26話
『あれ? お兄ちゃんはあの時のお兄ちゃんです?』
「な、何のことかな?」
うさぎさんがしゃべっていることとか、能力が一人だけやけに強かったりだとか、タイトルにチラッと明らかに世のファンタジー系小説の主人公が持っていそうなソレがあったりとか、よく見たらうさぎさんがマンガとかでデフォルメされて出てくるような感じの丸っこいうさぎであることだとか、あまりにもツッコミどころが多すぎるゆえに混乱しているミツキは、いろいろとおかしいうさぎさんの言葉に対してまともに返答することが出来ない。
そんな混乱を感じ取ったのか、うさぎさんはちょっと不安そうにそのつぶらな緋と金のオッドアイをウルウルさせながら、
『えっと、一度だけ地球の動物園であったことがあるんだけど、お兄ちゃんは覚えていないです?』
「うん、覚えてる。覚えているさ。覚えているとも」
ミツキはあっさりと混乱から復活した。どうやらうさぎさんの可愛さにやられたらしい。ただ、なぜかいかにも「覚えていませんよ!」という態度をしているので、まだどこか混乱が残っているのかもしれない。
ただうさぎさんは覚えていると言ってくれたことに対して安堵したのか『はぁ~』と緊張を吐き出すような仕草をする。先ほどの不安げに相手に聞く仕草といい、とても人間臭いうさぎさんだ。
『それじゃあお兄ちゃん。いろいろと私に聞きたいことはあると思いますけど、とりあえず私たちに名前をくださいなのです』
「へ? 名前?」
『はいです。私たちはお兄ちゃんに名前を付けてもらうことで、ネームドモンスターとなって、お兄ちゃんの使い魔になるのです』
「そ、そうなんだ」
未だにこのうさぎさんがどういう存在なのかつかめないが、今日の目的は盗賊団のアジトを見つけてもらう斥候役のモンスターに動いてもらうことだったのだ。それならば、今はこの不思議なうさぎさんに従ってみるのがいいだろうという判断だ。
「う~ん、名前か……」
『あ、イナバ様の名前を付けるのははやめてです』
「あ、はい」
「ここで注文するんだ!?」とか「何ゆえ様付け!?」とか「そもそもなんで知ってるの!?」だとか本当にいろいろとツッコミどころが満載な黒兎を見ながら名前を考える。
「えっと、イザヨイとか?」
『イザヨイ……いいですね! 今日から私はイザヨイと名乗らせていただくです!』
嬉しそうにピョンピョン跳ねる黒兎もといイザヨイ。どうやら嬉しかったらしい。
その後、黒猫にはニヤ、黒犬にはワン、鴉にはカーとなずけたミツキは早速イザヨイにイザヨイがどういう存在か聞いてみた。……もともとミツキにはネーミングセンスというものが皆無だったのだ。むしろイザヨイという名前が出てきたことが奇跡と言えるだろう。
『う~ん、イザヨイもよくわからなかったのです~。お兄ちゃんが動物園に来たあと、普通に過ごしてたけど病気で亡くなって、そしたらこっちの世界にいて……。それで、頑張ってこの世界で生きてたら、お兄ちゃんに召喚されたです』
「ふ~ん」
『あの警戒心がものすごく強かったころに気配すら感じさせずにイザヨイを抱きかかえた存在なのですから、忘れられるわけないのです』
「ふ、ふ~ん」
ミツキはどうやら警戒心の強い動物にさえも認識されないだった人間らしい。地球でそれならば、現在〝存在希薄〟というスキルを持っているのも当然なのかもしれない。
『正直に言えば今も召喚による〝つながり〟がなければ気が付けなかったかもです』
「……ふ、ふ~ん。──って召喚によるつながり? それって何?」
『む? お兄ちゃんは感じてないです? こう、内側に〝ほわわっ〟とイザヨイとお兄ちゃんをつながっている感覚を』
「ふむ、ふ~む? あ、これか」
イザヨイが言った〝つながり〟のようなものをミツキは五つほど感じることが出来た。四つはもちろん目の前の四匹で、もう一つの〝つながり〟は──
(…………アイリスだな)
よくよく感じてみると、アイリスがどこにいるのかというのがなんとなくぼんやりではあれわかるようになっていた。
(もしかすると、アイリスに対する不思議なほど明確な信頼感はこの〝つながり〟のおかげなのかな?)
そんな、聞く人が聞けばものすごくロマンチックなことを思っていると、
『まあ、お兄ちゃんはこの〝つながり〟があっても見失っちゃいそうです……』
「ぐほっ」
『というより、なんかあっちにいるときよりも存在感が薄くなっているように思うです……』
「うぐぉ」
『お兄ちゃんは存在感をどこへおいてきたのです?』
「…………」
なぜか不意打ちの精神的ダメージを立て続けに食らうことになったミツキだったが、何とか持ち直して、すぐに今回召喚した理由を説明する。
「命の危機になったらすぐに逃げだしていいから。その範囲で探索をお願いしたい」
『了解なのです!』
意思疎通がしやすい存在がいてくれるおかげで、かなりやりやすくなったなとミツキは思うと同時に、まさか異世界であの時に出会ったうさぎと出会うなんてと、まるで物語の主人公が起こすご都合主義的展開が自分にも訪れるとは予想外の事態というものはいつだって起きるものだなぁと思うのだった。
『安心してくださいです! ニヤちゃんたちは全員パワーレベリングするのです!』
なんとなくこの展開が起きなかった方が良かったのでは? と思ってしまうミツキだった。




