証拠は多くを語る(2)
何も言わずただ窓の外を見つめるゲオルグに、ミーシャは話続けた。
「姫様が目覚める前夜にも下着を変えましたが、そのときはあのような痕はありませんでした。つまり、あれは夜から朝につけられた痕。
まさか閣下ともあろう方が警護中に賊に入られたなどとは言いませんよね。
ー将軍閣下。
わたしの話は推測の域を超えるほど真実味のある話だと思いませんか?」
ミーシャは確実にゲオルグを追い詰めていた。警護中に警護人、しかも相手は歳の開きがある皇女の服の下にキスをしまくっていたとゲオルグは今疑われている訳だが、彼にはもう逃げ場はなかった。むしろすでに10年間よく好意を寄せる相手に手を出さなかったと、内心開き直っていた。
「何が望みだ。」
外に向けていた体を戻し、ミーシャにきちんと向き直る。ミーシャもあのエステルの侍女だけあり、ゲオルグと目を合わせて悲鳴をあげることはなかった。一瞬、言葉に詰まったのは事実だが。
「…もう、起きてしまったことは変えられませんし、周りに伝えれば姫様の逆に名誉に関わりますから…
然るべき時まで、このことら私の胸のうちに秘めさせていただきます。」
ミーシャは別にゲオルグを貶めたい訳ではない。10年の間主人を見守り続けた男に少なからずいい印象は持っていたし、ミーシャが一番大事なのはあくまで「主人」のことだ。
「結果的にあなたの変態じみた行動が姫様を目覚めさせるキッカケになったことは事実のようですし…別に閣下からゆすろうとか、告げ口をしようなどとは思っておりません。…まあ、あの吸痕には引きましたが。」
ミーシャは自分の思いを実に正直に語った。
「ただ、」
皇帝にバレたら首を刎ねられると思っていたゲオルグは密告しないと言う話に安堵したが、ミーシャの言葉に身構える。
「姫様を泣かせるような真似はしないでくださいませ。」
「…わかった。善処しよう。」
ゲオルグは少し曖昧な返事を返した。
「わかっていただけたら結構です。
閣下、先程までの数々の無礼をお許しくださいませ。」
それでも誠意は伝わったようで、ミーシャは本来の立場に戻りゲオルグに綺麗な礼をした。
ゲオルグがエステルの部屋に突然見舞いに来たのは、目覚めてから三日目の昼過ぎだった。
「…たまたま通りがかったから、覗いただけだ。」
そう相変わらずぶっきらぼうな言い方で、ゲオルグは聞いてもいない質問に答えを返した。それが、エステルには優しい嘘に聞こえて思わず笑ってしまう。
「…クスっ。」
「何故、笑う。」
「だって、ゲオルグ様の詰所とは棟自体違いますのに…通りすがりだなんて…あははっ。」
「なんだ、嬉しくないのか。」
言い訳がバレたゲオルグはここでも、開き直って逆にエステルに矛先をむけるたが、エステルは花のような清らで美しい笑みを浮かべ「いえ、とても嬉しいです。」と恥ずかしながらも真っ直ぐに答えた。その本当に嬉しそうな表情を浮かべる彼女の顔を見たゲオルグは、顔が火照るのを誤魔化そうと話題を変えた。
「まだ歩けないのか。」
「フィッシャー先生には少しずつ歩いて良いとご許可をいただいたので、今日は少しベッドの周りをミーシャの手を借りて歩いてみました。数日の間だけなのに、歩けないことがこんなに辛いとは思いませんでしたわ。早く、お外に行きたい…」
エステルはベッドから少し離れた窓を見つめた。そこからは青い空が遠く覘いて見える。
「そうか。」
そんな、彼女の少し寂しげな目を見たゲオルグはエステルのベッドに近寄って行った。そして、
ーガバッ
「ゲオルグさまっ!?」
「なんだ、外が見たいのではないのか?」
「…見たいですが、これは!」
エステルは今、生まれて初めてお姫様抱っこということをされていた。拒否の意を述べようとするが、あまりにゲオルグの顔が近すぎるゆえ声が小さくなってしまう。
「大丈夫、荷は運び慣れている。」
確かに、ゲオルグの言う通り熊の彼から見たらエステルはうさぎだろうが。そういう問題ではないと思う…とエステルは内心、この図体だけはでかい男に突っ込んでいた。
ゲオルグは顔を下に向けながらモジモジと動く姫をしっかりと抱き、窓へと向かう。
そして、窓を開けエステルに顔を上げるよう促した。
「空気が気持ちい…」
澄んだ風が優しくエステルの頰を撫でて、彼女の髪をふわりと揺らす。まるで、その姿は、あの陽の光を浴びて輝く白き朝花のようであった。
「姫は軽いな。」
「ゲオルグ様は二つ名の通り、熊さんみたいですわ。」
エステルはすっかりゲオルグの腕の中に収まってしまっていた。ゲオルグの逞しい腕は安心したし、この腕に今まで護られてきたことを思うと愛おしさが彼女の胸を占めた。
「…こわくないのか。」
「え?」
ゲオルグはずっと疑問に思っていたことを聞いたのだが、エステルはその問いに一瞬考えたようだった。何故そんな事を聞くのか、という顔で。
「怖くなんてありません。
絵本に出てきた熊さんはみんなウサギを守ってくれましたよ。」
「絵本…」
絵本?とゲオルグは子供じみた単語に眉間を寄せたが、エステルの記憶は10歳止まりだった事を思い出した。
「それに、ゲオルグ様の目…お父様みたいに優しい目ですもの」
「ゲホッ…!」
「大丈夫ですか?」
エステルに瞳を見つめられゲオルグ咳き込んだのだが、今そんなことを告げる勇気はない。だがらまた、
「案ずるな。少し冷えるからな、もう窓を閉めるぞ。」
と、嘘をついた。
「フィッシャー殿。」
「これは、閣下。今日いらしたのは例の薬の件ですか?それとも、姫様の?」
「…薬だ。」
フィッシャーの研究室に顔をだしたゲオルグは、部屋に入って三秒でいつものしかめ面に戻った。
「素直でない方だ。」
「黙れ。」
「はいはい。ああ、あの薬の出所わかりましたよ。」
「出所がだと?」
今ゲオルグは例の、街に出回る怪しげな薬について調査を進めていた。北軍と共に街にでて多少情報を得てはいたが、誰が何のために、という確証はなく捜査は大きな進展がなかった。だから、まさかこうして急に話が飛ぶとは思っていなかったのだ。
「幸か不幸かと言いますか…。
あの薬の術式はエステル皇女の呪いと酷似していました。」
フィッシャーは真実に近づいたことに素直には喜べない、と複雑な表情を浮かべた。
「チッ…魔女関係か。」
ゲオルグもそこから導き得た答えに、思わず舌打ちをする。
「ええ。これは想定以上に厄介なことになりそうですね。」
少しいちゃいちゃさせられたでしょうか?( ; ; )
次話も、よろしくお願いいたします。




