こんどは四人で
「ただ今より、先日開催されました『ブランド・コレクション・ショー』にご参加下さったお客様へ、感謝を込めて限定のプレゼントを配付いたします! なんと、彼女たちピィニアからの手作りのクッキーと、サイン色紙となっております! 受け取りの際にはチケットの半券か、もしくはチケットを購入した記録が残っている会計票などを、スタッフへと提示して下さーい!」
「これからお配りします! 整理券をお持ちの方は、こちらの待機列にお並びくださーーいっ!!」
やがて開店と同時に、入り口の両脇に立っていた二人の店員がカランカランッ! と軽快にハンドベルを鳴らした。
歓声が湧き、開いた扉めがけて人がわっと流れ込んでくる。
「すでに枠は締め切っております! 間に合わなかったお客様につきましては、次回以降にお受け取り下さーーい!! 次回の配付は二週間後を予定しておりまーーす!!」
「押さないで! 落ち着いて順番に、ちゃんと受け取れますから!」
スタッフさんも、チグルスさんも一生懸命に声を張り上げていた。
それでも一部の人はよく分からないままに並んでみたり、慌てて入り込もうとしたりなど、なかなか思ったようにはいかない。
店の一角にはあっという間に長い行列ができ、俺たち三人が並ぶお立ち台へと続いている。
「こちらは整理券をお持ちの方のみの待機列となっております! レジにお並びのお客様は、間違わないようお気をつけ下さーい!」
「配付会の受付は終了しております。申し訳ございませんが、後日あらためて……」
あまりの混雑ぶりに、店内もかなり混乱していた。
前日からチラシを配って告知をしていたとはいえ、その日に来ていなかったお客さんにとっては、初めて見聞きする情報だ。
事情を知っている人と知らない人がいるせいで、店員に訊こうと間違えて列に並んでしまう人もいた。
あれほどマネージャーが余裕を持って連絡や相談をしろと言っていたのは、こうなることが分かっていたからなんだ。
俺は自分の軽率さや認識の甘さを、恥ずかしく思った。
「百名限定だし早く済むだろう」とか、どこか簡単に考えてしまっていたけれども。この状況は、俺たちの現在の人気ぶりや集客力について、まだ認知が足りていなかった結果だ。
自分たちの影響力がどれ程のものか。
有名になる事で生じる責任についても、イベントと今回の件でよぉーく分かった。
「……流行になるっていうのがどういう事か、俺はあんまり分かっていなかったんだな……」
籠を持つ手をぐっと握り、ちょっとでもみんなの負担を軽くしようと、全力で声を張り上げる。
「いらっしゃいませ、ピュティシュ・アルマへようこそーーっ!! 今日はこのあいだのイベントに来てくれたみーんなへ、セーアたちから手づくりのクッキーを配っちゃいまーす! 百名限定だけど、全員ぶん配れるように二週間後にもまたやるからね。今回受け取れなかったよ、って人にもちゃあんと行き渡るようにしてるから、焦らずに受け取ってねーっ!!」
その大声に触発されてか、大人服のコーナーからも同じぐらいに大きな宣伝文句が聞こえてくる。
「本日より獣人服の品揃えを増やすとともに、一週間の割り引きキャンペーンを行っておりまーす! 新商品につきましては、従来の尻尾を通せる穴が開いた【しっぽトンネル】バージョンと同時に、他種族のお客様にもご愛用頂けるよう、選べる尻尾が付いた【なりきりしっぽ】バージョンも販売されます! 柔らかい毛皮を用いたこれからの季節にもぴったりな商品となっておりますので、ぜひあなた好みの一着を、この機会にお求め下さーい!」
手元のチラシを配りながら、お客さんに獣人服の案内をしているエチェットだ。
臨時モデルの仕事と言っていたが、どうやら商品を着て人の注目を集め、特設コーナーに客を呼び込むのが本日の役割らしい。
ほとんどアパレル店員の業務内容だけど、こちらの世界ではまだあまりモデルという職業が普及していないのもあって、撮影やポージング以外の仕事も任されるんだそうだ。
彼女も慣れた様子で、通りがかりのお客さんに商品を勧めていた。
「お客様が着られるのでしたら、こちらの【しっぽトンネル】バージョンがおすすめですよ。尻尾を通せる穴が開いていまして、どんな大きさでも通るように伸縮性が……」
普段からはあまり想像ができないが、彼女はこういった接客業も案外こなれていたりする。なので、誰に教わるでもなく対応ができるんだ。
幼少の頃から『エルフの里』という隔絶されたド田舎で育ち、蝶よ花よと大切にされ、可愛がられてきたエチェット。
彼女がこれだけ人馴れしているのは、それだけたくさん愛されながらスクスクと成長してきたという証拠だろう。
……なーんてこれまではそう思っていたんだが、それは俺のとんだ勘違いだった。
亡き母から託された能力の反動によって記憶を失い、エルフの里長に拾われたエチェット。
幼くしてすべてを喪った彼女を憐れに思ったエルフたちは、嫌っていたはずの人間の子供であるエチェットを、里の一員に迎え入れた。
そしてやがては姫のように大事に育てていくことになるんだが、しかし彼女自身はずっと、肩身の狭さを感じながら過ごしていたんだ。
――自分だけが〝人間〟だったから。
だからこそ立場には甘えずに、彼女は皿洗いに掃除、武器の修繕や子供のお世話、料理など、里のいろんな仕事を請け負ってきた。
なかでも彼女が好きだったのは畑仕事だ。
土を耕すところから始まり、収穫して売るまでが彼女の役割だったらしい。
里へ収入を入れたいのだと、エチェットは母である里長の反対を押し切ってまで、定期的に荷車を引いては隣の村まで野菜を売りに行っていた。
その時の経験がこうして今、彼女の社交性として活きているのだろう。
ちなみに教えて貰ったんだが、エチェットは野菜を売り切ったあとはかならず、村の中心にある教会に足を運んでは、女神ククリアに祈りを捧げていたんだそうだ。
それが結果的にククリアと繋がるきっかけになり、「俺の旅に同行して補佐をするように」との啓示があったんだとか。
「…………ほんと、運命ってやつだよなぁ…………」
思わず惚気みたいなことを呟いたとき、ふいに、こちらを見ていたエチェットと目が合った。
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、屈んでグラビアみたいなポーズをとる。そのまま胸のスリットを開けて谷間を見せつけるような格好になり、こちらに向けてちゅっと投げキッスを――……。
「仕事をしろ仕事をっ!」
……と、いつの間に移動したのか、背後にいたカルムにスパーンと頭を叩かれていた。
エチェットはすぐさま振り返り、急いでスリットを隠しながらいつものように食ってかかる。
「痛いですね、モデルを叩くとは何事ですか!? 警備の分際でありながら!」
「ぶんざっ……分際だと!? あのな、俺は警備の仕事で来ているが、同時にウェッ……セーアの警護も任されているんだからな! お前と違って!」
「へえぇ~そうなんですかあぁ~。でも私はセーアちゃんの恋人役でもありますから? こういうのもお客さんへのサービスの一環というか?」
「そんなのは家でしろ家で! 仕事中まであいつを誘惑して反応を楽しむんじゃない!」
「わっかりましたぁ~。家でしますね、思う存分に。たあぁぁぁっぷりと♡」
「俺の目の前でやったら追い出すからな。お前を」
「あなたが出ていけばいいんじゃないですかあぁぁぁぁ~~??」
……なんであの二人はいつもああなんだろうか。
いつも仕事に同行している父さんに、普段はどうしているのかと訊いてみたことがあったんだけど……「私と一緒の時は静かだぞ。連携も取れているし。困ったことはないな」などと、まったく参考にならない答えが返ってきた。
父さんのことだから、ああして喧嘩をしていても、仲裁なんてまるでしなさそうだ。
もっとも今は、俺も仲裁に行けないんだけど。
周りに止める人がいないのを良いことに、二人の言い合いはいまだに続いている。
「俺はすべての家事を完璧にこなせるぞ、妻のお墨付きだ。狩りだってできる。裁縫だってお手の物だ、自分のを繕う機会があるからな。いつだってお前の代わりにはなれるんだぞ」
「こぉんなに柔らかい胸があなたにありますかああぁぁ??」
……代わりってなんだよ代わりって。
自分の胸を揉みしだきながら煽るエチェットに対し、カルムはまったく表情を変えずに「バカでかい胸で下品なことをするんじゃない。あいつが可哀想だ」と淡白に言い放った。
あの二人にとって、俺はいったいどこの位置にいるんだろう。
「あら、良いわねその服。どこにあるの?」
「あっ、はい! そちらの特設コーナーに置いてありまして!」
エチェットの服に目を留めたお客さんに声を掛けられ、二人はパッと喧嘩をやめた。こういうところはちゃんとしてるんだよなぁ。
「着心地はどう?」
「けっこう引き締まっている感じですね。張りのある生地なので、身体の線を出したい時にいいかと……」
お客さんはオオカミ種の獣人で、これまたエチェットの恰好に負けず劣らずの露出度だったりする。
背中側がばっくりと開いた肩出しのトップスに、革のタイトなホットパンツ。着る人を選ぶ恰好なのは、彼女の鍛え上げられた肉体美そのものが、ファッションの一部になっているからだろう。
剥き出しのお腹は見事なまでの六分割で、筋肉が目立つ二の腕も、蹴る力が凄まじそうな太めの脚も、服に隠れることもなく晒されている。
加えて彼女は体毛が多いタイプの獣人らしく、胸元や腕、脚の一部などにふさふさしたオオカミの毛が生えていた。わざと部分的に残しているらしい。
ひとくちに獣人といっても遺伝によっては毛が多かったり、人間の血のほうが濃ければ、今の俺のように耳と尻尾しか生えないような場合もある。
代々が獣人の家系は血筋の証明である体毛をあえて残すのを良しとするため、古来からのファッションとして部分的に残して活かすという、部族出身ならではの表現方法を取るそうだ。
獣人のファッションは何処でもそんな感じのため、みんな見慣れているのか、こんな際どい恰好でも誰も文句を言わなかった。
チラチラと目線を送っているのは一部の男性客ぐらいだ。
俺の列に並んでいたお客さんも、待っている間にしきりにエチェットのことを見ていたので、ここらで釘を刺しておくことにする。
「こんにちわー! イベントに来てくれてありがとーっ!!」
その人の番が来たタイミングで、俺はにこやかに両手を振ってみせた。
相手は目を泳がせながら、居心地が悪そうにモジモジしている。
いつも頻繁に来店してくれているお客さんだ。こんなふうに基本的に俯きがちで、前髪は長くてシャツはシワシワ。
顔を合わせようとすると目を逸らされてしまうんだけれど、こうして俺はあえて覗き込んでいる。
いつか彼のほうから目を合わせてくれるかもしれないからだ。
今日も合わないままだけど、ちゃんと会話は交わせているからそれでいい。
「このあいだはごめんね? 地震とか竜巻とか、怖いことがいっぱい起こっちゃって。だいじょうぶだった?」
「……ぅ、うん……。大丈夫……」
彼は蚊の鳴くような声で答えた。
足が引き気味で、こちらが意識して前に出ないと逃げ帰ってしまいそうだ。
「そっか、良かったぁ! お客さんにたくさん怖い思いをさせちゃったからね、お詫びにクッキーを作ったんだ。はいっ、良かったら食べてね! セーアの手作りっ!」
「……あ、りがと……。み、みんなで作ったの?」
「そうっ、頑張って作ったんだぁ! 小麦粉とかお砂糖とか、いっぱいグルグルーってまぜてね。美味しく作れてるといいんだけど……。ね、ちょっと訊いていい?」
「えっ?! ……な、なに?」
「さっきさ。エチェットお姉ちゃんのコト、じーっと見てたでしょ?」
「っへ!?」
バレているとは思わなかったのか、彼はあからさまに挙動不審になった。
鼻から丸眼鏡がズリ落ち、大げさな動きのせいでボサボサの頭はより酷くなっている。
「み、見て……ッ!?」
「もう、エチェットお姉ちゃんのほうばっかり見ないの! お姉ちゃんはセーアのだよ、だからだぁーーーーめっ! それとも…………セーアじゃもの足りない?」
「ゔッ…………!!!!」
ギシリと硬直した彼は、だらだらと冷や汗を流し始めた。
これでも俺は七歳なので、そりゃあ中身を知らない以上はそういう目でなんて見られないだろう。
だから発散するとなれば、当然ながらエチェットぐらいの年齢の女性に目が行きがちになる。
ごく常識的であり当たり前で、まっとうな反応だ。なにも恥ずべき事じゃない。
けれどな、それだと俺が困るんだよ。
彼女をジロジロと下心で見られるのはな、彼氏としてはすんごく嫌なんだ。……だからな。
「ユートおにーちゃんはぁ、セーアよりも…………エチェットお姉ちゃんのコト、みてたいの?」
俺の必殺技、『上目遣い』と『甘え』を使わせて貰う。
「なっ、名前……! 覚えて……っ!?」
「あったりまえでしょ、いっつもセーアに会いに来てくれるもん! でも……ユートおにーちゃんはセーアのこと、もうキョーミなくなっちゃった?」
「な、無くなってなんかないっ! 毎日セーアちゃんのことを考えているし、次は手紙も書く! 写真ももっと沢山買う! グッズも!」
「ほんとっ? エチェットお姉ちゃんのこと、またやらしい目で見たりしない?」
「見ないっ、ぜえぇぇぇぇぇったいにしないッ!!!!」
「じゃ、許してあげる」
「よしっ!」
勢いあまってガッツポーズをしているが、こちらも同じような反応を内心でしているのは内緒だ。
「つぎにエチェットお姉ちゃんのことを見てたりしたら、もう名前呼んであげないよ? それじゃっ、またきてね! ユート、おにーちゃんっ♡」
「ひゃっほぉぉぉぉうっ!!」
気弱な態度はどこへやら、俺が渡したクッキーとサイン色紙を抱えて興奮ぎみに帰っていくお客さん。
その背中を見送りながら、俺の近くにいたカルムが呟く。
「……本当にいけない方向に育っているな、お前は……?」
「いけない方向ってなーに? セーアわかんないっ☆」
「その調子だとおまえ、いつも控え室に戻ったら顔を真っ赤にして転げまわってるだろ……? 恥ずかしすぎて……」
「うるせぇぞ警備員。警備をしろ」
カルムの腰をこっそりとど突くと、彼は軽く咳ばらいをしてから離れていった。
こちとら恥ずかしくても我慢してやってるんだよ、それが仕事ってやつだからだ。なんかもう麻痺してスカートもぶりっ子もなかば慣れてきちゃってるけど、別に完全にじゃないし。
慣れたくはなかったし!
内心でぶつくさ文句を言いながらも笑顔で対応を続けていると、何人目かで仁王立ちの女の子に当たった。シェリナだ。百名限定という狭い枠にも関わらず、わざわざチケットの半券を持ってやって来てくれたらしい。
相変わらずドピンクな服を着て、いかにもな女児らしいコーディネートをしている。
そんな恰好なのに、腕には渋い唐草模様の紙袋を提げていた。それを「んっ!」とぶっきらぼうに突き出してくる。
「約束のやつ。アンタがどんなのを好きか知らないから、色々と持ってきてやったわよ。あと辛いのも入ってるけど、ちゃんと全部食べなさいよね」
中を覗いてみると、四角い缶のなかに色んなおせんべいが入っていた。
醤油にのりしお、サラダにざらめ。『辛いの』というのは、この七味唐辛子っぽい味だろう。
「あ…………ありがとうッ!!」
「ちょっ!?」
嬉しさのあまりに、シェリナに軽くハグをしてしまった。
彼女は顔を真っ赤にし、グイグイと俺を押しのけてくる。
「ちょっとセーア、なんで急に抱き着いてくるのよ!?」
「だって好きだから!!」
「すっ……好きぃ!??」
「うん。……すっごく懐かしくて、故郷の味がするお菓子なんだ。母さんと一緒に、リビングでテレビを見ながらのんびりと食べていた……あのころの味……」
「てっ…………てれ…………び??」
シェリナは疑問符をいっぱい頭に浮かべていた。
この世界にはまだテレビなんてものは存在しないので、伝わらないのは当たり前だ。「何でもないよ」と誤魔化し、受け取った紙袋の代わりにクッキーとサイン色紙を差し出す。
「お返しにはならないかもだけど……。頑張って作ったから、良かったら食べてね。それと、セーアたちのライブどうだった? 採点結果はまだ、訊いていなかったからさ」
「そうね……。五十六点てところかしら」
「低ぅっ!? そ、そっかぁ……」
苦笑いする俺に対し、彼女はツンとそっぽを向く。
「けどまあ、あの緊急事態にうまく機転を利かせられたのは、素直に凄いと思ったわ。それでプラス十点。あとは……あたしを助けてくれたのに免じて、プラス五点。合計で七十一点よ。ギリギリ合格ラインね」
そう言い、抱え込んだクッキーに視線を落とす。
「……あと、こういう細かな心遣いが出来るのも、アンタたちの強みだと思うわ。伸ばしていきなさいよね」
それじゃ、と呟き去っていこうとするシェリナ。
その背中に向けて、俺は慌てて声を掛けた。
「シェリナッ! あっ、あの、こんどの休みにチェルたちとまたクッキーを作ることになってるんだ! だからっ……一緒に遊ばない!? 外でパフェとか食べたりしてさ!」
「なっ…………!?」
シェリナは勢いよく振り向いた。
直後に人に押され、揉みくちゃにされそうになる。
「ちょっ、押さないでよ! あたしがセーアと話してるの!」
流されまいと根性で耐えながら、彼女は人波に抗って叫んだ。
「――遊ぶッ! 遊ぶから、ちゃんとあたしを待ってなさいよ! かってに省いたりしたら許さないからね!」
「うんっ! 楽しみにしてる、此処で待ち合わせしてまた会おうね!」
「お、おせんべいの感想も聞かせなさいよ! ……じゃ、じゃあまたっ!」
「うんっ、まったねーーーーっ!」
人に紛れながら遠ざかっていく姿を見送る。
彼女のその表情は、口調とは裏腹に少しだけ嬉しげに緩んでいた。
それからも大勢の人と言葉をかわし、謝罪をしながらクッキーを渡し。
いよいよ列の最後尾が見えようとしだした頃。
「……なんだ?」
外がにわかに騒がしくなり、警戒していたカルムが急いで様子を見に行く。
すぐに戻ってきた彼は、渋い顔で耳打ちをしてきた。
「どうもうちの客と通行人が揉め事を起こしているようだ。向こうに嫌なことを言われたらしい」
「嫌なこと……?」
訊き返した直後、いっそう大きな声が外から響いてくる。
「既製品のクッキーでしょ、そんなの! だって小さな子供が、こんな細かな手作業が必要なものを何十枚も何百枚も作れるわけがないじゃない! そのへんの菓子屋で売っているものを、さも手作りみたいに言っているだけよ!」
「はぁ!? そんな証拠がどこにあるってんだよ、言いがかりだろそんなの!」
「なら手作りっていう証明を出しなさいよ、店で頼んだものじゃないっていう証明を! どうせ素人みたいな作りにして、それっぽく見せているだけなんだから!」
通行人らしき年配の女性と、お客さんの男性が言い合っている。
二人ともかなりの剣幕で、互いに譲る気はなさそうだ。カルムとエチェットの喧嘩がどれほど仲良しで微笑ましいものだったのか、この言い合いを見ていると深く実感できる。
「……ンだよあれ。白けるな……」
あまりのいちゃもんに、周りの客たちが段々と不快感を示していく。
「既製品だからって何だよ。手渡ししてくれる事が重要なんだろ? 分かっちゃいねぇな、ああいう輩は」
「えー……? でも、手作りじゃなかったらなんかショック……」
「分かっちゃいるけどさぁ。騙されてるとか思いたくないって」
「手作りじゃないの? けっこう歪ではみ出してるし」
「そういう作りにして貰ってるんだろ。あの女の言うようにさ」
囁き声が店内にまで伝播し、嫌な雰囲気が漂ってきた。
その場にいる誰もがヒソヒソと話し、マイナスな感情が場を支配していく。
チェルとフィノも気づいたようで、その内容に腹を立てていた。
「なっ……なんですの、あの女の人は!? 既製品、既製品って。ちゃんと作ってますわよ!?」
「ひどい。頑張ったのに……」
「さすがに抗議しに行きますわよ!」
「待って」
お立ち台を降りようとするチェルを押し留める。
「セーアたち店側の人間がお客さんへ、直接の感情をぶつけるべきじゃないよ」
「じゃ、じゃあどうすればいいんですの!? それにあの方は、お客さんなんかじゃありませんわよ!」
「ううん。お客さんだよ」
俺の静かな返答に、チェルは動揺して押し黙った。
「今じゃなくてもね。いつかは友人や家族、恋人や親戚のプレゼントを買いに来る事があるかもしれない。気まぐれで寄ってみる事もあるかもしれない。……今はただの通行人でも、未来のお客さんだと思って接しないと。それが、『人と接する仕事』っていうものだよ」
なんて、これはイオニアさんの受け売りだけど。
心の中だけで呟き、カルムに目配せをする。彼は短いため息をつくと、
「怪しい奴がいたらすぐに呼べよ。自分で対処しようとするんじゃないぞ」
と忠告を残し、外へと駆けていった。
入口付近で待機していたチグルスさんも加勢に入り、二人がかりで対処しようとする。しかし相手の女性は、依然として強い態度に出たままだった。




