11:30 少しは仲良くなれました?
風が、心地よかった。土を掘り始めてから、一時間以上が経っていた。
土埃に汚れた携帯電話は、問題なくメッセージを日本の友人たちの元へと伝えた。さすがメイド・イン・ジャパン、なんともない。
《これといった道具なしで穴を掘るのはなかなかハードやったね……。
なんかお祈りしてるけど、光ってる。プラズマの仕業……じゃないねこれね、魔法とかある世界みたい》
二人がかりで穴を掘って、遺骨を埋めたあと。彼女はそこに、墓標となるようなものを何も置かなかった。
その理由が、いま判った。詠うような――いや、実際、それは詠っていたのだろう。死者を送る言葉を。
詠われる言葉の意味は判らないけれど、けれども、雰囲気は理解できる。
ぽうっと光るものが、彼女の声につれて、空高く上っていく。霊魂というものだろうか。
「……これは……、……」
何かを言われて、どうこうするというわけでもなかった。ごく自然に、両の手を合わせて、頭を垂れていた。仏壇の前でそうするように、墓参りにいってそうするように、ごく自然にそうしていた。
この世界の、あるいは彼女の信ずるところのやり方とは異なっていたかもしれない――というか、異なっていて当たり前だが、咎められはしなかった。真摯に無心で冥福を祈ったため、だろうか。ともかく、彼女が詠い終えるまでは、そうしていた。
そうして、暫く。魂なのかなんなのかは判らないけれど、光が消え去ったあと。詠い終えた彼女がこちらに振り向いて、右腕を左腕で抱えるような、あの仕草をまたした。相変わらず、その仕草の意味はわからないので、曖昧に微笑を返しておく。
彼女も、いまの葬送でひとつの区切りを終えたのだろう。悲しみの色は、少なくとも表面上は既にないようだった。
それにしても、九死に一生のあとでの肉体労働は厳しい。精神的にも身体的にもだ。
喉は渇いたし、朝から何も食べていない。手持ちの唯一の飲食物といえば、寝落ちたときに掴んでいた、半端に中身が残ったボトルワインだけ。それにしたところで何の腹の足しにもならないし、ワインほど度数のあるアルコール飲料では喉の渇きが増すだけだ。
「……う」
安堵のためもあるだろうか、空腹に耐えかねた胃が抗議の音を上げる。きゅるるるっと響いた音は、風の音のほかに何もない草原では誤魔化しようもなかった。
彼女と視線が合い、流石に気恥ずかしくなって、逸らす。喉を鳴らすように、また笑われた。
『イヨ、ルベッタ』
笑いながら、彼女がなにかを差し出してきた。干し肉のようだった。
「え、っと?」
『ルベッタ、ルベッタ』
が、柔らかい表情のまま、ひょいひょいと幾つかの木の実まで続けて渡された。口を開けて、租借するジェスチャーをしているから、食べろということなんだろう。おそらく、彼女は、まったくの親切心で食料をわけてくれたに違いなかった。
《おなか鳴ったら、見たことない木の実となんの肉かわからないけど干し肉をくれたよ》
問題は、そう、その正体が知れないことだった。なんといっても、ここは異世界。似たような外見をしているからといって、身体の内側まで同じとは限らない。こちらでは普通に食べられているものが、自分にとっては毒になるかもしれない。
そう躊躇っていると、ジェスチャーが通じていないと勘違いしたのだろうか。木の実をひとつ摘まんで、こちらの口先にまで差し出してきた。そこまでされては、断れない。
どのみち、飲まず喰わずでは三日と保たないのだから、どこかでこちらの世界のものを口にする必要がある。なら、この親切を受けておくべきだろう。
《まあ、うん、死にはしないだろ多分……いただきます》
口を開くなりに押し込まれた木の実を、覚悟を決めて噛み締める。干し柿のようにぐにっとした感触。というより、実際、日持ちがするように干しているのだろう。濃縮された甘味は、あえていうならプルーンに近いだろうか。悪くはなかった。疲れた身体には、ねっとりとした甘味がありがたかった。
心配していた毒性のほうも、大丈夫のようだった。後からくるかもしれないけれど、そのときはそのときだ。いちど開き直ってしまえば、あとは食欲に従うだけ。といっても、片手に乗るくらいの量だから、満腹というわけにもいかないだろうけれど。
《うん、舌が痺れるとかないし……いけるいける。なにかの台詞じゃないが、長靴いっぱい食べたいよ》
干し肉のほうは、なんというか、普通に干し肉だった。あんまり硬いのには閉口したが、噛み締めるうち肉の旨味と脂が広がって、噛む回数も多いので、食べたという感覚になる。なんの肉かはわからないが、知らないままのほうがいいこともあるかもしれない。これで、肉の正体がとんでもないものだったりした日には、自分の精神衛生上よろしくないことになるだろうから。
「ありがとう、美味しかったよ」
言葉が通じないとはいえど、礼儀は大事だ。それに、なんとなく雰囲気で伝わるものもあるだろう。軽く頭を下げて、食事の礼を口にする。
『アリガトゥーイシカッタヨゥ?』
「ありがとう」
鸚鵡返しに首を傾げる彼女に、笑って。食べ物を分けてくれたことへの感謝だということを、四苦八苦して伝えたのだ。
それがどうやら伝わったらしいことは、次に彼女がとった行動でわかった。彼女は、彼女を助けたときに怪我した腕を指差してから、ぎこちなく頭を下げて、こう言ったのだ。
『アリガトー』
そのときの気持ちをどう表現したらよいだろうか。
笑顔で何度も大きく頷きながらも、本来は自分がこっちの言葉を理解しないといけないんだよなとは、思っていた。




