心境の変化は決意を生む(2)
門兵の背後から聞こえた声に皆が反応し、エステルは兵の体から顔をひょこりと覗かせてみせた。門兵の背後にいたのは、スリムで高身長な男で門兵と比べるといくらか上等な服を纏っているように見えた。エステルは軍のお偉い方かしらと記憶から顔を探してみたが覚えはなく、やはり初対面の相手であるはずだと判断した。
「ひ、姫?じゃなかった!え、エステル皇女?」
だが、向こうはそうではなかったようで、エステルと目が合うや体を跳ねさせるほどの反応を見せた。今までエステルと話していた兵は相手が王族であったと知り顔を青くし、後ろで見ていたミーシャはあらあらと苦笑している。
「…あなたは?」
「し、失礼いたしましたっ。私は南軍のゲオルグ将軍の補佐官をしております、ランドと申します。」
男は、エステルの前で美しい所作で礼を取り名を名乗った。
「まあ!ゲオルグ様の!よろしくお願います、ランド補佐官!突然お邪魔してごめんなさい。」
エステルは男が自分の恋する相手の仕事仲間と知り、俄然興味を持った。ゲオルグの事を何も知らない自分が嫌で、ランドから何か情報を得られるのではないかと期待しながら。
「門兵のお方も、先程はなんか、その…御免なさい。つい、ムキになってしまって。」
ランドの登場により身元と目的がはっきりとしたエステルは、先程の門兵にもきちんと詫びを入れた。相手も相手で、まさか皇女から謝罪されるとは思っていなかったので言葉も出ずに首を横に振った。
「我々はいつでも大歓迎ですよ。」
ランドは何かを察したのか、二人の間に入るように笑顔でエステルに答える。
「ありがとう!嬉しいわ!
それで、ランド補佐官…その…」
ランドの優しそうな笑顔に便乗しようとエステルは今日の散歩の目的を叶えるべく、一つお願いをする事にした。
「あ…もしかして閣下をお探しですか?」
「え、わ、わ、わかりますっ?」
なぜ、ゲオルグを探していることがわかったの?とエステルは驚いた顔をした。ランドもミーシャもエステルの表情がわかりやすいからだとは言わなかったが、内心は笑いを堪えるのに必死だ。
「部下として上司に美しい恋人ができるのは大歓迎ですよ!」
それは、ゲオルグのエステルへの想いを知っているランドだから言える事であったし、またもう少しエステルをからかってみたいと言ういたずら心もあった。
「…恋人?!ち、ちが…」
案の定、エステルは嬉しそうにしながらも、動揺をみせた。白い肌が耳までほんのり赤くなったが、その熱は次に聞こえた声にまた反応する。
「ー何をしている。」
聞こえたのは地の底からでているかのような低い声。それは太く、また内臓を抉られてしまいそうな恐れを感じさせる声。
「噂をすれば…ですね、殿下。」
「ゲ、ゲオルグ様?!」
エステルは、突然現れたゲオルグにどう対処してよいのかわからなかった。初めはゲオルグの仕事を姿をみるだけでよかった散歩だったはずなのに。
「エステル?!なぜここにいる?!
誰だ、ここに入るのを許可したのは?お前…バード、門番ならばしっかり仕事をしろ!」
ゲオルグはランドの背の向こうにエステルがいるのを認め、皆が身震いするほどの剣幕で詰め寄った。責任を迫られているバードという名前の門兵の膝は、ガクガクと震えている。先日怒鳴り込んだミーシャですら、ゲオルグの怒りの姿にはさすがに恐怖した。
「ゲオルグ様、違います!私が無理に頼んだのです!彼はは悪くありませんわ!」
だが、エステルだけは違っていた。
「奴を庇うのか!」
かえってそれはゲオルグに対し火に油を注ぐ事になるのだが、当の本人は全く気づいていなかった。
「…本当に私のわがままなの…ごめんなさい。」
ゲオルグに怒られて、エステルは彼より1回りも2回りも小さい体をシュンとさせた。
「ハア…。エステル皇女。あなたは何も分かっていないようだな。」
「…え」
頭の上に大きなため息がふり、エステルは顔を上げた。だが、
「私は言ったはずだ、期待するなと。」
「…!…ごめんなさい。」
そこにあったのは、エステルを冷たく突き放す瞳だった。
「謝るつもりなら、初めからこんなことをするな。
部屋に戻れ。…送っていく。」
「だ、大丈夫ですっ!」
エステルには理解できなかった。
なぜ冷たく突き放しておきながら、ゲオルグが自分に構うのか。
私が皇女だからか、と本当は心のどこかで答えはわかっていたのだがまだそうだと認めたくなかった。
ー初めての恋、少しくらい期待してはいけないのだろうか。
「キャ!」
頭と心をモヤモヤさせながら、歩いていたエステルは何もない場所で足を取られバランスを崩した。
「姫様!」
皆がハッ!とエステルの方を向いたが、一番に体が動いたのはゲオルグであった。倒れかけたエステルの腰に手を回し、そのまま軽々と彼女を抱き抱える。
「…お、降ろして下さいっ…」
ゲオルグの腕に抱かれるのはもう慣れていたが、それは二人きりの時での話だ。ミーシャは顔を赤くし、ランドは困った主人に冷たい目線を、バードは熊将軍が麗しの姫を抱く姿を信じられないものを見る目で見ていたのだった。
「…黙って大人しくしていろ。まだ本調子ではないのだろう。」
今のゲオルグに周りの視線は全く見えていない。見えているのは自分の腕の中で大人しくしている姫の姿だけた。
「…ゲオルグ様なんて…」
ー大っ嫌い。
そう思いたいのに逆に好きが積もるばかりで、エステルは生まれて初めて自分で理解し得ない事柄を得た。
「おや、軍の訓練場の方が騒がしいですね。」
フィッシャーは、遠くから聞こえる歓声にも似た声がする方角に目をやった。魔術師の為の研究部屋があるこの練からは訓練場を直接見ることはできないが、あの男達の訓練中に聞こえる雄叫びや悲鳴は時折届いていたのだった。
「ああ、先程エステル皇女が見学に向かわれているのを見たからな、きっとあそこの男どもがその美しさに悲鳴をあげているんだろ。」
エステル皇女の美しさは言葉では表現し難いものだ。10年の眠りにより日に晒されることのなかった絹のような肌は、もはや人間ではなくエルフや妖精と言った架空の生物を思わせた。ら今日は少し違う叫び声なのか、とフィッシャーは北軍将軍ヘルメスの話に納得した。
「若さとはいいですな。」
「エステル皇女もまだ若いが…しっかりしていらっしゃるようだな。知識は10歳止まりには見えないが…。」
「姫は元々成人の知識と引けを取らないくらい賢い方でしたから、体が頭脳にようやく追いついたってところですかね。」
エステルが目覚めた時皆は彼女が精神的ショックを受けるだろうと身構えたが、実際には違っていた。彼女は一人大人になり、また皆が考えているよりも強かった。
「なるほど。」
「決して弱さを見せない方ですからね、無事想い人と結ばれてくださると良いのですが。」
フィッシャーは幼少の頃からエステルに仕えている。彼女は家族にも常に笑顔で関わられ、また彼女自身も笑顔の中のみで育った。
「あいつもそれは同じか…。」
逆にヘルメスの言うあいつは、周りから恐れられ怯えられ、笑顔はない暮らしの中にある。二人とも、本心を隠し知られずに生きてきたと言う点では同じなのだろう。
「あいつには10年分溜まっている休暇を消化してもらおうかな。」ヘルメスがそう言うとフィッシャーは、実にいい考えだと賛同した。
メリークリスマス!笑
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