第8話 未明
「何を言ってるんだ?」
「殺される。殿下と聖女に殺される」
私は震えて取り乱し、侍女やメイドたちでは抑えきれなくて、父と母を寝室に呼び出した。父はそんな私を宥めてなぜ殺されるのか、と丁寧に聞き取りを始める。
「聖女が見出されたという話は聞かない。本当に聖女は現れるのか?」
「い、いまから二年後に……マルヴィナという少女が託宣を受けた神官に見出されるの。その聖女は教育を受け、私が入学した年に学院に入ってくるの! そこで、殿下と出会ってお互い恋に落ちるの。そして私は冤罪をかけられて処刑か、国外追放になるの! 国外追放になっても死ぬの! 盗賊に殺されるのよ!」
父の精悍な顔があっけにとられた顔になった。母は口を手で押さえて、私を見ていた。
「夢で見たのは、これだけか?」
私が前世の記憶の「救世の聖女と五人の英雄」の私の破滅ルートをすべて話した。
それを父が父付きの執事にすべて書きとらせ、私は確認させられている。
「夢でこんなに筋が通っていることはないが……」
父は顎に手をやり、しばらく考える。
「なんとか、連絡を取る手段を考えよう。なに、私も王城へ執務で向かうこともある。婚約を解消するように働きかけよう。もともとは王家からのごり押しだったのだからな。何度も断ると王命だと言って、更に人質のようにお前は王城に連れて行かれた。許せることではない」
「お父様」
「私も積極的に社交で情報を得ましょう。王妃とは、戦う運命にあるのでしょう」
その時ほど母の微笑みが怖いと思ったことはない。
「お母様」
「あなたは私たちの大事な娘。もう二度とそんなやつれてやせこけた姿はさせません」
二人に抱きしめられ、散々泣いた私はそのあと2週間、ゆっくりと養生した。
祖母を亡くしたショックで倒れ寝込んでいると王家に伝えると、何度も王妃から王城に戻るよう使者がやってきたが父が断固として追い返した。
体の不調も解消し、やせ細った腕がやや戻った頃。
「ふふ。王妃に、王宮の侍女はレベルが低いのねと嫌味を言っておいたわ。王宮の食費を切り詰めるほど、財政がひっ迫しているのなら我が家が専用の料理人と歳費を受け持つと提案したから」
王家からの何度目かの使者に医者の診断書【栄養失調】を持たせて手紙を書いたうえで、面会希望を出して直接会ってきたらしい。
母は強し。
父は父でいろいろ頑張ってくれたらしい。
「この夢が女神様のお告げの可能性もある。来るべき時に備えよということだろう」
父が家族を招集し、全員で対応策を考えた。
王家に知られない連絡方法の確立。
追放になった時の対処。
処刑にならないための私の立ち回り。
食事の問題は魔導収納に出来る限りの食糧を入れて持たせてくれることになった。
王妃が母との約束を守るかはわからなかったから。
学院にいけば寮に入り、食事環境は改善できる。
自由時間も出来るし、魔法を鍛えることも出来るはずだ。
学院なら面会も出来る。
二歳年上の兄は第二王子と懇意にしていた。
「入学した一年は僕がディアを守れるよ」
「ありがとうございます。兄様」
「わ、私も守る!」
二歳下の妹もそう言ってくれた。実際、妹は学院に入学してから公爵家の派閥のまとめをしてくれた。
「私、魔道具を作りたい」
そういう私に魔道具技師の先生を見つけてくれて突貫で基礎を教えてもらった。
両親には感謝しかない。王城に戻っても、こっそりやり取りは続けた。
学院に私が入学した時、先生はなんと学院の講師になっていた。
おかげで、魔道具をたくさん作れた。感謝しかない。
祖母の葬儀から二年後、聖女が本当に現れた。家族は私の話したことが起こりうると確信して動いてくれた。
それからいろいろ頑張ったけれど、結局、国外追放になったのはよかったのか悪かったのか。処刑じゃないだけましかしら?
「……ん?」
意識が浮上した。
夢を見たのかしら。家族の夢。
起き上がるとあちこちが痛い。マントを仕舞ってテントを出た。
今は夜が明け始めたばかり。生い茂る木の合間に見える空にはまだ星が煌めいていた。
「おはよう。まずはこれで顔を洗いな。浄化の魔法は使わないでくれ」
昨日と同じ場所にパドが座っていた。木の桶を私に差し出した。
「なぜ?」
「キマイラの匂いが付いていた方がいい。ここを抜けるにはな」
「わかったわ」
受け取った桶の水で顔を洗ってタオルで拭く。
水生成で口も濯いだ。水は地面に捨て、パドに桶を返して隣に腰を下ろす。
焚き火はもうほとんど燃え尽きていた。
「ほら、ぬるい湯で悪いが飲んでくれ。それと少ないがパンだ」
木のコップと、二口くらいの黒パンを渡された。受け取って口にする。
硬いわ。
私が食べている間にパドは野営の始末をしていく。
さすが手際がいいわね。
馬にも水をあげている。ブラシとかはできないから馬には我慢してもらうしかない。
石で組んだ竈も焚き火の後も、なかったように始末していく。
最後に私が使ったコップを回収して、結界の魔道具を解除した。
「何もなかったの?」
「襲撃はあったが、魔物が始末してくれてな。俺はやることがなかった」
「え? 野盗?」
「さあ、わからん。結界にへばりついたなと思ったら、後ろから魔物がなあ。ほれ」
パドが示したのは争った足跡、何かを引きずった跡が残る血痕が染みた地面だった。
「ひっ」
思わず驚いて後退ってしまった。
「大丈夫だ。キマイラは他の魔物が避けるほど強かったからな。それを倒した俺たちに魔物は襲かかってこないだろう」
「そ、そういうもの?」
「人間よりは強さの格付けはきっちりしてるんだよ。さあ、行こうか。なるべく早く森を抜けたい」
「わかったわ」
私とパドは馬に乗って森を駆けた。
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