にしたら、精神を汚染されるものもあるから気をつけろというミコトの言葉で恐る恐る本を片付けながら足場を確保する。

 

「クロナさんって、きっと勤勉な人だったんでしょうね」

『ただの本の虫よ。一度夢中になったら一年は出て来ようとしないなんてこともしょっちゅうよ』

「あの。あれは……拘束台ですか?」


 本に埋まれていたのは倒れた拘束台。


『あぁ、クロナの椅子みたいな……』

「これ……まさか髪の毛ですか?」


 長い糸くずが落ちているのかと思えば、それが髪の毛であると気づいたのは部屋の隅に数え切れないほど積まれた大量のヘアトリートメントが落ちていたからだ。


「一体何メートルあるんですか? クロナさんって」

『……あんま深入りしないほうが身のためよ』


 今はクロナの詮索はしないでくれというミコトの悲壮感漂う声。確かに今は関係のない話であるが、一体クロナはどんな存在であるのか。私の背筋にうっすらと寒気が走る。


「あ……その、これはエレベーターですかね?」


 移動は柵に囲まれたエレベーターを使う。手押しのレバーで、ボタン操作のやり方は見てれば何となく分かった。


「で、ナンナンについての記載は?」

『……どれかしら? 私、あんま本とか読まないし』


「嘘でしょ」


 と言う私たちの言葉がキレイに重なった。


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