俺を狙う存在
久々の更新となってしまいました……。
「ドナルド、何がどうしてそういう考えになったのか、聞かせてもらおうか」
俺はひとまず、このよく分からない事を言う生き物と対話を試みる事にした。
俺だって常に武力行使をする事前提で動いてる訳じゃないし、ドナルドは今の俺よりも姫様の情報を持っているのは確かである。
「そりゃあ簡単だ。このままここに居続けたら、お前は死ぬかもしれないからだ」
俺が、死ぬ?
「ドナルドさん、それは言っちゃ駄目って言ったのに!」
「肝心な事を何も言わずに話を進めているのも、ここまで話が拗れている原因の一つじゃないですか。ちゃんと言わなきゃいけない事ですよ、これは」
「まだ、確定的な事実じゃないのに? 私自身も本当かどうか、疑っているのに?」
「でも、クラリス様は現実に起こりうる可能性もあると思ったから、ここまで危険を承知で来てくれたんでしょう」
「でも、初恋の人にあんな事をされようとしているって事を知ったら、流石のタナトだって寝込むよ」
姫様はしょぼんと落ち込む。
状況は飲み込めないが、この二人は俺の知らない何かを共有しているらしい。
初恋の人、つまりオペラ様が俺に何かしようとしているという事なのだろうか。
俺は特に深い意味もなく、しかし気持ちとしては本気で言った。
「俺は別に初恋の人に殺されそうになったとしても、一切何とも思いませんから、お気になさらず」
姫様とドナルドは顔を見合わせた。
「すごい、私、驚いちゃった。流石、微笑みの才人って呼ばれるだけあるね」
「それはあんまり関係ないですよ、こいつの思考回路があんまりにも物騒なだけです」
「もしかして、当たりなんですか?」
姫様は一瞬迷うかのように視線を泳がせたが、しっかりとした口ぶりで俺に説明してくれた。
「そう。オペラお姉様が、タナトの命を狙っているの。タナトの追跡から、オペラお姉様とヘンリーさん、ナイトくんと私の潜伏先を誤魔化しきれなくなってるから。それにドナルドさんが私達と偶然接触してしまったから、いずれはタナトの元に情報がいくのも時間の問題だと思ったみたい」
ヘンリーとは、オペラ様の駆け落ち相手であり、俺も彼に関する個人情報は掴めている。
俺は大体の事情は飲み込めたような気がした。
そんな凶行に及ぼうしたのは、俺が姫様を捕らえようとするのを阻止する為というのはあるだろう。
ただし、オペラ様が一番恐れたのは、俺が姫様を取り戻そうとした時、自分達も同じように確保される可能性だろう。
もちろん、俺はもう二度と姫様が俺の元から居なくならない為にも、そうするつもりではあり、その考えは正しい。
オペラ様一人なら、囚われても脱出など容易に出来るだろう。彼女はそういう人だ。
しかし、オペラ様が愛しているヘンリーが捕まってしまえば、待っているのは確実に「死」だ。
彼は決して償いきれない罪を背負っており、捕らわれた後に、憲兵辺りに身元が割れれば一環の終わりなのだ。俺はその辺りの情報を全て掴んでおり、オペラ様もそれは知っている。
俺が直接手を下さなくても、この国の王家や司法が黙っていない。ヘンリーの命は三日ともたないだろう。
そういう理由があるとは言え、人一人の命を簡単に消す事に躊躇いはないのかといったら、それが出来てしまうのがオペラ様なのだ。
彼女は間違いなく俺と同類の人間である。だからこそ油断ならない。
「…………なるほど、オペラ様はヘンリーに色々と事情があるからこそ、絶対に捕まりたくなかったのでしょう」
「り、理解が異様に早くて、びっくりした。それと、私もヘンリーさんの事情は知ってるから、変に濁さなくても大丈夫だよ」
「彼の正体を知っているのですか?」
「うん、かなり言いづらいけど……暗殺者なんだよね?」
「ええ、その通りです」
俺は内心そこまで知っていたのかと驚きつつ、姫様に頷いて見せた。
ドナルドも驚いていない所を見ると、恐らく姫様から説明を受けていたのだろう。
ヘンリーはかつて猟兵団へ所属していた事もある、凄腕の暗殺者だった。
貴族社会の裏で、何人もの要人を依頼されるままに殺してきたという。なお、あまりにも顔が整っており、大変目立つため、裏家業の人間だが顔は割れていた。
国家を母体にして逮捕状は出ており、所在が分かれば、確実に処刑される事になるだろう。
「オペラお姉様はヘンリーさんの事が何よりも大切なんだ。ヘンリーさんの為なら、その、言いづらいけど、タナトの事も殺せてしまうと思う」
「俺に変に配慮する必要はありません。それが事実なら俺は受け止めますから」
俺の発言をどう受け取ったのか知らないが、姫様は俺の右手にそっと手を重ね合わせた。
「……タナト、憎んでいる私なんかから言われても嫌かもしれないけど、私はあなたに絶対に生きてほしいと思ってるからね」
「へぇ? あなたも俺が死んだ方がせいせいするんじゃないですか?」
「そんな事、思う訳がない! 何で私のタナトへの気持ちをそんな酷い風に決めつけるの!」
「まさかとは思いますが、あなたは俺に生きてほしいんですか?」
「もちろんそうだよ。ドナルドさんと偶然会った後、オぺラお姉様がヘンリーさんにタナトを殺すようにお願いしている所を聞いちゃって。オペラお姉様からタナトを守りたいと思って、こうしてドナルドさんに力を貸してもらおうとしたぐらいだよ」
本当に姫様はお優しい人間なものだ。こんな自分の恋を邪魔する俺の命すら、見捨てられないなんて。
「そして僕と姫様はお前に姫様を捜索させるのをどうにかして止められないかと考えた訳さ。お前が姫様の捜索を諦めれば、ヘンリーも捕まえられないから、オペラ様もわざわざタナトを殺そうとしないだろうってね」
「そう? 俺ならそれでも念のため殺すよ。オペラ様もそう考えるんじゃないか?」
「まぁそれについては後で2人で話そう」
「……仕方ないな」
恐らく姫様には話せない話なのであろう事は察した。
「そういう訳なの。だからお願いタナト、私の事は放っておいて。そうしてくれれば、私がオペラお姉様を説得するから」
姫様は随分と必死なご様子だった。
ひょっとすると俺に死んでほしくないというのは詭弁で、ただ単に自分の幸せを邪魔されたくないからこう言っているのではないか?
俺の捜索は姫様一行を徐々に捉え始めていたようだし、ドナルドに見つかった時点で俺に姫様の居場所の情報がいく可能性は十分あった。
彼女は自分が捕まりたくないだけだったのではないだろうか?
「あなたにとって俺はそんなに死なせたくない存在なんですか?」
俺はちょっとした姫様への試しのつもりだった。
姫様がどういう気持ちなのかを少しでも引き出せればと軽い気持ちで聞いた。
「もちろん。私はオペラお姉様やヘンリーさんがタナトの事を殺したら、あの2人の事を一生許せないと思う」
「……え」
だから、ここまで強い語気の言葉が返ってくるとは思わなかった。
姫様がそんな気持ちでいるなんて、俺は全く考えていなかったのだ。
姫様はどこか覚悟を決めたような顔で、俺の瞳を直視した。
「もう一度言う。私はあなたを絶対に死なせたりなんてしない」
「……姫様……」
俺の心臓がドキンと何故か揺さぶられた。
「クラリス様、男前かよ」
「……ドナルド、茶化すな」




