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ナンとも言えるお話し


 暗闇の中。

 重苦しく深い水の底に沈んだように身動きの取れなくなり、息も詰まりそうな中で私は意識を取り戻す。


 毒の後遺症か、身体の内側からナイフでズタズタに切り刻まれたような痛みが走る。 


 しかし、痛い。苦しいと言うのは紛れもなく生きている証拠。

 痛くて辛いのに嬉しいと言うのは変な話だけど、私は例えようのない喜びに満ちていた。


 ここが地獄でないのなら、目を開けられるはずだ。

 その一心で鉛がついたように重たい瞼を開く。


 やはり、私は生きていた。

 

「おいおいおい、なんだここ」


 が、喜びは束の間。


 そこは雷鳴嘶く藍色の空。

 腐臭と生臭さの耐えない異様な空気。

 そして、一直線道を作るようにして立ち並ぶ枯れた木々の幹が人の苦悶の表情に見える。


「うヒヒヒ。うひひひ! あれあれ? なんでこんなところに人間が!?」


「えひひひ。えははは! なんでもいいさ、人間食べるなんて久々さ!」


「そうしましょう。そうしましょう!そうしましょう!」


 一本二本、どころでなく全ての木がなのだ。 

 不気味な歌声と、おどろおどろしいリズムに乗せて木々は揺れる。


「な……なにあれ」


 草葉や木の実の代わりに骨を落とし、ここの森の犠牲者の末路は十二分に見て取れた。

 いつの間にか、私たちはこの入ってもない森に迷わされている。

 

 木が自分から根を張り、持ち上げることで自ら生き物と遜色なく移動しているように見せているというおおよそ常識で考えつかない現象。

 

「くっ……!」


 逃げ場がない。

 隙間なく囲われた私たちへ茨の蔦が伸びてくる。


 しかし、草木は私の前へ迫った途端にピタリとまるで金縛りにでもあったみたいに動きを止める。


「こ、この人間から感じられる魔力は」


「ま……ま、まさか」


『主人の魔力も忘れた愚木ぐぼくには……手入れが必要かしら?』


「ぎゃああああああああっ!!!」


 怯えた森の木々たちは、立ちどころに元の定位置へ走り、元の静かな並木道へと戻った。


『ったく……』


 あれだけ賑やかだった木の化け物を一本残らず黙らせる迫力。

 ミコト本来の強さの一端を垣間見た気がした。 


「ていうかここ魔界じゃないの?」


『えぇ。本来なら、とっくに呪いが消えてもおかしくないんだけど。どうやら、強い存在に引き寄せられたようね』


「強い存在に……」


『よっ!』


「わわっ!?」


 私の身体は突然、何かに引っ張らるように前へと飛び出す。

 その正体は、ミコトの妹にして私の体内へ新たに宿った二人目の悪魔『シオン』だ。


『てやっ!』


 今までこんな飛んだこともない、オリンピックなら余裕で金メダルも獲得できそうな飛距離を跳ぶ。

 ここは人間の世界にはない魔力に溢れたミコトたちの故郷。


「アマテさん!? どこ行くの?」


「わかんないよ!」


 だからか、ミコトからいつもより活力のようなものが満ちているのが分かる。それはシオンも同じ。

 

『へへっ!』


「ちょ……ちょっと、待って……!」


 身体の主導権を乗っ取られて私の身体の自由が効かない。

 本来の私の運動量を遥かに超えた挙動をなんの躊躇いもなく繰り出され、もう体力は底をつく。


『シオン、辞めなさい』


 こんな利かん坊の暴れん坊。

 無邪気な子供といった女の子だが、ミコトの言うことにだけは忠実。


 ブツブツと文句を言いつつ私に身体の権利を返す。

 

『あーもー! お姉さん弱すぎ!』


 一気に疲労がたたる。

 まるで身体中の体力が底をついたみたいに動けず、声を上げることすら敵わないまま、横たわって動けなくなったところへ皆が追いついてきた。


「大丈夫? アマテさん」


 乃愛さんと神日さんに肩を借りながら立ち上がった。


「んで、どーこだここ」


「あのぉ……ひょっとして、目の前にあるのって」


 無我夢中でされるがまま引っ張られるまま、連れてこられたこの場所。

 音黒さんが恐る恐ると最初に気づき、後から釣られて皆も気づく。


 なんの色気もないただのと高い山か壁かと思っていたら、それは城であった。薄暗い空に包まれて見にくかったけれど、ハッキリそれが城と言う形に分かるまで近づいて始めて感じるその迫力。


「ここがミコトさんの家……?」


『えぇ。帰ってくるのは10年ぶりね』


「魔王の居城……興味深い」


 魔王の娘という看板に偽りなく、今まで又聞きでしかなかった魔王としてのミコトを垣間見た気がした。


 開きっぱなしの風通しが良い入り口を通って、遠く先が見通せないほど長く続いた廊下に出る。 

 不気味な悪魔の像に挟まれた赤絨毯の上をひたすら歩。


「もっとこう、序盤の四天王より強い魔物がウジャウジャエンカウントするイメージだったけど結構静かだな」

  

 言われてみればと、嫌らしい仕掛けやお前が四天王をやれと言わんばかりの魔物がいるのかと思えばそうでもない。


「実際のお城ってシンデレラ城くらいしか見たことないから、なんか新鮮な気持よね」


「えぇ。普通という言葉が合うかは別としまして、居住を目的とした広い家というイメージです」


『魔王の居城にウジャウジャも要塞もいらないのよ。信頼の置ける者を数人、それだけで十分』


 ミコトの言葉が私の声帯を通って勝手に出てくる。一々通訳を介さなくなって便利と言えば便利だけど、段々自分の身体が自分の物でなくなっていく恐怖はあった。


「にしたってこの広さは持て余すだろ」


『そうでもないわよ、シオンが毎日毎日どこかしら改造してふっ飛ばしたりしてたから。むしろ狭いくらいね』


 一本道を抜けて、私がやってきたのは大広間。

 ステンドグラスと、丸く広々とした部屋。 


 そしてその更に奥。

 きっとそれは本能的なものか。


 最初来て真っ先見えていた筈なのに私の脳が見ようとすることを拒み、理解しようとすることを拒否した唯一の存在。


「何様だ。人間」


 本物はレベル99まで上げたって勝てる気しない。


 この場に立っているだけでも吹き飛ばされそうで、肌がひりつく。

 その圧倒的存在感は顔をまともに見上げることすらできず、玉座に座した足元しか見えない。


 魔王の鉄槌が今にも振り下ろされんとしたその時だ。


『自分の娘の魔力も忘れたの? このバカ親父』


「ーーーーーー! ーーーー!」


 キンッと言う、ノイズのような音が私たちの耳に残る。今のは多分、ミコトとシオンの魔界での名前だ。


「おぉ! おおおおおお!」


「あぁぁぁぁ! あぁぁぁぁあぁぁぁぁ! もうどこ行ってたんだ! パパもう心配で心配で」


 さっきまでの威厳ある声は何処へ。

 そこにいるには人間世界のどこにでもいる一人の父親だった。

 

「なんつー変わり身の早さ」


 これはこれで恐ろしい。今となっては雷鳴のようなゴロゴロ声が甘えた猫なで声と合さって微妙に気持ち悪い。


『えへへ。パパ、久々に帰ってきたからお小遣いちょうだい』


「うむ。好きなだけ言うが良い」

 

 そこにいるのは、自分の娘でない声を通している私の筈だけれど魔王は何ら変わりなく話している。


『悪魔は見た目より魔力の方を見るから。人間で言う指紋よりも魔力の形ってのは一人一人違うのよ』


『ここにいるのは私の友人よ。だから丁重に扱いなさい』


「ふむ……大した邪念も魔力も感じない。普通の人間のようだ」


 なんとか、私たちのことを信用してもらえたと言うことでいいだろうか。

 肌に突き刺さるような殺気が止んだ。


「ーーー!」


 魔界言語の発するノイズ音がして、窓から何者かが飛び出してくる。


「お呼びで」


 どこからともなく現れたのは鮮血のように真っ赤なドレスを着て、赤い肌をし尾からは長く太い蜥蜴のような鱗を持った美人というより、格好いい感じの女性だった。


「ーーー様。遅いお帰りで」


『ミコトでいいいわよ。トリナ』


 ドラゴニュート族のトリナ。

 細身な身体からは想像もつかないほど巨大なサラシに巻かれた包丁をやはり見て見ぬふりはできない。


「かしこまりました」  


「誰にも行き先をつけずに何年もふらつかれる事はありましたが、今回はどんな遊びをなさっていたのですか?」


『なんてことはないわよ』


「なんか随分魔王相手にしちゃ態度でかいお姉さんだな」


「トリナさんはミコトの幼馴染で、ベゼルスペルを持っている故に当然のこと」


「ベゼルスペル?」


『首の下にあるでしょ? 特定の状況下においては、魔王と同等の発言権を与えられるなかなか与えられない栄誉の紋様よ』


 トリナに与えられた権限は、食事や厨房間における管理の一切。


ーーーーー


「頼む! 一杯だけ! 一杯だけ!」


「駄目です。魔王様の一杯は海よりも多いですから」


 これによって、酒好きな魔王様の飲みすぎを200年間禁酒させたことすらある。

 魔王が土下座など、あってはならないのだが当時の四天王が総出で止めなければ、本気で土下座をしに行きそうな勢いであったとか。


ーーーーー

『トリナはありとあらゆる種族の料理を学んでるから、人間の口に合う調理も問題ないわよ』


「だそうだ。のんびり観光してようぜ」


「わわっ!」


 また、身体の自由が効かなくなる。

 シオンに体を引っ張られ、まるで車に乗っているみたく自動的に身体は移動していき、やって来たのはこれまた広々とした部屋。


『ここ。シオンの部屋じゃない』


 ごちゃっとした、機械王の体内よりは幾分かマシであるけれど、そこにも近いくらい鉄と機械に満ちた空間。


 中には拳銃だったり、用途不明の鉄箱であったりとシオンは私の体を使ってそのガラクタの山から何かを探り当てる。


『あった、コレコレ』


 見つけたのは、無機質な鉄の塊を人の形に組み上げた鉄人形。


『よいしょっと』


 すると、私の体内からシオンが出ていくという感覚があった。

 今度はその機械人気に魂を写したのか、一人でに動き出してきた。


「あー……結構ギクシャクするな、メンテナンスしないと。けど弱っちい人間の身体よりマシか」


『シオン。何してるの』


 自分の身体を仮に取り戻し、ホッと一息ついたのか背伸びをしたりアレコレ動きを確かめていた。


「お姉様の分もそのうち作ってあげるよ、もとの身体が戻るの待ってたらその人間の身体保たないよ?」

   

『そういう事言ってるんじゃないの。なんで出ていくのよ』

 

「だって、さっきまでは我慢してたけど。なんで人間なんかの身体にいなきゃいけないのさ」


「ちょっとしたことですーぐ壊れる。すぐ死んじゃうような弱っちい人間なんかに」


 言い方は癪だけど、私としては自分の肉体を乗っ取られるくらいなら、それにミコトも仮でも自分の肉体を取り戻せば良いのではないかという気持ちはあった。


『……私はここを出るつもりはないわよ』


「言うと思った」


『シオン、人間世界へのゲートを開きなさい。機械王の体内から出る時に使ったの、今ならその魔法使えるでしょ?』


「そしたらお姉様、その人間と一緒に居なくなるでしょ?」


 なんてそんな話が簡単にうまく行く様子がなく、なにやら険悪なムードが漂い始めていた。


『シオン、ワガママ言わないの!』


「ワガママはお姉様でしょ。人間なんかの肩を持つから」


「そういう訳だから、お姉さん。魔界にいてよ」


「ちょ……ちょっと待って。ミコトもさ、別に私の中じゃなくても」 


『あら? 私に出てって欲しいの?』


「そういう事言ってないじゃん」


 段々と話が脇へ脇へと逸れていく。

 少なくとも、すぐに帰れないと言うのは確定か。


「魔界にいれば? 住む場所くらいなら上げるから」


「それに、100年もすればお姉様の肉体を再生する準備もできるし、そうなったら帰してあげるよ」


「ひゃ、100年!?」


「あ。人間ってそんなに生きられないんだっけ?」


「ゴメンねー弱っちい人間さーん」


 そうして、私を小馬鹿にした態度でベーっと舌をだす。

 無機質な姿して、舌を出す機能だけは完備している辺りが嫌らしい。


「あははははっ!」


 わざとかこの野郎。

 可愛さ余って憎さ数億倍。


 この人間を徹底的に見下し、蔑んだ目はそこはかとない怒りを私の内から脇立たせた。


『あのバカ妹……』


 このまま、交渉決裂だけでは済ます本格的な喧嘩になりかねない。

 そう悟ったか、姉として1枚上手かミコトは力で押さえつけることはせず、そそくさと部屋を出ていった。


「あ。みんな……」


 途中から追いついて話は聞いていたのか、皆も帰れないと言う事実だけは理解している模様。


『魔界から魔界へ、時空を通るワープゲートを開く技ってのは先天性的なものだから……シオン意外にいないのよ。少なくともこの魔界じゃ』


 妹のこと、身内のことだけあってかミコトの声がいつもよりしおらしく申し訳なさそうだ。


「ま、まぁ。みんな無事なのもシオンちゃんのお陰です」

 

「何はともあれ、あの狂った機械王の体内から脱出できました!」


 確かにもうグールの脅威に怯えず、時間に追われなくとも済んだという実感が今になってやってきて、ドッと緊張の糸が解れる。  

 命が助かった後、と考えたらだいたいのことが小事にも感じてしまう。


「帰れないってだけで……死ぬ訳じゃないし」


 だから私は自分でも異様に落ち着いてるのかと、冷静に顧みるだけの余裕すらあった。


『そろそろ、食事にしたら? トリナの料理は味はもちろんだけど色々派手だから』


 そうして、厨房へと案内された私たちはクロステーブルに座して食事を待つ。なんにせよまずは腹ごしらえ。  




 厨房の奥からトリナが現れた。

 まるで大規模な手術でも行うみたくぞろぞろと、食材や鍋、おたまなどの調理器具を抱えた数十人の助手を引き連れている。


「野菜の準備は」


「滞りなく」


「今日のスパイス72種類。調達は?」


「問題ありません


「なんか本当に手術前みたい」

 

 シーソーだろうか。給仕の悪魔たちは三角のテコの上に細長い板を載せ、反対側ではまだ手付かずの野菜がザルに盛り始める。


「あれで、何をするのかしら」


 調理場という場に不釣り合いな子供の遊具。まさかアレで遊んでるわけでもあるまいしと私も意図を計りかねていた時だ。


 背中に下げた包丁のサラシを解いては、まるで剣みたく構える。

 すると、今度は手前側にあるシーソーを力強く踏みつけた。


「はっ!」


 シーソーから跳び上がった野菜はそこかしこ、バラバラに舞う。


「たぁっ!」


 薙ぎ払った包丁が野菜を切り裂く。

 たちまちの内、皮が剥かれて茎は分かれ、種は取り除かれて、身は細かく一口代のサイズへキレイに切り分けられた。


 非可食部は、まるでそこへ示し合わされたかのように地に落ちたザルの中へ。切り分けられた可食部は、大きな包丁の上へと乗せられる。


「フライパンッ!」


 食材を載せたまま振るった包丁の行く先で、助手がフライパンを構えて待っていた。そこへ食材を全て入れると、包丁と入れ替えでフライパンを手に取った。


「お……重っ」


 彼女は軽々しく振り回している包丁だが助手三人掛かりでやっと手に収まるほどの重さのようだ。

 そこからは、見事な手捌きだった。

 

「ふっ」


 給仕がワゴンに乗せた壺の数々。

 そのどれもが一緒に見えるような区別のつかなさそうな中で、トリナはフライパンから片時も目を離さず、油と香辛料を間違うことなくフライパンの上にまぶしていった。


 周囲にも芳しい匂いが漂いはじめ、加えて、トリナは火を口から吐いた。


「うぉ!?」


 火炎が私たちの目の前を通り過ぎる。

 熱くはない距離だが、人体には成しえない火を吹くと言う行為。

 驚きの連続が私たちを襲う。


 フライパンを瞬時に温め、軽い手取りであっという間に野菜を炒めるなど、やることがとにかく豪快で驚かされる。


 フライパンを下から振るうと、正確なコントロールで鍋へと投入され追加のスパイスと香辛料を正確な速度で適量ずつ混ぜていくと、段々鼻腔を刺激するような辛い匂いはカレーの香ばしい匂いへと変化していく。


「人間の身体に合うよう毒抜きと下拵えは済ませてあります」


「これが魔界の料理かぁ……」


 毒々しい色の人骨が浮いたスープとか、謎の生き物の丸焼きなんかを想像していた私のイメージとは一転。

 今まで見たこともない色をした丁寧に切られた分厚いステーキに紫色の山菜と思わしき素材が添えられ、見た目も良い。


 乃愛さんは物珍しそうにカメラで料理の写真を何枚も撮っている。


「これは何のお肉なのでしょうか!?」


「ーーーーーーの尾を三日間毒づけして体内の毒を中和し、ーーーーで下拵えして味を整えた物です」


「え?」


 魔界の聞きなれない単語の数々に乃愛さんは不安になって


「もう何でもいいじゃねぇか、うめぇぞコレ」


 待ちきれなくなった土夜くんは構わず食べ始めている。


「あっ! ちょ……そんな乱暴に!せっかく整えてあったのに」


「早い者勝ちだろ」


 二人が終わらない言い合いをしていると横から神日さんは放っておこうとワイングラスを私達に勧めてきた。


「まぁ。私たちは私たちでいただきましょうか」


「そうですね」


 

 

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