願いと理想
現在は朝四時、街の大通りを鍛冶屋メルトに向かって進む。
「ふあーぁ、ねぇ涼太、少し早くない?」
俺達はメルトにカノンを迎えに行く所だ。
カノンの指輪に当てられたのか魔法の研究をしていた楓は寝ぼけ眼を擦りながら背伸びをする。
「帝国城の宿泊も辞めるって言うし親方さんの言う場所ってそこまで遠くないんだよ?」
朝日を浴びて少し半眼で眠そうにトボトボ歩いてるのを見ると何やっても絵になるなあと思う。
「はじめてのお使いだぞ?失敗しないようにしてやらねぇとダメだろ」
「うーん…夜更かししたことを棚上げするけど涼太が人助けねぇ」
胡散臭そうに半眼を更に細くして凝視してくる。
「指輪の礼ってのもあるな、別にそれで貸しはチャラとか言ったりもする気ないから善意と言って良い」
何故か更に胡散臭そうにしてはいるが無視だ無視。
気まずい気がするその雰囲気を数分間たっぷり味わうと鍛冶屋メルトへと到着した。
この時間帯で店にOpenと出ていたのでそのまま中へ入る。
「よく来たなカナンなら部屋で寝てる、そこに荷物も置いてあるからとっとと連れてってくれ」
弟子の扱い雑だなぁおい、もうちょっと弟子にも優しくしてやれよ。
店内では武器を一心不乱に整備している鍛冶屋の親方(結局この日まで名前を知ることはなかった)が居た。
「女扱いしてやれよ……楓、流石に俺が入る訳にはいかんからおぶってきてくれ」
子供とは言え寝てる女子の部屋に入るのはまずいって事もあり楓に任せる。
いや、寝てる女『子』の部屋だから犯罪臭くて不味いのか。
楓もそこは同意見なのか部屋へ入っていく。
すぐ戻るかと思ったが中から物音がして割と時間が掛かっていた。
出てくる頃にはいつもの作業着、と言えば良いのかそれを着てすやすやと眠るカノンが楓に背負われて部屋から出てきた。
「着替えさせてきたのか、確かに馬車の中で着替えろってのも酷か」
「実は涼太もカノンちゃんのこと女扱いしてないよね」
いやぁ、そんな事は無い………多分。
「気のせいだろ、それに寝食共にするならちゃんと注意するわ」
俺だって最低限の注意はする、ってかしないと多分楓に殺される。
「それは当然の事でしょ、じゃあそろそろ行こうか。」
楓はカノンを背負ったまま店外へと出ようとする。
そういえば親方にあれ言っておかないとな。
「俺そういえば親方に注文あるから先行って馬車取っといてくれ。」
「分かった、お金を無駄遣いしないようにね」
「…分かった」
お前は親か!と言いたくなったが残られても面倒だここは甘んじて忠告を受け入れよう。
楓が出て行ってこちらの話し声が聞こえない距離になってやっと会話を切り出す。
「別れの挨拶の一つ無いのか?」
「いらんだろう、ただのお使いだ」
「俺達はな」
「……鍛冶屋には鍛冶屋の仕事がある、だがあいつは違うまだまだ半人前だ」
「どうだか、案外すぐにあんた達の隣にいくかもしんねえぞ」
「だろうな、俺達はここらで止まりそうだ」
「恨まれてもフォローはせんぞ」
「……これを、渡しといてくれ、昼頃にだそこで俺の依頼は終了、あとはカノンを頼む」
そう言われるとボタンの付いた野球ボールサイズの球を投げ渡される。
互いにそれ以降は視線だけを交わし
「後悔すんなよ」
その言葉を最後に俺は鍛冶屋を出た。
「すまん、遅れた」
「全然待ってないよ」
この会話をリアルでする事になるとは、俺が待つ方じゃ無いのは気にするな。
「馬車は借りれたか?」
「うん、でもちょっとお金はかかっちゃった」
あぁ、仕方ないか。
具体的には普段の3、4倍かかったらしい。
仕方ない時期が時期だ、俺達が使わなくても街の住人が使うだろうからなぁ。
ただそれ以外は特に滞りなく進み検問も抜けられた。
「楓はカノン連れて馬車の荷車で寝てろ」
心なしかずっとボーっとしてる楓は暫く寝かしとこう、何かあった時にこれじゃあな。
俺は全域を注意しながら御者さんの隣へと座る。
「隣に良いっすか?」
そう聞くと笑顔で席を譲ってくれた。
索敵だけ発動させてあとはポヘーっとしていると
「にしても大変ですね、後ろのお二人はご家族か何かですか?」
大変?あぁ、仕事上教えられてるのか。
「二人は冒険仲間って所ですよ、あなたは一人なんすか?」
「はい、スキルに恵まれましてね、今は帝国首都に出稼ぎに来てるんですよ」
「スキルにですか、それは良いですね、相場の倍以上の値はそう言う事ですか」
スキルねぇ、護衛を雇ってない所から見ると『索敵』『隠密』『逃走』系統のスキルか。
何にしても長所を使って仕事出来るのは良いな。
「え?あっ、いや」
思いの外嫌味が刺さったみたいであたふたしているのを見ると口から少し笑いが溢れる。
「冗談ですよでもこれくらいの嫌味は許して貰わないと、とは言えこんな状況なら稼ぎどきですよねぇ」
「はははっ」
御者さんからは乾いた笑いが溢れた。
「でもすみませんね、三人だけで利用しちゃって」
「いえいえ、お代は頂いてますので」
「お代だけじゃないでしょう」
緊急時に動いてくれるって評判はお代以上の価値があるだろうな、それを考えると相場より高い値段は断るつもりだったのか。
それから暫くたわいない会話をしていた。
そうするとやっぱり時事ネタが多くなってきてお互いあえて触れていなかっただろう単語もつい出てきてしまうもので。
「お客さんはやっぱり逃亡目的で?」
主語は言わずもがなこの移動のことだ。
「そう、させたかったんでしょうね」
つい思い出してあのおっさんに心を痛める、という事はないがそろそろ仕事か。
なんで俺が伝えなきゃならんのだ。
「させたかった?」
「ある人から依頼受けましてね、後ろの子供を逃してくれって」
「なるほど、そりゃあSランクの魔物が帝国に進行してるってなると親は心配ですよね」
ガタッ!!!!!!
……はぁ。
次の瞬間御者と荷車を隔てる布がめくり上がる。
「涼太‼︎それってどう言うことダ‼︎⁉私そんなの聴いてないゾ‼︎‼︎︎」
「カノン落ち着け、これはお前のとこの親方が決めた事だ」
「だからそれはどう言う事何だヨ‼︎‼︎」
カノンはこちらへ掴みかかってくる勢いで詰め寄ってくる。
「ほらよ、多分そこに疑問の全部がある」
親方から渡された時のようにカノンへと渡す。
「これ…ワ……」
その球の上部につけられたボタンをカノンが震える手で押し込むと音声が流れ始めた。
ようカノン、お前がこの音声を聴いてる時に俺は恐らく死地へと赴いているだろう。
多分何の事か分からねぇよな、そこから説明する。
あれは数日前の事だ俺に、俺達鍛冶屋には一通の手紙が届いた。
内容をみて驚いた、なんたってSランクの魔物が近づいてきてるってんだからな。
その報告と共に手紙にはこうも書いてあった。可能な限りの武器を打ち装備を磨き、前線に砥石をもって集合だとよ。
まぁ仕方ないよな、あの森の最深部に潜むモンスター相手なら武器なんてすぐに使い潰しちまうんだから。
まっ、別に俺達はいいんだ帝国で武器打ってんだから己の手で武器を持つこともある。
だがお前は別だ、非力で弱くて未熟で世間知らずでどうしようもないやつだ。
お前に何も言わなかったのは悪かったと思ってるこれを見る頃にはこちらに戻る間に全てが終わってるだろう、最後に会えないのは心残りだがそれでもこれだけは譲れない
生きろ、そして世界を知って最高の鍛治師になれ
それが鍛冶屋メルトの総意だ、じゃあなお前はおれたちにとって可愛い娘みたいなもんだったよ。
そこで音声はブツっと切れた。
シンと静まり返るその空間に最初に流れた音は嗚咽音だった。
「うっ…あぁ……うぅ…おぇ……ぐすっ」
一人の少女が涙を流す情景に御者は気まずそうに顔をそらす。
こんな時、慰めの一言でも思い付けば良いんだが、いやそれってマッチポンプか?まぁいいや。
「で、どうすんだ?」
「は?………は?」
キョトンとした顔で涙すら止まりこちらを向いた。
かと思えば今度は顔を真っ赤にして
「どうするってどういうことだヨ‼︎今から私に何が出来ル‼︎もう手遅れなんだヨ……そう…手遅れなんダ」
烈火の如く怒ったかと思えばすぐに消沈する。
「親方の依頼は今ここで終わった、さぁお前からの依頼は何だ?」
なぁ、親方、あんたの依頼はここで終わりで良いだろ?自分で言ったんだ。
「戻れるのカ?」
「あぁ」
「間に合うのカ?」
「あぁ」
それを聴くとカノンは考え込んだ。
これから一緒に死にに行くことが恩返しになるのか、親方は私に何を望むのか、恩を仇で返して良いのか。
「親方は私に何を望んでたんダ?」
「さぁ」
「何をすれば親方は納得するんダ?」
「逃げろって言われてるだろ」
「そう、だよな…」
私が逃げれば皆んな納得してくれるんだよな、皆んな幸せに逝けるんだよな。
「なら——」
「これから、お前が選ぶのがどういう選択かは知らないが自分に正直に生きろよ」
「そんなことして皆んなと一緒に死んでもだれも幸せになれないだロ」
「なんで皆んなで死ぬんだ?集団自殺が趣味なのか?」
「ふざけるな‼︎そんなわけ、そんなわけないだロ‼︎‼︎」
「だよな、誰も死なないのが一番幸せな結末だよな」
「でもそんなの無理だロ⁉︎Sランクだゾ、七大罪に匹敵するんだぞ‼︎」
「知らねえよ、大切なやつを殺して幸せな結末なんて無いんだよなら全部救うしかねえだろ」
「そんな理想論を——」
「理想を語って何が悪い、ハッピーエンドを願って何が悪い、大切な人を殺して自分が生きる結末も自分を殺して誰かを助ける結末も俺はハッピーエンドと認めない、言ってみろお前の理想は何だこの指輪に誓って叶えてやる」
そう言うとカノンは俺の服を掴み言った。
「それ…は……誰にも、死んで欲しくない!親方にも、他の皆んなにも、こんな私を見捨てず育ててくれた皆んなを失いたくない‼︎‼︎」
涙を流しながら、それでも力強く己を鼓舞し自分の理想を語った。
「分かったお前の理想叶えてやる。おい起きてんだろ楓、仕事だ」
「ありゃバレてた?いやぁ、途中で起きたら修羅場ってたから起きるに起きれなくて」
「今回はSランク魔物及びそれの取り巻きの駆除だ」
「ん、分かった」
そう一言いうと楓は魔法陣を展開、転移を開始した。
「あ、御者さんではこれで」
代金は前払いだったし特に問題はないだろう。
そこで俺達の視点は切り替わり帝国の城壁近くまで転移した。




