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まっくろツバメとうさぎの嫉妬

 それからは俺とカルムとエチェットの三人で協力して残りの分のクッキーを焼き、色紙にサインを書いて準備に備えた。

 あとは、半券に()すスタンプを用意するだけだ。


 その準備と報告をかねてマネージャーとも連絡を取ったんだが、アーシュアさんは俺が言った内容にしばらく通話ごしに放心していた。

 ただでさえ「現役の神託者が来る」なんて連絡で、てんやわんやになっていたんだ。

 そこに忙しさが増すような報告をしてしまい、生真面目な彼が余裕を持って受け取れるはずがなかった。


「そう、ですか……。耳と、尻尾が生えて……。うさぎの……」


 俺が言った内容を断片的に口にしながら、ゆっくりと脳へと情報を送り込んでいくアーシュアさん。

 やがて彼は理解が追い付いてきたのか、


「あの、成哉さん。ちょっと言わせて下さい」


と、やや硬い声でこちらに呼び掛けてきた。


「あなたが急に『手作りのクッキーを店先で配りたい』といったのにも驚きましたが、それに加えて、チグルス様とカルムさんが店員に(ふん)して警備する、というのは一体どういうことですか?!  チグルス様直々(じきじき)にご連絡があったので断れませんでしたけど……! そのうえ、耳と尻尾が生えたなんて……!」

「す……すみません。チグルスさんたちの件はこっちの事情で急きょ決まって。神託者の襲撃事件と関係があることなんです」

「それは、聞いていますが……」


 事件というワードに、アーシュアさんはいったん文句を引っ込めた。そして軽くため息をつき、落ち着きを取り戻す。


「成哉さん。今どちらにいらっしゃいますか?」

「え? えっと……家ですけど」

「そうですか。それじゃあ、とりあえずその場に正座して下さい。神界流の誠意ある謝り方なんですよね?」

「…………はい」


 自室に戻ってきていたので、言われたとおりに大人しく床へと正座する。

 それを目の前で見ているかのように、ひと呼吸置いてから、アーシュアさんはゆっくりと話し始めた。


「いいですか成哉さん? こういうのはですね、いくら特別な会場を設けないミニイベントでも、一か月以上前から社内で連絡を取り合い、綿密に計画を練ったうえで行うものなんです。たった数日前に『やりたいんだけど』なんて、簡単にいうものじゃないんですよ。イオニアさんから『報連相(ほうれんそう)』というのを教わりませんでしたか?」

「はい。教わりました」

「言ってみて下さい」

「報告・連絡・相談です。その三つのあたまを取って、『報 連 相(ほう れん そう)』」

「そうですね。仕事の進捗(しんちょく)に問題があった時なんかや、作業が終わった時には?」

「ちゃんと報告」

「体調が悪くて仕事に来られない時や、遅れそうな時には?」

「素早く簡潔に連絡」

「仕事に関してのアイデアは?」

「早めに相談」


「ですね。欠かしていることは自覚していますか?」

「…………はい。本っ当にすみませんでした、ごめんなさい」


 いつも困ったようにニコニコしているマネージャーだけど、こういう時になるとかなり怖い。

 ちょっと母さんの怒り方に似ているのもあって、無意識に(ちぢ)こまってしまう。


「まあ……クッキーの配付に関しては、イベントが終わったその日にご連絡頂けたので、準備もそれなりに出来てますけど」


 通話機ごしでも俺が反省していると(うかが)えたのだろう。多少のフォローを入れつつ、アーシュアさんは声を和らげる。


「チグルス様とカルムさんが着る用の制服に関しては、手早く用意が出来るものしかありませんからね? どんな服でも文句を言わずに着てきて貰いますよ。勇者一行や神託者だなんてバレたら騒ぎになりますから、変装も()ねて」

「はい。承知してます」


 目の前に誰もいないのに、無意識のうちに頭を下げてしまった。

 これだから前世の知識や習慣っていうのは怖い。染み付いてしまっている。


「これから荷馬車に頼んで、今日中にそちらのご自宅へ服をお送りしますので。少し遅くなるかもしれませんが、ちゃんと受け取って下さい。あと耳と尻尾の件ですけど、ちょうど来週から再来週にかけて、獣人向けのキャンペーンをやる予定だったんです。彼らがラクに着られて、かつオシャレを楽しめるような服を販売しよう、っていう。急ぎでそれを繰り上げてしまえば、大きな問題はないかと」

「本当ですかっ!?」

「ええ。……衣装の尻尾を外して、穴を開けることは必要でしょうけど」

「ほんっとうにスミマセン……!」


 深々と頭を下げる。

 たぶん店に出たらまた下げることになるんだろうけど、今はこれぐらいしか出来ないので、とりあえず土下座の姿勢をキープしておいた。


「あ、あの……アーシュアさん。前に言ったスタンプって……?」

「ああ、店ので良ければお貸ししますよ。店名のロゴが入っているやつでよければ」

「ありがとうございますっ!!」


 さすが、持つべきものは敏腕(びんわん)マネージャーだ。アーシュアさんが俺たちのマネージャーで本当に良かった。


「それじゃ、アーシュアさん。また明日、よろしくお願いしま……」

「成哉さん。改めて言っておきますがね、私はあなたのことを前世の事情から知っています。あなたが背負ってきたものも、その傷の大きさも」


 明るい挨拶で締めようとしたところに暗いトーンで割り込まれ、俺は返す言葉を完全に見失ってしまっていた。


 どうして今、そんなことを話そうとしているんだろう。一体なにを伝えようとしているんだろう?

 その低くて硬い声音からは、真意に近いものを汲み取れない。


「ですから私相手に、無理に過去を話そうとする必要はないです。その代わりに、もっと頼って相談して下さい。いくらでも寄りかかって下さい、マネージャーとして」

「え、っと……?」

「あなたのことをもっと知りたいですし、支えになりたいとも思っているんですから。私のことを心から信頼して頂けるよう、頑張りますので。これからもよろしくお願いしますね、成哉さん。……それじゃ、おやすみなさい」

「あ、はい。おやすみ、なさい……。また明日……」


 プツリと通話が途切れ、呆然とした心地で俺は、通話機を耳から下ろした。


「なんだったんだ今の……?」

「成哉くーーんっ!」


 会話内容を頭で反芻(はんすう)しようとしたその時、エチェットの高めの呼びかけが耳に届いた。


「お風呂、沸いてますよー! 一緒に入りましょうかー!?」

「やっ、やだよ! カルムと入るっ!」


 反射的に返してしまったせいで、頭にこびり付いていた疑問やモヤモヤしたものなんかが一気にすっ飛んでしまった。

 エチェットといつも通りに言い合いをしながら、今は考えなくてもいいかと、いったん頭から追い出す。


 それきり思い出すことのないまま、俺たちは配付会の当日を迎えた。




「うわっ、思ったよりも並んでる。結構多いな……」


 前日から店頭でチラシを配って告知してくれていたお(かげ)で、早朝から店の外には待機列が並んでいた。

 なるべく周囲の建物に迷惑が掛からないよう、うちの店舗の周りをぐるりと回るような形になっている。


 百名限定ということもあり、列の距離はそんなに長くはない。それでも手作りという希少性のためか、一時はかなりの争奪戦になったみたいだ。


 今も最後尾で看板を掲げている店員に「まだ配付会の受付はやっていますか?」と訊く人が大勢いて、百名限定の枠が予想していたよりもだいぶ狭かったことを痛感している。


(さいわ)い裏口までは囲われていないようだ。助かったな」


 待機列を避けて関係者用の出入り口を(のぞ)き込み、カルムは急ぎ足で俺のところに戻ってくる。

 いつもだったら出待ちのファンが幾人か待ち伏せている場所なんだけど、今日は彼らの姿も無かった。どうやら列に混ざっているみたいだ。


「ありがとうな、カルム。送り迎えしてくれて」


 俺の隣で周囲を警戒している彼にそう声を掛ける。

 人目をどう避けようかと思案していた様子のカルムは、一瞬呆けた顔をしてから、ふっと表情を柔らかくした。


「雄大の代わりだからな。あいつみたいに恰好良くお前を守ってやれる自信はないが、俺だってこれから父親になるんだ。ちょっとでもあいつの真似事をして、育児を覚えるぐらいはしないと」


 そうして俺の頭を乱暴に撫で、そっと手を繋いでくる。


 現役の冒険者である彼の手は大きくてゴツゴツとしていて、日々大剣を振るっているせいか、指の下には潰れたマメが幾つも出来ていて。

 これから産まれてくる彼の子供もきっと、この手の無骨(ぶこつ)さを肌で感じながら育っていくんだろうなと、しみじみとそんなことを考えてしまう。


「父さんの真似事なんてしなくてもいいよ、カルムはカルムで。俺から言わせれば、カルムの方がよっぽど大人で父親らしいし」

「そうなのか?」


 意外だという顔でこちらを見てくる。「そうだよ」と、俺は頷いた。


「だって父さん、脱いだ服をその辺に置いていくし。靴下ちゃんと裏返せって言っても聞かないし。部屋でずぅっと筋トレばっかりしてるし。この前なんて、俺のペチコートのことを『成哉のふりふりパンツ』とか言いやがったんだぞ。さすがに俺もブチ切れて、数日は口きいてやらなかった」

「それはー……。ちょっと、可哀想だな……?」


 困って苦笑いを浮かべるカルムに対し、俺は同じような笑いで返した。


「ああ見えて子供っぽいんだよ、父さんはさ。俺やユエリスを育てながら、大人になってるっていう感じで。でもみんな、大体そんな感じだよな」


 列をなしている大人たちの横を歩きつつ、カルムを見上げる。


「大人の定義ってけっこう曖昧(あいまい)でさ、自分ではそうなれたと思っていても、けっきょく中身は子供のまんまだったりして。たぶん、責任の重さや経験の質なんかで、人の中身ってゆっくりと変わっていくんだろうな。歳の数とかじゃなくて」


 大人だなんて強がっていても、けっきょくのところ俺は、子供のまんまだった。

 子供のまんまでナイフを握り、大人だから平気なんだと(ひと)りぼっちで旅をしていた。

 そうしてまた子供に戻り、今度こそ俺は大人になろうとしている。


「……だからさ。お前は色んなことを経験してるし、何なら世界を救っちゃってるんだから。カルムはカルムらしく、ちゃんと理想の恰好良い父親になれるよ。俺が保証する」

「そうか。それはとても心強いな」


 大きさを確かめるように俺の手を握り、それからカルムは、出入り口の傍に警備員が立っているのに気付いておもむろに手を離した。

 同じように目をやってみると、相手は顔馴染(なじ)みの人で、いつも同じ場所に立っているオーク印の警備員さんだった。


 ピンクの地肌と大きなブタ鼻が特徴の、同族からは『牙無し』と呼ばれている、いわゆる毛が薄くて温厚なほうのオークだ。


 この世界のオークというのは二種類存在している。

 片方はモンスターに分類される言葉を解さない人を襲う獰猛(どうもう)な種類で、もう片方は、人の言葉を理解して話し、人間の傍らで生活をしているモンスターに分類されない種類だ。


 後者は『牙無し』と呼ばれて同種族からは(さげす)まれているが、その代わりにモンスターとして誤って討伐されないよう、人間や他種族からは厚く守られている。


 ようはモンスターとして人間を襲おうとする本来のオークと、人間側に立ち、モンスターから脱しようとする進化的なオークとがいるというわけだ。


 そんな平和主義なオークが望んだ生活を送れるよう、彼らの能力が遺憾なく発揮できる仕事を斡旋(あっせん)しようとする働きが、ここ最近で活発になってきている。

 『オーク印の警備員さん』も、そんな仕事のうちの一つだった。


 昔は怖がられるせいで職の選択肢も少なかったそうだが、近年はそうでもなくなってきていると、俺の知り合いのオーク――デュランが嬉しそうに語っていた。


 ちなみにオークは本来、毛深く鼻が大きいせいで二足歩行のイノシシに例えられる。

 対して牙無しはほとんど毛が生えていないので、ブタに似ていた。目の前にいる彼も、俺の知り合いのオークであるデュランもまた、恰幅(かっぷく)の良い二足歩行のブタそのものだ。


「おはようございまーすっ!」


 俺から先に声を掛けると、オークの警備員さんは驚いたように大きな鼻をひくりと動かしてから、豚特有の小さな垂れ目をより細くしてにっこりと笑った。


「ああ、おはようセーアちゃん。今日も元気だね。そちらの方は?」


 俺に合わせた高さで腰を屈めていた彼は、すっと身を起こすと横にいた青年を見た。

 カルムは澄まし顔で、ジャケットの(ふところ)から関係者用の証明書を取り出す。


「こいつの保護者で、今日警備の仕事を任されているカル……カ……えぇと、カルロだ。よろしく頼む」

「ああ、(うかが)っていますよ。こちらこそよろしく、カルロさん」


 軽く握手を交わし合い、促されて俺たちは店の中へ入る。

 さりげなく横目で見てみると、カルムは若干ながら緊張した面持ちでいた。裾をクイッと引いてやる。


「さっきお前、自分の名前言いかけただろ?」

「お前だってしょっちゅうやらかすじゃないか」


 (ひじ)で小突き合いながら廊下を進んでいく。

 途中で何人かとすれ違ったが、事情を知っているスタッフ以外はみんな、目の前にいる青年が勇者一行のカルムだなんて誰も気づかないだろう。


 余計な騒ぎになってしまわないよう、本日の彼は変装をしていた。

 髪染めによって一時的に黒い髪を濃いめの青に染めていて、横分けの髪型はそのままに、整髪料でゆるくウェーブをかけて毛束を遊ばせている。

 服装は全身黒色の、ヴィクトリアン調のゴシック・テイストな燕尾服。


 黒と銀の配色はいつもの彼らしさがあるが、シャツの襟や袖口なんかには控えめにフリルが付いていて、首元には彼の瞳と同じ、澄んだ水色の石が()まった楕円(オーバル)型のブローチが飾られている。


 警備の仕事というからてっきり、オークの警備員さんと同じような制服を着るのかと思っていたが……場の雰囲気を壊さないよう、周りとテイストを合わせた服装にしてくれという要望があったんだとか。

 おかげでこういった恰好に苦手意識があるカルムは、着てからずっと落ち着きがない。


「やっぱり着慣れないな、こういう服は……」


 窮屈(きゅうくつ)そうに何度もシャツの襟を調整しているカルム。

 サイズ的にもかなり引き締まった服装なので、スタイルの良い人しか着られないような人を選ぶ恰好だ。

 それでも問題なく着こなせてしまう辺りに、彼が持つ本来の容姿の良さが感じられる。


「……なんでたまに睨んでくるんだお前は?」


 ジャケットの襟を正しながら、カルムは少し困惑した表情でこちらを見た。

 自分がこれでもかとイケメンオーラを放ちながら歩いているなんて、こいつはまったくもって思ってはいないんだろう。


「べえぇっつにいぃ~? 言っとくけどな、その恰好でエチェットの前に立つなよ絶対に。男らしいこともすんなよ」

「何を心配しているのか知らないが……。あいつの前でこんなピシッとした格好をしたら、指をさされて大爆笑されるのがオチだぞ。あいつはお前にしか興味がない」

「ほんとっ?」


 思わず歩を止めて振り返ってしまった。勢いのままに詰め寄る。


「本当にエチェットは俺にしか興味がないの? 同じ冒険者の男の人に、クエストやデートに誘われたりしてるんじゃないの?」

「しているが……。あしらうたびに不機嫌になって、『あの人ずっと私の胸を見ていました。イヤらしいし最悪です』とか、『いっそ取り外しが出来ればいいのに。成哉くんの前でしか付けたくありません』とか、プリプリ怒っていたぞ。ちなみに俺は、あいつにとってはただの男避けらしい」

「それってつまり、エチェットは俺のことを誰よりも〝男〟として見てくれているってこと!?」


 俺の問い掛けに、カルムは歯切れ悪く答えた。


「あー……。まぁ……そう、いうことなんじゃないか?」

「ひゃっほぉぉぉうっ!! いぃぃえぇーーーーぃ!! ういぃーーーーい!!」

「セーアちゃんおはよー。ご機嫌なところ悪いんだけど、うるさいから廊下では静かにねー?」

「はぁーーーーいっ!! 気を付けまぁーーーーすっ!!」

「静かにー」


 近くにいたスタッフさんに苦笑しながら(たしな)められてしまった。

 ぴょんこぴょんこと跳ねながら、カルムと一緒に控え室へと入る。人目がなくなったことを確認してから、カルムはこっそりと耳打ちしてきた。


「機嫌が直ったのは良いんだがな、気を引き締めろよ。どこに敵がいるのか分からないんだから」

「分かってる」


 応えながら、ハンガーラックに掛かった衣装を手に取る。今日はケーキと動物を掛け合わせた服装だ。

 俺はショートケーキ×バニー、チェルはガトーショコラ×キャット、フィノはブルーベリー・タルト×ベアー。

 

 ケーキを基礎(ベース)に個々のフルーツがあしらわれたドレスの上には、料理をしているところをイメージしているのか、フリルが付いた小さめの白いエプロンが着けられている。いわゆるエプロンドレスというやつだ。


 デザイン的にはエチェットが(つくろ)い直したハートのエプロンのほうがよっぽどドギツかったので、こっちならまだ許容範囲内だ。


「ずっと緊張し(どお)しだと、息が詰まってしょうがないだろ。これでも意識は尖らせてるつもりだ」

「本当か……?」


 服を着たままで手早く着替え始めている俺に、疑惑の目を向けてくるカルム。さっきの俺のはしゃぎようを見ればまあ、気が緩んでいるようにも感じるだろう。

 その時、コンコンッと軽いノック音がした。「どうぞー」と促すと、音を立てて扉が開く。部屋に入ってきたのはマネージャーのアーシュアさんだった。


「ああ、どうもカルムさ……」


 言いかけた彼はいったん言葉を止め、まじまじとカルムを見つめる。


「えっと……カルムさん、ですよね。だいぶ着こなしていらっしゃいますね……?」

「そうか?」


 カルムはもう一度ジャケットの襟を正してから、袖口や裾を確認する。

 燕尾服にはポイントで銀の重厚なボタンが縫い付けられているので、それが知らぬ間に取れたりしないかと、彼は密かに心配しているのだ。


「こういうカッチリした服装には苦手意識があったから、ちゃんと着れているのか心配だったんだが。他人の目にそう見えるのなら、多少は自信を持って良いのかもな」


 背中側の長い裾をひらりと(なび)かせ、彼はこちらに笑いかける。


「ウェス。お前は似合ってると思うか?」


 その爽やかな微笑と、スタイルの良さが分かる全身黒の燕尾服、そして整髪料でくしゅくしゅにした髪が普段にはない彼の色っぽさを引き立たせていて、悔しいが非常に似合っている。

 俺はたまらずに指をさした。


「いいかカルム! く・れ・ぐ・れ・も、エチェットの前でそういう恰好はすんなよ!? 絶対だからな、ぜえぇぇったい! 分かったか!? 返事は!?」

「分かった分かった」


 指を向けられて文句を言われているのに、何故か彼は嬉しそうな顔でいる。褒めてないのに何でそんなに笑顔なんだ。

 対して俺は()ねた表情がなかなか戻せず、「どうせ俺はカッコ良くないし……」とブツブツ呟きながら、ドレスを着込んでいく。そこでまたしても扉が開き、チェルとフィノが顔を覗かせた。


「おはようございまーす! セーアちゃ……きゃっ!?」


 チェルはいつもの調子で室内に入ってきて、その瞬間に俺が着替え中であることと、それからすぐ傍にカルムとアーシュアさんがいることに気が付いた。


 マネージャーはともかく、着替え中である俺の傍に知らない男が立っている光景がよっぽど衝撃的だったんだろう。チェルはすぐさま俺の傍へと駆け寄ってくると、前方に壁になるよう立ち塞がった。


「だだだだ、誰なんですの貴方は!? セーアちゃんの生着替えを見るだなんて、友人のわたくしだってしたことがないですのに!! そんなのズルいですわよ!? 本当に誰なんですの、答えてくださいませ!!」

「チェル」


 扉の(かげ)から進み出てきたフィノが、指先でちょんちょんとチェルの肩をつつく。


「その人たぶん、カルムおにーちゃん」

「えっ!!?」


 チェルは驚愕の面持ちでカルムを見た。


「カッ……カルムにーさま……?」


 いつもと髪色も違えば服装も大きく異なるので、普段の彼を知っている人ほど惑わされやすいだろう。


「なんでセーアちゃんの生着替えを見ているんですの……?」

「見てはいない。ちょっと仕事の打ち合わせをしていただけだ」


 心外そうに答えたカルムは、マネージャーに目配せをした。他で話そうということだろう。


「今日俺は警備の仕事を任されていてな。勇者一行のカルムじゃなく、店員の『カルロ』としてこの店に来ている。間違って本名で呼ぶんじゃないぞ?」


 ふっと笑い、通りすがりにチェルとフィノの頭をポンと撫でていくカルム。

 そのままアーシュアさんと連れ立って颯爽(さっそう)と部屋を出ていき、控え室には俺たち三人が残された。


 ポカンとしていたチェルが、ハッと我に返る。


「恋愛モノの物語(おはなし)に出てくる顔の良い男の人って、いつも女の子の頭をさらりと撫でて行きますけど……あれって本当でしたのね……?!」

「いや……カルムのことだから、あれはたぶん子供扱いしてるだけ……」


 俺やユエリスが傍にいた環境でよく頭を撫でていたから、それが癖として残ってしまっているんだろう。

 それでも年頃の女の子や、女性相手に彼が気安く頭を撫でているところなんて見たことがない。あっても妻のメルダ師匠か、それかエチェットをからかっている時ぐらいで……。


 そんなことを考えていると、ふと父さんがエチェットの頭を撫でている場面を思い出した。

 そういえば一度だけ、成哉の恰好でいる時に頭を撫でていたっけ。本人はいつもの癖でやったみたいだけど、エチェットは顔を真っ赤にしていて…………俺も怒りで真っ赤っかに…………。


「あの、セーアちゃん?」


 俺の隣でいそいそと着替えを始めようとしていたチェルが、不思議そうにこちらの顔を覗き込んできた。


「おくちがとんがってて、鳥さんのクチバシみたいになってますわよ? どうしたんですの?」

「なんでもない。鳥のモノマネ」


 チェルの問いに適当に答えていると、バンッ! という音とともに三度(みたび)扉が開いた。ノックぐらいしろと言いたいが、入ってきた人物はわざとそうしなかったんだろう。


「セーアちゃあぁぁーーーーんっ!!」

「んブぅッ!?」


 両腕を大きく広げながら走ってきたその子は、タックルをするように俺に突っ込んできて強引に抱き締めてくる。


「私も臨時モデルのお仕事があったので来ちゃいましたぁーーーー!! カルムばっかりおめかしして、セーアちゃんの隣にいられるなんて許せませんからね! 私もバッチリお洒落して、セーアちゃんのハートを射止めちゃいますよ!」

「もっ……もう射止められてるし、刺すとこない……」


 胸のなかでモガモガ言いながら抜け出そうとするが、腕の力はいっこうに弱まらない。

 ていうか俺、着替え中……。


「刺すところがないのなら、刺さっている矢の上からさらに刺すまでですよ!! ちなみにそれを()ぎ矢といいます!!」

「さ、さすがはエルフの里出身……弓矢に詳しい……」

「エチェットお姉さまっ!」


 笑顔のチェルたちが嬉しそうにエチェットへと身を寄せてくる。


「お姉さまも今日は、お店でお仕事されるんですのね?」

「今日もきれー」

「ふふっ、ありがとうございます! そうですね、まだどんな服を着るのかは聞いてないんですけど……」


 そのまま胸元にいる俺を「よいしょっ」と抱き直し、さりげない動きで耳に顔を近づけてくる。


「今はキャンペーンをやっているそうですから……セーアちゃんみたいな獣人っぽい恰好、なんですかね?」


 また前みたいに耳へイタズラをするのかと思っていたら、耳は耳でも、うさぎ耳へとキスをしてきた。毛がふわふわしていて気持ち良いみたいで、唇や頬で撫でるようにして触っている。


「そ、そこはやめ……」

「ね、セーアちゃん。……私には、どんな動物が似合うと思います?」


 うさぎ耳に囁きかけてくる。

 そこに聴覚はないんだが、厄介なことに触られている感覚はあって、さらに言えば毛に触れてくる感触が余計にくすぐったい。


「や、やめ…………見っ…………!」


 見られてる、そう言うよりも先に、「あらっ?」とチェルが疑問を含んだ声を上げた。


「セーアちゃんのお耳、わたくしたちのカチューシャと違いますわ!」

「ほんとだ、カチューシャ部分が見えないようになってる。すごい、ホントに生えてるみたい」

「どうなってるんですの? 触ってみたいですわ!」

「あ、ちょっ……」


 俺たちとは違ってなんの邪念もない真っすぐな眼差しで、チェルとフィノはうさぎ耳に手を伸ばしてくる。

 うまい言い訳が思いつかないまま、俺はエチェットの腕の中で、迫りくる指先を前にうさぎらしく(おび)えているしかなかった。


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