第2話 茶番劇
「ディアベイル・リアーガーン公爵令嬢! そなたとの婚約は破棄し、国外追放に処する!」
まったくばかげているわ。
まさか、吟遊詩人にも歌われない三文芝居が目の前で繰り広げられるなんて。
まるで勝利宣言のように声高に叫んだのは、この国の第三王子ジェレミー・オキーフ。
その腕に怯えるように絡みついている女は聖女のマルヴィナ。
平民なので姓はない。聖女という一点で、貴族学院に入学し、あっという間に高位貴族令息を何人も虜にした女。
小柄で、髪と目の色が普通ではない。髪はピンクブロンド、綿菓子のようなふんわりしたウェーブで、腰までの長い髪はきちんと艶々に整えられていて、髪飾りは王子の目の色。群青の宝石を金で細工を施した高価な物。
誰が贈ったんでしょうね。
目は紫に近い青。少し下がり気味の大きな目。唇は小さくぷっくりとしたピンク色。小顔で、美人というよりは可愛い印象。
体型は女らしく細身だが出るところは出ている。その身を包むドレスは王室御用達の工房のもの。
上品なレースに覆われている胸の谷間。それを絡めた男の腕に押し付ける女のどこが聖女だ。
この茶番劇は仕組まれたもの。
私が何を言おうと、結末は変わらない。
でも言うべきことは言わないと舐められるのよね。
まったく、婚約者として、いえ、男としても、王族としても落第な男の婚約者など、こちらから願い下げだわ。
そう思っていても、王命の政略結婚を前提としたものだったから逆らえなかったのだけど、もういいわよね。
「殿下。婚約破棄は承りましたけれど、破棄を突きつけなくてもいつでも婚約の解消には応じましたのよ」
困ったわ、というように片手を頬に当てため息をつく。
「私も長い間、王宮に拘束されて、不本意な王子妃教育など受けず、月に一度の罵られるお茶会などに出席せず、街へのお忍びや、友人との遊びを謳歌したほうが楽しいと思ってましたもの」
肩を竦めて両手の掌を上へ向ける。あら、馬鹿にされたのはわかったようだわ。
手に持った扇子を広げて口元に添えた。
「王命と言って断れなくしておきながら、気に入らないと王命を覆す。ええ、言っておきますわ。顔合わせをする前から私は、ずうっとこの婚約を解消できないかと何度も陛下や王妃殿下にお願いしていたのです。念願かなってすっきりしましたわ。ありがとうございます。第三王子殿下」
優雅に、王妃教育の賜物のカーテシーを披露する。
ゆっくりと上げた視線に入るのは、真っ赤な顔をした第三王子殿下。
「ぶ、無礼な」
「あら、失礼をいたしました。そのお言葉そっくりお返ししますわ。この公的な催しに出席した皆様に対して、今、この茶番劇が大変無礼なのではないかと愚考いたしますわ」
そう。公的な催し物。
貴族が通う学院の卒業パーティー。
18歳の成人を迎えた貴族子女の夜会デビューを兼ねたパーティー。
その記念すべき夜会で、何をほざいているのか。
出席しているのは卒院生だけではない。
学院関係者、卒院生の家族、パートナー、そしてデビュタントなのだから、主だった貴族はみなこの夜会に出席している。
婚約者のいない息子・娘のために優秀な卒業生を迎えられたらとの思惑を無下にしたのだ。
「婚約破棄」の行われた場で、婚約など結びようがない。
地方からやっとの思いで出席している貴族もいるのだ。酷すぎる。
本当に何やってんの。
王族じゃなかったら、グーで殴るわよ。
国外追放なら殴ってもいいかもしれない。
そう思って拳を握りしめた。
「第三王子殿下。婚約破棄承りました。追放とは穏やかでない様子。この場は退場させていただき、屋敷で沙汰を待ちます。よろしいですかな?」
父だ。第三王子が迎えに来なかったので、私のパートナーは父だった。
ああ、こめかみに青筋が立っている。笑顔なのに威圧が滲み出て会場内の空気が重い。
「い、いや……」
「よろしいですかな?」
一段と低い声で被せるように父は言い放った。
勢いに押されたのか、第三王子が頷いた。
父の手が私の手をエスコートする。
「それでは御前失礼いたします」
私と父は礼をして、優雅に会場を退出した。
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