#08町の記憶
【あらすじ】
雨上がりの町。
初めて訪れたはずの場所なのに、
なぜか懐かしく感じる景色。
ジョージの中に眠っていた記憶は、
少しずつ、過去の時間へ触れ始める。
失われたもの。
忘れていたもの。
そして、まだ思い出せない大切な何か。
静かな町の中で、
止まっていた時間がゆっくり動き出す。
第八話
喫茶店〇の外に出ると、そこには、青い空が広がっていた。
昨日までの雨が、嘘のようだった。
柔らかな風。
暖かな日差し。
遠くから聞こえる、小さな鳴き声。
「 …… 」
ジョージは、立ち止まった。
「 どうしました? 」
tonicが、聞く。
ジョージは、街を見る。
古い道。
並んだ家。
小さな坂。
「 ……変だな。 」
「 何がですか? 」
「 ここ。 」
ジョージは周囲を見回す。
「 来たことが、ある気がする。 」
トニックは、少しだけ沈黙した。
「 確認します。 」
「 何を? 」
「 あなたの、記憶情報です。 」
少し間。
「 現在のあなたには、存在しません。 」
「 でも。 」
ジョージは道の先を見る。
「 知ってる。 」
一歩進む。
角を、曲がる。
すると、小さな公園が見えた。
「 やっぱり。 」
ジョージが、つぶやく。
「 ここに公園がある。 」
リリスが、首を傾げる。
「 初めて来た場所でしょ? 」
「 ああ。 」
「 なのに? 」
ジョージは、頷く。
「 こっちに、行くと…… 」
道を、見る。
「 三軒向こうに、田中さんの家。 」
「 その隣が、佐藤さん。 」
「 その隣が…… 」
少し考える。
「 鈴木さん、だった気がする。 」
tonicが、サーチ機能で確認する。
数秒後。
「 一致、しました。」
ジョージを、見る。
「 すべて、正確です。 」
トカゲの店員が、目を丸くする。
「 え?すごいじゃないですかー。 」
カエルも、
「 ゲコ。 」と鳴く。
「 魔法ですか?魔法使えるんですか? 」
トカゲが、真剣な顔で聞く。
ジョージは困る。
「 いや、使った覚えはない。 」
リリスが、ため息をつく。
「 魔法なんて、人間が使えるわけないでしょ。 」
「 魔女じゃあるまいし。 」
「 じゃあ、何ですか? 」
トカゲが、聞く。
リリスは、少し考える。
「 …知らないわよ。」
「 知らないんですね。 」
「 知らないものは、知らないの。」
カエルが、
「 ゲコゲコ。 」
と鳴く。
「今のは、何と言っているんですか?」
ジョージが、聞く。
tonicが、答える。
「 おそらく、『それを言ったら話が終わる。』です。 」
「 分かるんですか? 」
「 推測です。 」
空を見る。
白い羽を持つ女性。
リーリアは、少し離れた場所で空を見上げていた。
何も、言わない。
ただ、青い空を見ている。
その姿は、不思議なくらい自然だった。
その日は、本当に天気が良かった。
木の葉が、揺れる。
風が、通る。
近くの木から。
「 ピヨピヨピヨピヨ…… 」
小さな鳥の声。
ジョージが、顔を上げる。
「 ……鳥。 」
トカゲの店員も見る。
「 何の鳥でしょう? 」
「 スズメじゃない? 」
ジョージが、言う。
トニックが、空を見る。
「 解析します。 」
「 解析? 」
「 鳴き声パターンを、確認。 」
少し間。
「 高めの声が、連続しています。 」
「 ヒヨドリの特徴に、近いです。 」
「 ただし、別の声も混ざっています。 」
すると、別の方向から。
「 ピーチョロピー 」
「 ピーチョロピー 」
リリスが、首を傾げる。
「 何それ。 」
「 鳥です。 」
ジョージが、答える。
トニックが、続ける。
「 区切りのあるリズム、シジュウカラの可能性が、高いです。 」
トカゲの店員が、驚く。
「 鳥の声だけで、分かるんですか? 」
「 データが、あります。 」
「 便利ですね。 」
カエルが、
「 ゲコ。 」と鳴く。
「 カエルも分かりますか? 」
tonicを、見る。
「 ……現在、解析、対象外です。 」
「 分からないんですね。 」
「 はい。 」
ジョージは、笑った。
何でもない会話。
鳥の声。
街の風景。
でも、胸の奥が少し痛む。
この場所を、知っている。
この道を、歩いたことがある。
この空を、見たことがある。
なのに、思い出せない。
「 40年前に、ピン留めされています。 」
トニックが、突然言った。
ジョージを見る。
「 何が? 」
「 あなたの、記憶です。 」
「 40年前? 」
「 はい。あなたの中の一部だけが、その時点で停止しています。 」
ジョージは、街を見る。
古い家。
変わらない道。
変わらない空。
「 だから、 」
トニックは、続ける。
「 現在のあなたは。知らない。 」
「 しかし、過去のあなたは、知っています。 」
静かな風が、吹いた。
リーリアの白い羽が、揺れる。
リリスは、空を見ながら言った。
「 面倒ね。記憶って、なくても生きられると思ったけど。 」
少しだけジョージを見る。
「 なくしたものって、意外と、近くに残ってるものなのね。 」
ジョージは、返事をしなかった。
ただ、もう一度。鳥の声を聞いた。
「 ピヨピヨピヨピヨ…… 」
「 ピーチョロピー…… 」
小さな命の声。
昔と同じ空。
昔と同じ街。
そして、忘れていた何か。
その日は、何も起きない、穏やかな一日だった。
けれど、ジョージの止まっていた時間は。
静かに、動き始めていた。
♬モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467(Andante)からインスパイア予定
【あとがき】
今回は、大きな出来事よりも、
静かな時間を描いた回になりました。
鳥の声。
風の音。
昔と変わらない町の景色。
何気ない日常の中に、
人は意外と多くの記憶を残しているのかもしれません。
ジョージが感じる違和感は、
少しずつ過去へつながっていきます。
喫茶店〇で流れる穏やかな時間とともに、
失われた記憶の旅は続いていきます。




