10:30 白骨さんとの再会。
《白骨さんとこ連れてきたら、頭蓋骨抱いて泣きだした。 血縁者とか、恋人とかかしらん》
白骨さんのところへ辿り着くなり、彼女はそちらへ駆け寄り、座り込んでしまった。
白い頭骨を胸に抱いて嗚咽を漏らす背に、かけるべき言葉を持たなかった。だって、通じないし。
ともかく、おおむね想像はついていたことではあるが、やはりそうらしい。血縁者か恋人か、近しい相手であることは間違いないだろう。そして、この白骨さんを探していたのだろう、彼女は。
しかし、そうなると――スライム相手に白骨さんの遺品のナイフを溶かしたのは、黙っておくべきだろう。うん。
暫くのあいだ、彼女が知己の死を悼むのを見守っていた。新たな脅威の気配はなかったのは、幸いだった。自分に戦う力がない以上、彼女が隙だらけのあいだに襲われたなら、どうにもならなかっただろう。
もっとも、だとしても、気の済むまでそうさせておくつもりではあった。この歳まで生きていれば、その程度の分別は付く。
そうして見守っていると、さくりという音が鳴った。視線を向ける。短剣を用いて、土を掘り始めていた。遺骨を持ち帰るのかと思ったが、この場で埋葬するつもりのようだった。
《埋葬するみたいだからね、手伝いましょうね。少しでも好感度稼がないと野垂れ死ぬからね……という打算もね、勿論》
偽悪的な言葉を付け足して、そうメッセージを記す。とはいえ、どうしたものか。当然、スコップなどという便利な道具はこの場にはない。かといって、さすがに埋葬すべき遺骨を穴を掘るのに用いるわけにもいかない。
どうしたものか。ある程度の硬さがあって、土を掻き出せる程度の表面積があるもの。周囲の草原を見渡したあとで、その条件を満たすものが自分の手の中にあることに気がついた。蓋を閉じれば、手のひら大の板状になるもの。
「……まあ、防水防塵の機種だし……」
画面剥き出しのスマートフォンなら兎も角、昔ながらの二つ折りの在来型携帯電話だ。なんとかなるだろう、たぶん。だが、携帯電話で土を掘ろうとした日本人は私が初めてではないだろうか。判らないけど。
兎にも角にも、少しでも手伝うことだ。無言で地面を掘る彼女の向かいに腰を下ろして、携帯電話を握って土を掻く。適度に湿り気を帯び黒みがかった土は、幸いにしてそこまで硬いものではなかった。土を掘るというより地面を削っていくという調子ではあったものの、ある程度の助けにはなりそうだった。
一度だけ彼女がこちらに視線を向けて、何事かを小さく呟いた。相変わらず意味は判らなかったけれど、たぶん、感謝の言葉なのだろうとは察せられた。
暫くのあいだ、会話はなかった。そもそも言葉がわからないし、何かを話すような場面でもなかった。黙々と、死者のために地面を掘り続ける。ふたつの太陽に炙られながら身体を動かしていると、汗が滲んでくる。外套のフードを深く被ったままの彼女は、暑くないのだろうか。陽光を直接浴びるのと、どちらがマシだろう。
「ってぇ……」
スライムの体液を浴びたところに汗が流れて、ひどく沁みた。つい、声が漏れる。それほど深くはないものの、皮膚の表面がほぼ溶けて、薄っすらとピンク色が覗いている箇所もある。消毒してガーゼをあててといきたいところだが、残念ながらそんな便利なものは勿論ない。
今度から、寝落ちるときは救急箱を抱えておくべきかもしれない。そんな莫迦なことを考えていると、目の前になにかが突き出された。視線を上げる。
「……葉っぱ? くれるの?」
彼女の差し出したものと、自分を交互に指差して。どうやらそうらしいので、受け取って。その数枚の葉を、まじまじと見詰めてみる。まさか、食べるわけでもあるまい。薬草を食べて傷が治るなんて、ファンタジーどころかゲームの世界だ。
どうすればいいのかと、彼女に視線で救いを求める。深々と溜息を吐かれたところからして、本来、わざわざ遣い方を説明するようなものではないらしい。ご迷惑おかけしてます、ほんと。
彼女は少し考えた末、両の手を擦り合わせるように動かしたあと、己の腕を指し示し、掌をぺたんとつけた。
「……揉み潰して、傷に貼る……かな?」
彼女のジェスチャーを解読するに、おそらくそうだろう。土で汚れた手をジーンズで擦ってから、葉を一枚、彼女がやってみせたように両の手で揉む。揉んでいると、なんともいえない香りが立ってくると共に、水分が滲んで柔らかくなってくる。
『レソ、イヨ』
もう一度、彼女は掌を腕にぺたりとつける仕草をした。もう頃合いということだろう。溶け具合が一番ひどいところを選んで、貼り付けてみる。
「ぴゃッ……!?」
辛うじて悲鳴は飲み込んだけれど、ものすごく、沁みた。いや、そりゃあまあ、普段使ってる消毒液だって沁みるけれど、これほどじゃあない。大の大人が悶絶して半泣きになるくらいだから、相当の刺激だ。
くふっと、喉を鳴らすような音がした。視線を向ければ、明らかに目が笑っている。この結果を判っていたのだろうか。涙目でじとりと睨みつけると、けらけらと笑い始めた。彼女も、涙目ではあったけれど。
「……ったく、もう……もーッ……!」
つられたように、笑う。目覚めたらいきなり異世界に放り込まれて、命の危険を何度も経験して。ようやく安堵できたから、だと思う。
笑いながらも涙が溢れて、気がつけば、彼女も失笑しながら泣いていた。
――涙の理由は異なるのだろうけど、お互い、笑えるだけの余裕を取り戻したというのは、まだ救いがあるのだろう、たぶん。




