#051リットルのコーヒー
【あらすじ】
喫茶店〇には、今日も静かな時間が流れていた。
そこへ現れたのは、
黒い衣をまとった女性、リリス。
天使と対になるような存在。
誰もが恐れるような存在。
しかし、彼女が求めたものは――
「コーヒー」
だった。
少しずつ明らかになる、
不思議な住人たちの日常。
そして、ジョージは気づき始める。
見た目や名前だけでは、
その存在の本当の姿は分からないのかもしれない。
第五話
喫茶店〇には、いつもの時間が流れていた。
外の雨は、まだ少しだけ残っていたが、店内には静かな空気が広がっている。
窓際では、小さな雨粒が、ゆっくりと流れ落ちていた。
ジョージは、まるでいつものようにそこくっついたかのように、端の席に座っていた。
店の中全体が、見渡せる場所。
さっきまで、不思議な場所だと思っていたはずなのに。
いつの間にか、そこに座ることが当たり前のようになっていた。
カウンターの中では、トカゲの店員が、きれいなカップを並べている。
その横では、カエルがぼんやりと店内を眺めていた。
そして、カウンター席には、黒い衣をまとった女性、リリスがいた。
「 ご注文は、何にいたしますか? 」トカゲが尋ねる。
リリスは少し考えた。
「 コーヒー。 」
その瞬間、店内の空気が、少しだけざわついた。
トカゲが、ほんのわずかにぴくっとして固まった。
「 あなたもですか…? 」
リリスは首を傾げる。
「 何がよ? 」
トカゲは、まるで思い出したかのように、ジョージを見る。
ジョージは、不思議そうな顔をして、トカゲと目を合わせていた。
( また、コーヒーを頼む人が増えた....。 )
小さな違和感だった。
「 いえ…。 」
トカゲは、小さく首を振る。
「 かしこまりました。 」
トカゲの背中はちょっと、哀しそうにも見えた。
しばらくして、リリスの前に、一杯のコーヒーが置かれた。
湯気が、静かに立ち上る。
リリスは、小さなカップを手に取った。
そして。
一口。
二口。
三口。
気がつけば。
もう、飲み終わっていた。
「 ….。 」
ジョージは、思わずリリスの飲みっぷりに見とれてしまいそれを確認していた。
リリスは、空になったカップを見る。
「 おかわり! 」
トカゲが、振り向く。
「 もっと、ですか…? 」
リリスは、小さく頷いた。
「 いっぱい飲みたいのよ。 」
「 今、一杯飲んだじゃないですか? 」
( まったく、トカゲってやつは...困ったものね。 )
リリスは、悟られないようにため息交じりに言い放った。
「 たくさんって意味よ。 」
( たくさん飲みたいの!? )ジョージは、思わず心の中で叫んだ。
( こいつ…やっぱり悪魔だ….。 )トカゲは思った。
その瞬間。
リリスが、トカゲを見る。
「 聞こえてるわよ。 」
「 …えっ? 」
「 心の声。 」
見透かされていたジョージは、ばつが悪そうに氷のように、わずかに一瞬固まった。
( 心の中、読まれてたのか…。 )
「 ….。 」
「 いや、今のは…。 」と言い訳じみたくるしめのジョージ。
言葉に詰まる。
リリスは少しだけ笑った。
「 失礼ね。 」
「 誰が、悪魔なのよ。 」
そう言うリリスは、なんだか世界からなんだか置いて行かれたかのようにちょっとだけ寂しそうにも見えた。
ジョージは思った。
( いや、どう見ても悪魔なのでは? )
( おっと、いけない聞こえるんだった。 )
リリスに静かに睨まれた。
まるで、当てつけのような注文を言い放つ。
「 コーヒー、1リットル。 」
トカゲの思考回路は完全にショートした。
少しの空白の時間が流れてから、トカゲは口を開いた。
「……1リットルですか?」
リリスは当然のように頷く。
ジョージも、驚く。
「 1リットル。 」もう一度リリスは言った。
停止する周囲。
「 あなた、顔色悪いわよ。 」リリス。
「 もともとです。 」とトカゲ。
「 何よそれ。 」とリリス。
( くすっ )
ジョージは思った。
( 1リットル…? )
( コーヒーって、そんな量で頼むものなのか? )
リリスが店内の入り口に置いてあった壺を見る。
「 あれぐらい。 」
指さしていたのは、博物館に置いてあるような宮殿の置物みたいな花瓶のような大きな壺だった。
( いや、あれ1リットルより大きいだろ…。 )とジョージは思った。
トカゲも困った顔をしていった。
「 そんなに大きいのは…。 」
「 ケチ。 」とリリスは言い放った。
少し間。
「 たくさん飲みたいのよ。 」
黒い上質なシャツを纏った店長のやぶかみが、見かねて出てきた。
そして、静かな雰囲気で大きな壺をさし出した。
リリス。
「 .…。」
少し考えてから、
「 しょうがないわね。 」
「 今回は、それでいいわ。 」
( 案外、素直なんだな。 )とジョージは思った。
黒い衣。
不思議な力。
そして、大量のコーヒー。
その横で、カエルが心の中で、小さくつぶやいた。
( あいつ、絵本に出てきた悪魔にそっくりだよ…。 )
リリスが、ゆっくり振り向く。
「 聞こえてるわよ。 」
「 ケロ…。 」
「 ゲコッ。 」
( また始まった。 )とジョージは思った。
「 無駄よ。言い訳して誤魔化したって、勝手に聞こえてきちゃうんだから。 」
「 そう思うのは、あなたの勝手だけどね。 」
カエルは、カウンターの下へ逃げた。
トカゲが、小さな声で言う。
「 でも…。 やっぱり、毒を持ってる人は、たくさん飲んでも平気なんですね。 」
「 …。 」
店内が一瞬、まるで空気が凍ったように静かになる。
リリスが目を細める。
「 誰が毒よ。 」
「 しっかり、聞こえてるわよ。 」
トカゲが、慌てる。
「 あの人は、人じゃないよ。 」
「 そこじゃないわよ! 」
リリスは、少し不満そうに言った。
トカゲも慌ててカウンターの中に戻っていった。
ジョージは、思わず笑いそうになって、口を手で覆い笑いをぐっと堪えた。
怖い存在じゃないのなのかもしれない。
でも、この場所にいると。
なぜか、普通の会話に聞こえてしまう。
その時、ジョージがふと思った言葉を口に出した。
「 …もっと、大きい器で出したらいいんじゃないですか? 」
全員の視線が、ジョージに注目していた。
「 一度に、たくさん飲めるように。 」
リリスの表情が、ぱっと少し明るくなる。
「 それ、いいわね!! 」
すると、店長のやぶかみが静かに頷いた。
「 それは良い考えですね! 」
トカゲが、振り返る。
「 えっと、店長…? 」
やぶかみは、真剣だった。
「 どうせなら、大きいものの方が、喜ばれるでしょう。 」
「 ジョッキで出したらいいんじゃないですかね。 」とジョージ。
「 それいいわね。 」とリリスも乗り気。
「 いいですね!! 」やぶかみも嬉しそう。
三人だけ自然に納得していた。
「 お湯割りじゃあるまいし…。 」とトカゲ。
「 いや、アイスコーヒーのつもりだったんだけど。 」とジョージ。
「 コーヒーは、温かいのがいいのよ。 」リリスが言う。
「 アイスコーヒーも、美味しいけどね。 」ジョージのさらりと返すのが大人の品の良さを醸し出していた。
「 せっかくなら最大サイズを作りましょう。 」
「 最大….? 」とトカゲ。
( 嫌な予感がする…。 )トカゲは察した。
「 店長、どんな器を想像してるんですか? 」
「 最大サイズで。 」とにこやかなやぶかみ。
トカゲは、しばらく黙った。そして、思っていたことを口に出した。
「 店長…それ本気で言ってるんですか? 」
「 最大って…店内に入るものにしてくださいね。 」
( このトカゲ、一体どんな器を想像してるんだ。 )とジョージは思った。
いつもなら、一番変なことを言っているのは、トカゲたちだった。
でも今日は違った。
ジョージ。
リリス。
やぶかみ。
この三人の方が、少しだけずれていた。
その横でカエルが。
「 ケロケロ。 」
と鳴いた。まるで、笑っているようだった。
リリスは、運ばれてきた壺に入ったコーヒーを眺める。
そして、少しだけ嬉しそうに言った。
「 だって、美味しいんだもん。 」
その言葉に、ジョージは少しだけ笑った。
悪魔。
そう聞けば、恐ろしい存在を想像する。
でも、この喫茶店〇にいるリリスは。
ただ、コーヒーが好きな存在だった。
雨音の向こうの静かな喫茶店〇には、今日も不思議で、温かい時間が流れていた。
♬モーツァルトのディヴェルティメント ニ長調 K.139からインスパイアの音楽がイメージされています。
【あとがき】
第五話では、リリスという存在の新しい一面を描きました。
黒い衣。
不思議な力。
そして「悪魔」という名前。
そう聞くと、恐ろしい存在を想像するかもしれません。
でも、喫茶店〇にいるリリスは、
ただ美味しいコーヒーが好きな存在です。
ベノムワールドでは、
見た目や名前だけでは分からない部分を、
少しずつ描いていきたいと思っています。
不思議な世界の中にも、
笑ったり、困ったり、こだわったりする日常がある。
そんな小さな温かさを感じてもらえたら嬉しいです。
今日も喫茶店〇では、
静かな時間が流れています。




