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眠り姫は熊将軍のキスを所望する  作者: とらじ。
第1章
17/20

アラクネ女史との茶会

よろしくお願します。




「…あなたが…西の魔女…なの?」




エステルは一歩後退りし、先程まで親しげに話していた老婆を注視した。ミーシャは、そんな主人を不安げに見つめる。

「こんなところで立ち話もあれだからね。さあ、二人とも私の家へお入り、茶くらいはだそう。」

魔女はエステルの質問に答えることはしなかった。一度言ったことは二度と言わない、馬鹿は嫌いだよ、とその目は二人を諌めるようだ。

「家、ですか?」

魔女の言い方では、彼女の家は直ぐ目の前にあるかのようだ。二人はかなり森を彷徨ったが、家はおろかこんな大木が根を蔓延らせている森で礎を据えられそうな場所すら見かけなかった。そんな森の中のどこに西の魔女の家があると言うのだろうか。

「ああ、あるじゃろ、あそこにな。」

「えっ…」

魔女は返事も聞かず、顎であそこと示した方角にスタスタと歩いて行く。

その方角にはたしかに家があった。

「姫さま…先程まであそこには。」

「えぇ…何もなかったわ…よね?」

魔女の森が魔術で護られているという噂は本当だったようだ。今二人の目の前あるのは、二階建てのこじんまりとした家だ。突然現れたそれに、エステルとミーシャは恐怖よりも驚きと興味を隠せない。それは魔女の姿とは真逆の可愛らしい家で、壁には優しい色の煉瓦が嵌め込まれ、窓のフレームも見かけない型でこだわりが伺えた。庭らしき開けたスペースには花壇まであり、よく見るとナマズかクマかわからないへんてこりんな動物の陶器の置物が間間に隠れている。

二人は魔女と家を思わず見比べてしまった。本人もその戸惑いに気付いたらしい。「あ、そうだった」と指をパチンと鳴らし魔女はさも普通の事のように姿を変えた。


それは、一瞬の出来事だった。

先程まで二人の前にいた老婆は姿を消し、代わりに現れたのは三十代くらいだろうか…大人の雰囲気を纏わせた美しい女性だった。エステルは純情派の儚系美人だとするとその女性は逆に艶やかで、長髪のストレートの黒髪はまさに烏の濡れ羽色とはこの色かと、思わせるほど目を引いた。エステルはその姿に対しても驚いたが、それよりも魔女の魔術に対し強く惹かれた。

普通、人間の魔術師は、術式を構成し承を唱え術を行使する。それには多くの知識と力が必要になる為、使用を許されている国家魔術師たちですら用いることは稀にしかない。だが、魔女は違う。彼女たちの中には魔術式など必要の無い特別な力が確かにあった。それが魔女と恐れられる所以であり、永くに渡りエステルを眠りの世界に落とし続けた呪いの力の源である。


だから、その魔女の古の強き力の呪いを破った理由。99パーセントゲオルグが関係しているであろうその訳を聞かなければならないのだと、エステルは魔女の森で揺らぎそうになった心をもう一度奮い立たせる。握る手に汗を感じる。だが次第に、その汗が乾きスーッと冷えていく感覚を感じ取り、安堵した。














「この家に人が来るのは、そうねぇ、二十年ぶりかしらね。」

美しき妖艶な魔女は自らをアラクネと名乗った。

アラクネは嬉しそうに二人に話しかけながら、はい、とお茶らしきものが入ったカップを二人の前にスッと押す。出されたカップの柄も白地にピンクと紅の薔薇の絵が入り縁に金箔が施されていて、少しメルヘン風な家の雰囲気と合っていた。魔女の家の一階、キッチン兼客間に通された二人は今チェック柄のテーブルクロスで覆われた丸テーブルを囲み腰掛けている。魔女の家と聞き、暗く清潔感の無い部屋を想像していたがそれは間違いだったようだ。部屋の中は整頓されており、室内のインテリアもアラクネの趣味だろうか…女性らしい色で構成されている。魔女と言う、人間とは違う異質に対し我々は偏見と勝手な妄想を抱いていたのかも知れないと、エステルは少し反省をした。


「これは…」

目の前に置かれたカップの中身を覗きこみ見慣れない液体を、二人は不安げに見た。見比べてみると、エステルとミーシャ、それぞれのコップの中身は違っているようだ。

「大丈夫よ、安心して。毒なんて入ってないから。」

「ど、毒っ!?」

魔女ほど毒という言葉が似合う者はいないだろう。二人は思わず声を上げてしまった。

「お姫さんのには、体力回復薬入りの紅茶。そちらさんのは私お手製のハーブ茶ね。」

「体力回復…」

薬と聞いてまたも二人はカップの中を改めて覗きこむ。色は緑色だがドロリとしているし、少し草くさい臭いが飲欲を減退させた。だが、アラクネのオーラから断れそうな雰囲気もない。

「眠りから覚めて日が浅いのにこんな僻地まで来て…足、辛いだろ。悪いことは言わないから、黙って飲みな。」

「…はい。」

西の魔女は全てをお見通しのようだ。確かにエステルの体は元に戻りつつあったが、馬をかり起伏のある見知らぬ土地を彷徨い続けられるほどの体力は存在していなかった。

よしっ、と覚悟を決めてカップを口に運ぶ。ミーシャが私が先に毒味を…と制止しようとしたが、エステルは大丈夫、と逆にそれを制し液体を含んだ。アラクネの言い方は雑だが節々にエステルへの純粋に心配する気持ちが表れていて、疑う気にはなれなかったから。

口に入れた未知の液体は異臭からして苦味は想像していたがなかなかに強烈な味で、また、液自体がザラザラと嫌な舌触りがした。だが、一口飲み込んだだけでポッと体が内から温まり出した気がして、今度は匂いを嗅がないよう息を止めて飲む。今度は頭がスッとしたようだ。

アラクネの表情をちらりとカップ越しに覗くと、その瞳と目があった。その瞳はちゃんと飲んでえらい、と言っているようでエステルはまた違和感を感じた。

「あの…ありがとうございました。体が軽くなった気がします…。」

「いいのよ、私も少しは悪いと思ってるから。」

「え…?」

それは、エステルに姿を老婆と偽った事だろうか。それとも…

「二十年前、あのヘタレ野朗に八つ当たりして…関係ないお姫さんに呪いをかけちゃったことよ。忘れてないわ。」

おそらく「あのヘタレ野朗」とはお父様のことよね…とエステルは大好きな父エルアルドの姿を苦笑いで思い浮かべる。八つ当たりとは二十年前に何があったのか聞いても平気だろうかと一瞬躊躇ったが、自分は呪いの秘密を聞きに来たのだと閉じかけた口を開けた。


「あ、あの!」

「大丈夫。分かってるよ、ぜーんぶ。

呪いの秘密を探しに来たんだろ、お姫さんは。」





















時を同じくして、王城内では南軍兵が慌ただしく走り回っていた。街々に馬を出し、エステルらしき人物と付き添っているであろうミーシャを徹底的に捜索していたのだ。そして数分前、執務室で指揮を執っていたゲオルグの元に嫌な報せが届いた。


エステル皇女は善の森を進み西の魔女の管轄区に入っていった、とー


ゲオルグはすぐに自分の馬を用意させるよう命じ、すぐに身支度を整えた。向かう場所はもちろん、エステルがいるとされる魔女の森だ。魔女の力がどれ程のものかは誰も知らないが、念には念を入れて軍服の隙間に小刀をしまい込む。


支度をしながらゲオルグは、自分の手が少し震えていることに気づかないふりをしていた。

エステルが消えたことへの動揺を抑えきれていない事が、体表に現れている。その事が更に彼の心を侵食する。今日、もし彼女に何かあったら…自分はどうなるのだろうか。エステルは恐らく、呪いの秘密を魔女に聞きに言ったのだろう。見ず知らずの土地に危険を犯しながらも。



もし自分が目覚めてすぐ彼女に全てを告白していたら?

自体は変わっていたのではないだろうか。








「ゲオルグ将軍。」

「…ナターシャ皇妃。」

身支度を終え最後に自分の愛剣を手にしたゲオルグの執務室には、今会いたくない人物の一人が姿を見せた。ナターシャ皇妃とゲオルグは、国の祝典や舞踏会時に挨拶を交わす程度の関係性であり親しくはない。だが、彼女の夫である皇帝とはそこそこの中であるため、妻のナターシャが彼を尻に敷いているは分かっていた。つまり、この国で一番怒らせてはいけない人物が彼女だと言うことを、だ。

「あの娘の所に向かうのね。」

ナターシャの元にも使者が向かっていた。そして、直接将軍が出向くと知り此処へやって来たのだ。ナターシャの顔は怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもなかった。ただ、愛する娘に無事に戻ってきて欲しい…そう母の愛に満ちていた。

「あの娘は、私がお腹を痛めて産んだ…誰よりも愛すべき存在なの…だから…」

「分かっている。

私の役目は皇女を護る、それだけですよ。」

ゲオルグは時間が惜しかったので、それだけを口にすると、執務室を颯爽と後にした。愛剣を利き手にしっかりと掴む手はもう震えてはいなかった。









ナターシャは、そんなゲオルグを無礼を諌めることも、背中を見送ることもなく、ただ前を見ていた。何かを見ているわけではなく、ただ、何もない空間に幼き日のエステルを思い出していた。



第一子のエルタナは何の問題もなく出産を成したナターシャであったが、第二子のエステルの出産は難をそうした。妊娠が発覚した直接、ナターシャの体調が悪化したのだ。一時はナターシャの身も危ないと医師は診断し、最悪の事態もありうるとまだ若き皇太子であったエルアルドに告げた。

ナターシャも自分の体の事であるため、よくない予感を感じ取っていた。夫エルアルドは出産まで半年という時期に更に顔を暗くし始め、ナターシャには笑顔で接していたが一人になると時々思いつめた顔になり覇気を失っていた。

だが、いつ生まれてもおかしくないと言う時になってから急にナターシャの体調は回復した。これなら出産に耐えられるだろうと再診した医師は驚きを隠せていなかった。


そうして皆の祈りが叶って生まれたこの国の姫君。

それが、ナフル皇国第一皇女エステルなのだ。















「あの日、私は好きだった人間の男に振られて、気分が非常にむしゃくしゃしていたのさ。」

と、ミーシャのカップに二杯目のお茶を注ぎながらアラクネは昔話を始めた。

「少しでも気分を晴らそうと森にいたら、あんたの父親…あのヘタレ野朗に出会ったんだよ。たまに魔術の割れ目から迷い込んできちまう輩がいてね。んで、面白そうだから遊んでやろうとちょっと胸を大きくした魅惑的な姿で近寄っていったのさ。」

アラクネはエルアルドの見目が良かった為彼を気に入り、先ほどまで好きだった男の事など頭から消しさりエルアルド を落とそうと躍起になった。だが、エルアルドの方はアラクネの豊満な胸には目もくれず、突然現れた彼女に薬草を知らないか、と聞いてきたのだ。しかも、なんでも世界一可愛いくて愛してやまない妻が病気で、その目に入れても痛くない妻の為に必要な薬草を探しているのだと言う。頼み事だけならまだしも、妻への異常な愛情がダダ漏れなエルアルドの話は8割が惚気話であった。であるから、一日で二人も目をつけた男に振られた独り身のアラクネは大変面白くない。



そして、気づいた時にはエルアルドの話をやめさせたいが為に彼に呪いをかけ、黙らせた後だった。


「直ぐに呪いはまずかったか…と反省したのだが、魔女の呪いを解除するは誰にも出来なくてね。それは、何があろうが()ず成るのだよ。

だが、呪いにかかった後であれば術式を組み替えることが出来る。だからせめてもの詫びで、私はあのヘタレに解除方法を書いた手紙を渡し送り返したのさ。」

「手紙ですか…?」

父エルアルドからは手紙のことは何も聞いていなかった。いや、それ以前に魔女アラクネとエルアルドのやりとりの事は、本人達以外には誰も知らなかった。

魔女と父の昔話にはツッコミ何処満載だな、とエステルは内心苦笑した。詳しく聞きたいところだが、最後に出てきた手紙(・・)というワードに今回の旅のゴールを見出しため今はお預けだ。





「アラクネさん。

その手紙の内容を私に、教えてください。」





10歳で眠りについた彼女の記憶は幼い頃のままのはずだったが、今魔女アラクネの前に対峙する美しき姫君は立派な淑女のように背筋を伸ばし、しっかりとした声でゴールへの一歩を踏み出した。




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