第3話 対策
「まさか、本気で婚約破棄をするとは」
父が頭を抱えた。
「起こってしまったことは仕方がありません。対策はしていましたが、実力行使をしてくるかもしれません」
「実力行使だと? 公爵家たる我が家にか」
「王家のメンツがかかっているからでしょうね」
「だから国外追放か」
「別にいいのです。アレが国王となる国になど居たくはないですから」
「しかし何の罪で? 普通に考えればアレの有責だぞ」
「そんなの、いくらでも捏造してきます。聖女を暗殺しようとした罪とでも」
「動機がないぞ」
「お花畑の恋愛脳はこう考えるのでは? 自分に恋して無理やり婚約を結んだ、非道な公爵令嬢が嫉妬に駆られ、自分の寵愛を受けた聖女を虐め、傷つけ、挙句の果てに殺そうとしたという妄想を」
「私には、その考え方が理解できないが」
私もですわ。
「アレは最近会うたびに行ってきました。『嫉妬は見苦しい』『お前のせいで意に染まぬ婚約をしなければならなかった』とか。『成績が良ければ生意気』とか、『能面のような笑顔が気持ち悪いのだ』とか。そもそも聖女のように笑ったら鞭が飛んできますわ。教育係の」
「鞭だと!?」
父が驚いたように私を見るが、扇子で口元を隠して微笑んだ。今更だわ。
「でも、不思議ですわね。そういう暴言の現場には王家の侍女や侍従もいますのに、誰も諫めないんですのよ。つまり、王家にとって私は下に見て暴言を吐いていい存在。アレの公務の尻ぬぐいをするだけの道具と思われていたのではないでしょうか」
ギリッと歯がきしむ音が聞こえた。父の顔が見てはならない顔になっている。
「そうか。道理で、うちの侍女をつけるなと言う訳だ。ハハッ……馬鹿にされたものだな。同じ血筋だと思うと血を全部入れ換えたいくらいだ」
王家の直系が何らかの理由でいなくなった時に、王位を継ぐことができるくらいは血が近い。王位継承権もある。だから、本来は血が近すぎる。
「今更ですわ。幼い頃は何がそんなに至らないのかわかりませんでしたから、必死に努力をしましたけれど。アレは自分より優秀な女は気に入らなかったみたいで。背も私は高いのでヒールを履くと背が同じくらいか越されることになるのも嫌だったようです」
「器が小さいな」
「ほんとですわね」
ほほほと上品に笑う。この笑い方も嫌いだったわね。母親の王妃と同じ笑い方なのにね。
そう。王妃も私を蛇蝎のごとく嫌っていたわ。なのに婚約者にしたのは多分、何かの腹いせね。
「王子妃教育と言って家にほとんど帰さないで、手紙も握り潰すような、王家だからな」
「ええ、おばあ様の葬儀でしか帰れないなんて、思いませんでした」
「だが、そのおかげで対策が出来た。複雑な気持ちだが、母に感謝するしかない」
馬車の速度が落ちてきた。
どうやら、公爵家に間もなく着くのだろう。
「屋敷の周りは騎士ですでに固めた。追放後は隣国の辺境伯領に隠れ家を作ってある。そこを目指せ。これがカギと、身分証、資金だ」
父から渡されたものをミスリルのブレスレットへ近づける。
ふっと消え、ブレスレットに収納された。
「すぐに乗り換えて裏口から出ろ。騎士を護衛につける」
「父様」
「私たちも直ちに領地に向かう。あとの連絡方法は例の方法で」
「ありがとうございます。ご武運を」
「ああ。幸福の女神のご加護がありますように」
額に父の唇が一瞬触れて離れた。
馬車は裏の馬車留めに向かう。そこには紋章のない二頭立ての馬車が待っていた。
馬車の周りには、母と、兄、妹。幼いころついてくれていた侍女が立っていた。
「また会えるわ」
「すぐに会いに行く」
「姉さま……」
「お嬢様、ご無事をお祈りしています」
母も兄も握った拳を震わせていた。妹はもう涙ぐんでいた。
「大丈夫よ。私は幸せになるわ。みんな元気で」
一瞬の抱擁を皆と交わして紋章のない馬車に乗る。
馬車に乗り込んで、振り返る。すぐに馬車は出立した。
馬車の覗き窓から見えた姿がどんどん小さくなる。
ああ、もう会えないかもしれない、私の家族。
元気で。さようなら。
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