友は故郷の記憶のなかに
「成哉。一緒に遊ばないか?」
誘うのはいつも、父さんのほうからだった。
普段は仏頂面なくせに、こういう時ばっかり緊張が顔に表れる。あくまで本人はポーカーフェイスを気取っているみたいだけど――ぜんっぜん、まったく、微塵も内心の動揺を隠しきれていなかった。
明らかに拒否されたらどうしようという、不安と恐怖とが滲み出ている。
いつもはどんな式典に出席していようがまるで関係なく、堂々と胸を張って、前を見据え、詰まることなくスピーチをしてみせるのに。
どうして我が子を遊びに誘うというだけで、これほどまでに緊張しているんだろうかこの人は。
別にそんな、俺が本気で嫌がるわけがないっていうのに。
「あ、いやその……イヤだったら、別に……いいんだがな……?」
こちらの反応を気にしながらお伺いを立ててくる様子があまりにも必死で、何というか、呆れを通り越して別の感情が湧いている。
戦闘以外のことだって平気な顔でスマートにこなしてしまう、もはやチート級と呼べるほどの、女神に愛されし唯一の男――……のように見えて、実際はどうしようもなく不器用で、へたっぴで。
ほんと、こういうところを母さんは好きになったんだろうな、なんて思ってしまう。
幸せになることを半ば諦めていたような父さんが、自分の幸せのために、こうして俺に『お願い』してくれているのが純粋に嬉しいんだから。
息子としては出来るだけ叶えてやりたいなと思っているし、本音を言ってしまえば、俺だって一緒に遊びたい。
でも天邪鬼だから素直にはなれず、結局は邪魔なプライドと羞恥心のせいでつい、意地悪な物言いになってしまう。
「遊ぶって……。なにで遊ぶんだよ?」
平常運転な俺の対応に、それでも父さんは負けじと身を乗り出した。
「かっ、紙ヒコーキなんてどうだ? ほら、色付けも出来るぞ!」
言いながら真四角に切った紙の何枚かを、リビングのテーブルに広げていく。
絵の具と筆まで用意していた。これでヒコーキの柄を描いて、カラフルにして飛ばそうということらしい。
「子供っぽい……」
わざわざそう口にしながら、嫌がっている素振りをするのもまた子供っぽいなと、自分のことながら思ってしまう。
「子供『っぽい』って。まんま子供だろうが、お前は」
軽く吹き出し、父さんは返答を待たずに紙を折り始めた。
何の迷いもない手つきで、太く長い指先がただの真四角だった紙を、器用にパタパタと折り畳んでいく。
やがて色も柄も入っていない、真っ白な紙ヒコーキが出来上がった。
「ほら成哉。一号機目の完成だぞ」
父さんは筆に赤い絵の具を付けると、右の翼に『一』と書き、それから何故か左の翼には、『成哉号』と書いた。
いくらなんでも安直すぎる。
「何だよ『成哉号』って! 俺の名前かってに付けんなよ!」
「……す、すまん。ほかに思い浮かばなかったからつい」
「もうちょっとあるだろ、こう……『純白の翼号』とかさ! 真っ白なのに掛けて、『夢は無限大号』とか! 色々と!」
例えを出しておいて何だけど、俺のも大概ひどいな。あんまり父さんのネーミングセンスをとやかく言える立場じゃない。
けれども言ってしまった以上は引けずに、じっと次の言葉を待つ。父さんは少し恥ずかしそうに、ポツポツと語り始めた。
「……私が子供だったころ。こうやって紙ヒコーキに自分の名前を書いて、飛ばしていたんだ。その癖で、つい……。『雄大号』と、久士がそう書いてくれていたから」
「久士さんが……作り方を、教えてくれたんだ?」
問いかけに頷き、父さんはふっと口角を緩める。
「母はよくパートや夜勤に出掛けていて、しょっちゅう家に居なかったからな。私が知っている遊びの大半は、久士から教わったものだ。このよく飛ぶ紙ヒコーキだって、あいつが考案したものなんだぞ?」
少々自慢げに言い、父さんは紙ヒコーキを持った手を思いっきり振りかぶった。
複雑に折られた両翼がうまいこと風をまとい、計算の通りに飛距離を伸ばし――……。
「……――ぁ?」
と思ったのだが、父さんの手元から離れた瞬間に衝撃波が生まれ、紙ヒコーキがボッと空中で焼え上がった。
細かな灰となった紙片が風にはらはらと舞い、妙な哀愁を感じさせる。
「すまん。手元が狂った」
「どう狂えば大気圏に突入したみたいに燃えるんだよ!? っていうかここ、室内だから! 危ないだろ、窓の外に投げろよ!!」
「本っ当にすまん。いま作り直す」
謝りながら一生懸命に折っているが、また手元が狂って燃えカスにしてしまうのは何となく想像できた。
「どうせ燃えちゃうんだったらさ。俺の名前じゃなく、『さらば! 宇宙へと輝ける突撃号!』とかにすればいいじゃん。なんかこう、次回予告みたいに」
「それはもうネタバレじゃないのか……? というか、わざと燃やしているんじゃないんだがな……」
言った直後に、窓の外へと投げた二機目が焼失した。やっぱり思った通りだ。
飛ばしては燃え、飛ばしては燃えと、繰り返すうちにだんだんと余裕がなくなっていく父さん。
見ていて何だか面白くなってきてしまい、ちょっと煽りを入れてみることにした。
「飛ばし方をちゃんとコントロールできるようにならないと、危なっかしすぎて、とてもじゃないけどユエリスには教えられないなぁ~? 父さぁぁ~ん??」
「ぐうぅっ……! クソォッ!」
焦りのせいでまた燃やしている。
「飛ばし方は俺のほうが上手いみたいだな?」
ニヤリと笑ってやると、対抗意識を燃やしたのか、父さんは鼻息荒く否定しはじめた。
「いーーや絶対に私のほうが上手い。ユエリスに教えるのは父であるこの私だ、兄ふぜいはすっこんでいろ!」
「兄貴分に教わったやつがなに言ってんだよ?!」
「……久志はな。紙ヒコーキを飛ばすのも、折るのだって私よりも圧倒的に上手かったんだ。でもお前は父を超えるにはまだ早い。いいからユエリスに教える権利を早々に放棄しろ、完全に放棄して父へと全面的に譲れぇッ!!」
「なんでさっきからそこまで本気なの!?」
「愛以外にあるかぁぁッッッ!!」
「愛娘にデレデレしてるだけじゃねえかよ!?」
……なーんてやり取りが過去にあったのを、夢想するついでに思い出してしまった。
父さんのことを考え始めると、どうしても寂しくなってくるし、今後のことだって不安だ。けれども同時に、面白かった出来事もたくさん蘇ってくる。
いつだって常識はずれで無茶苦茶だから、こんなエピソードがいくつもあるんだ。
おかげで思い返すだけでも吹き出しそうになってしまい、チェルたちに不審がられたのは言うまでもない。
「ばいばーーい!」
「またねぇーーーーっ!」
「またあそぼーねぇー!」
遊んでいるあいだにあっという間に時間は過ぎていき、一時間が経ったので、俺たちはカルムが待つ家の中へと戻ることにした。
とちゅうで混ざりに来た近所の子供や、暇をしていた老人、見物にきた大人たち、クレスタット教会に住む孤児たちと手を振って別れる。
彼らの手には、お土産の紙ヒコーキが握られていた。
今でこそ『勇者誕生の地』などと言われて観光地と化しているプレナントだが、此処はもともと宿泊施設もなければギルドの建物もない、非常に小さな田舎町だ。
旅人が立ち寄ることも、わざわざ冒険者が泊まりに来るようなこともない。
そもそも外部の人間自体が滅多に来ないので、町で見かけないような珍しい物を持っていると、それだけで誰かしらの目につきやすい。
「ねえねえ、おねーちゃんたち! それなーに?!」
「なにしてるのーっ!?」
当然のように話しかけられ、人見知りのフィノは尻込みをしていた。
相手は見るからに年下だったんだけれども、急に駆け寄って来られたのもあって、その躊躇のなさにビックリしてしまったんだろう。
「え……えと。えっとね……」
それでも何とか苦手を克服しようと、彼女は頑張って答えようとしていた。
しかし後から後から、小さな子供がわらわらと集まってくる。
「なんだよこの紙、ヘンな折りかたー!」
「こんなんでホントに飛ぶの?」
「とんでたよ、まっすぐにふわーって! ねえ、おねーちゃん!?」
「おねーちゃんてばぁーっ!」
「あう、あううぅぅうっ……!」
クレスタット教会の近くという関係もあり、とにかく場所的に集られやすい。
喋る間もなく取り囲まれてしまい、フィノは窮地に立たされていた。
「ちょ、ちょっとほら。フィノが困って……」
「こーらっ! お姉さんを困らせるものじゃありませんことよ!」
そんな空気を壊してみせたのはチェルだった。
俺よりも先にお叱りの言葉を飛ばした彼女は、自分が持っていた紙をせっせと子供たちに配っていく。
「質問ばっかりしていないで、一緒にやってみませんこと? とーっても楽しいですわよっ!」
「なにするのー?」
「〝紙ヒコーキ〟というものを作るんですのよ。すっごく綺麗に飛ぶんですの、セーアちゃんやってみせて下さいませんこと?」
「……あ、ハイ。分かりました」
優雅に微笑まれてしまい、俺は大人として介入するのを早々に諦めた。
こういうのは人懐っこいチェルの得意分野だ。
「フィノ。フィノはさっきの、クルッて宙返りをしていた紙ヒコーキの折り方を、この子に教えてあげて下さいませ。風邪をひいてお留守番をしている弟さんに、ぜひ持って帰ってあげたいそうなんですの」
「……ん。わかった」
こくりと頷き、フィノもまた男の子に紙ヒコーキの折り方を教え始めた。
どれだけ怖かろうとも、「誰かのため」という理由ならば迷いなく動ける。そんな彼女が秘めていた特性を、イベントのなかで確かに見たからこそだろう。
それからは大人も混ざりつつ、ちょっとした折り紙教室みたいになって、危うく一時間経っているのも忘れて没頭してしまうところだった。
最後のほうには結構な大所帯になり、教えてくれたことへのお礼として、子供たちからは飴玉を。
大人からはプレナント名物の『勇者まんじゅう』を一個ずつ貰い、俺たちは互いに手を振り合いながら別れを惜しんだ。
「また来ますわねぇーーっ!!」
「みんな、遊んでくれてありがと。またね」
「またセーアたちといっしょに遊ぼうねーー!! それじゃっ、ばいばーい!!」
そうして帰路につき、俺たちはまたリビングへと戻ってきていた。




