紙ヒコーキよ飛んでいけ
「「レースの、クッキーって??」」
仕事でよく耳にするぶん、布に関係する『レース』という言葉と『クッキー』とが、うまく結び付かなかったんだろう。二人が不思議そうに問い掛けてくる。
俺はレシピと一緒に用意していた、図案が描かれた紙と、スカートのポケットに仕舞っていたハンカチを取り出してみせた。
「素焼きのプレーンなクッキーに、真っ白なアイシングでレースの柄を描くんだよ。ほら、参考になる素材だったら身近にいっぱいあるし、服屋の店先で配るにはちょうど良いデザインでしょ?」
言いながら四つ折りのハンカチを広げ、縁を飾っている花柄のレースと、それを参考に描いた図案のひとつをそれぞれに指し示す。
「こういう単純なパターンの柄であれば、子供が描くにもそう難しくないし。可愛い手提げのバスケットに入れて配れば、セーアたちの衣装や、お店の雰囲気にも合うかなーと思って……」
そこまで口にしてから、ようやく俺は自分が捲し立ててしまっているのに気づいた。
そういえば二人の意見も訊かないで、勝手に準備を進めちゃったけど……これじゃあひとりで暴走しているみたいじゃないか……?
「ど……っ、どう、かな?」
慌てて二人の顔色を窺ってみる。
「どうって。ここまで練られていたら、さすがに口を挟めませんわよ」
「だね」
チェルとフィノは、俺が描いたデザイン画を覗き込みながら少しおかしそうにしていた。
勝手に気負って話を進めるような真似をしていたなんて、我ながらちょっと恥ずかしいし、少し前の自分に「落ち着け」と言ってやりたい。
「ご、ごめんね。他に案があれば、どんどん言ってくれていいから……」
「いいえ。良いと思いますわよ、わたくしもそれで」
「うん。だってセーアちゃん、はりきって今回のクッキー作りを計画してくれてたんでしょ? これだけ用意してあれば分かるよ」
そう柔らかな声音で言われ、カアァッと瞬時に頬が火照ったのが分かった。
彼女たちは気づいていたんだ。たった今、ようやく俺が気づけたことに。
ただ迷惑をかけてしまったことに対する謝罪の気持ちだけで、準備していたんじゃなかったんだと。
――こんなに心が弾むのは。
休みの日を消化してまで、チェルたちと一緒に準備を進めたいと思ったのは――……。
「〝来てくれてありがとう〟って、あらためてお客さんに伝えたくなったんだよね? セーアちゃんは。みんなから手作りのグッズや、お手紙なんかをいーーっぱいに貰ったから。お返しに、何かしてあげたいなって思ったんだよね?」
フィノの柔らかな微笑みは、子供のものとは思えないほどに深く、慈愛に満ちていた。
チェルも同様に、少しお姉さんっぽい雰囲気で笑う。
「倒れたはずの本人が、こうして生き生きとクッキー作りに勤しんでいるんですもの。こっちはずいぶんと心配していたのに、これじゃあお見舞いどころじゃありませんわよ」
「ホントほんと。セーアちゃんがウキウキして張り切っているから、エチェットお姉ちゃんも、カルムお兄ちゃんもこうして協力してくれてるんだよね。『そうしたいな』って、つい思わせちゃう」
「魔力みたいなものですわね!」
人差し指を立てながらチェルが言い、カルムがそれに頷く。
「前は子供だからかと思っていたが。どうもコイツ自身に、そうさせる魅力があるらしいな。本人にはまっっったく自覚がないのが、本っ当にタチが悪いんだが」
「えっ……。それ……どういう意味?」
魔力……っていっても単純に、『魔法を扱える力量』のことを指しているんじゃないんだよな。じゃあ一体何のことを言っているんだ? 魅力……?
まったく身に覚えのない話題に、どう反応していいのかと困惑してくる。
混乱する頭でしばし考え、三人の表情と口ぶりから何となく察しが付いた俺は、躊躇いながらも口を開いた。
「セーアを見ていると、つい手を差し伸べたくなるってこと……? それって……セーアが他と比べても極端に危なっかしいからとか、情けないからとかそういう……?」
「「しらなぁーーーーい」」
あくまでシラを切るつもりのようで、チェルとフィノは意味ありげにニマニマと笑ったままで答えない。諦めてカルムを見ると、
「知らん。自分で考えろ」
と、やや突き放した受け答えをされた。
彼の切れ長の目がより細まっていて、そこから覗く澄んだ水色がまるで氷柱のような鋭さで、呆れているのが肌で感じ取れる。
「モデルの仕事を始めてから、やっとお前の自己肯定感が増して自信に繋がってきたと感じていたんだが。……無頓着なところは相変わらずというか……本っ当にお前は父親譲りだな、ほとんど悪いところが」
「えっ!?」
「母親に似ている部分は良いところばっかりだそうなのにな。父親の悪い部分にばかり似て、どうするんだお前は」
「ええぇえぇ…………?」
単純に呆れているだけじゃないというのは、今までの流れから何となく分かるんだけど……。俺の魔力? 魅力? っていっても、そんなの……。
「自分じゃわっかんないよぉ」
愚痴りつつ、考えても仕方ないのでいよいよクッキー作りへ着手することにした。
百枚を目標にしているので、生地は何度かに分けて作る必要がある。とりあえず最初の一回目は、俺とチェルとフィノでひとり一枚ずつ、生地作りをすることにした。
「合計百枚となると……一人につき、二十五枚のクッキーを作る計算になるな」
カルムは早くもアイシングクリームを作り終わったようで、すでに次の工程へと入っている。固めのクリームを使い、ハートやらリボンやらの細かなパーツを描いているが……そんな手作業の合間でも、彼はちゃんと俺たちの会話に入ってくれていた。
「けれどさすがに、子供が作るにはキツい枚数だろうからな。お前たちは十五枚から二十枚あたりを目処にしておいて、残りは俺に任せておけ。ちょっと数が足りなくても、俺が作っておく」
「まぁっ!」
まさに『デキる男』そのものな言動に、たまごを割る作業をしていたチェルとフィノが目を輝かせる。
「これが〝いけめん〟というやつですのねっ!」
「かっこいー……」
「いつも通りだよ。カルムは」
俺と違って見栄を張っているだとか、飾り立てているわけではなく。これで本当にいつも通りなんだから困る。
子供に優しいのはもちろん、手際が良いのも彼の長所だ。そしてなにより、彼の作る飯は美味い。
「カルムにーさまって、本当に『大人』っていう感じですわよね。子供の頃が想像できないですわ!」
「ねー」
あどけない二人の会話に、カルムがほんの少しだけ陰を帯びた表情をする。
もちろん、いきなり大人になったわけなどない。彼にもチェルたちと同様に子供だった時期があって、その『子供らしくいられた時期』が、他と比べると少し短かっただけなんだ。
――カルムは災害によって故郷と家族をまるごと喪い、宝石商人に引き取られた過去がある。
跡取りになるよう厳しく躾られたそうなんだが、それがおよそ普通とは言えないような教育方法だったそうだ。
かなりの勉強量をこなすように言われ、それらは十歳以降の子供が受けるような、もっと高学年向けの範囲だったとか。
いわゆる『飛び級制度』みたいな教育法だが、当時四・五歳だったカルムには当然ながら荷が重く、付いていけずに、結果理不尽な罰を受け続けた。
計算ができなければ食事を抜かれ、
顧客のデータを覚え切ることができなければ、裸のまま部屋に閉じ込められ。
教え込まれたマナーをひとつでも間違えれば、痕が残るほどに手足をぶたれた。
そんな日々に泣き腫らしていた幼き頃のカルムだったが、向こうもどうやら限界を迎えたようで、養父は彼を「役立たずだ」「使えない」「要領が悪い」とさんざん罵ったすえに、ついには家を追い出してしまった。
そうして身ひとつで彷徨ったすえに、カルムは現在の居住地であるウッドリッジという町に居着き、のちに冒険者という職に就いて今に至っている。
そんな彼の生い立ちを知ったうえで今のカルムを見てみると……よくもまあこんな涼やかで優しい、家事が万能で綺麗好きなイケメンが出来上がったもんだと、関心することしきりなのである。
「子供でいられた時期が短かったからなぁ。カルムは」
チェルたちの目を盗んで、カルムのいる調理台に寄りかかって話しかける。
遠い目をしていた彼は、俺に気が付くといつもの表情に戻った。いつもの、というか……正しくは、『家族の前でだけ見せる穏やかな表情』だ。
冒険者特有のものでも、大人らしいものでもない。
おそらく子供の頃とそう変わらない、目元の鋭さが抜けた彼らしい表情。
「お互い、よくまっすぐに育ったよな?」
「ああ。本当にな」
俺が気にして声を掛けたのに気づいたのだろう。笑顔のまま、彼はアイシングクリームで作った小さなパーツ――下にリボンがついた白いハートだ――を、俺の口にさりげなく押し込んだ。
「んっ? な、なに?」
いきなりだったので、少し面食らってしまった。でもすぐに砂糖の甘さが舌へと伝わってきて、自然と口元が綻ぶ。
「ん。んまい」
「お前のおかげで俺は、消したい記憶じゃなく、忘れたくない思い出を留めておくことが出来た。養父との辛い暮らしじゃなく、父と母との……故郷で過ごした輝かしい数年間を、俺は自分の過去にしていく」
もうひとつパーツを取って、カルムは小さく微笑みながら自分の口へと運んだ。
「もちろんお前だって、現在進行形で見守り続けるからな。遠く離れた場所にいても、どこからでも飛んでいくぞ」
「うわあ」
彼ならやりかねなかったので、思わず口走ってしまった。
「本当にすごい勢いですっ飛んできそう」
「イオニアみたいに召喚獣と契約をすれば、移動の手段については問題が無くなるんだがな。せっかくテイマーの資格を持っているし……雄大に頼んで、どこかのダンジョンで目ぼしいモンスターがいないか探してみようか……」
「自家用車の送迎バイトかよ」
「「ああぁーーーーっ!!」」
笑い合っていたせいで声のボリュームを落とすのを忘れてしまい、それがチェルとフィノの耳にも入ったみたいだった。
カルムがこちらへと差し出したパーツをぱくりと咥えたのを目ざとく見つけられてしまい、現行犯と言わんばかりに指をさされる。
「ふたりして盗み食いしていますわ!」
「ずるい、大人なのに。わたしも食べたい」
「わたくしもーっ!」
「一個ずつ、一個ずつだからな」
わちゃわちゃしているのを横目で眺めながら、俺はまた自分の作業に戻ることにした。このメンツでいるとついつい会話が弾んでしまい、うまいこと手が進まない。
あらためてヘラを持ち直し、ボウルに入ったバターを軽く練っていく。レシピには『クリーム状になるまで』って書いてあったけど……こんな感じかな。
ここにタマゴを投入。とはいってもいきなり落としてガシャガシャと乱暴にかき混ぜるんじゃなく、分けておいた卵黄を先に入れて滑らかになるように混ぜながら、白身をちょっとずつ足す感じで。
お次は薄力粉。ダマが残らないように気を付けながらザルを使ってふるい入れ、ヘラで縦に切るようにして混ぜていく。
ポロポロとしたそぼろ状になったら、ボウルに押し付ける感じでギュッギュッと纏めていき、かたまりになったら蝋引きの紙に包んで一時間、冷え冷えの食糧庫へ……。
「――って、一時間!? 一時間も生地を冷やすの!?」
俺の衝動的な突っ込みに、カルムが冷静な声で答える。
「一時間どころか一晩寝かせてもいいと、レシピには書いてあるぞ。なるべく冷やして固めたほうが、綺麗に型抜きが出来るんだそうだ」
「いちじかん……」
フィノが壁の時計を見ながら呟く。
「そのあいだ、なにして過ごすの?」
「……ああぁっ!!」
思い付きの大声に、チェルとフィノだけでなくカルムまでもがこっちを見た。けれど良いことを思いついた高揚感で、俺はあんまり気にする余裕がない。
「紙ヒコーキっ!! 精霊たちと約束してたんだ、チェルとフィノと一緒に飛ばして遊ぼうって!!」
「かみ……?」
「ひこーき……って、なんですの? 飛ばすものなんですの? かみひこーき……聞いたことがあるような、ないような……?」
二人とも意味が分からずに首を傾げている。地域によっては遊びとして伝わっていても、この世界には『飛行機』自体が無いのだからしょうがない。
「――『ヒコーキ』ッ!! 知っているぞ、大勢の人を乗せて空を飛んでいく金属のかたまりだっ! 神託者の著書にそう書いてあった!!」
カルムがお決まりの調子でそう叫んだ。
が、あまりにも叫んだ内容が非現実的で(?)恐ろしかったのか、チェルとフィノは「なにそれ怖い」とばかりに互いに抱き合った。
「きっ、金属のかたまりが……大勢の人を乗せて、空を飛んでいく!? どういう状況ですの!? 金属のモンスターが人を運搬……ゴーレムのたぐいなのかドラゴンなのか、いったいどっちなんですのおぉぉっ!!?」
「怪異っ! 怪異だよぉ!」
ちょっと涙目になっている。二人の頭の中では、鉄のでっかいドラゴンが人を大勢乗せて、あんぎゃあぁと鳴きながら空を飛んでいく様子が再生されていることだろう。
「ヒコーキは生き物じゃないよ。無機物だよ?」
ちょっとイタズラ心が湧いてしまい、事実を口にしてみた。
二人がおぞましい真実を耳にでもしたように、おうむ返しに「無機物……?」と暗い顔で呟く。
「さ……さすがは神の世界。無機物に命を与えることが出来るんですのね……!」
「そのうちこの世界にも、金属のかたまりが群れをなして空を飛ぶ日がやってくるんだ……。ドラゴンの繁殖期みたいに……!」
なにやらガタガタと震えているが、一体どんな光景を想像しているんだろう。俺が育った終末世界よりも酷いことになっていそうで怖い。
「そ、それじゃあセーアちゃんは、これから金属のかたまりに命を授けて、空に飛ばそうとしているんですのね……?!」
「錬金術師っ……!」
「えっと、二人がどういうのを思い浮かべているのか分かんないけど。こういうのだよ? 紙ヒコーキって」
キッチンに置かれていたメモ束の一枚を引き抜き、それを正方形になるよう破いてからパタパタと折っていく。
出来上がりの物を見た二人は、さらにワケが分からないものを見た顔をした。
「え……? 金属じゃないですわよ……?」
「うん。金属なのは『飛行機』で、こっちはそれを模して作った『紙ヒコーキ』。こうして手作りできるおもちゃでね、紙製だよ」
「飛ぶの? これ……」
「うん。見てて」
言いながらキッチンからリビングの方へと飛ぶように立ち位置を調整する。
ヒュッと紙ヒコーキを投げると、二人が見ている前でまっすぐに飛んで行ったヒコーキは、しかし、数秒と経たずに壁へとぶつかって墜落した。
「落ち、ちゃった……」
「この通りけっこう飛ぶからさ、室内だと狭いんだよね」
「これを、これから飛ばしに行くんですの? お外に?」
「そうっ!」
ユエリスと遊ぶ用にストックしてある正方形に切った紙をかき集め、それぞれに手渡す。
「昨日のショーで精霊の力を借りた時にね、『紙ヒコーキを作ってみんなで遊ぼう』って約束したんだ。精霊たちもチェルとフィノのことを、気に入ってくれたから。一緒に飛ばせばきっと、喜んでくれるよ!」
二人は手元に視線を落とし、それからパッと顔をあげた。
「「つくりかた、教えて(くださいませ)っ!」」
「うんっ、外に飛ばしに行こう! ……あっ、一時間経つ頃には戻ってくるから! カルム、行ってきまーすっ!」
俺が手を振りながらリビングを出ていくのを、あとからチェルたちが追いかける。
「「いってきまーーーーすっ!!」」
「ああ。行ってらっしゃい、気をつけてな」
手を振り返していたカルムが落ちた紙ヒコーキをこっそりと拾い上げ、飛ばそうと構えているのが出がけに見えた。あいつにも後で作り方を教えてあげよう。
大人ぶっていても、あいつにもまだまだ子供っぽい部分があることを俺は知っている。
「……家族で友達、だからな」
「えっ? なにか言いましたの、セーアちゃん?」
「んーん! なーんでもないっ!」
玄関から出て、折ったばかりの紙ヒコーキを青空めがけて飛ばす。
それに気づいた風の精霊たちが、きゃあきゃあ言いながら我先にと掴まり始めた。うわぁ、大盛況だ。
「じゅ・ん・ば・んー! じゅんばーんっ!」
「どうなってるんですの?」
「順番って?」
手で庇を作りながらチェルとフィノが覗き込んでくる。
俺はいまだ飛んでいるヒコーキを指して言った。
「風の精霊たちが紙ヒコーキに掴まって飛ぼうとしてる。めっちゃ喜んでる」
「まあっ! 可愛い!」
「喜びすぎて群がってる」
「それじゃあ、たくさん作ってあげないとだね」
早速しゃがんで紙を折り始める二人。
そんな彼女たちの傍らで、紙ヒコーキの作り方を教える父さんの姿を、ちょっとだけ夢想してしまった。そこにエチェットやユエリス、カルム、ロズ、ククリア――……だんだんと家族が加わっていく。
……もしも父さんの意識が戻る日が来るのなら。彼女たちと、それから家族のみんなで紙ヒコーキを飛ばし合いたい。
そんな日が近いうちに来るといいな、なんて。
こうして俺は、切に願っている。




