36話
「どうしたの?」
「え、あ、いや、なんでもない。ありがとう」
「ふふっ、変なミツキね。でも、どういたしまして」
呆けてしまったミツキに対してアイリスが話しかけてきたので、すぐに感謝の意を示したミツキだったが、アイリスの返事など頭に入ってこないほど内心では混乱していた。
というのも、実のところミツキはそのあまりにも影が薄いという体質のせいか、誰かから何かを祝ってもらったことがなかったのだ。
まあ実はその件についてはミツキの今の〝やらなきゃやられる〟という精神性が生まれたきっかけなども多分に関係しているのだが、原因はともあれ誰かに褒められたり、祝ってもらったりという経験は皆無に等しい。
そういうわけで、今この状況はミツキにとってみれば予想だにしたに現象なので、とてつもない混乱の中にいるというわけなのだ。
「え、えと、でもなんで突然祝おうなんて……」
「さっきも言ったでしょ? 魔王を倒したからだって。この世界じゃあ魔王を倒したらそれはもう世界中大騒ぎっていうのが普通なのよ。あなたの場合はなんの因果かイレギュラーが起きてそれが叶わない形ではあるけれど。だから、私がささやかながらお祝いしようというわけよ」
「な、なるほど」
ミツキは頷きながら内心後悔する。理由はもちろん、
(まさかの目立つチャンス1つ潰してしまった!?)
ということだ。
もちろんミツキも一気に注目を集めて、実は《魔人》でしたとなるようなことは避けるべきことだったので、今このような状況にあることに後悔はない。
ただ悲しいかな。ミツキの「目立ちたい」と言う感情は本人の体質の問題の関係上、物凄く切実な願いなのだ。そのためにミツキが内心がっくり来ることは無理からぬことなのである。
「というわけで、おめでとう」
「あ、ありがとう」
ミツキはアイリスに礼を言う。
基本的にミツキは誰かにペースを崩されるということはないのだが、このアイリスという人物はその立ち振る舞いなどがどこか相手のペースを狂わせるような印象があるのだ。
(この前の一緒に寝ようって言ったことといい、今回の突然のお祝いといい、アイリスといるとどうにも対応に困る)
これが妖精という存在なのかな? などとミツキが考えていると扉が開く音がした。
「料理が来たみたいね」
「そうだね」
足を取を立てずに現れたのはコスプレ衣装などでよく着られている露出の多いものではなく、これぞ本物というような落ち着いた印象を与えるメイド服を着た少女だった。
少女はそれぞれが頼んだ料理を給仕すると、すぐにいなくなる。
「あの子……」
ミツキは自身が頼んだ料理、ダガコトワル特性カルボナーラを見て「おおっ」となったが、アイリスがなぜか憂いを帯びた表情をしていたので首を傾げる。
「あの子がどうかしたの?」
ミツキはアイリスがあの子と面識があるのか? と思い質問したのだったが、
「いいえ、多分あの子は就業時間後にこってりと絞られるのだろうなと思ってね」
返ってきたのは意外な言葉だった。
「へ?」
「……このお店はとても厳しくてね。従業員たちは結構大変なのよ。具体的には、扉を開けるときに音を立ててはいけないとか、存在をほとんど認識させないようにするとか、相手がどうしてほしいか認識する前には動き出していないといけない……とかね?」
「それなんて職業?」
「このお店では従業員よ?」
思わず間抜けな声を出してしまうミツキだったが、アイリスは苦笑交じりの説明に思わずツッコミを入れてしまう。アイリスも答えはしたが苦笑しているところから、このお店がそれなりに異常であることは認識しているようだった。
「ま、そこについてはもういいでしょうし、食べましょうか」
「……そ、そうだね」
このお店の従業員という名の何かについてミツキはまだまだ気になることがたくさんあったが、「常連のアイリスでさえ苦笑を隠せないということは……」となんとなく嫌な予感を覚えたのでここは素直に料理を食べ始める。
「……そう言えば、魔法ってどうやったら発動できるの?」
ミツキはカルボナーラをしばらく黙々と食べたあと、思い出したかのように質問した。
カルボナーラを黙々と食べていたのはもちろん非常においしかったからだ。卵と生クリームのクリーミーな味わいの中に、なぜか野菜の甘みがふんだんに入っていて、塩気のあるベーコンがそのクリームのアクセントとなってよく絡むフィットチーネのような麺の小麦の味を引き立てる。今まで食べたカルボナーラの中で二番目においしく感じたのものだった。
ミツキの突然の質問に対してアイリスは「なぜ今?」という顔になるも、すぐに気を取り直すと説明を開始する。
「魔法っていうのはまず自分が何の属性に適性があるのかでどうなるのかというのがかなり変わってくるのだけれど……ミツキの適性は?」
「え? アイリスならわかるんじゃないの?」
「……あなたは一体私を何だと思っているのよ」
ミツキが「ものすごく意外です!」という顔をしたためにアイリスがやや呆れた声になる。
「いや、でもあの眼鏡で俺のクラスを調べたんでしょ? 俺のスキルとかも知ってたみたいだし」
「ああ、あれね……まあそうだけど、あれだけだとスキルを確認したりすることなんてできないのよ」
「どういうこと?」
「簡単に言うと、あの眼鏡はその人物のクラスと、そのクラスのレベルを大まかに確認することができるだけ。スキルを知っていたのは、どのクラスどれくらいのレベルなら、どんなスキルを手に入れることができるのか記憶していたからよ」
「へえ、そうなんだ──って、クラスごとのスキル獲得を知ってるなんて普通にすごいのでは?」
「まあ有名どころだけだけどね。──それで? あなたの適性は」
ミツキの言葉にアイリスは柔らかな笑みを浮かべていたが、すぐに表情を真剣なものに変えたので、ミツキはなんとなくこれは真剣にやらなければいけない事なのだと理解した。
(まあ、魔法は相手を傷つけるためのものだしな……)
力とは正しく使われるべきものだというのは理解しているので、ミツキもここは真剣に答えることにした。
「俺は全属性適正だったよ」
「へえ、全属性なんてすごいじゃな──……全属性ですって!?」
珍しくアイリスが大声を出した。




