それぞれの勇気
手紙の内容を知りたい、そう真剣な眼差しで告げたエステルに対しアラクネはふふふっと笑い返した。
「手紙の内容ないだろ、お姫さん。あんたが知りたいのは。」
笑いを止め、今度は挑発するような目を魔女はエステルに向けた。エステルはその目に怯まず、見つめ返す。
「私がここに来た理由を貴女はご存知のはず。私は、自分の過去と未来に向き合いにきた。それだけですわ。」
自分の過去ー
それは、何も知らずに十年の時を生き、何も知らぬ間に眠りについていて記憶のない十年間。
自分の未来ー
それは、ゲオルグとの未来。
過去をなかったことには出来ない。それが今のエステルを創っているのだから。これから先の未来を作る鍵も、きっと隠された過去にある。
だから、
「誰が、眠り姫を目覚めさせたのか知りたい。」
「…えっ?」
「そうだろ。」
アラクネは、何処嬉しそうにしていた。意地悪をされて答えをはぐらかされるかもしれないと少しばかり疑っていたエステルは、拍子抜けをした。本当に魔女と言う生き物は気まぐれなようだ。西の魔女は、いつのまにか一枚の羊皮紙を手にしていた。そして、その紙をナイフのように鋭く尖がった赤い爪でスッーとなぞり四つ折りにしする。
「これを心優しくそして賢い、可愛いお嬢さんに。」
「姫さま…その中に…」
「いざとなると、少し怖いわね。」
魔女から受け取った四つ折りの羊皮紙は未だ閉じたままエステルの手中にある。
魔女アラクネにお帰り、と背中を押され二人はあのあと直ぐに家を後にした。アラクネはエステルを人間のお気に入り認定したようで、またお茶を飲みにいらっしゃい、と手を振って笑顔で送り出してくれた。森の道も出口へ真っ直ぐ伸びており、二人は安心してその示されたを辿っていた。
この手の中に、真実が書かれている。もし、自分を起こした相手が彼でなかったら、この今抱いている恋心は覚めて今うのだろうか…。
「開けるわ。」
エステルは、自分に言い聞かせるように宣言した。
「…エステル皇女?」
普段出したこともないような優しい声色で、ゲオルグは名前を呼んだ。
ゲオルグは、平手打ちをくらった直後はまだ自分が怒られる理由が分からなかった。エステルに対し素っ気なく接していたのは約2週間毎日だったし、今回は逆に無言で出て行ったら彼女の方が非難されるべきだろうと堂々と開き直る。だが、直ぐにそんな態度は改めることになるのだが…
「…ゲオルグさま…私、教えていただきましたの。」
顔を少し赤らめながらエステルは、話し出した。
「何をだ。」
「全て、です。」
そう言うと、エステルは先程魔女から受け取った手紙をゲオルグの胸に押し当てた。ゲオルグは、エステルが手を放す前にその四つ折りの小さな紙を受け取る。
エステルが何も言わずに目をそらしたので、ゲオルグは今読むべきなのだろうと、何のためらいもなく紙を開いた。
ー眠り姫を目覚めさせる方法。
それは、真実のキス。
…ではなく!
眠り姫に対し真実の愛を持つ者が愛撫を施すことにしましょっ!
(例えば、胸にキスとかね!)
キスは定番で、つまんないから今回はパスーー!
頑張って呪いをときなさい。ー
これは…なんなんだ?とゲオルグは顔を赤くしながら、動揺した。可笑しい、思考が全く働かない。紙に書かれた文は二十年前、アラクネがエルアルドに渡した手紙と同じ内容だった。どうしてエステルがこんな手紙を持っていてゲオルグに渡したのか。そんなことはどうでもよかった。
一番肝心な事。それはこの文章から、二つのゲオルグにとって都合の悪いことが判明してしまうことだ。
一つは、ゲオルグがエステルにとって真実の愛の相手だという事実。
二つは、ゲオルグがエステルに、この手紙の呪いを解く方法を直接施したという…こちらは大変気まずい真実なのであった。
エステルが顔を赤らめながらも、ゲオルグに怒っている理由。それがようやく、わかった。
「…すまん。」
と、ゲオルグは眠っていたエステルに黙って触り身体にキスをしたことを詫びた。
「ゲオルグ様は何に対して謝っていらっしゃるのかしら。」
とエステルはいつもとは違い、少し高飛車な口調でゲオルグを責め立てる。言い方はきついが、その声色は少し震えていた。
「そ、それは…眠っているエステル皇女に」
言うしかないか、と覚悟をきめたゲオルグだったが、違いますっ!となぜか泣きそうな声のエステルに否定されて更に困惑さした。
「私は…もうそのことは怒っていませんっ!さっきの平手打ちで許しますっ…。
わ、私が怒っているのはゲオルグ様が、私の真実の愛のお相手であることを否定された事にですっ!」
そう叫ぶと、エステルは本当に泣き出してしまった。ゲオルグは今まで彼女が泣いた姿を見たことがなかったので、どうしていいのか分からずオロオロとしてしまう。
今まで、ゲオルグを見た人たちは恐れをなし中には涙を流す人もいた。彼らの姿にはなんの感情も抱かなかったのに、彼女の泣き顔は見たくなかった。
エステルには、彼女には、笑う顔が似合うからー
だから勇気をだせ、おまえは皆が怖がる熊将軍様だろう!とゲオルグは息を大きく吸った。




