34話
アイリスの格好がものすごく可愛らしかった。
具体的にどこがかわいいかと言えば、ノースリーブの淡い桃色ワンピースに白のカーディガンを羽織っているといういかにも女の子らしい格好だったからだ。
というのも、初めてこの町に来たときは冒険者風の格好であり、その後部屋にいるときは基本的にはずっと白衣のようなものを身に纏っていたため、ミツキからしてみれば人化したアイリスの女の子らしい格好など初めて見た形だ。
もちろん白衣などはむしろ基本的にかけている眼鏡と相まって実にいい味を出していて似合っていたりもするのだが、普段ずっとそう言う格好だっただけに落差が大きくて、かわいらしいと思ってしまったわけである。
「…………」
「あら? 行かないの?」
「あ、うん、行くよ」
コテンと不思議そうな顔をするアイリスの言葉にようやく脳内での時間がスタートしたミツキはすぐにうなずいてアイリスの横に並んで歩き始めた。
「今日の初依頼はどうだったの?」
「え? ああ、うん、まあ、成功した……かな?」
「端切れが随分と悪いわね……」
ミツキの不自然な答えに、アイリスは顔をしかめる。
「いや、依頼自体は完了させることが出来て、報酬も手に入ったんだよ。金貨5枚ぶん」
「あら、随分ともらったわね」
この世界の通貨は全て硬貨で、種類としては銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、大白金貨という順番に価値が上がっていく。
どの硬化も十枚で一つ上の硬貨と交換できるようになっていて、銅貨一枚で出店の串焼きを一本買える程度の価値であることから銅貨を100円とすると、金貨5枚は500万円相当となるのでかなりの大金だ。
冒険者は自分の命を対価にしているために報酬はそれなりに高めではあるが、それでも大きなお金に違いないためアイリスは少し驚いたのだが、ミツキがすぐにゴブリンキングやオークキングの話をすると、なるほどと頷いて、少し考えるようなそぶりを見せる。
「どうかしたの?」
「……ううん、なんでもないわ。ただなんでここにきてそんな王クラスのモンスター達が一気に現れたのか気になっただけだから」
「ギルドマスターやエミリーさんも言ってたね」
アイリスも同様の疑問を持ったのかと納得するミツキ。もちろん、その現場に遭遇したミツキが一番疑問に思っていることだ。
(あいつは突然進化したように感じたからなぁ。あれがどういうことかはわからないけれど、なんとなく嫌なフラグがたっているような気がする……まあ、とりあえずその辺りのことはイザヨイに伝えておくかな)
ミツキはイザヨイに強力なモンスターたちが多数発生していることに対しての注意勧告を脳内会話で行うと、丁度そのタイミングで、アイリスが一つの店の前て足を止めた。
「ここよ」
「ここって……」
アイリスが指差したのはこの街でも特に気品に溢れる建物だった。
ミツキも町に始めたやってきたときに印象に残っていた場所で、アイリスに確認したときはこの国でもかなり人気のお店だという話をしたいた。
「……確か、〝ダガコトワル〟っていうお店だっけ?」
「そうよ、以前も話したけど、予約制の超人気店なの。まあ私は常連だから、ある程度融通してくれるのだけどね」
アイリスはそう言って、「何について断っているのか」と思うような店の中に入っていく。
ミツキも慌ててついて行くと、そこは予想以上に落ち着いた雰囲気のある店内をしていた。調度品などはシックな印象を与えるようなものであり、どこかファンタジー世界の貴族の屋敷に入ったかのような印象を受ける場所であった。
何より落ち着いた雰囲気や貴族の屋敷という印象を与えている理由は人がいないことにあるだろう。普通の店ならば入った瞬間に客や売り子などの人間が存在しているはずだが、この店にはそういうものが入り口からは全く見えないため、一つの家に入っているように感じるのだ。
「すごいですね……」
「敬語になってるわよ」
「あ」
ミツキはその店であるはずなのに店ではないかのような入り口からの眺めに、なぜか敬語になってしまって、それをアイリスに指摘される。
「驚くのもわかるけれど、いきなり敬語になるのはどうかと思うわよ?」
「う、ご、ごめん」
「仕方ありませんよアイリス様。他の方々も、常識のある方ならばこのような反応をしますから」
「うおっ!?」
指摘されたことに対して少し頬を染めるミツキだったが、ついで聞こえてきた別の声に驚いた。
「おっと、驚かせてしまいましたかな。これはこれは失礼を」
声を挟んできた人物は、すぐにミツキに謝罪をする。
そこでようやっと、自分の前に人がいるのだということに気がついたミツキはすぐにその人物に意識を向けるとそこには──
「執事?」
なんと執事がいた。
着ているのはもちろん執事服で、もちろん地球のコスプレの様なものではなく、目立たないシックな印象のある執事服だ。
そしてそんな執事服を着こなしているのは白髪をオールバックにした老齢な男性で、顔には年季を感じさせるしわがいくつもあるのだが、しかし背筋はピンと伸びており、まさに〝執事とは〟というものを体現しているようなたたずまいだった。
何より驚くべきことは──
(お、俺を初見で認識した……だと!?)
スキルやタイトルにも明記される存在感の希薄さの持ち主で、超越者や神様さえも見失うような影の薄さを持つミツキをしっかりと視界にとらえているということに、普段から目立ちたいと言っていた本人であるミツキが一番驚いていた。心の乱れが口調の乱れに現れているのだから、その驚きようがよくわかるだろう。本人にとっては喜ばしいことなのに、戦慄しているというのもおかしな話なのだが……
他にもミツキはそう言えば気配を全く感じなかったことや、ここは飲食店ではなかったのかなどという疑問を相まってどんどん脳内が混乱の渦に巻き込まれていったが、
「ようこそ、飲食店ダガコトワルへ」
そこにスッと脳に直接しみこむような声が響いたのだった。




