第2話 命をかける紙相撲
1週間後、またインターホンが鳴った。
扉を開けると、花巻が立っていた。前と同じ紺のジャケットに丸い眼鏡。ただし、今日は頭を下げていない。両手で白い箱を抱え、俺の顔を見るなり笑った。
「玖城さん! 大好評でした!」
「何が」
「金貨のゲームです! 最後まで盛り上がって、部長にも褒められました!」
抱えた箱が浮いた。中で何かが転がる音がする。俺は彼女の足元まで見てから、箱へ目を戻した。
「それ、首輪じゃないだろうな」
「違います。お菓子です」
「ならいい」
扉を開けた。花巻は今度も書類を持っている。だが、成功したという話なら、聞く価値がある。あの金貨を、実際の参加者がどう使ったのかは気になっていた。
俺は食卓の規則冊子を重ね、前回彼女が座った場所を空けた。箱を置くなり、花巻は鞄から報告書を出す。そちらには折れ目がない。透明なファイルに入れてある。
「ここ、見てください。視聴者アンケートのところ」
「後で見る。誰か、俺たちが考えてないことをやった?」
「考えてないこと、ですか?」
花巻はページをめくりかけた手を止めた。欲しいところが違うのは、今日も同じらしい。
「送らないって約束して、送った奴とか」
「それはいました」
「受け取るって言って、断った奴は」
「いました! それで揉めて、次の回に、その人のところへ誰も送らなくなって」
「いいな」
花巻が驚いた顔をした。
「ああいう揉め方をすると、運営で止めたほうがいいのかと思ったんですけど」
「殴り合ってなきゃ、いいだろ。約束を破ったんだから、次に信じてもらえなくなるのも勝負だ」
「あとは、送る相手を自分で決めなかった方がいました」
俺はファイルを引き寄せた。
「どういうこと?」
「別の人に、誰へ送るか決めてもらったんです。それを受け入れるかわりに、自分のところへも送ってもらう約束で。こちらの人が、2人分の送金先を考えてました」
指先が、報告書にある2つの番号を行き来する。
金貨の持ち主は変えず、使い方だけ他人へ任せたのか。自分で全部動かすより、他人の金貨を当てにするほうが危ない。だが、そこを任せるほど信用されているなら、逆に自分は動かず、相手だけを動かすこともできる。
「そいつ、途中で約束を破れた?」
「はい。端末はそれぞれ本人が操作してますから」
「それでいい」
俺が言うと、花巻も笑った。
「私も、そう思いました。今回は、規則に書いてないことを禁止しなくてよかったんですね」
その言い方が引っかかったが、今は報告のほうが面白い。参加者同士のやり取りを読み、最後の欄まで目を通した。俺が描いた丸6つは、向こうでは6人の人間になって、ちゃんと勝手なことをしたらしい。
実際にあの場へ座っていたら、俺は誰の話を聞いただろう。
そう考えてから、腹が立った。
「作ると、自分で出られないのが困るな」
「どうしてですか?」
「面白いところを先に知っちゃってるから」
「知っていたほうが勝てるのでは?」
俺は報告書を閉じた。
「そういう話じゃないんだよ」
花巻は箱の蓋を開けた。中には個包装の焼き菓子が並んでいる。首輪ではなかった。そこだけは疑って悪かった。
「お礼です。地元のお店のなんですけど」
「そばを食わせる約束は?」
「覚えてます! お店も探してます。今日は、その前に、もう1つだけ聞いていただきたいことが……」
俺は開けかけた菓子の袋を止めた。
箱の下に、薄い板が入っている。
「また怒られたのか?」
「……はい」
急に小さくなった声で、だいたいの事情は分かった。褒められた報告を先に持ってきたのは、これを聞いてもらうためだったらしい。花巻は焼き菓子の箱を端へ寄せ、鞄からもう1枚のファイルを出した。
「今度は、自分で考えたんです。玖城さんに教えていただいたことも、ちゃんと入れて」
「へえ。どんなの?」
「紙相撲トントンゲームです!」
菓子の袋が、手の中で鳴った。
「は?」
「紙相撲です。紙のお相撲さんを土俵へ置いて、台をこう、とんとんと」
箱の下から出てきた板には、丸い土俵が描かれていた。花巻がそれを菓子箱に載せ、鞄から小さな封筒を取り出す。紙の力士が二体出てきた。どちらも、両手を前へ伸ばしている。
「いや、やり方は知ってる」
「倒れたり、土俵から出たりしたほうが負けです」
「そっちも知ってる。命をかけるほうのルールを聞いてるんだよ」
「負けた方の首輪が作動します」
そこだけ足して持ってきたのか。
「それ、もうやったのか?」
「はい。8人の勝ち抜き戦です」
「何人死んだ?」
「7人です。今回は優勝者も決まりました!」
俺は菓子を食うのをやめた。
「紙相撲で、7人」
「最後まで開催できたので、そこはわんこそばより改善できたんですけど……」
花巻は企画書の後ろから、結果報告を出した。8人の名前を結んだトーナメント表には、勝ち上がった線だけが赤く引かれている。端から順に指でたどると、紙の力士が一体倒れるたび、人間が1人減っていた。
「これで、盛り上がらなかったのか?」
「途中から、実況の方が言うことがなくなったそうです。形も叩き方も同じなので、同じ説明になってしまって」
「だろうな」
「でも、ちゃんと7試合できました」
「試合の数を聞いてるんじゃねえよ。お前、それで7人も殺して、見せたものが紙の転倒だけかよ」
俺も紙相撲はやったことがある。勝てば嬉しいし、負ければ腹も立つ。ただ、あの紙切れが倒れただけで134連勝が終わり、ついでに俺の人生まで終わるのかと思うと、参加申込書のほうを破りたくなる。
花巻は二体の力士を立たせた。ぴったり同じ形で、腹にはそれぞれ赤と青の丸がある。立ち方までよく似ている。少なくとも、手作業で雑に切ったものではなさそうだ。
「その力士は、そっちが用意したのじゃないと駄目なのか?」
「もちろんです。不正は駄目、絶対なので」
「自分で作ったら不正なの?」
「重りを入れる方がいるかもしれません」
「全員、入れられるようにしたら?」
花巻は困ったように俺を見た。どうやら、不正を推奨する助言者にまた当たってしまった、と思っている。
「土俵も、こちらで用意しました。本番で使ったのは、わんこそば君を改良した重量センサーつきですから。違う力士へのすり替えも、異物の追加も検知できます」
「わんこそば君?」
「前回の計測装置です。名前をつけたんです」
「あいつ、まだ現役なのか」
「精度はいいので!」
それは聞いた。嫌というほど。
俺は紙力士の足元へ目をやった。折り目も足の幅も同じだ。薄い紙が、ほんの少しの風で揺れている。こんなものの倒れる方向に命を預けるのか。
「叩く場所は好きに選べる?」
「本番の台には、指を置く場所を示しました」
「叩き方は」
「人差し指で。回数も同じにしました」
「そこまで揃えたら、何で勝負するんだよ」
「ですから、今回は選べるところを作りました!」
花巻が自信を取り戻した。ファイルを開き、企画書の真ん中を指す。前回、温かいそばと冷たいそばを選ばせようとした時に、よく似た顔をしていた。
「力士の名前を、自分で決められます!」
しばらく、指先と顔を交互に見た。
「……名前」
「はい。気持ちが入りますから。自分の力士を応援する楽しさもあります」
「そいつが倒れたら、持ち主も死ぬんだろ」
「なので、負けたくない気持ちが強くなると思います」
気持ちを強くする前に、できることを増やせ。
花巻は企画書の端を押さえたまま、口を尖らせた。
「紙相撲、地元の秋祭りではすごく盛り上がるんです。子供も大人も、土俵の周りに集まって。名前を呼んで応援したり」
「また地元か」
「わんこそばと一緒にしないでください。今回は汁が飛びません」
「食べ物の問題からは離れろ」
俺は紙力士を一体、指で持ち上げた。花巻がすぐに手を伸ばしかける。
「何するんですか?」
「見てるだけ。これ、本番で使ったやつじゃないだろうな?」
「形の見本です。今日は普通の紙ですし、台にもセンサーはありません」
「なら、触っていいだろ」
指を引っ込めた花巻が、俺の手元をじっと見ている。足を少し広げると、力士の腹が低くなった。両手も前より下へ向けて折り直す。
「せめて1時間、部屋にあるものを使って力士を用意させるとか。そういうのにしろよ。重く作る奴も、引っかける奴も、わざと倒れそうな形にする奴も出る」
「倒れそうに?」
「相手が油断するだろ。どんな力士を作るか見せない時間を作れば、もっと面白い。組んで材料を集めることもできるし」
「でも、力士を作るのが得意な方だけ有利になります」
「お前のは、紙を叩くのが得意な奴が有利なんだろ」
花巻は口を開き、閉じた。土俵へ目を落とす。俺は折り直した青い力士を、赤いほうの向かいへ立てた。
「やってみようぜ」
「今ですか?」
「今ここで負けても、首輪は出てこないんだろうな?」
「出てきませんよ。今日は形の見本しか持ってきてません」
「よかった」
7人の結果報告と一緒に持ってきた紙だ。念を押すぐらいは、しておきたい。
菓子箱を2人の間へ寄せる。花巻は赤い力士の向きを直し、俺の前の青い力士を見た。低くなった腹と、広がった足が気になるらしい。
「名前、つけますか?」
「要る?」
「試すなら、そこも試したいです」
そういうところだけ、企画者らしいことを言う。
「じゃあ、こっちは青で」
「玖城山にしましょう」
「俺の名前を使うな」
「私のは花巻山です」
もう決めたらしい。赤と青の力士を一度ずつ指で示し、花巻は箱の端へ指を置いた。
「始めますよ。はっけよい、のこった」
とん、とん、とん。
赤い力士が足踏みをした。青いほうはその場に踏ん張り、少しずつ向きを変える。赤が前へ出て、伸ばした両手が青の肩へ触れた。
そのまま、赤が後ろへ倒れた。
こんなことで、7人も死んだのか。浮かばれねえな。
「ほら」
俺が言うと、花巻は赤い力士を起こした。
「もう1回いいですか」
「どうぞ」
今度は少しだけ、近い位置へ置いた。だが、結果は同じだった。青い力士の腕が赤の腹へ入り、赤は足から浮いて、横へ転がる。
首輪があったら、こいつはこの1分で2回死んでいる。恐ろしいゲームだ。俺が出たいのは、こういうやつじゃない。
花巻は土俵から落ちた力士を拾った。俺の顔を見てから、手元を見た。
「……それ、やっぱり不正です」
「だから、形を変えてもいいルールにしたら、って話だろ」
「でも、最初と形が違います」
「変えたから勝てたんだよ。どう変えれば勝てるか、考える余地ができるだろ?」
花巻は青い力士を見つめた。俺の言葉へ返事をせず、自分の赤い力士の足をつまむ。少し開き、置き直し、また持ち上げた。
「これぐらいなら?」
「俺に許可を聞くな。勝てそうだと思う形にしろ」
彼女は両手の位置を下げた。赤の腹がぐっと低くなる。だが、置いた途端、前へ倒れた。花巻が鼻の上へずれた眼鏡を戻す。
「立たなくなりました」
「低くすれば何でもいいってもんじゃない」
手を出しかけると、彼女は力士を自分のほうへ寄せた。
「ちょっと待ってください。今、分かりそうなので」
俺は菓子の袋を開けた。黙っている間に食えるのは助かる。花巻は足を少し狭め、腕を左右で違う高さへ折った。何度か置き直し、立つようになったところで俺へ顔を向ける。
「これでお願いします」
土俵へ戻った赤い力士は、片腕だけを前へ突き出していた。押し合えば先ほどと同じだろう。俺は箱の角へ指を置き、軽く叩いた。
赤が斜めに進んだ。
伸ばした片腕が、青の腕の下へ入る。こちらが向きを変えるより早く、赤の肩が青の腹を押した。青い力士がふらついた。
俺は叩く場所をずらした。
間に合わなかった。
青が倒れ、赤は土俵の真ん中に残った。
「勝ちました!」
花巻が両手を上げた。そんな大げさに喜ぶほどのことではない。だいたい、足の開き方を教えたのは俺だ。
「今のは、置く位置が近かった」
「置いたの、玖城さんですよ」
「もう1回」
「どうぞ!」
花巻の返事が、さっきより速くなった。俺は青の腕を少し折り上げる。相手の腕を下から受けなければいい。赤を見て距離を取り、箱の別の角へ指を移した。
今度は赤がすぐには寄ってこない。じりじりと回り込み、青の横へ出ようとする。花巻が、指先を止めた。
俺だけが叩いた一拍で、青が前へ出た。
赤の片腕へ引っかかり、土俵の外へ滑った。
「2連勝です!」
「お前、途中で止めただろ」
「回数を同じにしろって、今は言ってないので」
言葉に詰まった。
確かに、言っていない。
花巻は赤い力士を拾い、指先で足を整えた。嬉しそうな顔を見ていると、腹が立つような、立たないような、妙な気分になった。
「それだよ」
「何がですか?」
「今、止めるか、叩くか考えただろ。こっちの形を見て、自分の形も変えた。それを全部禁止して、同じものを叩かせてたんだよ、お前」
花巻が手元へ目を落とした。2つの力士は、最初とまるで違っている。腹の高さも腕の向きも違う。少しずつ変えたせいで、紙の端がくたびれていた。
「……でも、今のは、ちょっと楽しかったです」
「負けた俺は、そんなでもない」
彼女が笑った。
俺は青い力士の腕を戻しかけ、やめた。直すなら、もっと違う形にしたい。この赤い腕を受けても倒れないようにするには、足をどちらへ向ければいい。
「あの、次に出す案は、それで直してみます。材料を選べるようにして、自分で作る時間を入れて」
「見本どおりに作れって書くなよ」
「書きません。……大きさの上限は、いいですよね?」
「いい。部屋よりでかい力士を作られても困るし」
「土俵を壊すのは禁止にします」
「そこもいい」
花巻は企画書へ赤い字を足した。今日は、何もかも書き直すのではなく、まず二行を消している。俺はその横で、自分の力士を持ち上げた。
こいつに勝つために、腕の下へ細い支えを入れられれば。
いや。自分で動かす必要もないか。
持ち主と、実際に手を動かす奴が別なら、相手の力士を勝たせることにも意味が出てくる。さっきの金貨の参加者は、使い方を他人へ任せていた。それを口約束ではなく、ルール上の権利にしたら。
「紙、ある?」
花巻が顔を上げた。すぐ鞄を開ける。
「あります。今日は50枚です」
「減らしたな」
「前回、そんなに要らないとおっしゃったので」
俺は1枚受け取り、6つの番号を書いた。力士は机の脇へ置く。花巻もペンを持ち直したが、こちらを見て、まだ紙には触れない。
「紙相撲じゃないんですか?」
「別のも思いついた。投票のゲーム」
「人気投票ですか?」
「自分の票では、自分へ投票できない。他人の票を預かれば、自分にも入れられる」
花巻のペンが止まった。
「じゃあ、交換すれば、2人とも自分へ入れられますね」
「そう。だが、俺が別の奴にも同じ約束をして、お前とそいつから1枚ずつ預かったら?」
「玖城さんの1枚は、どちらへ渡すんですか?」
「渡さない。2人とも、自分だけが交換相手だと思ってる」
「……だったら、玖城さんだけ3枚持ってるんですね」
「俺の1枚は俺に使えない。でも、預かった2枚は俺へ入れられる」
紙の上へ矢印を引いた。
「こっちが手放した票で、何をされるか分からないだろ」
花巻は番号を順に指した。途中で、俺の書いた矢印へ指を戻す。
「自分の1枚を渡さず、2人分だけ預かるんですか」
「返す義務がなければできるだろ。後から取り戻せる権利を1回だけつけてもいい。票が集まったつもりでいた奴の手元から、締切前に消える」
彼女は口元を押さえ、考えた。
「それ、私の一票を返してくださいって、絶対に言う人がいますね」
「それを名前にしよう」
俺が紙の上へ書くと、花巻がちょっと嫌そうな顔をした。
「題名は、もっと楽しそうなほうが」
「お前の『トントンゲーム』だって、負けたら死ぬだろ」
花巻は自分の企画書を見た。題名を指で隠してから、俺の紙へ戻ってくる。
「……枚数の表示はできます。ただ、誰の票かと、誰が持っているかは、別に記録しないと」
「そこ、頼む。自分の名前が書いてある票だけ、自分には使えないようにする」
「代理の人も、名義人には入れられないんですね」
「そう。お前が俺の票を預かったら、俺を助けるのには使えない」
「預けた側が、一番安心できませんね」
それは、いいところに気づいた。
俺は最下位の判定と、票を戻す時間を書き足した。花巻は装置の説明を始めず、処理の順番だけを確かめた。紙相撲の赤い力士が、彼女の手の横で倒れかける。指で起こす手つきは、さっきよりずっと丁寧だった。
相談が一段落すると、菓子箱の中は減っていた。俺が2つ食べ、花巻も1つ食べている。報告だけならすぐ終わるはずだったのに、結局、また紙へ線を引いていた。
「では、この案を持ち帰って、まとめてみます。紙相撲のほうも直しますね」
花巻がファイルを閉じた。俺は新しい紙を渡し、力士を菓子箱から下ろした。
「そうだ。今日みたいに、いきなり来るのはやめろ。こっちにも予定がある」
「すみません。次から連絡します」
「次は、自分で考えたほうだけでいいからな」
「分かりました」
返事の意味をどこまで分かっているのかは、まだ信用しないでおく。
花巻は使った土俵を封筒へ戻し、赤い力士を指でつまんだ。俺の前にある青い力士と並べ、何か考えてから、赤だけを土俵の封筒へ入れた。
「玖城山は、こちらへ置いていきますね」
「何で」
「次、再戦できるので」
俺は青い力士を見た。今のままでは、さっきの赤い腕にまた引っかかる。だが、足をもう少し後ろへ伸ばせば、倒れずに受けられるかもしれない。
「そっち、作り直してもいいのか?」
「いいですよ。私も、もっと強くしてきます」
妙に堂々と言って、花巻は鞄を持った。
玄関まで見送り、扉を閉める。居間へ戻ると、菓子箱と青い力士が食卓に残っていた。箱の中にはまだ菓子がある。今日は少なくとも、そばを駄目にされていない。
俺は椅子へ座り、力士を正面から見た。腕を広げれば赤の片腕を受けられるが、胴が起き上がる。足を伸ばせば立つだろうか。もっと厚い紙なら、折り目も強くなる。
窓際の募集要項へ目をやった。
締切は、まだ先だ。
俺はそれを脇へ寄せ、もう1枚、紙を取った。
────────── ここから付録 ──────────
企画メモ 私の一票を返してください
金貨ゲームで起きた代理交渉と、紙相撲の相談から玖城が考えた新案。投票券の名義人と、実際に投票する人を別にできる。
ゲームの概要
6人で開始し、3回の投票を行う。各回の開始時、生存者1人につき1枚の投票券を発行する。券には本人の名前が記録されている。自分の名義の券は、自分への投票に使えない。
投票券を他人へ預けると、その回の投票先を決める権利も相手へ移る。ただし、その券を名義人への投票に使えないという制約は変わらない。Aの券をBが預かった場合、B自身への投票には使えるが、Aを助けるためには使えない。
各回、得票数が単独で最下位の1人が死亡する。最下位が同票で2人以上いる場合、その回の死亡者は出ない。第3回の判定後に終了し、生還者には1人100万円を支給する。さらに、生還者のうち3回の累計得票数が最多の人へ300万円を追加する。同率最多なら、追加分を該当者で等分する。
1回の進行
一 交渉6分。誰に預けるか、誰へ投票するか、自由に話し合える。嘘や約束破りは認める。運営が約束を代わりに実行することはない。
二 委任1分。各自が、自分名義の1枚を他の生存者1人へ預けるか、自分で使うかを秘密に指定する。締切と同時に指定を確定し、各代理人に預かった券を知らせる。複数人から預かってよい。委任はこの回だけ有効。
三 撤回1分。預けた本人は委任を取り消し、自分の券を手元へ戻せる。ただし、撤回権は全ゲームを通して1人1回だけ。戻した券を、この回に別の人へ預け直すことはできない。代理人へは、どの券が戻されたかを知らせる。撤回中は会話・連絡を禁止する。
四 投票1分。各自が手元にある券ごとに、名義人以外の生存者1人を指定する。複数の券を同じ人へ入れても、分けてもよい。棄権もできる。未操作の券は棄権とし、名義人本人への投票は端末が受け付けない。投票中も会話・連絡は禁止。
五 開票。全指定を締め切ってから一斉に集計し、その回の得票数を比較する。過去の得票は死亡判定には加えず、終了時の追加賞金にだけ用いる。
券の扱いと情報
代理人が預かった券を、さらに別の人へ預けることはできない。各券の移動は、名義人から指定代理人への1回と、本人が撤回した場合の返却だけ。票の所有者と操作者を偽ったり、券を複製したりはできない。
委任中、名義人は自分の券を操作できない。撤回すれば自分で投票できるが、名義人への投票禁止は残る。撤回権を使わなかった場合、次の回へ持ち越せる。使った権利は復活しない。
各回の得票数と累計得票数は全員へ公開する。誰が誰の券を預かり、どこへ投票したかは公開しない。名義人には、その回が終わったあと、自分の券の投票先または棄権だけを知らせる。本人が操作しなかった票でも、どのように使われたかは後で分かる。
誰が撤回権を残しているかも、共通画面には出さない。代理人は自分から券が取り戻された場合だけ、その名義人が権利を消費したことを知る。次の交渉で本人が話す内容が、事実とは限らない。
終了までの条件
各回の投票券は開票後に失効する。次の回では、残った参加者へ新しい券を1枚ずつ発行する。前の回の代理関係は引き継がない。死者の券を代理人が次の回にも使うことはできない。
全員が棄権した場合、全員0票で同率最下位となり、死亡者は出ない。全員を1票ずつにする協力も認める。必ず死亡者を出すための再投票はしない。ただし、投票先の口約束は強制できず、追加賞金を多く取りたい人が協力を崩す可能性がある。
暴力や端末への干渉による操作の強要、投票券の偽造は禁止。誰も救う義務、預かった票を公平に分ける義務、もらった票を返す義務は設けない。
このゲームで起こり得ること
2人が券を交換すれば、どちらも、相手名義の券を使って自分へ投票できる。ただし、自分の名義の券で自分へ投票することが許されたわけではない。相手へ預けた券を取り戻しても、自分への1票にはできない。
1人が、別々の2人にそれぞれ「券を交換しよう」と約束し、2人から券を預かったのに自分の1枚はどちらへも渡さなければ、他人名義の2枚を使って自分へ2票入れ、自分名義の1枚を別の誰かへ入れられる。2人は、自分だけが交換相手だと信じてしまった場合、投票する券を失う。
その人のもとへ実際に2枚を預けるかどうかは、ほかの2人が締切までに決める。預けたあとで裏切りを疑えば、残しておいた撤回権で自分の1枚を戻せる。2票を得るつもりだった人は、投票の直前に票を失うかもしれない。
逆に、撤回を恐れて別の人にも預けてもらえば、余分に集まった券を誰のために使うかという交渉が生まれる。券を預かる側には追加賞金へ近づける利点があるが、約束と異なる使い方は、開票後に名義人へ知られる。次の回にも同じ相手から預かれるとは限らない。
自分が投票したい相手と、自分の券を託したい相手が、同じとは限らない。名義人を助けられない券を預かって、それでも名義人に信じてもらうには、別の人からも票を集める必要がある。
企画書の余白
〈代理人は、本人の希望どおりに投票すること〉
花巻が書いた一行には、玖城のペンで横線が引かれている。
〈それを約束するかどうかから、遊ばせる〉
企画書 紙相撲トントンゲーム
企画担当:花巻こはる
企画意図:地元の秋祭りの熱気を、デスゲームでも! 自分の力士に名前をつけ、応援する楽しさを提供する。
使用するもの:こちらが用意した、同一仕様の紙力士。こちらが用意した、高性能重量センサー搭載の相撲台。参加者が用意した力士は認めない。
基本ルール:8人の勝ち抜き戦。指定の位置を、人差し指で同じ回数叩く。力士が倒れるか、土俵外へ出た側が敗退。敗退者の首輪が作動する。
自由に選べること:力士の名前。
不正防止:力士の加工、すり替え、異物の追加は禁止。計測装置は「わんこそば君」の改良型を使用した。
実施結果:7試合を開催。7人死亡、1人優勝。形と叩き方が同じため、途中から実況内容が繰り返しになった。
担当者の所見:「今回は最後まで開催できました。優勝者も出ました」
上司の意見:「7人殺して、見どころが紙の転倒だけです。次は、参加者にも何かさせてください」




