第4話 音楽を止めるな
玄関の鍵を開けるのに、二度かかった。最初は鍵穴へ入らなかった。次は回す方向を間違えた。扉を閉め、靴を脱いでから、しばらくその場に立っていた。帰ってきたのだから、もう誰かの合図を待つ必要はない。
首へ手をやる。何もついていない。会場でも外してもらう時に確かめたのに、指が同じところを触った。鞄を廊下へ置き、洗面所で顔を洗う。水を止めると、部屋が静かになった。
デスゲームには、二種類ある。
人間が追い詰められて、何を考え、誰を騙し、どんな方法で生き残るか。それを楽しむためのゲーム。俺が出たいのは、こっちだ。見ている客も、勝ちそうな奴が足をすくわれたり、諦めたように見えた奴が妙な手を使ったりするところを待っている。死者が出れば歓声は上がるが、それだけで最後まで見てもらえるわけではない。
ところが、たまに違うものが混じる。
参加者が生き残るところなど、誰も期待していない。何を選んでも結果はほとんど同じで、運営が用意したものへ手を伸ばした順に死ぬ。人間が死ぬところを楽しむために、ゲームという形をつけたものだ。
100回以上出て、そういうものに当たったのは3回。今日で4回目だった。
この仕事を長く続ける奴は少ない。勝った金で生活を立て直し、次の仕事を見つける。いくら読みが当たっても、読むものがなければ終わりだ。生業にするなら、そちら側のゲームを引く前に辞めることも考えておかなければならない。
俺は3回とも、運がよかった。今日もよかった。
わんこそば早食いゲーム。
あの女から話を聞いていなければ、俺も死んでいた。
食卓の椅子を引き、腰を下ろした。普通の椅子だ。座面が体重を量ったり、俺の首へ結果を送ったりはしない。少し体をずらすと脚が鳴った。その音だけで、もう十分だった。
主催はミナトではなく、別の会社だった。募集には、競技の詳しい内容は載っていなかった。何をやるのか分かったのは、会場で説明を聞いた時だ。企画と装置をミナトから借りていることも、そこで知った。
不正を防ぐため、テーブルと椅子で重量を測定する。測定についての説明は、それだけだった。だが、俺は精度まで知っていた。0.0001グラム。そばを持ち上げた時に落ちる汁まで拾う。
規定食以外を口へ入れるな。椀を替えるな。汁をこぼすな。測定区域から失われた量を、首輪が判定する。説明を聞くうち、あの女の丸い眼鏡と、得意そうな声が頭へ戻ってきた。精度はいいので、という声まで。
6人分の椀が出た。最初の椀へ、俺は箸をつけなかった。
食うな、と言った時には、向こうの席でもう箸が動いていた。そこから先は、思い出したくない。ゆっくり食えば大丈夫だ、と自分へ言い聞かせなかったことだけは、褒めてやってもいい。
完食数、0。制限時間が来た時、生きていたのは俺だけだった。そこで審議になった。そばを1本も食わなかった奴を、早食い競争の優勝者にしていいのか。俺は首輪をつけたまま、返事を待たされた。
客席からは、俺の名前を呼ぶ声が上がっていた。実況が、箸をつけなかった判断を何度も褒めている。さっきまで不参加扱いを口にしていた係員が、もう一度、運営へ確認に行った。
結局、優勝者として名前を呼ばれた。人が死ぬだけでは、最後まで見てもらえない。今日は、その商売に助けられた。
135勝目だった。賞金の案内を聞きながら、早くこの椅子から立たせろとしか思わなかった。そばの匂いが服についている気がして、帰りの電車では襟を引っ張っていた。
悪意があって作られたのかどうかは、知っている。あれを考えた女は、地元の名産を全国へ広めたかっただけだ。それで、参加者が死ぬところしか見せられないものが出来上がった。
本当に俺は運がいい。
あいつの家を知っていたら、帰りに寄っていた。何を言うつもりだったかは、考えたくなかった。
スマートフォンが震えた。帰りの電車で返事をしたまま、忘れていた画面が光っている。
花巻〈着きました。お時間、大丈夫でしょうか〉
インターホンが鳴った。
扉を開けると、花巻がいた。紺のジャケットの襟を整え、片手に薄いファイルを持っている。俺を見るなり、挨拶のために少し頭を下げた。
「こんばんは! 今日は――」
俺は、その頭へ拳骨を1つ落とした。
「いたっ!」
花巻が両手で頭を押さえた。ファイルが脇へ滑り、慌てて肘で挟む。顔を上げた時には、眼鏡の片方が少し下がっていた。
「なんで殴られたんですか!」
「理由は言いたくもない」
「理不尽です! 私、殴られたんですよ!」
花巻は眼鏡を戻し、頭へ片手を残したまま俺を睨んだ。
「ご連絡もしましたし、7時ってお返事もいただきましたよ」
「時間の話じゃない。入れ」
「入っていいんですか?」
「もう来たんだろ」
不満そうな顔のまま靴を脱いだ。廊下に置いた俺の鞄を避け、いつもの食卓へ向かう。だが、椅子を引く前に足を止めた。俺が窓側へ立ったまま動かなかったからだ。
「玖城さん、今日お疲れですか。別の日にしたほうが」
「話を聞いてから決める」
「あの、頭を殴るのは、別の日でも困ります」
「分かった」
花巻はすぐには座らなかった。俺の返事を確かめるように顔を見てから、廊下側の椅子を引く。ファイルの角を揃え、鞄から赤いペンを出した。今日は図面の筒も、菓子の箱もない。
俺も向かいへ座った。彼女が出した企画書の題名を読んだところで、背もたれへ預けかけた体が止まる。
「今回は、最後まで参加していただけるゲームにしました」
「……何を?」
「椅子取りゲームです!」
座面へ手を置いた。俺の家の椅子だった。さっきも確かめた。
「これで試すつもりじゃないだろうな」
「6人要るので、今日は説明だけです。音楽は、持ってきました」
「音楽は要らない」
「前の宝探しでは、せっかく用意したのに一度も流せなかったので」
「その反省、箱だけじゃなくて音楽まで続いてるのか」
彼女はスマートフォンへ伸ばしかけた手を、ペンへ戻した。企画書には、丸く並んだ5脚の椅子が描かれている。6人で始め、音楽が止まったら座る。座れなかった1人が敗退。次は椅子を1脚減らし、最後の1人まで続ける。
首輪の図は、右下に小さく載っていた。小さくしてもなくならない。
「それ、もう開催したのか?」
「まだです。先に6人で、社内の確認をしました」
「首輪は」
「つけてません。普通に座って、負けた人には抜けていただきました」
俺は紙を引き寄せた。今日は少なくとも、紙の上で止められる。花巻は、さっきまで頭を押さえていた手で、椅子の配置を指した。
「皆さん、ちゃんと最後までやってくださいました。途中で帰るための番号もありません」
「それで、何に困った?」
「何回やっても、だいたい同じ方が勝つんです。足の速い方ではなくて、合図への反応が速い方で」
「椅子取りだから、そういうところもあるだろ」
「でも、歩く時間が、あまり意味を持たなくて。部長には、椅子の前で待っているだけに見えると言われました」
音楽が鳴っている間は椅子の周囲を歩く。止まる時刻は参加者には分からない。だから、どこで足を遅くするか、前の奴がどこへ座りそうか、考えることはある。普通の椅子取りを、わざわざそんな形へ戻すには、何か足したはずだ。
規則の中に、見慣れない言葉があった。
停止予告。
「これ、何?」
「音楽が止まる10秒前から、カウントダウンを入れます」
花巻は小さく息を吸い、親指で机を一定の間隔で叩いた。
「十、九、八、というふうに。最後の0で座っていただきます。突然止めると、びっくりしますから」
「びっくりさせろよ。椅子取りだぞ」
「転んだら危ないです」
「座れなかったら死ぬんだろ」
「それは、負けたので」
俺は自分の首を触りかけ、手を机へ下ろした。花巻の説明には、毎回、正しいところがある。その正しいところを全部つなげると、人間が何もできなくなる。
「10秒あったら、空いてる椅子の前まで行けるな」
「はい。確認の時も、残り3秒ぐらいで皆さん止まってました」
「それで、0になるのを待って座る」
「早く座るのは禁止なので」
椅子の前に立った6人が、数字を聞いているところが浮かんだ。1人だけ椅子がない。動けば別の椅子へ割り込めるかもしれないが、その前にいる奴も、いつ座ればいいか分かっている。
「座るところの判定は、どうするつもりだ?」
「椅子に荷重がかかった時刻で記録します。わんこそば君を使えば――」
椅子の脚が、床を擦った。
気づくと立っていた。花巻のペンが止まり、彼女も椅子から腰を浮かせかける。
「どうしました?」
「今日は、その名前を出すな」
「名前がよくないんですか?」
「名前だけの問題でもない」
俺は流しへ行った。コップに水を入れて戻ると、花巻は企画書の装置名へ横線を引いていた。上に小さく〈椅子取り用計測装置〉と書いている。
「今は、これでいいですか」
「……それでいい」
「では、同じ装置を使います」
「装置の説明はもういい。ルールの話に戻すぞ」
花巻は消した名前を気にしていたが、もう一度は聞かなかった。椅子の絵の下へ、停止予告の10秒を書き直す。その手元を見ているうち、俺もペンを取った。
「音楽を止めるのが、お前の会社の人じゃなければいいんじゃないか」
「自動ではなくて、誰かが?」
「参加者が止める。自分の都合のいい時に」
花巻のペン先が、椅子から少し離れた。俺は6人のうち1人を丸で囲む。
「ただし、止める奴は、その回に椅子へ座れない」
「負けちゃいますよ」
「そいつだけ、別の勝ち方を用意する」
止めるだけなら、一番近い椅子へ座ればいい。だが、座れない奴が止めるなら、椅子の位置と他人の位置を見ている理由が変わる。自分が近づくためではなく、誰かが間に合わない時を待つ。
「誰が座れなくなるか、先に決めておく。その相手が座れなかったら、止めた奴は助かる」
「では、止めてから、座れなかった人を選べば」
「絶対に助かるだろ。それだと選ぶ意味がない。音楽を鳴らす前に、1人決めておく」
花巻が、囲んだ丸の横へ別の丸を置いた。俺はそこへ線を引き、途中で止めた。
「誰を選んだかは隠す。止める奴だけは全員に分かる。椅子を取り合う連中には、そいつが誰を待ってるかも考えさせる」
彼女は図の中の椅子を、1つ指で隠した。
「止める係が1人抜けるなら、椅子は4つですね。5人で取り合うので」
「そう。それで、予告した奴が座ったら、止めたほうが死ぬ。座れなかった別の1人は助かる」
「座れなかったのに?」
「止めた奴が読み違えたからな」
花巻は自分の図から椅子を1つ消した。そこへ赤い字で〈止める人は座らない〉と書き、首輪の図へ矢印を引いた。予告した相手へ向けた線とは、別の方向になる。
「じゃあ、座っていた方まで、その後に立たせる必要はないんですね」
「ない。1回に死ぬのは、外した係か、当てられた奴のどっちか1人。それで次へ進む」
俺の話を聞きながら、花巻が自分の椅子を少し引いた。机から離れたのではなく、座面の位置を見ているらしい。こちらの椅子と、空いた2脚へ順に目を向けた。
「私だったら、止める方をずっと見ちゃいそうです」
「見てる奴に向かって、止めるぞって言ってもいい」
「言っておいて、止めない?」
「いい。別の奴がそっちを見たところで止めてもいい」
花巻はペンを持ったまま、考え込んだ。俺も、机に並んだ6つの丸へ目を落とす。自分なら、足の遅い奴を選ぶとは限らない。一番近い椅子へ必ず座る奴なら、そこを他の奴に押さえさせられる。言葉だけで止めるつもりの相手を変えてみせてもいい。
何もしないで最後の1人になるまで待った、今日とは違う。
「……誰も、止めたがらなくなりませんか」
花巻が言った。俺は顔を上げた。彼女は図ではなく、俺を見ていた。
「座る方は、どこでも座れれば助かりますよね。止める方だけ、誰か1人まで当てなきゃいけません。それなら、私、歩きます」
止める時刻を選べる。それだけで欲しがる奴がいるとは限らない。相手を1人まで決める責任がつけば、普通に椅子を狙うほうがいい奴もいる。俺は囲んだ丸の横へ書いた〈係〉を見た。
「選べるようにするか」
「どうやってですか?」
「金を払って、止める権利を取る」
「今、やりたがらないってお話をしたんですけど」
それはそうだった。花巻が、ここまでで初めて少し笑う。笑ってから頭へ触り、俺の顔を見たので、俺は図へ目を戻した。
「当てたら、追加の金をやる。誰より高く払った奴が係になる。自信があるなら買うし、座るほうがいいなら払わなくていい」
花巻のペンが動いた。予告が当たれば助かる、と書いたところへ、賞金の欄を足す。次に6人の丸を全部囲み、その外へ〈全員、買わなかったら?〉と書いた。
「その時は抽選。誰かがやる」
「急に係になるんですね」
「だから、金を出してでも自分でやりたい奴がいるかもしれない。あいつに止められるぐらいなら、って」
誰かが金を払う理由は、追加の賞金だけではない。自分が狙われると思えば、止める側へ回りたくなる。だが、相手もそのつもりで払えば、椅子へ座る権利を手放すために競り合うことになる。
花巻が、丸を1つずつ指で押さえた。
「私が係になって、玖城さんを選んだら」
「俺に教える必要はない」
「教えませんよ。玖城さんには、別の人を選びましたって言います」
俺は彼女を見た。さっきまで、参加者を驚かせないために10秒数えていた女が、こちらの目を見て言っている。
「で、俺が油断したところで止めるのか」
「いいえ。見ててもらいます。玖城さん、私が止める方なら、ずっと見てると思うので」
「まあな」
「でも、椅子に座る時には、どこかで目を離しますよね」
机の脚が、膝へ触れた。知らないうちに、椅子を少し後ろへ引いていた。
花巻が笑った。
「今、やりませんよ。音楽もまだ鳴ってません」
「分かってる」
分かっていた。だが、俺を見ている間に椅子の位置まで見ていたのかもしれない。もう一度、彼女の図へ目を落とした。6つの丸のうち1つに、赤い小さな印がついている。どこでつけたのか、気づかなかった。
「3回ぐらいで終わりにしよう。最後の1人まで減らす必要はない」
「3人残りますね」
「毎回1人ずつならな。残った金は持って帰れる。止める権利を買いすぎた奴は、勝っても取り分が少ない」
俺は賞金用の枚数と、1回に使える範囲を書き始めた。花巻も別の紙を取り、誰を予告したかを記録するところと、全員へ知らせるところを分ける。今度は、俺が指で隠した丸を、勝手に表へ戻そうとはしなかった。
「予告が当たったあとに、外れたって言い直す人がいたら困りますね」
「そこを止めるのが、お前の装置の仕事だろ」
「はい。予告を締め切ってから音楽を鳴らします。止める時刻も残します」
「椅子は1人で1脚。押し退けるのは禁止にしとけ。言葉でどかせるのはいい」
「座面の判定はできます。……名前は、出さなくていいんですよね」
「出すな」
花巻は何も書いていないところへ、小さく機器の番号だけ書いた。それを俺へ見せず、すぐ次の行へ移る。こいつが本当に何を使うのか、今日は想像しないでおく。
時間を決め、椅子へ座る前に音楽が止まったことを知らせる方法も確かめた。合図すら分からないまま負けるのは、読みの勝負ではない。花巻は、一度だけ小さな音を鳴らしてよいかと聞いた。
「止まったかどうか、全員へ分かるようにする音です。止まる前には教えません」
「それならいい」
机の上で、短い電子音が鳴った。俺は水のコップを持ったまま聞いた。首輪からは、何も聞こえない。当然だ。今ついているものは、シャツの襟だけだった。
花巻は俺の顔を見たが、何も聞かずに音量を下げた。
新しい紙の上へ、彼女が題名を書く。
〈止める理由〉
「止める理由、か」
「誰が止めたかは分かっても、何のために止めたかは、分からないので」
「それなら、そういう名前でもいいか」
俺は紙を返した。花巻が原案の10秒予告へ線を引き、新しい規則の紙と重ねる。準備した音楽を削る必要はない。鳴らす役も、止める役も、今日はまだ誰も死なない机の上で決まった。
「部長に、もう一度見てもらいます。係を選ぶところから説明すれば、何を考えるゲームか分かりますよね」
「10秒数えるところから始めるなよ」
「そこは消しました」
彼女は消した行を指で示し、ファイルを閉じた。俺は壁の時計を見た。帰った時には、こんな時間まで誰かと話しているつもりはなかった。肩の力は抜けているが、疲れが消えたわけでもない。今はもう、椅子から立ちたくなかった。
花巻が先に立った。椅子を机へ戻す前に、俺の顔を確かめる。
「今日は、ありがとうございました。でも、次は殴る前に言ってください」
「次は殴らない」
「それがいいです」
きっぱり言って、鞄を肩へ掛けた。玄関まで歩きかけたところで、ファイルから1枚抜き、俺へ戻す。
「新しい案の控えです。それと、音楽、聴いていただけますか」
「今日は要らないって言っただろ」
「1曲だけです。宝探しでは流せなかったので、感想を聞けてなくて」
彼女のスマートフォンに、再生待ちの画面が出ている。宝探しの箱で流す予定だった曲。俺はそれを見てから、原案の5脚の椅子へ目をやった。
「最初から鳴らすな」
「はい。また別の企画で使います」
そう言って、花巻は画面を閉じた。最後まで、音楽を使うことだけは諦めなかった。
扉が閉まり、部屋が静かになる。俺は新しい規則の控えを机へ置き、少しだけ椅子を引いた。普通に立てる。立っても、誰かが負けるわけではない。
流しへコップを運び、服を洗濯機へ入れた。襟を確かめても、そばの匂いがするのかどうかは、もう分からなかった。
次の募集通知が来ていたが、今日は開かなかった。
花巻とのメッセージだけを出す。
玖城〈明日は来るな。寝る〉
送信してから、もう一行足した。
玖城〈椅子も持ってくるな〉
返事は、すぐに来た。
花巻〈分かりました。装置も置いていきます〉
やはり殴った理由は、言わなくてよかった。
────────── ここから付録 ──────────
企画メモ 止める理由
花巻の椅子取り案を元に、玖城と花巻がまとめたゲーム。椅子へ座る人と、音楽を止める人では、生き残る条件が異なる。
人数と持ち金
6人で開始し、3回行う。各回に1人が敗退するため、通常は3人が生還する。全員に賞金用の金貨100枚を与える。金貨1枚は1万円。金貨は停止権への支払いに使い、生還者の残高を終了後に換金する。別に、生還者へ基本賞金100万円を支払う。金貨そのものの譲渡は認めない。
音楽を止める係
各回、音楽を止める権利を競る。相談時間5分の後、1分間で各自が0枚以上、現在の手持ち以下の入札額を端末へ秘密に指定する。未入力は0枚。最も高い額を指定した1人が係になる。最高額が同額なら、その人たちから公開抽選で1人を選ぶ。全員0枚なら全生存者から抽選する。選ばれた人だけが指定額を払い、その金貨は運営が回収する。係の氏名、支払額、全員の残高を公開する。
係は、その回の椅子へ座れない。代わりに、他の生存者1人を「座れないと予告する相手」として秘密に指定する。指定時間は30秒。締切後は変更できず、指定内容は判定まで本人と運営だけが知る。未指定なら音楽を流さず係の予告失敗として処理し、その回を終える。
音楽と椅子
生存者数から2を引いた数の椅子を使う。第1回は4脚、第2回は3脚、第3回は2脚。椅子の配置と通行範囲は各回の開始前に示す。係以外は音楽の間、示された経路を歩く。停止前の着席、走ること、身体や椅子への物理的妨害は禁止。言葉による誘導、嘘、約束破りは認める。
係は開始から60秒以内の好きな時に、専用の停止ボタンを押す。残り時間は全員へ表示するが、係がいつ止めるかの予告やカウントダウンはない。音楽の停止と同時に共通の電子音と灯りで合図し、他の参加者は3秒以内に椅子へ座る。
1脚は1人用。先に有効な着席を記録した人がその椅子を獲得する。確定した人は判定終了まで立たず、他人の獲得済み椅子は使えない。同一の判定単位で2人以上が同じ椅子へ座った場合、いずれもその着席は不成立とし、3秒の期限内なら別の空席を狙える。判定単位は開始前に全員へ提示し、途中で変えない。係は停止後に椅子の獲得へ関与できない。
1回の死亡判定
予告した相手が椅子を獲得できなければ予告成功。その相手の首輪が作動し、係はその回を生き延びる。係には追加の金貨50枚を与える。別の未着席者がいても、その人にはこの回の死亡判定を行わない。
予告した相手が椅子を獲得すれば予告失敗。係の首輪が作動し、ほかの参加者は着席できなかった人も含めて次の回へ進む。未指定、または60秒以内にボタンを押さなかった場合も、係だけが予告失敗として敗退する。未停止の場合、他の参加者に着席を要求しない。
判定後、係の予告相手と結果を全員へ公開する。敗退者の金貨は運営が回収し、残った参加者へ分配しない。次の回は全生存者から改めて係を選ぶ。第3回の処理後に終了する。
選択が変えるもの
停止権は追加賞金を狙うためにも、他人に自分を狙わせないためにも買える。ただし、選ばれた時には支払いが確定し、予告が成功しても、入札額が50枚を超えていればその回の収支は赤字になる。係になること自体が得とは限らない。
予告相手を先に決めるため、止めたあとで座れなかった人を選んで成功することはできない。係が誰を狙ったかについて嘘をつくことも、座る側が別の人の位置へ誘導することも認める。口約束の履行を運営が保証することはない。
椅子に座れなかったことと、死亡することは必ずしも同じではない。係の読みが外れれば、椅子を取れなかった人が生き残る。係は、予告相手が椅子を取りにくい位置へ来たところで音楽を止めることもできる。座る側は、停止前から自分と他人の位置を考える必要がある。
企画書の余白
〈誰もやりたがらなかったら?〉
花巻の赤い字の下に、2人で条件が書き足されている。
〈やりたい理由と、任せたくない理由を作る〉
企画書 椅子取りゲーム
企画担当:花巻こはる
企画意図:宝探しのように、遊び始める前に全員が帰ることを防ぐ。用意した音楽を使い、最後まで競技へ参加していただく。
原案:6人、椅子5脚で開始。音楽停止後に座れない1人が敗退し、首輪が作動する。各回1脚ずつ減らし、最後の1人を優勝者とする。途中退出用の共通解除番号は設けない。
親切な仕様:突然停止すると驚くため、停止10秒前から全員へカウントダウンを流す。0の前に座ることは禁止。
判定装置:既存の椅子用荷重記録機を流用。原案の装置名「わんこそば君」は、相談中の指示により「椅子取り用計測装置」へ変更。装置の実体は同じ。
確認結果:社内の6人で、首輪なしの確認を実施。死亡者なし。停止前に椅子の前で待ち、合図への反応で勝敗が決まった。確認を繰り返しても、だいたい同じ人が優勝。本番は未開催。
担当者の所見:「最後まで参加していただけました。音楽も使えました」
上司の意見:「止まる時刻を教えたら、止まる前から椅子取りが終わっています」




