西の魔女
ゲオルグさんはおやすみです。
王城から馬を走らせ、オルセンの村で村人に馬を託した二人はそこから善の森を西に…ひたすら西に進んだ。
魔女に会って話しを聞きたい、その一心で城を飛び出したのはいいものの、魔女の家の場所は誰にも明確に知られていないので、家にたどり着けるのかも正直分からなかった。それ以前に、オルセンの村に隣接する善の森と魔女の治める森の境すらはっきりしていない。噂では、魔女の幻術により森は一般人の目からは隠されているそうで、魔女の気紛れな悪戯で森に迷い込まされたり、逆にお眼鏡にかなわなければ一生森の入口すら入れてもらえなかったりするそうな。
整備されていない森の道を、枝垂れる植物を掻き分けながら二人は進む。森からの圧迫感がエステルを覆い、息苦しさを感じさせた。生い茂る木々に天からの光は遮られ、地は徐々に光を失っていく。陽の下で見れば緑色で生き生きとしている筈の草も暗闇の中では不気味で怪しげな植物にしか見えず、二人の心を少しばかり不安にさせた。
1時間ほど、歩いただろうか。慣れない道と言えど森の中枢部までは来たのではと思ったのだが、周りの景色は先程までと変わらず暗い森のままであった。このまま魔女に会えなかったら、そう考え始めるとその闇がエステルの心までも蝕んでいく。
ゲオルグの本心を知りたいと、ただ、そう願った。
幼い恋心故の、それはわがままだったのかもしれない。
魔女に会い確かめたい真実とは、もちろん十年前の呪いのことだ。エステルが目覚めた時、その場にはゲオルグがいた。この事実はいくらゲオルグが真実のキスやら愛やらを否定しようが変わらないことだ。唯一目覚めの理由を知っている可能性のある彼が、なぜ、何も知らないと言うのか。そこにはきっと何か秘密があると、乙女の勘は語っていた。
だから、そこから彼のフィールドを崩していけば何かゲオルグの心が見えるのではないかと思ったのだ。
ー期待するな、勝手にしろ、と少し困惑を混じえながら逸らされた瞳。
ー外が見たいと言ったわがままを聞いて抱き上げた腕、同じ腕は、訓練場でもエステルを助けてくれた。
ゲオルグ様は言葉に行動が伴わない方なのねっとゲオルグとの数日の出来事を思い返し、エステルはふふふと笑う。
十年もの間、誰よりもエステルの近くにいて彼女を寝る間も惜しみ護り続けたことが、どんな出来事よりもゲオルグのエステルへの想いを表している事実なのだが、彼女は知らない。
ー愛おしそうに名前を呼ぶ彼の声も、
ー美しく眠る天使を見つめ続ける優しい瞳も、
眠り姫であった彼女は、何も知らなかった。
「あら?ね、ミーシャ…あの木の先に誰かいない?」
そろそろ引き返さないとまずいのでは、とミーシャが思い始めていた時、エステルが急に何か見えたと声を上げた。
え、まさか、魔女では…とミーシャは顔を引きつらせながらもエステルが指差した方角を見た。そこは少し木々が拓けていて、他と比べると若干光が差している。そして、確かに人がいた。
なぜ、こんな森の中に人がいるのか。ミーシャは不安を更に濃くした。オルセンの村人ですら森に入ることをあまり好まない森で、しかも目の先で座り込んでいる人は白髪頭のお婆さんのようでさらに疑心は募った。暗い森にいる老婆。明らかに怪しい。
「姫様…あれはおそらく」
「何か困ってるみたいだわ…おばあさん!大丈夫?!」
「ひ、ひめさまっ!?」
ミーシャの忠告は残念ながらエステルの耳に届くことはなかった。エステルは、慣れないながらも小走りで老婆に駆け寄り、整った眉を下げ心配そうに尋ねる。
「おやまあ…こんなところで、人と会うとは。」
と、老婆はエステルの顔をみるとシワに覆われた目をパチクリと見開き驚いた顔をした。
「それは、私達も同じセリフだわ!おばあさん、
探し物をしているように見えたけれども、何かお困りなら手を貸しますわよ。」
「ひ、姫様?」
「いいじゃない。どちらにせよ魔女の居場所は分からないし…何もせずに帰るのならば、この方のお役に立ってお城にかえりましょうよ!」
エステルは老婆の困り事の内容すら聞かず、すっかりお手伝いする気満々である。主人が元気なのは良いことだが、やはりこの老婆はどこか胡散臭いとミーシャは嫌な感じがしていた。
「それはありがとうね、お嬢さん!実は…」
エステルのやる気をみた老婆は、自分がここにいた理由を話し出した。大事な一人息子が三日前に病にかかりその薬を作るために薬草を取りに来たのだと。
「薬草ならオルセンの手前にある晴れ森にもあったのではありません?あそこの方が明るいですし、薬草もよくとれると聞きますが」
ミーシャは、なぜわざわざ危険な魔女の森をお選びに?と遠回しに伝わるように言った。
「いや、なかなかに重い病でねぇ…特殊な薬草がいるんじゃよ…。この魔女の森に生えているときいたんだが…ね。」
そんな嫌味が伝わったのか伝わらないのか、魔女は余裕の雰囲気でミーシャの質問を交わした。そんな二人のやりとりに気づかないエステルは、何という薬草ですか?と何の疑問もなく老婆に尋ねた。
「ああ…確か、 竜の祭り草…とかいったかね」
「そんな、名前の薬草がありまして?」
ミーシャも一応家族の為に時々薬草を煎じることがあり、薬草の知識を多少は持っていると自負していた。だから老婆の口にした聞かぬ薬草の名前を聞いて、ありもしない薬草の名前を出し墓穴を掘ったな、と一瞬しめたと思ったのだ。まさかの裏切りが、仲間内で起こるとも知らずに。
「ええ、あるわよミーシャ。私も実物は見たことはないけれど、写真が国立図書館の図鑑にあったから…探すのはお手伝いできると思うわ!」
「おや、お嬢さんは竜の祭り草を知っているのかい?」
ミーシャは一本とられたと少し拗ねてしまい、逆にその隙に老婆はエステルにつめよる。
本当にその薬草を知っているのか、と。
その瞳には人を試すような、そんな色が浮かんでいた。
「はい、存じていますわ!名は体を表すというにふさわしい薬草と言えるでしょうね。葉はまるで竜が踊っているかのような曲線を描き、色は祭り事で用いられる赤や黄色など様々で…そうですわね、まるでおばあさんの足元にある黄色の草のような…あれ?」
エステルは老婆の足元を注視した。ミーシャもつられて地面に生える黄色の薬草を見る。その草はエステルが先程説明した竜の祭り草の特徴と一致していた。
「おばあさん!足元!足元にありますわ!」
エステルは、見つかって良かったと手を叩き笑みをこぼした。勉強したかいがあった、と昔の記憶ながら嬉しさがにじみ出る。
「可愛いお嬢さんは、本当に竜の祭り草を知っていたのかい…」
老婆が驚くのも無理はなかった。竜の祭り草は基本的に一般人の手元に渡ることはない。それは、薬になる前も後の姿もだ。竜の祭り草は別名踊り狂い草。魔女の森でしか手に入らない貴重種であることということも出回らない理由だが、幻覚興奮剤ともなるそれはナフル皇国では禁じられていた。唯一国家魔術師だけは研究の為のみ手にすることを許されていたが、平民は名前すら知らぬ薬草なのであった。
ーだから、不思議なのだ。
なぜ、この老婆はそんな草が必要なのかと。
「よく、知っていたねぇ、感嘆するよ。
10年も呪いで眠っていた割には、知識はあるんだねぇ。」
「ひ、姫様っ!おさがりください!」
急に雰囲気を変えた老婆に対し、ミーシャはエステルをかばう体制を見せた。
「なぜ、姫様の事を知っている!」
エステルの呪いに関して知っている人間は少ない。それをなぜ、こんな辺境にいる老婆が知っているのだろう。
「答えなさい。なぜ、私の呪いの事を知っているのか。」
ミーシャは手を広げエステルを護っていたが、エステルはそれを抑え一歩前に進み出た。
ーこれは、私の問題だから。
「まあ、それは、私が呪いに関しての関係者だからかね。」
「関係者?」
「いや…すまん、関係者ってのは少し狡い言い方だねぇ。」
険しい変えた顔をする二人に対し、老婆の余裕は半端がない。この空気の中でも、わざ答えをぼかし人の心を揺するのだ。
「私が、張本人だからさ、可愛いお嬢さん。
私があんたに呪いをかけた。
あんた達がお探しの西の魔女ってのは、
この私のことさ。」
亀更新すみません。
次話もがんばります!




