知られたくなかった秘密②
今回は少し長めなお話となります。
「……う~ん、家族?」
どうやら、恋人を飛び越えた関係になっていたらしい。
俺は胸がキリキリ痛み、激しくこの少女を穢したい衝動に駈られた。
姫様に俺の存在を刻み込んでやりたい。彼女の中からナイトの存在を全て消せるぐらいに。
だが、俺の中に残っている理性がそれを押し止めた。
それはこの場に部外者のドナルドがいた事も大きい。彼がいなければ、踏みとどまれなかったかもしれない。
こいつ……いや俺以外の人間に、姫様のあられもない姿など、一瞬たりとも見せてやるものか。
……それをもう、ナイトの前では見せているのではないかと思うと、俺は激しい苛立ちと胸を抉るような苦しさを覚えた。
「はっ、あいつと結婚していたんですか、あなたは。俺という夫がいながら。とんだあばずれですね」
俺は震える声で姫様を酷く罵った。
俺の言葉で彼女の心を切り裂いてやれたらと願いながら。
「え? ナイトくんと結婚? ちょっと待って! 私は別にナイトくんの事は何とも思ってないよ!」
だが、返ってきたのは、あまりにも意外な言葉だった。
「は?」
「ナイトくんの事より、今はタナトだよ!」
「え?」
「私の事を憎んでいるなら、もう金輪際、私に近づかないで。関わらないで。一生思い出さないで。私の事なんて忘れて、ちゃんと心の底から愛せる人と結婚して」
「な……」
こんな言葉、これまでの俺の全てを、そんな俺を作り出した彼女自身に否定されたのと一緒だ。
何故、姫様はこんな事を俺に言う?
「タナトにとって私はいい影響を及ばさな……じゃなかった、私にとってタナトは必要ないから。だから、私の人生から出てって! 自分の人生を生きてよ!」
「……ひめ、さま……」
こんなの、あんまりだ。
お願いだから、俺に姫様を見つめ続ける事を許してほしい。
お願いだから、俺から姫様を取り上げないでほしい。
……姫様が俺の事を想わないのなら、せめて、俺が姫様を想う事は許されていい筈だ。
「姫様は、俺のこの世で一番欲しいものをもっている。でも、それをくれないでしょう。ならせめて、一生あなたを憎悪する事ぐらい、許してくれたって良いじゃないですか」
「私は何もタナトに必要なものは持ってないよ」
「姫様はやはり分かっていないのですね、俺の事など何も……あなたは結局、そういう人だ。そのまま、愚かなままで、俺の腕の中で飼われるように生きていけば良い」
このまま話していても、埒があかない。
きっと、姫様は俺の側からまた居なくなるつもりなのだ。
そうして逃げられる前に、早く姫様を捕らえなければ。
俺は姫様の足を目掛けて、先ほど使ったナイフを振り下ろそうとした。
もう二度と俺の元から羽ばたかないように。
この足があるせいで、姫様が俺から離れるのなら、こんなもの、壊してしまいたかった。
「タナト!?」
姫様が身をよじって逃げようとしたが、もう遅い。
俺は容赦なく姫様を突き刺そうとし……
「……は?」
俺はガクガクと腕を震わせた。
何故だ、手も腕も動かない。すぐ近くに傷つけるべきものがあるのに、俺の意志に反して、俺は何も出来なかった。
「タナト……?」
自分が危機に瀕しているというのに、姫様は俺の名を気遣わしげに呼ぶ。
やはり姫様はお優しい。俺には理解できない程に。
だが、その時、俺は悟った。悟ってしまった。
……俺に、姫様を害する事は出来ないと。
何故だ、俺は姫様をこんなにも憎んでいるのに、姫様に傷一つつける事が出来ないなんて……!
他のどうでもいい有象無象どもの事はいくらでも攻撃出来るのに、俺はこんな時だというのに姫様に手出しできない。
俺は今、気づきたくない事を直視さぜるをえなかった。
……俺は姫様を自分の意のままにしてやりたいと思っている以上に、姫様に傷一つつけたくないと思っている。
それに気づくと、俺のアイデンティティが崩れていくような錯覚に陥った。
俺は姫様を憎んでいる筈なのに、と。
「……何で、何でだよ……」
そういう思考に至った時、俺の手からナイフがカランと落ちていった。
姫様の足元に落ち、「しまった」と焦ったが、姫様はナイフの柄を器用に足の指で受け止め、そのまま遠くへと投げた。
一瞬姫様が何をしたのか分からなかったが、凄まじい曲芸を見たとじわじわ実感が湧いてくる……姫様は男に生まれていたら、立派な騎士になられただろうなとぼんやり思った。
「ははっ、あはははは……!」
「タナト、大丈夫?」
「駄目ですよ、全く駄目です。俺はどうやら、他の誰をどうこう出来ても、あなたにだけは何も出来ないらしい」
少なくとも、物理的には、だが。
そうだ、俺が姫様を害せないのはあくまで肉体による損傷に関する事のみだ。
今までだって俺は姫様の事を傷つけ続けてきたじゃないか。俺は別に、姫様に手出しできない訳じゃない。
正気に戻れ。
俺は今までの俺と何ら変わりない。
「私よりタナトの方がすごいし、そんな事ないよ」
姫様は俺の言いたかった事とは、ピントのずれたお答えをされていた。
彼女はたまにおかしな事を言う、そういう所は真面目に苛つく事はある。
「そうですね、俺はあなたより、頭も良いし、社交も出来るし、少なくとも貴族に必要な能力値はあなたより上でしょう」
しかし、俺は敢えてそこに突っ込まず、会話を続けた。
俺としても、あまり俺の発言の意図を正確な形で突っつかれたくはなかったからだ。
「は、はっきり言うね。ごめんね、私が落ちこぼれだから……」
「そうですね、あなたは少なくとも、貴族としては落ちこぼれかもしれません……でも、俺にとっては、何よりも眩しかったですよ、世界一憎らしいと思うぐらいには」
ポロリと出てきた言葉だが、それはきっと、俺の本音だった。
そうか、俺はずっと姫様の事を眩しく思っていたのだ。
……そんな事に、初めて気づいた。
違う、今まで、心のどこかでは気づいていたのに、見ない振りをしていたのだ。
こうして姫様と向き合った事で、気づきたくなくても、自覚さぜるをえなかった。
姫様は俺の言葉を聞いて、どう受け止めていいのか分からないような、どこか苦しみに耐えるような、辛そうな顔をされていた。
何故、今、姫様がこういう顔をするのだろう。俺には全く分からなかった。
だが、俺の与えた言葉で、こうして彼女を傷つける事が出来たと考えると、背筋がゾクリと疼いた。
……やはり姫様は、辛そうな顔をされていても良い。もちろん、俺がそう仕向けた場合に限るが。
しかし、そんな俺の甘美な興奮を冷ますような事を姫様は言った。
「タナト、私をどう思おうとあなたの勝手だけど、私はあなたと一緒にはいられない」
俺は頭を殴られたかのような気分になる。
何度言われても、姫様からの拒絶に俺の心は慣れてはくれなかった。
「姫様、俺があなたの存在を望むのは、そんなに悪い事ですか?」
「悪い事だよ。タナトはちゃんと愛した人と一緒にいるべきだ」
他の人間にそう言われたのなら、俺はきっと鼻で笑ってしまえる。
だが、他でもない姫様にこう言われてしまうのは、俺にとってはとても流せるものではなかった。
「どうしてそんな事を言うんですか。俺にはあなたしか居ないのに」
「そんな事ない。あなたは私より大切にすべき人がいっぱいいるよ。世界一憎い私の事なんかより」
「別に俺はあなたの事を大切にはしていません。むしろ、俺の手で泣かせてやりたいと思ってますよ」
「そ、そうなの……? タナトは私の事を守ってきてくれてたのに……?」
「それは全て俺の為です」
「何で?」
「それは……流石に姫様には言えません」
姫様に今まで隠してきていた俺がバレていたという事と、感情の高ぶりから、彼女にベラベラと自分の気持ちを口走らせていたが、流石に「姫様を傷つけるのは俺だけで良いので」などと直接本人に伝える事は出来なかった。
姫様にどう思われるのかと思うと、反応が怖いからだ。
いくらここまでバレたとはいえ、まだまだ俺の内心を彼女に対して明らかにして、俺を見る目がこれ以上変わるのは、キツいものがあった。
しかし姫様は大きなため息をつかれた。
「タナトは結局、本当のあなたを私の前では出してくれないんだね。結局、あなたと私じゃ、夫婦になんてなれる筈なかったんだよ」
姫様はそうやって、寂しそうに呟かれる。
俺は焦ってしまう。姫様がまた俺から離れていきそうな事を言い出したからだ。
「姫様、本当の自分を出すだけが、夫婦の形なのでしょうか?」
「本当の事を言えない関係性なんて、無理が出てきちゃう気がするよ」
「そんな事はありませんよ」
俺は姫様の手を取り、口づけた。
姫様はポカンとされていた。
俺としても自分で自分に驚いている。いつの間にか無意識の内に、随分気障ったらしい事をしていた。
「俺はあなたに全てを打ち明けられませんが、あなたがいるからこそ、本当の自分を殺さないで済んだんです」
そう言った瞬間、姫様の瞳に動揺が走った。
これは、もしかしたら押すべき所じゃないか?
そう確信した俺は、姫様に対して俺の気持ちを捲し立てた。
「姫様、俺はね、そもそも誰にも本音なんて見せたりしないんですよ。姫様だけが例外じゃない」
「オペラ姉様とか昔の恋人には、私よりも本音を見せていたんじゃない?」
「そうですね、素の自分は姫様に対してより、見せていたかもしれません」
「それなら……!」
「でもそれは、生の自分ではありませんでした。俺が生の自分でいられるのは、姫様を憎んでいる時だけだった」
言ってからしまったと思った。
こんな事を言われて俺の側に居たいと考える女の子などいる筈がない。遠慮なく正直な事を言いすぎてしまった。
いくら、姫様が俺にとって異質な人間でも、きっと好ましい気持ちにはならないのは察せられた。
冷静に考えれば、先ほどから姫様に対して俺の側になどもう居たくなくなるような事ばかり言ってきていた。
本来なら、姫様を説得しなければいけなかった筈なのに。
それに、俺は今日一日で、姫様に対して己の本心を伝えすぎてしまった。
……恐らく、後で悶絶するだろう。何なら、今からそれが恐ろしい。
「それは何というか、タナトは難儀な人なんだね……知ってたけど」
姫様は案の定、困ったように驚いたように苦笑いをされていた。
俺はすっかり焦り、姫様に何と言ったらいいかと焦っていた。
「姫様、俺はあなたに……あぁ、くそ!」
「微笑みの才人も、追い詰められるとここまで無様になるのか、見ていて愉快ではあるな」
それまで黙っていたドナルドに口を挟まれ、俺は苛立った。
姫様の事で、精神的に余裕がなくなっていたというのもある。
「お前は黙ってろ」
「タナト様も荒ぶると口調がそんな風になられるんですね、新鮮新鮮」
「君は煽る為に口を挟んだのかな? 私は姫様とのやり取りをしているんだよ、君の言葉は今、一切必要ない」
「はいはい、わざとらしい丁寧な喋り方ありがとうございまーす。でも、本当に僕が必要ないですか? このまま2人で話されていても、あなた方はきっと堂々巡りです」
俺に押し倒されたままの姫様は落ち込んだような、困ったような顔になる。
「うん、確かにそれはそうかも」
「話を聞いていて思いました。あなた方はここでちょっと話すだけでは足りません。もっときちんと意志のすり合わせをする必要がある」
「その必要はないよ、姫様と俺の気持ちはきっと永遠に交わらない」
そうだ、姫様とどれだけ言葉を重ねあっても、俺と彼女は決して和解できないだろう。
姫様は俺から離れる事を望んでいるが、俺は姫様と共に生きる事を望んでいるのだから。
「……本当にそうかな? もしあなた方の会話を僕以外の第三者が聞いていてもこう思うでしょうね、こいつら、見事にすれ違ってんなって」
「そ、そうかな……?」
「そうですよ、あなた方に足りないのは、圧倒的なお互いへの理解だ」
そして、ドナルドは得意げな調子で言った。
「あなた方はしばらく、一緒に旅行でも行かれてきてはどうですか?」
何もかもが噛み合わない姫様と俺だが、恐らくこの瞬間だけは同じ事を思っただろう。
『何言ってるんだ、こいつ』
……と。
ストックで溜めていた分はは全て終わりました。
ここで第2章、完!としてしまうか、今書いている次のエピソードも含めての方がキリが良いかと悩んでいます。
どちらにしろ、次の更新はゆっくりめになるかと思われます。お待たせする形になってしまい、申し訳ございません。




