35話
「あ、はい、飲食店ですね、はい」
ミツキは色々と釈然としないものがあったが、とりあえず納得することにした。目の前の執事さんの言葉によって暗示にかかってしまったとも言う。
ただ、たとえここが飲食店だと納得したとしても、疑問に感じる部分は出てくるので、ミツキは質問することにした。
「あの、ここが飲食店なのはわかったのですが、一体どこで食べるんですか?」
ミツキのこの質問は普通の飲食店ならば荒唐無稽というものだが、しかしこのダガコトワルという店では正しく疑問に思う部分だ。何せ、店内に入ったはずなのに、まるで貴族の屋敷に入り込んだかのような光景が目の前に現れたのだから当然と言えるだろう。
「はい、そのことについてですが、当店は予約制かつ個室制となっておりまして、予約したお客様に合わせて個室を用意しているのです」
ミツキがした質問に対してスラスラと答える老執事はミツキがある程度納得したのを確認すると、「ではこちらに」と付け加えて屋敷の廊下のような店内を先導する。
「…………」
「あまりキョロキョロしていると恥ずかしいわよ?」
「あ、うん、でも正直落ち着かないからね」
「まあ、確かに初めて来たらそうなるかもしれないけれど、慣れればむしろとても落ち着いた雰囲気のお店で、とてもいいのよ?」
ミツキが案内されながらお上りさんのような状態になっているのを指摘したアイリスはその言葉に反応したミツキの返答に対して可笑しそうにする。
ミツキとしてはアイリスが何におかしさを感じているのかわからなかったのだが、ただその自然な笑みの美しさに「……まあいいかな」と考えるのを放棄した。それくらい魅力的な笑みだったのだ。
このお店に来てから二度目の思考放棄をミツキが行なっていると、先を歩いていた老執事が足を止める。
扉を開けると、そこには、やはり落ち着いた雰囲気を漂わせる家具類などが、無駄のない形で配置された部屋が用意されていた。
「こちらになります」
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
「執事の私に敬語はやめて頂きたいのですが……それもミツキ様の魅力なのでしょう、メニューはテーブルの上に用意されておりますので、決まりましたらこちらもテーブルの上にある呼び鈴を鳴らしてください。使用人の誰かがすぐに駆けつけますので」
「あ、はい、わかりました」
部屋の中に案内されて、テーブルにアイリスと対面するように並んだミツキは老執事の言葉に頷く。
それを確認した老執事は自然な動作で礼をすると、これまた自然な動作で部屋を出て行った。
「…………」
「ミツキ、メニューを決めるわよ」
「あ、うん」
あまりにも老執事が自然な動作で部屋から出ていったため呆けてしまっていたミツキはアイリスの言葉に反応してメニューを見る。
そしてそれから少ししてメニューを使用人(今回はメイドだった)に伝えると、ミツキはようやくホッと一息ついた。
「ふふっ」
「……何かな?」
「いえ、モットー相手にはどんどん攻撃を仕掛けていたあなたがこんなにも緊張しているのは意外だなぁと思ったのよ」
可笑しそうに笑うアイリスにミツキはジトーとした目を向けるものの、それがまた自分が緊張していることを示すことになるのだと気がついてすぐにやめた。
「俺は地球では根っからの庶民だからね。戦闘とは違う感じで神経を使だちゃうんだ。まあ、いずれは慣れていきたいところだから頑張るけど」
ミツキの目標は目立つことだ。
もちろんそれだけでなくせっかく異世界に来たのだから色々な場所を見て回りたいというのもあるが、将来的には貴族になって内政チートをやってみたいという感情もある。
それ故に将来を考えればこんなことで物怖じしている場合ではないのだが、地球では根っからの庶民的生活を長い間送ってきただけに、そう簡単に切り替えることが出来なかったわけだ。
もちろん改善する気でいるし、着々と冒険者として活躍すればそれだけでも社交的な場面が増えるので、その場にうまく調和していけばいいだろうとミツキは考えている。
「まあ今日はあなたのためにこの食事会を開いたのだし、私以外ここにはいないのだから、緊張せずに食べなさい」
「まあ、そうだね………………って、俺のため?」
アイリスの気遣いにありがたいと思いながら頷いたミツキだったが、途中不可解なワードが出てきたことに気がつき反応する。その顔にはありありと「何それ?」と書かれていた。
もちろんアイリスはミツキがそのような反応をするだろうことは理解していたので未だクスクスと笑いながら、
「ええ、あなたのためよ。あなたが魔王を倒したことと……ついでに初依頼達成とかもろもろ含めた、お祝いみたいなものをささやかながら、ね」
「…………」
ミツキはアイリスのその愛らしさと慈しみが合わさったような笑みに固まってしまったのだった。




