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ベノムワールド  作者: 朝裏 刻


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8/11

#08町の記憶

【あらすじ】


雨上がりの町。


初めて訪れたはずの場所なのに、

なぜか懐かしく感じる景色。


ジョージの中に眠っていた記憶は、

少しずつ、過去の時間へ触れ始める。


失われたもの。

忘れていたもの。

そして、まだ思い出せない大切な何か。


静かな町の中で、

止まっていた時間がゆっくり動き出す。


第八話



喫茶店〇の外に出ると、そこには、青い空が広がっていた。


昨日までの雨が、嘘のようだった。


柔らかな風。


暖かな日差し。


遠くから聞こえる、小さな鳴き声。


「 …… 」


ジョージは、立ち止まった。


「 どうしました? 」


tonicが、聞く。


ジョージは、街を見る。


古い道。


並んだ家。


小さな坂。


「 ……変だな。 」


「 何がですか? 」


「 ここ。 」


ジョージは周囲を見回す。


「 来たことが、ある気がする。 」


トニックは、少しだけ沈黙した。


「 確認します。 」


「 何を? 」


「 あなたの、記憶情報です。 」


少し間。


「 現在のあなたには、存在しません。 」


「 でも。 」


ジョージは道の先を見る。


「 知ってる。 」



一歩進む。


角を、曲がる。


すると、小さな公園が見えた。


「 やっぱり。 」


ジョージが、つぶやく。


「 ここに公園がある。 」


リリスが、首を傾げる。


「 初めて来た場所でしょ? 」


「 ああ。 」


「 なのに? 」


ジョージは、頷く。


「 こっちに、行くと…… 」


道を、見る。


「 三軒向こうに、田中さんの家。 」


「 その隣が、佐藤さん。 」


「 その隣が…… 」


少し考える。


「 鈴木さん、だった気がする。 」


tonicが、サーチ機能で確認する。


数秒後。


「 一致、しました。」


ジョージを、見る。


「 すべて、正確です。 」


トカゲの店員が、目を丸くする。


「 え?すごいじゃないですかー。 」


カエルも、


「 ゲコ。 」と鳴く。


「 魔法ですか?魔法使えるんですか? 」


トカゲが、真剣な顔で聞く。


ジョージは困る。


「 いや、使った覚えはない。 」


リリスが、ため息をつく。


「 魔法なんて、人間が使えるわけないでしょ。 」


「 魔女じゃあるまいし。 」


「 じゃあ、何ですか? 」


トカゲが、聞く。


リリスは、少し考える。


「 …知らないわよ。」


「 知らないんですね。 」


「 知らないものは、知らないの。」


カエルが、


「 ゲコゲコ。 」


と鳴く。


「今のは、何と言っているんですか?」


ジョージが、聞く。


tonicが、答える。


「 おそらく、『それを言ったら話が終わる。』です。 」



「 分かるんですか? 」


「 推測です。 」



空を見る。


白い羽を持つ女性。


リーリアは、少し離れた場所で空を見上げていた。


何も、言わない。


ただ、青い空を見ている。


その姿は、不思議なくらい自然だった。


その日は、本当に天気が良かった。


木の葉が、揺れる。


風が、通る。


近くの木から。


「 ピヨピヨピヨピヨ…… 」


小さな鳥の声。


ジョージが、顔を上げる。


「 ……鳥。 」


トカゲの店員も見る。


「 何の鳥でしょう? 」


「 スズメじゃない? 」


ジョージが、言う。


トニックが、空を見る。


「 解析します。 」


「 解析? 」


「 鳴き声パターンを、確認。 」


少し間。


「 高めの声が、連続しています。 」


「 ヒヨドリの特徴に、近いです。 」


「 ただし、別の声も混ざっています。 」


すると、別の方向から。


「 ピーチョロピー 」


「 ピーチョロピー 」


リリスが、首を傾げる。


「 何それ。 」


「 鳥です。 」


ジョージが、答える。


トニックが、続ける。


「 区切りのあるリズム、シジュウカラの可能性が、高いです。 」


トカゲの店員が、驚く。


「 鳥の声だけで、分かるんですか? 」


「 データが、あります。 」


「 便利ですね。 」


カエルが、


「 ゲコ。 」と鳴く。


「 カエルも分かりますか? 」


tonicを、見る。


「 ……現在、解析、対象外です。 」


「 分からないんですね。 」


「 はい。 」



ジョージは、笑った。



何でもない会話。


鳥の声。


街の風景。


でも、胸の奥が少し痛む。


この場所を、知っている。


この道を、歩いたことがある。


この空を、見たことがある。


なのに、思い出せない。


「 40年前に、ピン留めされています。 」


トニックが、突然言った。


ジョージを見る。


「 何が? 」


「 あなたの、記憶です。 」


「 40年前? 」


「 はい。あなたの中の一部だけが、その時点で停止しています。 」


ジョージは、街を見る。


古い家。


変わらない道。


変わらない空。


「 だから、 」


トニックは、続ける。


「 現在のあなたは。知らない。 」


「 しかし、過去のあなたは、知っています。 」


静かな風が、吹いた。


リーリアの白い羽が、揺れる。


リリスは、空を見ながら言った。


「 面倒ね。記憶って、なくても生きられると思ったけど。 」


少しだけジョージを見る。


「 なくしたものって、意外と、近くに残ってるものなのね。 」


ジョージは、返事をしなかった。


ただ、もう一度。鳥の声を聞いた。


「 ピヨピヨピヨピヨ…… 」


「 ピーチョロピー…… 」


小さな命の声。


昔と同じ空。


昔と同じ街。


そして、忘れていた何か。



その日は、何も起きない、穏やかな一日だった。


けれど、ジョージの止まっていた時間は。

静かに、動き始めていた。




♬モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467(Andante)からインスパイア予定

【あとがき】


今回は、大きな出来事よりも、

静かな時間を描いた回になりました。


鳥の声。

風の音。

昔と変わらない町の景色。


何気ない日常の中に、

人は意外と多くの記憶を残しているのかもしれません。


ジョージが感じる違和感は、

少しずつ過去へつながっていきます。


喫茶店〇で流れる穏やかな時間とともに、

失われた記憶の旅は続いていきます。

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