40話
暗い洞窟の一角。
「ん? なんだ?」
盗賊が足元に煙が発生しているのに気がついた。
「おい! なんだこれは!」
「さあ? 誰かが洞窟内で肉でも焼いてんじゃねぇか?」
「馬鹿野郎! そんなことしら〝イッサンカタンソチュウドク〟になっちまうだろうが!」
「なんだそれ?」
「知らねぇよ! でも火属性とか炎属性の魔法を使う奴は必ずこの〝イッサンカタンソチュウドク〟に気をつけろって言われるんだよ! 多分何かのモンスターだろ!」
「なるほど、洞窟で火を付けることによって現れるモンスターか。それは一大事だな。すぐ……に、行か……な……──」
「おい、どうした!? ──って、あれ? なんか、眠くなっ…………」
ドサッと盗賊たちが倒れていく。
そして煙と沈黙で包まれた空間に、悠々と一人の人物が歩いてきた。もちろんミツキである。
「うん、気体型眠り薬の効果はてきめんだね。さすがはアイリスだ」
ミツキは周りですでに眠ってしまっている盗賊たちを見てうんうんと頷いている。
ミツキがアイリスにお願いしたのがこの眠り薬なのだ。アイリスは〝調合〟のスキルも持っているために依頼したもので、盗賊団の下っ端や、テンプレ展開ならば確実にいるであろう奴隷などを一瞬で殲滅するために用意していた。
「ただ、こんなに一瞬で相手を眠らせるって……アイリスを敵に回すのだけはやめておこう」
地球では眠り薬は相手の口を押えてそれなりの量を吸い込ませなければ効果はない。
それが、煙がやってきてすぐに、相手が煙ゆえに手で口や鼻を覆っているにも関わらず効果を発揮し、しかもアイリスから聞いた情報によれば一度眠ったら10日は起きないという強烈な力。
これを頼んで一週間で作ってしまったのだから、そら恐ろしいものがある。
ちなみにミツキには〝状態異常無効〟のスキルが存在しているために眠り薬については効果を示していない。その点についても、この薬を用意してもらった要因だ。
「さて──」
ミツキはここまで歩いてくるために使っていた魔力サーモグラフィーをいったん止めて目を閉じる。モットーとの戦闘後に手に入れた〝超感覚〟の効果をより高めるためだ。
この〝超感覚〟は〝気配感知〟や〝魔力感知〟のような感知系の他、〝野性〟や〝第六感〟などの危機察知能力を複合したものであり、感知能力の極致と言えるようなスキルである。
ミツキとしては「こういうのはもう少し後にあった方が……」となんとなく思ってしまったが、《異世界人》のスキルである〝超成長〟の影響は計り知れない部分があるのであきらめた。
(んー。あとは一番奥の部屋にいるやつが動いている感じかな? 魔法の影響か、煙が中に入ってないみたいだ)
そんな超感知スキルを使って現在の状況を把握したミツキは奥に向けて歩き始める。
(それにしても〝一酸化炭素中毒〟って……誰がそんな知識を教えたんだか……)
ミツキは歩きながらそんなことを考えた。
(まあアイリスの話によると結構異世界人が来てるみたいだし。その影響があるのかな? …………あ、そう言えば──)
この世界にあるものは異世界人が伝えたものもあるようだなと思ったところで、ミツキがふとあることを思い出した。それは──
(あのチート軍団。今はどこにいるんだろうか?)
◆
ミツキが人知れず盗賊団を眠り薬と持ち前の影の薄さでもって殲滅しようとしているとき、ふとミツキが思い出したチート軍団たちは、ミツキが住む町の北にある森の奥深くを未だに歩いていた。
「ふう、まさかこんなにも町までの距離があるなんてね……」
《勇者》というなんともテンプレなクラスを持つ、オタクのソウタは神から聞いていた情報が少しずつ違うことについてなんとなく文句を言いたくなっていた。
ソウタたちは魔方陣の光に飲み込まれたあと、真っ白な空間でヤマトタケルノミコトという日本は非常に有名な類の武神と出会った。
なんでも異世界召喚というものは世界のバランスを大きく崩すいわば禁忌の技であり、それがあらゆる異世界の各地で発生しているという事態は地球の神たちにとってみれば迷惑もいいところだった。
そのためにいろいろと対策を取っているものの、異世界召喚を行おうとする世界は多数あるため、いくら八百万の神がいる日本と言えどもそれらすべてを防ぐことはできない。
だからこそ、その防ぐことができなかった異世界召喚に巻き込まれてしまった人々には救済措置として呼びこまれた異世界の状況と、相応の力と武器を与えることで頑張ってもらう形になっているのだ。
その時に召喚者が魔王であるという情報はあったが、あのような特殊な力を持っているなどということは知らなかったし、近くにあると聞いていた街まで戻るのにもすでに一週間が経過している。
今は魔法使いたちの作った土の家の中で、神様からもらった一口食べるだけでエネルギーをチャージできる、某十秒チャージさん顔負けな非常食を食べているために餓死するということもないが、それでもつらいことには変わらない。
「はあ、速く街に行きたい……」
「リーダーがそんな反応をしていると仲間の士気にかかわるわよ」
「あ、生徒会長」
この世界に来てチート性能の《勇者》になったとはいえ、地球では生粋のインドア派のソウタが愚痴を漏らしたところで、ポニーテールが似合う、あの日部活勧誘のゾンビたちを牽制するために監視を行っていて巻き込まれた生徒会長たるシノがソウタがいた簡易的な家の中に入ってきた。
「とりあえず、外に異常はなかったわ。ただ……」
「ただ?」
夜になるとそれぞれ順番に見張りに着くようにしていて、その連絡に来ていたシノの言葉に安堵しそうになったソウタだったが、その後に続いたシノの言葉にやや不安げな顔になる。
「いえ、私の感知能力の端の方に人型の存在が歩いていたような気がしたのよ」
「そうですか」
シノは《KUNOICHI》であることから高い感知能力を持っていて、その情報は信憑性が高い。
「ただそれも一瞬でいなくなってしまったからよくわからないわ」
「そうですか……」
こういう情報というのはのちのフラグになるものだとソウタは思ったが、それでも今わからないものに手を付けても始まらないとその情報については頭の片隅に留めておくだけにした。
「あと……」
「あと?」
「……いえ、なんでもないわ。もう寝るわね」
「あ、はい、おやすみなさい」
シノは最後に何かを言おうとしたが、すぐにやめて立ち去っていく。
その姿にソウタは見惚れながら、
(将来的には彼女も俺のハーレムメンバーに加わってくれるといいなぁ)
と、勝手にそんなことを妄想していたのだった。
まあ、これについては男なので、仕方のないことだろう……
ちなみに、一人、神様に忘れられた存在感の生徒がいないことには、ソウタは気づいていないのだった。




